学位論文要旨



No 123953
著者(漢字) 寺田,耕志
著者(英字)
著者(カナ) テラダ, コウジ
標題(和) 身体力学構造に基づく運動スキル構成法
標題(洋)
報告番号 123953
報告番号 甲23953
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第198号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 准教授 森,武俊
 東京大学 准教授 山根,克
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,ヒューマノイドロボットのような複雑な系を扱うための枠組として,身体力学を構造化し,それをロボットの運動スキルとして,構成する方法を提案した.人間の運動計測の結果から,運動スキルの本質は身体力学構造の大域的な取り扱いにあると考えた.身体力学構造の大域的な取り扱いのためには,力学上の注目点Node(ノード)と,Node間の遷移を扱うArc(アーク)からなる構造を作ることが有効である.Nodeの設定法については探索的に探す方法,人間の運動の観察から決める方法を示し,Arcについては解析的な方法と探索的な方法両方を使うことで,効率的に構成することができる.このNodeとArcによって作られた身体力学構造を利用することで,状況に応じた様々な運動のパスを選ぶことができる.さらにこれをヒューマノイドロボットの床面運動スキルとして構成し有効性を確認した.

第1章.序論

近年のロボット研究では,家庭や,公共の場所など人間に近い場所で活躍するロボットの研究が注目されており,その中でもヒューマノイドロボットは,その身体を人間に近くなるように設計され,様々な場面で人間が行う作業を代わりに行うことが期待される.しかしヒューマノイドロボットは固定マニュピュレータ等と異なり地面に固定されないため,非ホロノミックな力学拘束の持つ難しさ,手や足,腰など実際の人間に比べればはるかに少ないがそれでも数十自由度の関節から構成されることによる冗長性の高さを持つ.このため運動の生成・制御としては難しい系となっており,その運動能力を人間と匹敵するほどに高めることは重要な課題である.一方人間はそのような複雑な力学的特性を持つ身体といえども大変巧みに扱っている.この能力を運動スキルと呼び,その本質的な原理に迫ることが人間の運動を理解し,ロボットに利用するために役立つと考えられる.そこで本研究の目的は,この運動スキルの原理が身体力学構造の理解と利用の方法だと考え,このような運動スキルを構成することである.

第2章. 身体力学構造に基づく運動スキル構成法

運動スキルというものは,人間が巧みな運動を行う能力であり,その全貌の解明は科学的にも大きなチャレンジである.ヒューマノイドロボットのような,非線形性の強い力学を持つ対象は,複雑な力学構造を持つことが予想される.このような力学構造を,Nodeと呼ぶ運動の注目点を用いて効率よく把握することは人間の運動スキルの秘訣であると考えた.この考え方をグローバルダイナミクスアプローチと呼ぶ.この考え方は身体力学構造を把握する上で細かな振舞いは捨て,身体力学構造を大域的に捉えるために,節目(Node) となるような一部の情報に着目することが重要であるという仮説である.この仮説の特徴は,目的に達する複数の経路の確保,Node間を遷移する経路Arcが複数存在するということである.これは本アプローチが最適化の方法と決定的に異なる特徴であり,たとえひとつの経路で失敗しても別の経路を使うといったようなことが可能になる.また重要なポイントを捉えることによる運動生成の簡略化がある.運動にとっていくつかの重要な点をあらかじめ決めておくことで,運動の獲得のしやすさが劇的に変わることが期待される.この仮説を,構成論的に実現し検証することが本研究の課題である.

第3章.運動スキルの計測

ここではグローバルダイナミクスアプローチの考えが,人間の運動スキルのモデルになっているか,人間の運動計測により検証を行った.一つ目として,足を大きく振って起き上がる運動では運動軌道の収束するポイントを発見した.この運動軌道の収束する点は,Nodeであると考えられる.またその点は,力学的にも,運動認識的にも,重要な点になっていることを確かめた.二つ目として,人体の抱えあげ運動では同じ運動目的に対して定性的に異なる二つの戦略が見られ,これが身体への負荷に大きくかかわっていることを発見した.これは複数のパスを持つ構造を利用して人間が運動生成をしている根拠だと考えられる.

第4章.身体力学の構造化

実際にロボットの運動スキルを構成するにあたって,まずはNodeとArcの全てを経験データから獲得できるようにしたのが,第4章で示した「有限時間到達性」に基づく,力学構造の獲得と運動生成法である.ここで用いた方法は,経験データからあるNodeまでの到達可能性を自励系の力学系として計算し,コントローラの切替えを含めて構造化する方法である.ここでの方法は原理的には,力学構造の到達的とらえ方として,本論文の理論を純粋に表している.しかしながら,自由度が少ない力学系では効果を発揮したが,大きい自由度の系では「次元の呪い」問題を起こしてしまう.そこでヒューマノイドロボットにも適応できる方法として,あらかじめNodeを与え、その間を力学的に到達可能な軌道で遷移できるかを示したNode-Arc構造を得ることが有効であると考える.

第5章. 身体力学の解析的扱い

ここではArcの構成方法として,解析的に運動生成が扱える場合の方法として「力学的三次元対称化法による運動生成」を提案した.これはZMPと重心の間のダイナミクスの解析解を計算するものであり,この解析解はオンラインの歩行生成に積極的に用いられてきた.しかしながら従来この問題は重心の高さを一定でのみしか計算できず,運動の多様性の妨げになっていた.そこで本研究では微分方程式による拘束によりこの制限が取り除けることを示した.ここでの運動生成はZMPで運動生成が扱える場合で,多様な運動を生成できる.これは解析解による方法なのである領域間の到達関係は完全に扱うことが可能である.この方法の有効性は重心の上下動を含む歩容生成や走行生成で確認した.

第6章. 身体力学の探索的扱い

転がりやすべり等がある場合はZMPを用いた方法では扱いが困難であるので,探索的に解を求める必要がある.そこで,探索的な方法でロボットの力学のある状態からある状態へ遷移する解を計算する方法として,「仮想目標切替えパタンによる運動生成」を提案した.ここでは運動の表現をコントローラの目標値とその切り替えタイミングの2つの要素であらわし,できるだけ関節空間上で広い範囲を,探索できるようにした.パラメータの探索にはランダム探索と山登り法を組み合わせた方法を用いた.ここでは有効性を投球動作,Roll and Rise Motion,跳躍動作等で確認した.とくに,ひとつの目標に対して複数の解が得られることが特徴で,大域的な力学構造の理解に重要である.またモデルがある場合の高速な探索方法として,「力学的平滑化による運動生成」を提案した.これは目標を従うべき確率分布としたとき,運動生成の問題が時系列の平滑化と同様なることを利用した方法である.目標を領域として扱うことは,局所的な制御性は犠牲になるが大域的な扱いを容易にするという意味を持つ.ここでは非ガウシアンの目標分布を扱うためパーティクルフィルタによる実装を行った.歩行動作の生成でこの方法の有効性を検証した.

第7章. 統合システム

第7章では,本研究の方法を用いて,実際にヒューマノイドロボットで身体力学構造に基づく運動スキルを構成する方法を示した。また実装例として、床面上の運動を対象にして,いくつかのNodeをあらかじめ与え,それらの遷移運動を解析的な方法と探索的な方法で調べ,力学構造を獲得した例を示した.ここでは中間Nodeなしでは,到達運動が獲得困難なNode間の運動も中間Node を用いた構造として扱っていることで,運動を獲得することができ,これは本研究のアプローチが有効性であったことを示す.

第8章. 結論

以上をまとめると,本研究でのスキル構成法によって明らかになったことは以下のようにまとめられる.人間の運動スキルは,様々な要素から成り立っているが,そのひとつとして,ある特定の状態に着目するという戦略をとっている.ヒューマノイドロボットの身体の持つ力学構造も,人間と類似であることからある特定の状態に着目するという戦略は有効であると言える.これは身体の持つ状態空間中に注目点(Node) を置くことにより,その間の到達関係という,本来の力学構造より,一段粗い構造を得ることができる.この粗い構造は身体の力学構造すべてをつくせるものでは無いが実用的な運動の生成においては有効である.Node間の遷移関係は,ロボットにおいては解析的に扱えるものは解析的に扱うことが有効である.解析的に扱えない運動も探索によって解が見付かることがある.またたとえ直接的に解を見付けることが困難であっても,NodeとArcによる構造で迂回路が発見できる.これはNode を設定する重要な利点でもある.

展望として,本論文での身体力学構造にも続く運動スキルを用いて人の動きをみてそのスキルを瞬時に学びとるシステムが考えられる.人の運動のNodeを効率的に利用できれば,ヒューマノイドロボット最大の模範ともいえる人間の運動の巧みさを取り入れることができ、ヒューマノイドロボットの発展に大きく寄与すると考えられる.本研究はその基盤に位置づけられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「身体力学構造に基づく運動スキル構成法」と題し,ヒューマノイドロボットなどの複雑な系においてロバストに目的を達成する運動を自動生成するために,身体力学の大域的構造をノードとアークからなるグラフ構造で表現し,ノードを人間の運動の計測や力学系の相空間上の探索に基づき決定する方法,アークに沿った運動を解析的ならびに探索的に求める方法を提案し,これらを利用して,ヒューマノイドの床面上での全身運動タスクのシミュレーション実験において,数個の経由姿勢を指定するのみで,目的に到達する様々な経路に対応する運動を自動生成し,それにより状況ごとに適切な経路を選択することによるロバストな運動生成が可能となることを示した研究をまとめたものであり,8章からなる.

第1章「序論」では,研究の背景と目的について述べている.ヒューマノイドロボットの特性と従来の運動生成・制御の研究の概観を踏まえ,運動スキルの原理は身体力学構造の理解と利用にあることを主張し,その方法を明らかにすることを本研究の目的としている.

第2章「身体力学構造に基づく運動スキル構成法」では,ヒューマノイドロボットのような複雑な系は,非線形性が強い高次元の力学構造を有し,このような対象を把握するため,運動の節目とも言うべきノードとその間の遷移経路を表すアークとによって大域構造を表す,グローバルダイナミクスの概念を提示した.これに基づく運動生成法を構成すれば,重要な点のみに着目することで運動生成の簡略化がなされ,また,目的状態に至る複数の遷移経路を扱うことでロバストな運動生成が可能となるとした.

第3章「運動スキルの計測」では,グローバルダイナミクスアプローチが人間の運動スキルに当てはまるかを検証している.両脚を振り上げ,振り下ろして一気に起き上がる運動を計測・解析し,多試行の運動軌道が収束する点を発見し,力学的解析や運動認識実験も併用し,目的到達上重要な点であることを示し,これがノードに相当することを明らかにした.また,人体ダミーを抱え上げる運動の計測・解析により,同じ運動目的に対して定性的に異なる二つの戦略を見出し,人間が複数の経路を含む構造を利用して運動生成している根拠とした.

第4章「身体力学の構造化」では,低次元の自励力学系において,有限時間到達性の概念に基づく探索により,全てのノードとアークを自動的に発見する手法を提示している.可能なあらゆる運動を自動生成し,状況に応じ即座に別の目的到達経路に切り替えてロバスト性を達成できる.コンパス状の2足歩行モデルで有効性を検証しているが,全身運動など,系の次元が高くなると計算量が膨大となるため,以後の各章において,より実用的な手法に取り組んでいる.

第5章「身体力学の解析的扱い」では,解析的に扱える場合の全身運動生成法を提示している.ZMP(ゼロ・モーメント・ポイント)方程式は従来,重心高さ一定のもとでの解しか知られていなかったが,微分方程式拘束に従う重心運動のもとでの解析解を提示し,これにより,歩行,走行,しゃがみ込みなど多様な全身運動を含むアークの運動生成を自動的に行えることを示した.

第6章「身体力学の探索的扱い」では,転がりやすべり等を含み,ZMP方程式で扱えない多様な運動を生成するために,制御目標値とその切り替え時刻による運動表現を新たに工夫し,その空間を確率的山登り法で探索する,仮想目標切替えパタンによる運動生成法を提示し,投球,起き上がり,跳躍等の運動の完全自動生成実験により有効性を示している.また,2章での到達領域の概念を確率分布で表現し,パーティクルフィルタ法による探索として実現した力学的平滑化による運動生成を提案し,急停止などを含む歩行動作の生成実験で検証している.

第7章「統合システム」では,第5章~第6章で提示した手法を統合し,ヒューマノイドロボットの全身運動に対して,身体力学構造に基づく運動スキル構成法を提示している.シミュレーション環境内の床面上で,等身大ヒューマノイドロボットが,腹臥位,仰臥位,座位,匍匐位,立位,歩行等を含む多様な全身運動を,数個の経由姿勢を与えるのみで自動生成できることを示し,その有効性を検証している.

第8章「結論」では,以上を総括した上で,複雑な身体の力学構造をノードとアークにより粗く大域的に表すことで,実用的な運動生成とロバストな目的達成に有効な枠組みが成立したと結論づけている.

以上,これを要するに本論文は,ヒューマノイドロボット等の複雑な身体を目的に向けてロバストに運動させる問題に関して,その身体力学構造をノードとアークにより大域的に表現し,ノードの決定法ならびにアークに対応する多様な運動を自動生成する手法を提示し,これらをシミュレーション環境中のヒューマノイドロボットの多様な全身運動の自動生成に適用してその有効性を検証したものであり,知能機械情報学上貢献するところ少なくない.よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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