学位論文要旨



No 123958
著者(漢字) 三宅,亮介
著者(英字)
著者(カナ) ミヤケ,リョウスケ
標題(和) β-ペプチドを鋳型として用いた金属イオンの配列制御
標題(洋) Well-defined Metal Array Templated by β-Peptides
報告番号 123958
報告番号 甲23958
学位授与日 2008.04.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5250号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 長谷川,哲也
内容要旨 要旨を表示する

[序]

高度な機能をデザインして集積型金属錯体を構築していくには、多様な機能性部位を数や配列を制御して合成可能な金属配位子モチーフの開発が必要不可欠である。ペプチドは、アミノ酸側鎖由来の種々の官能基が導入可能であり、かつ、数や配列を制御した合成法が確立しているので、金属配位部位をもつペプチドは、この目的にあった金属配位子となる。

そこで、本研究では、金属配位子を側鎖に持つ人工のペプチド配位子を開発し、これを用いて、デザイン性の高い機能性集積型金属錯体の新たな合成アプローチを確立することを目的とした。本論文では、側鎖に金属配位部位をもつ新規ペプチド型配位子の設計・合成と、これらのペプチド型配位子のディスクリートな環状および鎖状錯体の合成とその性質について述べる。

[β-ペプチド型配位子の設計と合成]

ペプチド型配位子に求められることは、金属錯体を合成した際に一義的な構造を取ることである。α-ペプチドに比べ炭素骨格が一分子分長いβ-ペプチドは、一般的に比較的短いオリゴマーでも安定な二次構造を構築することが知られている。そこで、本研究ではペプチド骨格にβ-ペプチドを用いることとした。金属配位子としてプロパンジアミンユニットを側鎖にもつ人工β-アミノ酸をビルディングブロックとして設計し、様々な長さで縮合したβ-ペプチド型配位子1-3を合成することとした (Chart 1)。アミノ基に選択的に保護基を導入した2,2-bis(tert-butoxycarbonylaminomethyl)-3-phthalimidopropanoic acid を出発原料とし、モノペプチド2、ジペプチド1は液相法で、オクタペプチド3は固相法を用いて、いずれもマイクロ波照射条件下で縮合することにより合成した (Scheme 1)。

[β-ペプチド型配位子の自己集積型環状錯体の合成と構造]

β-ジペプチド1はNi(ClO4)2・6H2Oと1:1の比で混合し、50 °Cで3 時間攪拌することで、四核環状Ni(II)錯体を構築することが明らかとなった。X線単結晶構造解析の結果、このNi(II)錯体は、四つのNi(II)イオンと四つの人工β-ジペプチド1からなる環状錯体であり、1のC末端側のC-β-N)部位 (C(8)-N(4), C(20-N(11))で大きく折れ曲がり平行四辺形状になっていた。さらに、平行四辺形の辺の中央に位置するNi(II)イオン配位部位が、この平面から上下に張り出したねじれボート構造を取っていた (Figure 1a-c)。また、錯体の上下に互いに直行する二つの溝(Figure 1c グレーの溝)と、中心に直径約2 Aのホール(Figure 1c 赤の円)を持ち、小分子の一次元集積場として機能することが明らかとなった。これらの空間には、ペプチド由来の水素結合ドナー分子が集まり、水素結合のアクセプターとなるClO4-アニオンやH2Oが集積化していた。上下の溝には、ClO4-アニオンとH2Oが交互に整列しており、環状構造の中心にあるホールには、ClO4-アニオンとH2OがH2O-H2O-ClO4の順で配列化していた (Figure 1d, e)。興味深いことに、ホールに位置する二つのH2Oは、O-O距離が2.58 Aと非常に近接し、四核環状Ni(II)錯体の作る特異な空間により束縛を受けて存在していることが明らかとなった。

結晶パッキング構造に目を移すと、四核環状Ni(II)錯体は、方向をそろえてc軸方向にスタックしており、中央のホールがチャンネルを構築していた。さらに、ホール中にあるH2O-H2O-ClO4-がこの繰り返し配列で連なった一次元鎖が貫通していた。

これらのH2O、ClO4-アニオンの配列は、カウンターアニオンによって制御可能であった。 Ni(ClO4)2・6H2Oに代わりに、Ni(BF4)2・6H2Oを用いた場合には、Ni414(BF4)8(H2O)12の組成を持ち、ねじれボート型の四核環状錯体を構築していたが、Figure 2に示すようにホール中での配列が異なっており、H2O-H2O-H2Oという対称な配列となっていた。また、結晶中のパッキング構造を比較するとチャンネルを形成しておらず、ホール中の水分子の配列が、それぞれ独立に存在しており、カウンターアニオンにより大きく変化した。また、カウンターアニオンを一部分BF4に置き換えた場合は、ホール中の配列はH2O-H2O-H2Oであったが、結晶パッキング構造中ではチャンネルを構築しており、四核環状錯体周りの水-アニオン集積場は、カウンターアニオンにより、精緻に制御可能であることが分かった。

[β-ペプチド型配位子の自己集積型鎖状錯体の合成とその性質]

β-ペプチド配位子は、金属錯体の集積のための鋳型として用いることも可能である。そこで、β-ペプチド型配位子を用いて、ディスクリートな鎖状錯体の合成を目指した。1H NMRスペクトル測定およびにESI-TOF massスペクトル測定より、β-ペプチド型配位子1-3は、[BipyM(NO3)2]( M = Pd2+, Pt2+)とプロパンジアミン部位が1:1 の比で錯体形成し、数を制御してBipyM2+を定量的に集積できることが分かった (Figure 3)。ペプチドはヘリックス構造などの多様な構造モチーフを持っているので、これらのβ-ペプチド型配位子は、ペプチドの高次構造を鋳型とした金属錯体の三次元配列を制御した集積の鋳型としての展開が期待される。

[結論]

本研究では、側鎖にプロパンジアミンユニットを金属配位部位として、それぞれ1, 2, 8個持つβ-ペプチド型配位子1-3を設計・合成した。これらのβ-ペプチド型配位子から、ディスクリートな四核環状Ni(II)錯体およびに鎖状Pd(II), Pt(II)錯体を合成した。環状のNi(II)錯体では、ペプチド由来のアミノ基やアミド基を集積することにより、内部に水-アニオンの一次元集積場が構築できた。また、これらの集積場は、カウンターアニオンにより制御可能であり、これらに加えて、β-ペプチド型配位子のアミノ酸配列や金属イオンの種類により、非常にデザイン性の高い機能空間が構築出来る可能性が示された。一方、鎖状錯体では、β-ペプチド型配位子は鋳型として働き、数をコントロールした金属錯体の集積が可能であることが明らかとなった。本方法論はPd(II) およびPt(II)錯体に対して有効であり、一般性の高い配列を制御した金属錯体の集積法となりうる。以上より、β-ペプチド型配位子を用いた金属錯体はデザイン性が高いことが示された。β-ペプチド型配位子のアミノ酸配列中に、種々のアミノ酸が導入可能であるので、今後、本研究で開発したβ-ペプチド型配位子を用いた金属錯体合成法は、デザイン性の高い機能性金属錯体の合成アプローチとして発展していくことが期待できる。

Chart 1 本研究で設計したβ-ペプチド型配位子1-3とそのビルディングブロック

Scheme 1 β-ペプチド型配位子1-3の合成スキーム

Figure 1 Ni414(ClO4)8(H2O)10環状錯体の結晶構造 (ORTEP図:存在確率50%) : top view (a), side view (b)とねじれボート構造の模式図 (c:2つの溝は灰色で、中央にあるホールは赤で示す)とNi(II)錯体上に存在するH2O, ClO4-イオン:中央のホール中(d)と上下の溝にはまりこむH2O, ClO4-イオン(e)

Figure 2 カウンターアニオンを交換した場合 ((左)ClO4塩、(右)BF4塩) のホール中の水、アニオンの配列:環状錯体単体での比較(上段)、結晶パッキング構造全体での比較(下段)

Figure 3 ペプチド型配位子を鋳型に用いた[BipyM]2+の数を制御した集積のスキーム

審査要旨 要旨を表示する

高次機能を持つ分子や分子集合体を構築する研究領域において、普遍性かつ必要性の高い課題は、機能性ビルディングブロックを設計どおりに配列するための新しい手法の開発である。生体分子の一つであるペプチドは、様々な構造モチーフを持ち、その構成要素であるアミノ酸はその側鎖に多様な官能基を有している。これらは、合成化学的に改変が可能であり、さらに、合目的的な配列で合成する方法論が確立しているため、デザイン性の高い機能性素子として利用することが可能である。また、金属錯体は、配位様式の幾何学的特性に加え、酸化還元能・磁性・光物性・ルイス酸性といった有機化合物とは異なる特有の性質を有している。よって、これらを組み合わせることにより、さまざまな新しい物性の発現が期待できる。本研究は、そのアミノ酸配列を自在に設計できるペプチドの特性を活かし、機能性部位の配列を制御して集積した機能性金属錯体の合成を行うことを主たる目的とした。側鎖にプロパンジアミンを金属配位部位としてもつ人工のペプチド型配位子を新規合成し、このペプチド型配位子がディスクリートな環状あるいは鎖状金属錯体を形成することを明らかにした。また、固体状態や液体状態における各種分光分析および質量分析による詳細な構造解析から、これらの金属錯体が水分子やアニオン分子の捕捉配列機能や、定まった数の金属イオンを集積する機能をもつことを見出している。

本論文は全5章からなり、第1章では、本研究の目的、背景が詳述されており、機能性錯体の合成アプローチを、機能創製の主体が有機配位子と金属イオンの2種類に大別し、まとめてある。

第2章では、本研究で用いる人工β-ペプチド型配位子の設計および合成について報告している。側鎖にプロパンジアミンユニットを導入したβ-アミノ酸をビルディングブロックとして縮合することにより、様々な長さの人工β-ペプチド型配位子を合成した。マイクロ波照射条件下でのカップリングを用いて、液相法および固相法の双方において、効率的な合成法を確立し、人工β-ペプチド型配位子を様々な配列で合成する手法を確立した。

第3章では、人工β-ペプチド型配位子を用いた環状錯体の合成とその構造と特性について報告している。本研究で合成したジペプチド型配位子が架橋配位子として働きうることに注目し、Ni(II)イオンの環状四核錯体を構築することに成功した。X線単結晶構造解析の結果から、環状四核錯体は内部にペプチド由来の官能基が集まったホールや溝を有しており、これらの空間が小分子の特異な集積場を提供することを明らかにした。また、異なるカウンターアニオンをもつ環状四核Ni(II)錯体を合成することにより、これらの分子集積場をカウンターアニオンの種類により制御できることを明らかにした。ペプチドはアミノ酸配列を変えて合成できるため、この人工β-ペプチド型配位子の環状錯体は、金属錯体の機能空間をデザインして合成していく上で重要な基本モチーフとなる。また、これらの環状四核錯体は、アセトニトリル溶液の質量分析から、溶液中でもその基本骨格が安定に存在することが示された。

第4章では、人工β-ペプチド型配位子を用いたディスクリートな鎖状錯体の合成とその特牲について報告している。1HNMRスペクトル測定と質量分析により、人工β-ペプチド型配位子中の金属配位部位の数に応じて、Pd(II)錯体およびにPt(II)錯体を集積できることを明らかにし、複数種の金属錯体に対して数を制御した集積法として有用であることを示した。

第5章では、本論文の総括および今後の研究展望が述べられている。

以上のように、本博士論文では、側鎖にプロパンジアミンを金属配位部位として導入した人工β-ペプチド型配位子を用いた機能性金属錯体の合成法が確立された。また、人工β-ペプチド型配位子が形成する環状および鎖状金属錯体の機能が、ペプチドのアミノ酸配列により制御可能であることを示した。これらの研究成果は、機能性金属錯体の分子設計と合成法に関する重要な知見を与え、ナノ分子科学の基礎の発展に大きく寄与している。よって、博士(理学)取得を目的とする学術研究として十分な意義を有する。なお、本論文における各章の研究は、他の複数の研究者との共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となって実験、解析および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有するものと認める。

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