学位論文要旨



No 123949
著者(漢字) 小倉,崇
著者(英字)
著者(カナ) オグラ,タカシ
標題(和) 等身大ヒューマノイドにおける統合知能システムと家事支援行動の実現
標題(洋)
報告番号 123949
報告番号 甲23949
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第194号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 竹内,郁雄
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 國吉,康夫
内容要旨 要旨を表示する

人と共存するロボットを目指しヒューマノイドロボットが作られてきたが家庭での利用を想定した場合,日々変化する環境でロボットは行動する必要がある.そのため単発の定型動作の実行や人の操縦による動作でだけでは十分な支援を行うことはできず,オンラインで動作の計画を行い動作を生成する能力が必須となっている.本研究は家庭環境での利用を想定した支援行動をテーマとし,その実現のために必要となる知能システムの構成法と有効性を明らかにすることを目的とする.特に本研究はヒューマノイドにおいて高次の計画系を実現するものであり,物理シミュレータを取り込んだ知能ソフトウェア,道具モデルの提案とそれに基づく動作生成法,シンボリックなタスク計画を統合したシステムを構築し,道具利用を可能にするための5指を持つハンドを新たに製作し等身大ヒューマノイドHRP-2に搭載させこのシステムの検証を行っている.

第 1 章「序論」では研究の背景と目的について述べ,これまでのヒューマノイドロボットの研究について俯瞰し,研究の位置付けを行った.道具を用いて家事の支援を行うことを可能にするためのハードウェアとソフトウェアシステムの両者の基盤から取り組むこととした.

第 2 章「家事支援行動を可能にするヒューマノイドの統合知能システム」ではヒューマノイドの一般家庭における支援形態を3つに分類した.その中でも家事代替支援について取り上げ,それをさらにユーザ指示のレベルよって5 段階にレベル分けを行った.この5 段階それぞれにおいて誘導・教示・計画の層をまとめたモジュール構成とし,それらを段階的に組み合わせた多層多段多領域行動モジュールアーキテクチャとすることでより高レベルな行動記述に従った動作生成を可能にするアプローチを示した.

第 3 章「道具利用行動を実現するヒューマノイドロボットハードウェア」では家事支援行動を実現するためのハードウェアについて考察し,特に多指ハンドによる人間が用いる道具を利用する行動の実現のために必要となる機能として.対象把持機能,対象操作機能,体躯支持機能,形状獲得機能,対話表現機能の5つが必要であることを示し,それらを実現するハンドの試作を行った.ハンドは環境へのなじみと位置決めのしやすさの相反する2つの機能が必要になるという問題があり,その問題を解決するために複数の機能を同時に実現するために機能別多指ハンド設計法を提案した.ワイヤとリンク機構を使い分けるハンドの製作し,手袋状防水外装を備えることで日常生活環境における評価実験を可能とし,等身大ヒューマノイドに搭載することでその評価を行った.外骨格により腕立て伏せなどの体躯支持を可能としつつも5 指により対話表現機能も十分に持つ人の手とほぼ同等サイズのヒューマノイドハンドを構成することができた.ハンドミキサー,ハンドドリルなど把持した状態でのスイッチ操作,IH ヒーターの操作(ボタン押し,ひねり,つまみ動作),カードのつまみ,スプレーのトリガー動作を実現した.なじみやすさと位置制御のしやすさの両立が必要であり,両者の機能を部位ごとに分けて実装することで容易に実現できることを示した.

第 4 章「物理予測機能を持つロボットソフトウェア環境」ではこれら知能システムを実現するための基盤となるソフトウェアとしてシミュレータの重要性を指摘し,そのシミュレーションの利用法について考察した.ヒューマノイドロボットのシミュレーションが可能なソフトウェア基盤がいくつか存在するがそれらは実機と同じインタフェースで利用することができる,いわば実機互換機能が重視されている.しかし,ヒューマノイドのためのシミュレータとしては実機互換機能に加え,対話操作機能,時間選択機能,空間選択機能,法則追加機能の4 つの機能を加えることを提案した.法則追加機能は日常生活環境に頻繁に存在する物理計算だけでは表現が困難である事象,例えば電子機器のスイッチや,機械的仕組みを実現するために必要なものである.時間選択機能,空間選択機能によりシミュレーション対象を選択することで静的な環境と動的な環境との行き来を容易にする.また,それらを実現した環境として動力学シミュレータを内包したLispによる実装であるEusDyna を構築し,法則追加機能を実現するための仕組みであるマイクロカーネル方式によるモジュール型シミュレータ構成法を提案した.この環境により既存の環境では困難であったロボットが箒や食器などの道具を把持して用いるシミュレーションや調理場のような多くの物体が存在する複雑な環境下でのシミュレーションを行うことが可能になった.また,対話操作機能によりロボットがオンラインでシミュレーションを利用して動作を生成するということが可能になり,視覚による環境認識に基づきシミュレーション形状モデルを即座に獲得し,シミュレータ内で状態関係記述を得ることで動作の探索を行うことができた.

第 5 章「環境記憶を利用した身体誘導に基づく教示計画システム」ではこのシステム構成のうち基礎となる身体記述レベルにおける教示・計画システムの構築を行った.そのためにデバイスレスでの教示機能,身体直接誘導機能,干渉回避計画機能を,腕部,体幹の2 つの領域に分けてそれぞれ機能を実現した.即ち目標手先位置姿勢が与えられたときに逆運動学によって各関節の目標角度を得,その目標角度へ到達するための関節角度軌道を高次元探索が可能なアルゴリズムにより求め,重心位置の変更による安定化を行う.また,体幹目標位置姿勢が与えられた際に,目標体幹軌道を回転を含めた3 次元で歩行時の揺動を考慮した近似モデルを用いて探索する.これにより手を引いてロボットの歩行を誘導し,その結果を下位の計画系への入力とし,一度教示した移動位置へ自律歩行により移動を行い,教示された手先の動きを再生することができるシステムを実現した.

第 6 章「対象幾何モデル記述に基づく道具利用行動生成」において第5 章で構成したシステムをさらに発展させ,ロボットが道具を取り扱うという問題に対して,道具の操作の記述を道具モデルに与えておき,実行時にロボット側でその情報を基にして全身の動作を生成することにより,ロボットの構造に依存しない記述法を実現する手法を提案した.道具モデルとして幾何情報,把持情報,作用情報,作用状態の3つを埋め込んだモデルを提案した.この手法に基づき掃除機かけ動作,箒がけ動作の生成を行った.このシステムで到達可能なひとつの家事支援例として野菜の切断による下ごしらえ行動を取り上げ,これを実現するために道具再配置機能,道具持ち替え機能,非常停止機能,道具手渡し機能,把持道具確認機能などが必要になることを示した.不定形物体である野菜の認識,把持した包丁の位置姿勢の確認機能により切断幅,回数,切り方の名前を与えることにより,輪切り,乱切りによる野菜の切断を実現し,ヒューマノイドHRP-2 にて実証実験を行った.

第 7 章「因果関係記述に基づく作業計画・教示システム」ではシンボリックなタスクレベルでの動作計画系を構築し,実ロボットで支援行動を行うためにどのようなシステム構成が必要になるかを明らかにした.まず,因果関係と動作をセットにした行動オペレータの集合により手順推論機能を実現した.オペレータで表現された行動はシンボリックなものであり,このシンボリックな動作をこれまでに述べた道具利用行動レベルの記述へ落とし込むことでシンボルレベルでの動作記述を実現する.また,シンボリックな計画とこれまでに述べてきた幾何的な動作計画との乖離が問題になるが,これを埋めるために物理シミュレータを用いた幾何学的な予測機能とシミュレーション結果の状態関係記述の生成を行った.また,目標状態の入力をいかに行うかという問題に対し,作用状態を持った道具モデルを利用した物体主導型目標状態指示を提案し,道具モデルに基づく操作指示システムを構築した.このシステムでは作業の対象となる物体を最初に選択し,その後その対象に関係のなる状態がロボットにより提示され,その中からユーザが目標状態を選択する.そのためユーザが必要とする知識が比較的少なくてすむという特徴がある.また,これらの環境をGUI上で統合し,実機を操作可能なインタフェースを構築した.これにより調理行動などの順序拘束を伴った複雑な家事支援行動を実現することができた.

第8章 「結論」でこれまで各章で述べた内容をまとめて本研究を総括し,今後のヒューマノイドの家事支援行動研究の発展の方向性について述べた.この研究により家事支援行動のために必要となる高次の動作計画を,シンボリックなタスク計画系と幾何的な動作計画とをシミュレータと道具モデルを用いてその間を結合し,それぞれの計画系に対する入力系を持たせることで統合するというロボットの統合知能の構成法を示すことができた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「等身大ヒューマノイドにおける統合知能システムと家事支援行動の実現」と題し,家庭環境において等身大の人間型ロボットが家事支援を行うために必要となる知能情報処理のレベル分けとそれを統合するシステムの構成法を提案し,そのシステムを実装した等身大ヒューマノイドを用いた実験システムにより現実の家事支援行動の実現法を示した研究をまとめたものであり,8章からなる.

第1章「序論」では,研究の背景と目的について述べ,これまでのヒューマノイドロボットの研究について俯瞰し,研究の位置付けについて述べている.

第2章「家事支援行動を可能にするヒューマノイドの統合知能システム」では,ヒューマノイドの一般家庭における支援形態を分類し,家事代替支援におけるユーザ指示のレベルの違いにより5つのレベル分けを行い,それぞれの段階で必要となる機能と機能間の関係について述べている.誘導・教示・計画の層をまとめたモジュール構成とし,それらを段階的に組み合わせた多層多段多領域行動モジュールアーキテクチャとすることでより高レベルな行動記述に従った動作生成を可能にするアプローチを提案している.

第3章「道具利用行動を実現するヒューマノイドロボットハードウェア」では,家事支援行動を実現するためのハードウェアについて考察し,ハンドは環境へのなじみと位置決めのしやすさの相反する2つの機能が必要になるという問題があり,その問題を解決するために複数の機能を同時に実現する機能別多指ハンド設計法を提案している.ワイヤとリンク機構を使い分けるハンドを試作し,手袋状防水外装を装着することでキッチン環境での家事支援行動の評価実験を可能としている.実際に,電磁ヒーターの操作(ボタン押し,ひねり,つまみ動作)やスイッチのある道具のトリガー動作の実験を行い,試作ハンドの効果を実証している.

第4章「物理予測機能を持つロボットソフトウェア環境」では,身体記述レベル,環境ならびに捜査対象記述レベル,因果関係記述レベルを階層的に構成してゆく統合知能システムを提案しそれを構成する上で必要となる基本ソフトウェアシステムについて述べている.特に,動力学シミュレーションの数値計算機能のレベルから,力学計算だけでは困難な事象を取り扱うための一般的因果関係のシンボリックな記述レベルを統一的に扱い,必要な場面で対話的にその計算機能を適用できるシステムの構成法を示している.

第5章「環境記憶を利用した身体誘導に基づく教示計画システム」では,統合知能システムでの身体記述レベルに関して,そのシステム上での教示・計画システムの構成法と実装方式について述べている.デバイスレスでの教示機能,身体直接誘導機能,干渉回避計画機能の各機能を,腕部と体幹操作に分けながら人からの操作誘導教示機能を統合する方法を示している.人が,手を引いてロボットを誘導し,その結果を計画系への入力とし,一度教示した移動位置へ移動し,教示された手先の動きを再利用するシステムの構成法と実験例について述べている.

第6章「対象幾何モデル記述に基づく道具利用行動生成」では,ロボットが道具を取り扱うという問題に対して,道具の操作の記述を道具モデルとして与えておき,その道具操作のシンボリックな記述が呼び出されるだけで,ロボットの身体構造に依存せずにロボットの動作を生成するシステムの構成法について述べている.道具モデルとして幾何情報に加え,把持情報,作用情報,作用状態を埋め込んだモデルを提案し,掃除機かけ動作,箒がけ動作,包丁を用いた野菜を切る動作の実験を行い,その記述と動作生成の方法について述べている.

第7章「因果関係記述に基づく作業計画・教示システム」では,物体や道具の操作などの動作手順を記述するタスクレベルでの動作計画系を構築し,生成された計画手順を実ロボットで実行するために必要になるシステムについて述べている.シンボリックな計画から幾何的な動作計画を繋ぐために,シミュレータによる予測機能とシミュレーション結果の状態関係記述の生成機能を利用している.また,目標状態の入力をいかに行うかという問題に対し,作用状態を持った道具モデルを利用した物体主導型目標状態指示を提案している.これにより調理行動などの半順序拘束を伴った家事支援行動を実現する方法を示している.

第8章「結論」において,各章で述べた内容をまとめることで本研究を総括し,今後のヒューマノイドの家事支援行動研究の発展の方向性について述べている.

以上,これを要するに本論文は,家事支援行動のために必要となるタスクレベルの半順序手順の計画系から各操作段階での操作モデルに基づく身体動作の生成系へ繋ぐシステムを構成し,そのシステムを操作対象物の目標状態を対話的に指示しながら利用し,必要に応じて人からの誘導教示を受け付けることができる対話性を備えたシステムとしてまとめるという統合知能システムの構成法を示し,現実の等身大ヒューマノイドにより後片付けや調理の準備支援行動などの家事支援行動の実現例を示すことでその有効性を示したものであり,知能機械情報学上貢献するところ少なくない.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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