学位論文要旨



No 123952
著者(漢字) 竹井,裕介
著者(英字)
著者(カナ) タケイ,ユウスケ
標題(和) 単層カーボン・ナノチューブのピエゾ抵抗計測
標題(洋)
報告番号 123952
報告番号 甲23952
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第197号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 准教授 竹内,昌治
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

本論分では,単層カーボン・ナノチューブ(SWNT)の抵抗計測およびピエゾ抵抗の計測を目的としている.SWNTは,炭素によって作られる六員環ネットワーク(グラフェンシート)が単層の同軸管状になった物質である.SWNTの軸方向に変位を与えると,バンド構造が変化し電気伝導率などが変わるため,その電気抵抗が変化するというピエゾ抵抗効果をもつ.

この計測を実現するためには,数本単位のSWNTを基板上の特定の位置に効率よく生成する必要がある.本論分以外でもSWNTの電気抵抗を計測する研究はいくつかあるが,それらの主たる方法は,SWNTを含む大量のカーボンナノチューブ(CNT)をあらかじめ別の箇所で生成し,走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope,SEM)観察下で,SWNTを選別し,ナノマニピュレータでピックアップし,別の基板上に設置し,電極などをパターニングで製作するという,非常に手間のかかるプロセスだった.それに対して本論文では,シリコン基板上にMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術により製作した間隙間に橋渡しをするようにSWNTを生成し(本論分ではこの構造を"架橋構造SWNT"と定義する,図1参照),この構造をそのまま計測に用いるというシンプルな手法をとる.この架橋構造SWNTは,少数のSWNTを特定の場所に作るのに最適な手法であり,また架橋して宙に浮いている部分は,端から端まで途切れなく続く1本のSWNTであり,基板表面との接触等で生じる表面欠損が少ない理想の状態であると考えられる.

また,SWNTの電気抵抗を計測するためには,SWNTの両端に電極を製作する必要があるが,従来は,SWNTとSWNTの接触抵抗や,SWNTと基板との接触によるSWNT表面の欠損等で,SWNT本来の電気抵抗よりも大きい値が計測されていた.その場合,接触抵抗を見積もって計測値から差し引いて評価を行なわなければならないが,その見積もりが難しく誤差が生じる可能性があるため,正確な計測は困難であった.そこで本論文では,架橋構造のSWNTに薄い金を蒸着することで,意図的に架橋構造SWNT表面上に金が蒸着している部分と,金が蒸着していない部分を作り出すことで,金が蒸着されていない部分の電気抵抗を,金が蒸着されている部分を電極として計測を行なった.これは表面欠損がない架橋構造SWNTの電気抵抗を,SWNTとSWNTの接触抵抗の影響が極力排された状態で計測するということになり,正確な電気抵抗を計測するための理想的な構成であると考えられる(図2).

2. 理論

単層カーボン・ナノチューブ(SWNT)は,炭素によって作られる6員環ネットワーク(グラフェンシート)が単層の同軸管状になった物質である.SWNTは,グラフェンシートの丸め方に深く依存し,金属にも半導体にもなる特異な電子的性質を持つ.力学的にも,強い引っ張り強度や,大きなヤング率(縦弾性率)を有する.SWNTの特性を示すパラメータとしてカイラルベクトル(n,m)が用いられる.カイラルベクトルから,直径や,エネルギーバンドギャップや電気抵抗などの理論的予測を行なうことが出来る.また逆に,SWNTの直径が分かれば,カイラルベクトルを求めることが出来る.生成されたSWNTの直径を求めるために,本研究ではラマン分光計測を行なった.SWNTに特有のRBMと呼ばれる,共振モードの波数をもとに直径を見積もった.また,従来研究の理論的予測から,本研究で抵抗計測およびピエゾ抵抗計測に用いたSWNTの歪と抵抗の関係,歪と抵抗変化率の関係を計算した.

3. シリコン基板上への架橋構造SWNTの生成

SWNTの生成法として,一般的に,アーク放電法,レーザ蒸発法,化学気相成長法(CVD法)の3つが上げられるが,本研究では,SWNTを基板上に直接生成できるCVD法によりSWNTをシリコン基板上に生成した.CVDセットアップを図3に示す.またSWNT生成のコアとなる金属触媒を基板に固定する方法として,シリコン基板との相性がよい触媒ディップコーティング法を用いた.本研究の目的であるSWNTの抵抗計測やピエゾ抵抗計測のために,理想的な条件として宙に浮くようにSWNTを生成する必要がある.これらを満たす構造として,架橋構造SWNTを計測に用いることにした.ディップコーティング用の触媒溶液の濃度を濃くしてしまうと,SWNTが基板に対して垂直に配向するように生成してしまうことが分かった(図4).そのため,構造間の間隙を橋渡しするようにSWNTを生成するためには,ディップコーティング用の触媒溶液をある程度,薄く調整して,ディップコーティングを行なった.触媒溶液のFeとCoをそれぞれ0.01 wt%ずつ調合した触媒溶液でCVDを行なったところ,架橋構造SWNTが生成された.

4. 架橋構造SWNTを用いたSWNTの抵抗計測およびピエゾ抵抗計測

架橋構造SWNTを用いたSWNTの抵抗計測および,ピエゾ抵抗計測を行なった.ピエゾ抵抗計測には,SWNTに変位を与えなくてはいけないため,対向カンチレバー間にSWNTを架橋させるように生成した.対向カンチレバー間に架橋構造SWNTを生成する製作プロセスを図5に示す.平面に生成したSWNTの抵抗は不安定かつ,実際の抵抗よりも大きい接触抵抗が測定を妨げる要素となる.そこで金を蒸着することで,平面のSWNTの抵抗を下げた.また,架橋構造SWNT上に金を蒸着することで,意図的に金が蒸着している部分と,金が蒸着していない部分を作り出した.金が蒸着していない部分の抵抗を,金が蒸着している部分を電極として用いることで,理想的な状態のSWNTの抵抗を計測した.図6に架橋構造SWNTを用いた,SWNTの抵抗計測およびピエゾ抵抗計測の実験概要を示す.また図7に,架橋構造SWNTに金を蒸着したときの,金がまばらについている様子を示す.平面に生成したSWNTの接触抵抗等を十分に引き下げるためには20nm以上金を蒸着しなくてはいけないことが分かった(図8).また,金を架橋構造SWNTに蒸着したときの,金の蒸着膜厚と,そのときの架橋構造SWNTの金の被覆率を調べた(図9).そのため,対向カンチレバー全体に金を蒸着する際は,20nm以上蒸着した状態,つまり架橋構造SWNTの金の被覆率が約0.7以上のときは,架橋構造SWNTの抵抗計測値が,理論計算によって求めた抵抗値とほぼ合致した(図10).

またカンチレバーにガラスピペットでz軸方向に変位を与えることで,架橋構造SWNTに軸方向の変位を与え,SWNTのピエゾ抵抗計測を行なった.その結果,架橋構造SWNTの歪が6.6%の時は理論計算とほぼ一致した(図11).

5. 結論

本研究は,SWNTの抵抗およびピエゾ抵抗計測を行なうことを目的として行なった.表面に欠損が少ない架橋構造SWNTを,SOIウェハ上に製作した対向カンチレバー間に生成し,計測対象とした.

従来問題点であった,SWNT同士の接触抵抗や,SWNTに電極を作るプロセスの煩雑さの両方を解決する手法として,構造全体に金を蒸着した.金を20nm以上蒸着することで,平面に生成されたSWNTの接触抵抗は,一万分の一程度まで軽減された.また架橋構造SWNT上に金を蒸着すると,金が蒸着している部分と,金が蒸着していない部分ができた.この架橋構造SWNT上に金がまだらについている構造を利用して,金が蒸着していない部分の抵抗を,金が蒸着している部分を電極として用いることで,SWNTの抵抗の計測を行なった.

金蒸着量と,架橋構造SWNTの金被覆率の計測を行ない,金の被覆率とそのときの架橋構造SWNTの抵抗の関係から抵抗値を算出した.その結果,理論値との誤差14%で抵抗値の計測を行なうことが出来た.この値は,不安定かつ値の大きい接触抵抗を考慮に入れなければならなかった従来の研究に比べると,小さい誤差となっている.またカンチレバーにガラスピペットで変位を与えることで,架橋構造SWNTのピエゾ抵抗計測を行なった.その結果,架橋構造SWNTの歪が6.6%の時は理論計算とほぼ一致した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「単層カーボン・ナノチューブのピエゾ抵抗計測」と題し,5章からなっている.SWNTの電気特性をセンサ等実用的なデバイスに活かすためには,数本単位のSWNTの電気特性を実験的に調べる必要がある.本論文は,センサ素子としての利用の第一歩として,基板上の特定の箇所に直接生成した数本単位のSWNTの抵抗計測および,伸びに対するピエゾ抵抗計測の手法を提案するものである.

第1章「序論」では,研究の背景と目的,論文の構成について述べている.

第2章「理論」では,SWNTの対称性の高い特殊な構造に起因する,SWNTの基礎的特性について述べている.次にSWNTの構造を決めるパラメータであるカイラリティとSWNTの電気特性の関係について述べ,本論文の抵抗計測に実際に用いた,直径1.2 nm付近のSWNTに該当するカイラリティの候補に関して理論計算による予測を行なっている.そして,SWNTのラマン分光解析について述べ,RBMと呼ばれるSWNT特有のピークからSWNTの直径の見積もる方法について述べている.

第3章「シリコン基板上への架橋構造SWNTの生成」では,シリコン基板上への架橋構造単層カーボン・ナノチューブ(架橋構造SWNT)の生成について述べている.まず本論文で用いられているSWNTの生成法である化学気相成長法(CVD法)について述べている.次に本論文の特徴の一つでもある,架橋構造SWNTを生成するために必須となる,触媒ディップコーティングについて説明し,続いてシリコンの間隙間に架橋するように生成する特徴を持つ,架橋構造SWNTの生成プロセスについて述べている.

第4章「架橋構造SWNTを用いたSWNTの抵抗計測およびピエゾ抵抗計測」では,まずSWNTの抵抗計測のための,対向カンチレバー間をSWNTが架橋する構造および,その製作方法について述べている.次に,抵抗計測のばらつきを抑えるために行なった,架橋構造SWNTへの金の蒸着について述べている.対向カンチレバー上に生成されたSWNTは,折り重なった構造をしており,抵抗が不安定である.この構造へ金を蒸着することで,プローブとSWNT間の接触抵抗のばらつきを抑え,計測したい架橋構造SWNTに対して,抵抗値自体を下げる効果について述べている.これにより,架橋構造SWNTの金がついている部分を電極として,金がついていない部分のSWNTの抵抗を計測する実験を行なった.架橋構造SWNTおよび,その表面に蒸着された金がどのような状態になっているかを調べるために,ラマン分光解析,透過型電子顕微鏡(TEM)観察,および走査型電子顕微鏡(SEM)観察を行なった.架橋構造SWNTに蒸着した金の蒸着量と,金被覆率,そのときの電気抵抗から,SWNTの電気抵抗を求めている.また,架橋構造SWNTに変位を与えたときの抵抗変化を計測し,ピエゾ抵抗効果の計測を行なっている.そして,理論計算と照らし合わせて本論文の計測方法の評価を行なった.

第5章「結論」では,本研究によって得られた成果とその結論を述べ,考察を加えている.

以上のように,本論文では数本単位のSWNTのピエゾ抵抗を計測する手法を提案し,その手法により信頼性のあるピエゾ抵抗計測を実現した.これはサブミクロンの大きさの可動部をもつMEMS構造と単層カーボン・ナノチューブとを融合した素子により可能になったものであり,知能機械情報学の発展に貢献したものである.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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