学位論文要旨



No 123939
著者(漢字) 星,貴之
著者(英字)
著者(カナ) ホシ,タカユキ
標題(和) 三次元形状計測シートにおける立体再構成法の研究
標題(洋)
報告番号 123939
報告番号 甲23939
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第184号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 システム情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 原,辰次
 東京大学 教授 石川,正俊
内容要旨 要旨を表示する

本論文では自己形状を計測する新しい布状デバイス「三次元キャプチャシート」を提案し、その実現を目指す。

布という素材は我々にとって非常に身近な素材であり、欠かすことのできないものである。布の特徴のひとつとして、柔軟性に富み、周囲の環境によって様々な形状に変化することが挙げられる。これは逆に言うと、布の形状には周囲の環境がよく反映されるということである。よって、布の形状計測には潜在的な需要があると推測される。しかし布形状を計測する方法として簡易で実用的なものは、現在のところ存在していない。CGの分野では、近年、より自然な布の動きを生成するために現実の布を計測して三次元データを取得する方法が採られるようになった。そこで用いられるのは、カメラで布を撮影し、布上の模様や投影した構造化光にもとづいてその形状をデータ化する方法である。このようなビジョンにもとづく方法は(複数台の)カメラや光源を必要とするため、スタジオなどの限定された場所でしか用いることができない。布とカメラの間に障害物が存在すると計測不能になるため、手で操るなどの操作を布に加えることもできない。また布が柔軟素材であるため自己遮蔽が容易に生じ、そのことも問題となる。これらの制約を取り払うことができれば、"布形状"を情報として利用できるようになり、それにもとづいた新たなアプリケーションも期待される。

我々は、従来とは全く異なる新たな布の形状計測手法を提案する。それは、布(シート)上に微小センサを多数分布させ、それらの協調によって全体形状を再構成する方法である。言わばシート自身がひとつのセンサデバイスとして動作し、自己の形状を計測する。外部から観測する装置が不要であるため、使用場所を選ばず、また障害物や自己遮蔽の問題も生じない。そのように簡易に形状計測ができるという特長から、様々なアプリケーションが考えられる。例えば3Dモデリングの直感的な入力デバイスや、対象を直接包み込むことによる形状・寸法計測、触覚や体性感覚を持つぬいぐるみ、モーションキャプチャスーツ、などである。

布に電子的な機能を付与するという考え方は、ウェアラブルコンピューティングの分野でe-textileあるいはスマートファブリックとして研究されている。情報端末や、室内での位置を計測するセンサ、体の姿勢や動きを計測するセンサなどを衣服(布)に取り付けることが試みられている。布上に電子部品を配置するときに考慮しなければならないポイントは、デバイスサイズと配線である。初期(2000年代前半)の研究は10 cm角程度のデバイスを装着する程度に止まっており、それらの間はワイヤで接続されていた。そのうち次第にデバイスサイズが数cm角程度になって多数取り付けることが可能になり、それに伴って配線が煩雑になることが問題化してきた。そこで導電性の糸を布に縫いこんで配線とする方法や、2層の導電布をそれぞれ電源とグラウンドとしてそれらと接続することによって給電を(さらには通信も)行う方法が研究されるようになった。

我々の提案する方法は、その流れをさらに押し進めて布上に多数の微小センサを高密度に配置するものである。そこでは現在開発中の2つの技術が背景となっている。まず1つは、センサの微小化である。ベアチップを積層して小型パッケージ化するSiP(System in Package)技術や、MEMSセンサ構造体と同一ウェハ上に処理回路を形成するCMOS- MEMS技術などが開発され、数mm角のセンサチップが実現しつつある。もう1つは、筆者の所属する研究室で開発が行われている「二次元通信」技術である。これは有線による一次元の通信、無線による三次元の通信の代替となる通信技術である。2枚の導体シートの間に局在させた電磁波によって、通信、及び給電を行う。シート内との電磁波の授受は、電気的接点を持たないコネクタを介して行われる。これにより、多数のセンサをシート上に配置した場合でも個別配線をすることなくセンサアレイシステムを構築できる。また導体シートには導電性を持つ材料であれば何でも用いることができ、例えば導電性の布やゴムシートでもよい。これら2つの技術により、布上への微小センサを高密度実装することが現実味を帯びてきている。

これ以降では、三次元キャプチャシートの具体的な実現方法について検討する。まずシートを離散化して扱うため、リンクをシート上に正方格子状に配置する。リンクは硬く、伸びも曲がりもしないものとし、リンク間はフリージョイントで接続されているとする。このようにリンクを配置しても、全体の布らしさが大きく損なわれることはない。それは実際の布が伸びないたて糸とよこ糸が交差したものとしてモデル化できることにもとづいている。このモデルはチェビシェフネットと呼ばれ、布の変形を糸同士の交差角の変化によって記述するものである。提案した離散モデルもリンク間の回転が自由であり交差角が変化しうるので、布のような変形が可能である。この各リンク(もしくはジョイント)にセンサを搭載することを考える。

各センサで計測して形状再構成に用いる物理量には、いくつか候補が考えられる。ジョイント部における曲率・角度、基準点からジョイントまでの距離、重力・地磁気、運動加速度・角速度の時間積分、格子の対角線やリンクの伸縮、などである。これらの中で我々は、重力・地磁気にもとづいて各リンクの三次元空間中での姿勢を導出する方法を採用する。その理由は、地球上であればどこでも信号が供給されている、データの瞬時値にもとづいており時間積分を行わないため誤差の影響で結果が発散することがない、数mm角の小型センサがすでに市販されている、などである。本論文では、加速度・磁気センサにより重力・地磁気の両方を計測する場合と、加速度センサにより重力のみを計測する場合の2通りについて具体的な形状再構成アルゴリズムを与える。

重力と地磁気にもとづく形状計測は、以下のようにして行われる。リンク1本について考えると、その姿勢は固定されたワールド座標に対するロール角、ピッチ角、ヨー角で記述される。そのすべての角度はセンサ出力から計算によって直接求められる。全体形状は、すべてのリンクを結合することにより再構成される。姿勢が一意に定まらないのは、加速度データか磁気データが零ベクトルになるか、それらが平行な場合に限られる。この形状再構成問題は冗長性を持ち、その冗長性はリンク4本が閉じた四角形(単位格子)をなして互いに繋がっていること(閉ループ条件)として表される。これを活用することによりノイズへの対応が可能である。単位格子の形状が誤推定されたときはループが開いてしまうため、そこが閉じるように補正をかけることで正しい形状が得られる。通常、重力はシートを動かさなければ保証されるが、地磁気は磁石や強磁性体が近接すると容易に乱される。そのように外乱磁場の影響のみが問題となる場合にはヨー角のみを補正すればよく、計算コストを減らすことができる。シミュレーションにより、重力の8 %程度、地磁気の水平成分の25 %程度までのノイズが許容されることがわかった。市販の6軸モーションセンサ(3軸加速度+3軸磁気)を用いてセンサチップを作成した。それを用いて3×3格子程度のシートを試作し、その動作を確認した。今後、さらにセンサ数を増やした試作機へと発展させる予定である。

センサコストを抑えるため、重力のみにもとづく方法も試みた。それは以下のように行われる。リンクに搭載した加速度センサの出力から、ロール角とピッチ角が計算によって求められる。残るヨー角についてはセンサ出力からは直接得られないが、単位格子の閉ループ条件と、その単位格子が対角線を軸とする対称モードで変形することを仮定すると、リンク間の相対的なヨー角が得られる。それにもとづいて単位格子の形状が求められる。全ての単位格子の形状が求められた後、それらを結合することで全体形状が再構成される。このアルゴリズムの非可解性を特異値解析した結果、単位格子が水平面上にあるかまたは完全に潰れてしまった場合に形状が一意に定まらないことがわかった。シミュレーションの結果、各センサには重力の5 %までのノイズが許容されることがわかった。また試作機(2×2格子)による検証から、実際にはリンク回りの回転による、対称モード以外のシート変形も存在し、それが大きな誤差として観測されることが判明した。結論として、重力のみにもとづく方法はある程度は形状計測が可能であるものの、水平面とリンクに沿って折れる場合には対応しきれないことがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は, 自己形状を計測する柔軟シートという新規な形態の計測デバイスを提案し、そのデバイス構造と立体再構成の問題を整理して計測手法の一部を確立したものである。様々な立体の表面に沿うことができる柔軟な布の特性に着目し、布と同様な柔軟性をもちながら、分布センサによって立体再構成が可能な網目状構造のデバイスを提案した。そして網目を構成する単位要素に加速度および磁場のセンサを分布し、重力と地磁気の計測値からデバイスの自己形状を計測するアルゴリズムと計測可能条件、計測精度を論じた。それらは理論および数値シミュレーションによって解析され、最終的にはプロトタイプを試作することによって実験的な検証が行われた。提案された計測装置は、遮蔽の影響を受けない汎用の形状計測法、衣服として装着することによって人間の姿勢・行動を計測するウエアラブルデバイス、ヒューマンインタフェース、ハプティックスなど幅広い応用が可能であることが論じられている。このような本論文は以下の5章から構成される。

第1章の序論においては、自己の形状をリアルタイムで計測する布状デバイスという新規な概念が提案され、従来の3次元形状計測法を概観しながら本論文の研究の位置づけを明確化している。このようなデバイスを実現する近年の技術的背景が整理され、提案デバイスの応用分野が展望されている。

第2章では、そのような計測を可能にする布状デバイスの構成原理が論じられている。布の柔軟性が、縦糸と横糸の角度変化を許容する織物特有の構造に起因することを指摘し、同様な性質を保持する網目状デバイスを提案している。具体的には長さが不変なリンクを網目状に結合した構造が、全体としては伸縮性をもつシートを構成できることを指摘し、そのような網目構造を本論文の計測シートの基本構造とすることが述べられている。柔軟性をもつ網目構造の幾何学が整理され、網目の構造と計測の自由度の関係が論じられている。さらにこのような網目構造の各リンクに、その姿勢を計測するセンサが分布することによって網目構造全体の3次元構造が推定できることを指摘し、本論文における立体再構成の問題設定を定義している。リンクが加速度運動する場合や、近傍に磁場源が存在する場合には、歪んだ重力場、磁場の中でリンクの姿勢が観測される。それらのデータから、個々のリンクの長さ・形状が不変であることを用いて網目の全体形状を再構成することが本論文で取り組んだ問題である。理想条件、すなわち重力場と磁場が歪んでいない状態においては良設定問題として3次元形状推定が可能であるが、この理想条件を逸脱する場合の計測性能を評価することが以下の章での主要テーマとなる。

第3章では、重力と地磁気の方向を同時計測できるセンサ素子がリンクに配置されていることを前提とし、センサの加速度や磁場ノイズが小さい場合の3次元形状再構成アルゴリズムが論じられている。計測の冗長性が整理され、加速度と磁場のノイズが立体復元に与える影響について数値解析での検証が行われている。精度よく立体再構成が可能な条件が整理され、実時間で実行可能な再構成アルゴリズムが提案されている。それらの結果が小規模な試作デバイスによって実験的に検証されている。

第4章では、搭載される分布センサの計測自由度が制限されている場合の再構成方法が検討されている。具体的には重力方向のみを検出可能な3軸加速度センサを仮定し、そのセンサ出力から3次元形状を再構成する。この場合、単一のリンクの姿勢は決定できないが、複数リンクの集合体としての網目の全体形状は多くの場合に決定可能である。ここでは再構成が可能になる立体形状のクラスが、理論および数値解析によって明確にされており、再構成可能な条件下での形状推定アルゴリズムが示されている。この推定においても実試作デバイスによる実験的検証が行われている。

第5章は結論であり、成果の総括がおこなわれている。

以上、要するに、本論文は自己形状を計測する柔軟シート状デバイスの基本原理を提案し、その計測能力を理論的、実験的に検証したものである。その成果は計測工学をはじめ実世界情報学、ロボティックス、ヒューマンインタフェース工学まで幅広い分野に貢献する成果であると判断される。よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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