学位論文要旨



No 123955
著者(漢字) 岡部,宣夫
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,ノブオ
標題(和) 大規模産業システムにおけるSecure Plug and Playアーキテクチャに関する研究
標題(洋)
報告番号 123955
報告番号 甲23955
学位授与日 2008.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第200号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 創造情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹内,郁雄
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 平木,敬
 東京大学 教授 本位田,真一
 東京大学 教授 江崎,浩
内容要旨 要旨を表示する

本研究の対象は、大規模な産業システムに対して、最新のネットワーク技術を適用することで、現在のシステムが直面している課題を解決することである。

産業システムとは、PA (Process Automation)やFA (Factory Automation)などに代表される制御システムである。この分野のシステムは、石油精製や製造ライン等の製造業、電力などのエネルギー産業、電車などの交通機関のように、社会基盤を担っている。一度故障すると莫大な被害や社会的な影響を与えるため、システムには信頼性が重視され、システムのライフサイクルは長く、5年から20年は動き続ける。このため、システムには、いわゆる枯れた技術が多く使われる。例えば、システムの末端部分はフィールド領域と呼ばれ、センサーやアクチュエータなどの多様なフィールドデバイスから構成されている。フィールド領域より上位ではIP (Internet Protocol)技術が主流であるが、フィールド領域は独自の技術が使われている。現在の大規模な産業システムのフィールド領域は、数百のコントローラと数万のフィールドデバイスから構成され、その規模は、さらに大きくなることが予想される。

現在の産業システムが抱える主な課題は以下である。第一に、グローバルスケールでの生産の効率化を実現するためには、技術的にフラットなシステムが必要である。第二に、ダウンタイムを削減するため、システムの観測技術の強化と故障からの復旧を支援するための技術が必要である。第三に、新しい通信技術の導入の容易性にすることで、新しい応用を作り出すこと。第四に、最新のデータリンク技術を活用することで経済的なワイヤリングコストを実現すること。第五に、設定作業を自動化することで、エンジニアリング作業の負担を減らすこと。第六に、フィールド領域をもカバーできる通信のセキュリティを実現すること。

本研究では、これらの課題を解決するために、下記3つ提案を行った。

1)フィールド領域のIPネットワーク化:

これにより、フィールド領域は、多様なデータリンク技術を導入することが可能となる。また、システム全体の通信基盤技術を統一することにより、技術的にフラットなシステムとり、システムをcontroller-centric モデルからの脱却させることが可能となる。この結果、機能の分散化や新しい機能の導入が容易となる。

2)フィールドデバイスに適したネットワークセキュリティアーキテクチャ:

これにより、分散システムに必須な、ネットワークのセキュリティを実現する。具体的には、IPsecを利用するが、鍵交換には従来のIKEではなく、Kerberosを利用した新しいものを提案する。このセキュリティアーキテクチャは、一般の計算機だけではなく、フィールドデバイスなど計算資源の制約されたノードにも適用可能である。また、この鍵交換プロトコルは、IETFにおいてRFC4430として国際標準化された。

3)フィールドデバイスに適したSecure Plug and Playアーキテクチャ:

これにより、フィールドデバイスなどの機器に対して、設定作業の自動化と故障からの復旧支援を提供できる。このアーキテクチャは、計算資源の限定されたノードでも適応可能なセキュリティを備えている。

本研究では、提案するアーキテクチャの試作と評価を行った。試作システムは、組込み用途のCPUを用いて、擬似フィールドデバイスとしてのノードと既存のPCを利用したサーバ群から構成される。ノード側での性能は、Plug and Playの処理に793m秒、デバイス間通信でIPsecを確立するための処理に290m秒を要した。これらの処理は、主に立ち上げ時に発生するので、性能上の問題はないと考える。また、長期間の運用では、IPsec の鍵交換(65m秒程度)が発生する。しかし、鍵の有効期限を調整することにより、鍵交換の発生頻度を調整できる。また、IPプロトコルスタック内での受信パケット処理に優先順位を導入することで、制御パケット処理への影響を小さくすることも考えられる。ノードの全オブジェクトは272Kバイトで、Plug and Play部分は16Kバイトで実現できたことにより、コンパクトな実装が可能なアーキテクチャであることを示した。

試作システムのサーバ側の性能に関しては、Kerberosのトランザクション処理時間は、646μ秒から782μ秒と十分に速かったが、PSのトランザクションよりは100m秒と遅かった。本アーキテクチャは特定のデータベース技術を仮定していないので、一般的なデータベースを用いれば、性能を改善できると考える。サーバのスケーラビリティに関しては、DHCPとNTPの対策は容易であるが、KerberosとPSのは、今後の研究課題であった。更に、試作などを通じて、サーバのセキュリティに関する考察も行った。

本研究では、実証実験も実施した。牛肉のトレーサビリティシステムにSecure Plug and Playの試作システムを適用することにより、センサーシステムの設定を自動化に貢献した。この実証実験を通じて、異なるプラットフォームへの移植性や実環境下での機能を確認した。

今後の研究課題は二つある。最初の研究課題は、防爆環境に適したデータリンク技術の検討である。産業システムの特定分野では、爆発危険性ガス、可燃性粉塵、繊維くずなど爆発などの可能性のある環境が存在する。この様な環境下でシステムを制御する場合には、該当する部分の機器が爆発や火災の原因となることを防ぐために、防爆規格という規制に従わねばならない。本研究では、このような環境下でIPパケットを搬送するデータリンクを試作したが、その性能は十分ではない。通信帯域の向上、パケットの優先処理、DoS対策が今後の研究課題である。次も研究課題は、大規模な分散システムたいするKerberosの拡張である。大規模な分散システムに Kerberos を適用すると、複数の管理領域に跨がった認証が発生する可能性がある。この場合、以下の課題を解決せねばならない。1)Kerberosサーバ間の信頼関係のモデルでは、途中のKerberosサーバが故障すると、最終的な認証が失敗するという脆弱性がある。2)認証に必要なメッセージが、Kerberosサーバ数に比例して増加するのはスケーラビリティ上の制約である。3)これらのメッセージ処理をホストが負担せねばならないため、計算資源の制約されたノードでは実現が困難である。これらのKerberos拡張に関して、IETFで標準化活動を実施している。

本研究で提案した技術は、大規模な産業システムを想定しているが、一般的なシステムにも適用可能である。まず、本アーキテクチャは、IP、IPsec、Kerberosなど、標準的なネットワーク技術に基づいている。次に、本研究で考慮したノードの制約条件(計算能力や消費電力など)は、産業システム以外の分野にも該当する。また、近年サーバ側の性能や発熱が問題を考慮すると、サーバ側の負荷軽減という観点からも、計算量の小さいセキュリティアーキテクチャは有用である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「大規模産業システムにおけるSecure Plug and Playアーキテクチャに関する研究」(英訳: A Study on Secure Plug and Play Architecture for Large Scale Industrial Systems)と題し、大規模な産業システムに対して、その技術課題と新しいシステム展開の考察と検討を行い、最新のオープンネットワーク技術の適用と、オープンネットワーク技術を適用しながらもグローバル規模の大規模システムにおいて、十分なセキュリティ機能をプラグアンドプレイに提供することを可能とするシステムアーキテクチャの検討ならびに提案、さらに、提案アーキテクチャを実現するために必要なコンポーネント技術の提案とその実装、さらに、それらの動作検証と性能評価を行っている。 本論文は、8章から成り立っており、グローバル規模で運用される大規模産業システムの要求条件を、オープンコンピュータネットワークの観点から整理し、さらに、オープンシステムの導入に伴い新たに発生するシステム上の問題および課題を明確化し、必要となるコンポーネント機能に関する具体的な要求条件の整理とそのフレームワークの提案を行い、さらに、システム全体のアーキテクチャの提案を行っている。 また、オープンシステムの導入による、これまでの大規模産業システムに対する利点を明確化、その具体的な適用手法を提案している。また、産業システムに必須となるセキュリティ機能の実現を、自律的な動作環境で、かつ低コストに実現し、さらに、運用管理コストの削減の観点から必須とされるプラグアンドプレイ機能を組み込むことを可能とするシステムアーキテクチャを提案している。 提案システムの試作とその評価を行い、提案システムの有効生を示すことに成功している。

第1章と第2章において、本研究の目的と対象である産業システムの概要とその典型的システムのシステム規模と構成を概説している。産業システムとは、Process AutomationやFactory Automationなどに代表される制御システムであり、製造業やエネルギー産業や交通機関のように、社会基盤としての責任を担っている。システム要素の障害は、社会や企業に対して莫大な被害や影響を与えるため、システムには高度な信頼性が要求される。システムのライフサイクルは長く、いわゆる枯れた技術も多く使われる。システムの末端部分はフィールド領域と呼ばれ、センサーやアクチュエータなどの多様なフィールドデバイスから構成され、固有の技術が用いられる。これに対して、上位のシステム領域では、IP(Internet Protocol)技術が主流である。現在の大規模な産業システムのフィールド領域は、数百のコントローラと数万のフィールドデバイスから構成され、その規模は、さらに大きくなることが予想されていることを議論している。

第3章では、現在の産業システムが抱える課題を検討整理、以下の6つ技術課題を解決しなければならないことを示している。(1)グローバルスケールでの生産の効率化を実現に資する技術的にフラットなシステム構成。(2)ダウンタイムの削減を実現するための高度なシステム観測技術と障害復旧技術。(3) 新しい応用を創出作するための最新の通信技術の導入を可能とするアダプタビリティ。(4) 最新のデータリンク技術による経済的なワイヤリング技術。(5)設定作業の自動化によるエンジニアリング作業の負担軽減技術。(6)フィールド領域にも適用可能な安価で安全な通信セキュリティ技術。

第4章では、関連研究として、産業用イーサネット、Plug and Playに関連した研究、end-to-endセキュリティ機構について議論し、既存研究では上記の課題が解決できないことを示している。

第5章では、上述した課題を解決するためのアーキテクチャをとして以下の3つの特徴を持つシステムの提案を行っている。1)フィールド領域のネットワーク化は、フィールド領域が多様なデータリンク技術を導入することを可能にする。システム全体の通信基盤技術を統一することは、技術的にフラットなシステムを意味し、システムをcontroller-centric モデルから脱却させ、システムの分散化と高機能化を容易にする。2)フィールドデバイスに適したセキュリティアーキテクチャは、分散システムに必須なネットワークのセキュリティを実現する。通信のセキュリティにはIPsecを利用するが、その鍵交換には新しい方式を提案することにより、計算資源の制約されたフィールドデバイスなどのネットワーク機器にも適用可能となる。この鍵交換プロトコルを普及させるために、IETFにおいてRFC4430として国際標準化を行った。3)フィールドデバイスに適したSecure Plug and Playアーキテクチャは、フィールドデバイスなどのネットワーク機器に対して、設定作業の自動化と故障からの復旧支援を提供する。これは、上述したセキュリティアーキテクチャに基づくため、計算能力の限定されたネットワーク機器が適用できるセキュリティを備えている。

第6章では、提案するアーキテクチャの試作と評価を行っている。試作システムは、組込み用途のCPUを用いた試作ドデバイスと既存のPCを利用したサーバ群から構成される。試作デバイスの性能評価の結果、実運用に必要な性能を実現可能であることを確認することができた。ノードの全オブジェクト(リアルタイムOSやIPスタックを含む)は272kbytesであったが、Plug and Play部分は16kbytesで実現することに成功しており、コンパクトな実装が可能なアーキテクチャであることを示した。試作システムのサーバの性能に関して、Kerberosのトランザクション処理時間は1ミリ秒以下と十分な性能を実現していることを確認することができた。(独自仕様の)データベースとのトランザクション処理には改善の余地が見出されたが、一般的なデータベースを用いれば、性能を改善できると期待される。さらに、本研究では、種々の実証実験と通じて、異なるプラットフォームへの移植性や実環境下への適用性も確認することができた。起動中の機器に対するセキュリティを考慮したPlug and Play機能、計算コストの低いセキュリティアーキテクチャ、さらに拡張性と暗号アルゴリズムのポータビリティー性に優れるアーキテクチャは、産業システム以外の応用領域においても適用可能であり、かつ有用である。

第7章では、今後の研究課題を明らかにしている。第一は、防爆環境に適したより高性能なデータリンク技術の検討である。通信帯域の向上、パケットの優先処理、DoS対策が今後の研究課題である。第二は、大規模な分散システムに適したKerberosの拡張である。大規模な分散システムに Kerberos を適用するなら、複数の管理領域に跨がった認証を想定し、以下の課題を解かねばならない。(1)途中のKerberosサーバが故障すると、最終的な認証が失敗するという脆弱性への対処。(2)認証に必要なメッセージが、Kerberosのサーバ数に比例して増加してしまう。(3)メッセージ処理をホストが負担せねばならないため、計算資源の制約されたノードでは実現が困難となる。

最後に、第8章では、「まとめ」として,本論文での議論の総括と,今後の課題について述べている.

本論文では、グローバル規模で動作する大規模産業システムに対して、その技術課題の考察と検討を行い、最新のオープンネットワーク技術を適用しながらもグローバル規模で十分なセキュリティ機能をプラグアンドプレイに提供することを可能とするシステムアーキテクチャを提案、試作システムの設計と実装、さらに、それらの動作検証と性能評価を行っており、その有用性は高く評価できる。

以上のように、本論文は、情報システムアーキテクチャにおける実用性の高い結果を示しており、情報理工学における創造的実践に関して高い価値が認められる。よって、本論文は博士(情報理工学)の学位論文として合格と認められる。

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