学位論文要旨



No 123951
著者(漢字) 金,季利
著者(英字)
著者(カナ) キム,ケリー
標題(和) 内視鏡下手術用視野可変内視鏡の視野変更方法に関する研究
標題(洋) Study of method for change For safety in endscopic surgery
報告番号 123951
報告番号 甲23951
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第196号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 准教授 正宗,賢
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 准教授 小林,英津子
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

内視鏡下手術において,術者の観察したい部分を内視鏡で観察するための内視鏡の円滑な操作は非常に重要である.この円滑な操作を実現するために,術者自らの内視鏡操作が可能な内視鏡マニピュレータが開発されてきた。しかし、これらの内視鏡マニピュレータは、現存の内視鏡に駆動機能を付加したものであり,内視鏡本体の移動,屈曲等によって視野変更を行うため、視野方向の変更は可能であるが、内視鏡本体が臓器や周辺組織に侵襲を与える危険性があった.そこで、本研究では,上記の問題を解決し,安全な視野変更を実現するため、新たな視野変更方法を提案する。

[目的]

本研究では,内視鏡下手術において,従来の内視鏡の視覚情報の制限による術者の負担を軽減し,安全な内視鏡下手術を可能にするため,安全性、操作性、衛生性、応用性を備え、シンプルな構造、細径化に適した、新たな視野変更方法を提案し,視野可変内視鏡の開発を行う.

・ビームスプリッタを用いることで、1本の内視鏡で正面と側面の観察が可能な視野変更方法を提案する。

・ウェッジプリズムを用いた視野可変内視鏡の細径化を行い,胎児外科への応用性について検討を行う.

・変形コーンミラを用いることで、内視鏡の正面と周りに360deg全方向の観察が可能な視野変更方法を提案する。

・それぞれの視野変更方法について、プロトタイプを制作し、性能評価実験を行い,提案した視野変更方法,並びに開発した視野可変内視鏡の有用性を検証する

[ビームスプリッタを用いた視野変更方法]

本視野可変内視鏡は内視鏡とそれを収める内側スリーブおよび外側スリーブからなる.

外側スリーブに関しては,正面には偏光板を,側面には観察窓を設ける(Fig.1(a)).内側スリーブに関しては,硬性鏡或いはCCDカメラの先端部にビームスプリッタを配置し,正面には偏光板を,そして側面には観察窓を設ける(Fig.1(b)).ただし,偏光板の向きはFig.1のような姿勢で正面が見えないように設置する.

この状態で,内側スリーブを外側スリーブに挿入すると,観察窓が同一な向きとなり,かつ偏光板はお互いに直交の向きとなるため,正面からの光は遮断されることとなり,側面の観察が可能になる(Fig.2(a)).

また,外側スリーブを90deg回転させると,Fig. 2(b)のように観察窓は閉じ,偏光板は同一方向となるため正面の観察が可能になる.

制作したプロトタイプを示す(Fig.3).照明系を含めた外径はφ10mmである.

内側スリーブには,先端部にビームスプリッタと偏光板を搭載する.正面観察の際には,偏光板を通しての観察であるため,明るさがやや落ちる問題があり,それを解決するために透過率70%, 反射率30%のビームスプリッタを用いることにした.外側スリーブには,偏光板と照明用光ファイバを搭載する.また,それぞれのスリーブには側面観察のための観察窓を用意する.CCDカメラが収められた内側スリーブを外側スリーブに挿入し,回転させることで直視と側視の視野変更が可能となる.

まず,Fig.4(a)の状態で,偏光板はお互いに直交の向きであるため,正面は見えなくなり,観察窓を通して側面を観察することが可能となる.この状態で外側スリーブを回転させると,Fig.4(c)のように徐々に直視に切り替えられ,外側スリーブを90deg回転させると,観察窓は閉じ,偏光板は同一向きになるため,Fig.4(b)のように正面の観察が可能となる.以上のように,外側スリーブの回転のみで視野の変更が可能であることが分かる.

直視では胎児の口と鼻が,側視では胎児の手が明確に観察できる.直視,側視の両方とも高画質で,鮮明に観察することが可能である.

さらに,照明に関しても,直視と側視の両方とも十分に明るい画像が得られた.

[ウェッジプリズムを用いた視野移動方法]

ウェッジプリズムはFig.5のような形状のレンズであり,光を屈折させる機能を有する.ウェッジプリズムを用いた視野可変内視鏡は,一般的に用いられている硬性鏡の先端部に2個のウェッジプリズムを配置し,光軸を屈折させることで視野の移動を実現する.さらに,ウェッジプリズムを2個用いることで, 視野方向の移動角度を拡大し(Fig.6(a)),また,斜視鏡では観察不可能である視野の中心方向も観察可能となる(Fig.6(b)).

2個のウェッジプリズムを硬性鏡の先端部に配置し,それぞれを独立に回転させることで,光軸を屈折させ,視野の移動を実現する(Fig.7).

本視野可変内視鏡を胎児外科に臨床応用するために、外径φ4.3mmの細径先端部プロトタイプを製作した。製作したプロトタイプを用い、視野範囲の測定を行った(Fig.8).Fig.8(a)は,CCDカメラのみでの撮像結果を示し,Fig.(b)は製作した先端部のプロトタイプを用いた,最上部の撮像結果である.

撮像画面の中心から,最上部までの最大視野移動角は約13degであり,それにより全体視野範囲を計算すると,約103 x 83deg(横 x 縦)である。

[変形コーンミラを用いた視野変更方法]

本視野変更方法では、コーンミラの尖った部分をカットし,中心部に穴を開いた変形コーンミラを用いて視野変更を行う.コーン部のみを反射面とする(Fig.9).

CCDカメラの先端部に変形コーンミラを配置する.CCDカメラを変形コーンミラの穴に近づけることで,正面の観察が可能となる(Fig.10(a)).また,変形コーンミラからCCDカメラを離れるようにするとコーン部での反射により,側面の360deg全方向を観察することが可能となる(Fig.10(b)).

本視野可変内視鏡のプロトタイプを製作し、評価実験を行った。正面と側面の撮像結果を示す(Fig.11).正面の画像は高画質であるが,視野が非常に狭い.これは,中心部の貫通穴が円筒型になっていることが原因である.側面の画像はコーン部での反射による画像であるため,歪曲収差が大きい、視野が非常に狭い問題があった。また、側面観察のため、アクリルパイプを使っているため、強度の問題や、外径が太くなる問題があった。

変形コーンミラ式視野可変内視鏡を用いた評価実験の結果に基づき,変形コーンレンズを用いた視野変更方法を提案する.

設計した変形コーンレンズを示す(Fig.12).正面観察用の中心穴はコーンの形状であるため,より広い視野角が得られる.そのため中心穴の外径を小さめにすることが可能となり,コーン部は大きくなるため,側視の視野は広がる.また,変形コーンレンズの片方は段になっており,ステンレスパイプに簡単に固定可能である.視野変更方法は変形コーンミラ式と同様である。

正面と側面の撮像結果を示す(Fig.13).正面の画像は高画質であり,広い視野が得られた.これは,CCDカメラのみを用いた時に比べてもほとんど変わらない程度である.側面の画像もコーンミラ式に比べると広い視野が得られたが,歪曲収差が大きい,焦点が合っていない等の問題点があった.また,反射による画像が滑らかでないことは,コーン部が凹の形状であるため,加工が非常に難しく面精度が悪いことが原因である.

[考察]

ビームスプリッタを用いた方式では,一本の内視鏡で正面と側面の観察が可能であり、細径化が可能であるため,胎児外科への臨床応用に向いている.

ウェッジプリズムを用いた方式では,正面観察と正面を中心として視野を移動させることが可能である.しかし,その移動量はウェッジプリズムでの全反射により約20degと制限される.よって,患部が挿入位置から20deg以内に位置する場合は,患部の観察が可能であるが,それより側面に位置する場合は観察が困難である.

変形コーンレンズを用いた方式でも,正面と側面の観察が可能であるが,現時点では視野が狭く画質が悪いため実際の観察は困難な状態である.さらに,変形コーンレンズ方式は細径化が困難であるため,胎児外科への臨床応用のためには,まだ多くの課題が残っている.

[結論]

本研究では,従来の内視鏡では観察が不可能であった領域を,安全に観察するための視野変更方法に関して研究を行った.本論文で提案した視野変更方法は,すべて内視鏡本体を固定した状態で,スリーブの回転のみで視野変更を行うため安全性に優れており、様々な医療分野で活躍できると考える.

Fig.1 Distal tip configuration

Fig.2 Field of view change mechanism

Fig.3 Prototype of FOV changeable endoscope using a beam splitter

Fig.4 に評価実験の結果を示す.

Fig.5 Wedge prism

Fig.6 ウェッジプリズムによる光軸の屈折

Fig.7 ウェッジプリズムを用いた視野移動の原理

Fig.8 視野範囲の測定

Fig.9 変形コーンミラ

Fig.10 変形コーンミラを用いた視野変更手法

Fig.11 変形コーンミラでの撮像結果

Fig.12 変形コーンレンズ

Fig.13 変形コーンレンズでの撮像結果

審査要旨 要旨を表示する

論文題目「内視鏡下手術用視野可変内視鏡の視野変更方法に関する研究」の学位論文は,内視鏡下手術において患者体内に挿入した内視鏡の視野方向を変える際,内視鏡の位置姿勢を変えることなく視野方向を変える方法に関する研究論文である。特に,子宮内の胎児治療においては内視鏡の挿入部分が細径であること以外に,子宮内に挿入した内視鏡で胎児,臍帯,胎盤などを傷つけないことが重要である。そのため,外筒管の回転のみによる視野方向の変更は、本要求を満たすのに最適な機構である.また、胎児治療以外にも脳神経外科領域や整形外科領域でも同様なことが要求される.

本論文は7章からなり,第1章では内視鏡下手術の現状と問題点について触れ,安全性を有する視野変更方法の必要性について述べている.第2章では本研究の目的として,安全な内視鏡の視野変更方法にウェジプリズム,ビームスプリッタおよび変形コーンレンズによる3種類の機構により内視鏡を開発することを述べている.第3章ではウェジプリズムを用いた機構の内視鏡について試作および評価に関して述べている.第4章ではビームスプリッタを用いた機構の内視鏡について試作および評価に関して述べている.第5章では変形コーンレンズを用いた機構の内視鏡について試作および評価に関して述べている.第6章では各機構により開発した内視鏡の実験結果を基に考察を行い,特にビームスプリッタによる視野変更方法が胎児外科には適していることを述べている.最後に第7 章で本論文の結論を述べている.

ウェッジプリズムを用いた視野変更方法は,硬性鏡の先端部に2個のウェッジプリズムを配置し,それぞれ回転させ光軸を屈折させることで視野の移動を実現した.これにより,斜視鏡では観察が不可能である視野の中心方向も観察可能となった.また,胎児外科,整形外科など様々な外科分野に臨床応用するために,外径φ4.3mm(照明系なし)の細径先端部プロトタイプを製作し,ファントムによる観察実験を行った

ビームスプリッタによる視野変更方法の装置は,硬性内視鏡およびそれを納める内側スリーブおよび外側スリーブからなる.外側スリーブでは正面に偏光板を,側面には観察窓を設ける.内側スリーブでは,CCDカメラの先端部にビームスプリッタを配置し,正面には偏光板を,側面には観察窓を設ける.正面および側面で重なる偏光板の向きの組み合わせを外側スリーブの回転により変えることで,正面および側面の観察を可能とした.照明方法については,導光ファイバの一部を直視用とし,残りの部分を側視方向に曲げることで側視用の照明とした.試作機では,照明系を含めた外径φ5.4mm(通常外径φ5mmのトロッカに挿入可能),有効長250mmのものを開発した.

変形コーンレンズを用いた視野変更方法は、中心部にコーン形状の穴を開けた変形コーンレンズを用いて視野変更を行う方法で,CCDカメラと変形コーンレンズの穴との距離に応じて,正面の観察および,コーン部での全反射による側面の360deg全方向の観察を同時に実現した.

各方法について,MTF値による鮮鋭度,色収差,歪曲収差の定量評価を行った.ウェッジプリズム方式では,MTF値の低下および色収差,歪曲収差が見られたが,ビームスプリッタ方式ではMTF値の低下が少なかった.変形コーンレンズ方式では,側面のslanted-edge patternの撮像による評価実験では,大きなMTF値の低下,すなわち鮮鋭度の低下が見られた.

本論文の結論としては,患者体内に挿入した内視鏡の視野変更方法として,ビームスプリッタを採用した機構は,内視鏡のサイズに依らず画質,画像の歪み,細径化など全ての点において他の2方式に比較して優れており,胎児外科をはじめとする様々な内視鏡下手術を,より低侵襲で安全に行なえる臨床応用可能性を示している.

以上のように,本論文では患者体内に挿入した内視鏡の視野方向を変える際,内視鏡の位置姿勢を変えることなく内視鏡の外筒管の回転のみで視野方向を変える方法として,3種類の機構のものを開発し比較検討した.細径の内視鏡としてはビームスプリッタ方式が最も多くの利点を有しており,今後は前方と横方に電気的に切り替え可能な液晶シャッタなどを用いて,外筒管の回転無しで前方と横方を同時観察可能とし,かつ内視鏡の更なる細径化を進めることで,実用化可能な視野可変細径内視鏡としての発展が期待される.

なお,本論文は東京大学の土肥健純教授,正宗賢准教授,松宮潔助教との共同研究であるが,論文提出者が主体となって開発並びに評価を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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