学位論文要旨



No 123945
著者(漢字) 寺田,真介
著者(英字)
著者(カナ) テラダ,シンスケ
標題(和) 無線マルチホップネットワークにおける自律分散経路制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 123945
報告番号 甲23945
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第190号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 准教授 瀬崎,薫
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 若原,恭
 東京大学 准教授 上條,俊介
 東京大学 准教授 松浦,幹太
内容要旨 要旨を表示する

インターネット技術の発展と普及に伴い,一般家庭への情報通信環境導入が急速に進んでいる.近年では,有線ネットワークによる通信だけでなく,無線を利用した通信が普及してきている.無線ネットワークの最大の利点は,ユーザが移動することをサポートしていることである.そのため無線ネットワークを利用するユーザは,移動しながら既存のネットワークに接続することができる.現在,携帯電話が普及し多数のユーザに利用されており,今後の無線通信技術の発達と無線装置の小型化により,ラップトップ,PDAや小型ゲーム機に限らず,家電製品といったものにも無線デバイスが搭載されて無線通信が爆発的に普及すると考えられる.これに伴い,ユビキタス社会を実現する技術としてアドホックネットワークが注目を集めている.

アドホックネットワークでは,携帯電話のような基地局などの固定されたインフラストラクチャを利用することなく,無線端末同士が自律分散的にネットワークを構築する.そのため,災害発生によって既存のインフラストラクチャが利用できない場合に,一時的な通信手段としての利用などが期待されている.また,基地局などの敷設を行う必要がないためオフィスでの会議や街頭で通信を行うための通信環境整備のコスト削減にも繋がる.

無線を利用するアドホックネットワークでは,通信する二つの端末が互いの通信範囲内に存在しない場合,中間に位置する端末を中継することで通信が可能となる.アドホックネットワークでは,ルータなどの専用中継器を利用するのではなく,一般の端末がパケット中継機能を有している.そのためアドホックネットワークにおいて,効率的な伝送を実現するためには,伝送経路として利用する中継端末を適切に選択することが重要となる.アドホックネットワークは,端末の移動や電波状況などにより通信が不安定となり,有線ネットワークと比べて伝送品質が低くなってしまう問題がある.無線ネットワークにおいても,現在インターネットで利用されているアプリケーションを利用することが考えられるが,現在の技術では十分な品質でユーザがサービスを利用することが困難となっている.これらのことを解決するために,有線ネットワークとは異なる経路制御のためのルーチングプロトコルが必要とされている.

本論文では,ウェブやメールなどのアプリケーションで利用されているユニキャスト通信と音楽や動画のストリーミングを効率的に配信するためのマルチキャスト通信に着目し,それぞれの通信形態において通信品質向上と効率的な通信実現のために新しい経路制御方式の提案と検証を行った.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「無線マルチホップネットワークにおける自律分散経路制御に関する研究」と題し、アドホックネットワーク・センサネットワーク等、無線リンクのみによって構成されるマルチホップネットワークにおいて、ノードの移動や電波状況の変化によって通信が不安定となる課題を克服するために、ルーチングプロトコルの性能改善を行うと共に、多対多マルチキャスト等の新たな形態の通信を効率的に行うための手法の検討を行ったものであり、全六章から構成されている。

第一章は「序論」であり、昨今の通信ネットワークの進展、特に移動時にも容易に利用出来ることから、無線ネットワークが急速に進展している現状に触れると共に、インフラストラクチャ型の無線ネットワークである携帯電話ネットワークを補完・代替する手段としてのアドホックネットワークの重要性を述べ、本論文の研究の意義について整理を行っている。

第二章は「アドホックネットワーク」と題し、アドホックネットワークの技術・標準化の動向を概観すると共に、将来的に想定されるサービス形態についての展望を行っている。また、サービスを提供する際に必要となる通信プロトコルの現状の問題点と解決すべき課題をレイヤ毎に整理した上で、特にネットワーク層プロトコルであるユニキャストルーチングとマルチキャストルーチングのそれぞれについて、既存手法の動作を詳細に分析し、その問題点を明確化することによって、ルーチングプロトコルの性能向上がアドホックネットワークの実用化に向け技術的に解決すべき最も重要な課題であることを述べている。

第三章は「片方向リンクを考慮したフラッディング領域制限型アドホックルーチング」と題し、片方向リンクが多数存在する状況下での接続性を向上するユニキャストルーチングプロトコルの提案とその性能評価を行っている。現実のアドホックネットワークではノードの送信電力の相違や電波環境等、様々な要因により、2つのノード間で双方向の通信が出来ない片方向リンクが多数存在することが非常に多い。従って、効率的な通信経路を確保するためには、双方向リンクのみを接続に利用するのではなく、片方向リンクをも考慮した経路探索が必須となる。片方向リンクを考慮した従来のルーチングプロトコルにおいては、経路探索パケットのブロードキャストにより往路を探索した後、再度フラッディングを繰り返す復路探索を行っていたため、大量の制御パケットが発生するという問題があった。そこで、片方向リンクを積極的に活用することにより接続性を向上させると共に、往路探索時に得られた情報を一時保存しておくことにより、復路においてフラッディングを行う範囲を往路の経路上の周辺に限定し、制御パケットの抑制を行うプロトコルであるARPAC(Ad hoc Routing Protocol with Area-Controlled flooding)を提案し、シミュレーションによりその性能評価を行っている。その結果、AODVやDSR等の従来手法に比べて大幅に性能改善を図ることが出来ることを示している。

第四章は「アドホックネットワークにおける中継ノード削減分散マルチキャストルーチング」と題し、マルチキャスト通信の際に、無駄なトラヒックを低減するためにデータ中継端末を小さく抑えるルーチングプロトコルの提案とその性能について論じている。アドホックネットワークにおけるマルチキャストは無線の同報性を利用することが出来るので伝送効率上本質的に優れていることが知られている。しかしながら、多人数参加型ゲームやテレビ会議のような多対多通信形態のマルチキャストを行う場合、従来のルーチングプロトコルでは送信ノード毎に伝送経路が構築されため、データを中継するノードが増加しネットワークトラヒックの増加や電波干渉によるパケット損失が問題となっていた。そこで、同じマルチキャストグループに参加するノード間でデータの送受信を行う場合において、伝送経路に利用する中継ノードを自律分散的に抑制するマルチキャストルーチングプロトコルを提案しシミュレーションによる性能評価を行っている。その結果、従来方式であるODMRPと比較して中継ノード数の削減と経路構築のためのトラヒックの削減を両立可能であることを示している。

第五章は「アドホックネットワークにおける複数エリア適応型ジオキャストルーチング」と題し、特定の地理的エリアに対するマルチキャストであるジオキャストを行う際に、相互に離れた複数のエリアに対してジオキャストを行う方式としてフェルマーポイントを利用する新たなルーチングプロトコルを提案し、従来手法に対する性能改善を行っている。

第六章は「結論」であり、論文の成果と今後の展開をまとめている。

以上これを要するに、本論文は、無線リンクのみによって構成されるマルチホップネットワークの中でも特にアドホックネットワークを対象とし、ノードの移動や電波状況の変化によって通信が不安定となる課題を克服するために、ルーチングプロトコルの性能改善を行うと共に、新たな形態の通信である多対多マルチキャストを行うための手法を提案したものであり、電子情報学に貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(情報理工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/28824