学位論文要旨



No 123959
著者(漢字) 西駕,俊祐
著者(英字)
著者(カナ) サイガ,シュンスケ
標題(和) シロイヌナズナにおけるOBE1遺伝子及びOBE2遺伝子の分子遺伝学的解析
標題(洋) Molecular genetic analysis of OBE1 and OBE2 in Arabidopsis thaliana
報告番号 123959
報告番号 甲23959
学位授与日 2008.04.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5251号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 准教授 上田,貴志
 東京大学 准教授 川口,正代司
 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 教授 塚谷,裕一
内容要旨 要旨を表示する

モデル生物である高等植物シロイヌナズナの発生における連続的な器官形成には、茎頂及び根端の分裂組織に存在する幹細胞集団が必要不可欠である。そのため、シロイヌナズナの生命維持にはこの2つの分裂組織は必須であり、その形成/維持の機構を理解することは高等植物の発生を理解する上で非常に重要であると考えられる。

私は本研究においてERECTA(ER)遺伝子の茎頂分裂組織における発現を制御するDNA領域の解析と、茎頂及び根端分裂組織の発生を制御するOBERONI(OBE1)遺伝子及びOBERON2(OBE2)遺伝子の解析をおこなった。

ER遺伝子は茎分裂組織において強く発現し、その発現は翻訳開始点の上流-586から-278のDNA領域によって制御されていることがこれまでの研究によって明らかにされている。私はリンカースキャニング法を用いて、ERの発現制御領域のより詳細な解析をおこなった。ERの上流1.3kbのプロモーターDNA断片内に50塩基のリンカーを挿入した10種類の改変プロモーターによってGUS遺伝子を発現させるコンストラクトを導入した形質転換植物を作製し、リンカーの挿入によるERの茎頂分裂組織における発現に対する影響を調べた。10種類の形質転換植物のうち、9種類の形質転換植物では、野生型のERプロモーターと同様のGUS発現パターンを示したが、-390から-341の領域にリンカーを挿入した形質転換植物では茎頂分裂組織においてGUS染色が観察されなかった。-430から-381及び-350から-301にリンカーを挿入した形質転換植物ではGUSの発現パターンに野生型との違いは観察されなかったことから、ERの茎頂分裂組織における発現には、翻訳開始点の上流-380から-351の領域が必要であることが示唆された。今回同定された30塩基のDNA配列をデータベ一スを用いて解析したところ、既知の転写因子の結合配列と一致する配列は見出されなかったので、今後はYeast one-hybirdを用いて、ERの発現を制御するタンパク質を同定することにより、ERの茎頂分裂組織での発現とその機能をより理解することが期待される。

OBE1とOBE2はコードするタンパク質のアミノ酸レベルで84%の相同性を持つ非常によく似た遺伝子である。OBE1とOBE2は推定アミノ酸配列から、planthomeodomain(PHD)fingerドメインとcoiled-coilドメインを持つタンパク質をコードしていることが分かった。PHD fingerドメインは4つのシステイン、1つのヒスチジン、3つのシステインの順で、それぞれの間に一定の数のアミノ酸を含む約60のアミノ酸から構成されているドメインであり、これまでに動物や植物の核に局在するタンパク質で見つかっている。そこでOBE1とOBE2遺伝子をレポーター遺伝子のGFP遺伝子と結合させた融合遺伝子を35Sプロモーターで発現させるような形質転換植物の根毛においてそれらの融合遺伝子の細胞内局在を調べた結果、OBE1とOBE2はどちらも核に局在することが分かり、OBE1とOBE2は他のPHD fingerタンパク質と同様に核内で働くタンパク質であることが示唆された。

次にOBE1とOBE2の植物体における機能を調べるために、T-DNA挿入変異体及び点突然変異体の解析をおこなった。T-DNA挿入変異体obe1-1とobe2-2はそれぞれOBE1,OBE2の発現が検出できなかったことからヌル変異体であることが推測された。また点突然変異体obe2-2はPHD fingerドメインの途中で翻訳が停止してしまうような塩基置換を持っており、このアリルもOBE2が正常な機能を失っていることが推測された。これら3つの変異体の形態観察をおこなったところ、野生型との違いは全く観察されなかった。OBE1とOB2は非常によく似た遺伝子であることから、この2つの遺伝子はシロイヌナズナにおいて冗長的に機能している可能性が考えられたので、obe1-1 obe2-1とobe1-1 obe2-2の2通りの組み合わせで二重変異体を作製し、その形態観察をおこなったところ、どちらの組み合わせの二重変異体においても、野生型と比べて著しい発生異常が観察された。シロイヌナズナの野生型では発芽後、2枚の子葉を展開し、8枚から12枚のロゼット葉を形成した後、花芽を形成し抽台する。一方、obe1-1 obe2-1は発芽後、まず1枚から4枚の子葉を展開し、1組のロゼット葉(1枚から3枚)を生じた後、花芽を形成せずに発生を停止し、枯死した。obe1-1 obe2-2もobe1-1 obe2-1と同様の表現型を示したので、obe1-1 obe2-1をobe1 obe2二重変異体としてより詳細な解析をおこなった。obe1 obe2が1組のロゼット葉を形成した後に発生を停止してしまうことから、茎頂分裂組織に異常があることが推測されたので、電子顕微鏡及び切片作製による茎頂分裂組織の観察をおこなったところ、obe1 obe2では茎頂分裂組織の領域が発芽後の時間の経過と共に縮小していくことが分かった。また、obe1 obe2では地上部だけではなく地下部においても異常が観察された。obe1 obe2の根は発芽後、全く伸長せず、根端分裂組織の形態は野生型のような規則正しい細胞配列は全く観察されなかった。この結果から、obe1 obe2では茎頂分裂組織だけではなく、根端分裂組織においても異常があることが示された。

obe1 obe2で観察された茎頂及び根端の分裂組織の異常は発芽直後から観察されたことから、これらの異常は胚発生において既に起こっていることが示唆されたので、遺伝子型がOBE1obe1 obe2obe2の個体のさやの中に存在する胚の観察をおこなった。obe1 obe2の形態異常は主にtransitionステージから観察された。野生型ではtransitionステージにおいて皮層/内皮の幹細胞から皮層及び内皮の2つの層が形成されるが、obe1 obe2では大部分の個体で皮層/内皮の幹細胞由来の層が1層しか観察されなかった。また、将来地上部になる部分の原表皮の細胞層は、植物の一生を通じて垂層分裂しかおこなわないが、obe1 obe2のtransitionステージ胚では、一部の原表皮細胞で並層分裂が観察された。heartステージになると、obe1 obe2の発生の異常はより顕著となり、将来胚軸や根の維管束になる細胞の縦方向への伸長欠損や子葉の数の増加、コルメラ層の欠失が観察された。以上の形態観察からobe1 obe2では胚発生において既に茎頂及び根端の分裂組織の形成/維持に異常があることが示唆された。

obe1 obe2は分裂組織の形成/維持に異常があることが示唆されたので、その異常と類似した表現型を示す他の突然変異を交配によって導入し、その形態観察をおこなった。WUSCHEL(WUS)やCLAVATA3(CLV3)、SHOOT MERITEMLESS(STM)遺伝子は茎頂分裂組織の形成/維持において重要な役割を果たしていることがこれまでに明らかになっている。wus変異体は胚発生における茎頂分裂組織の形成に欠損があり、発芽後に発生を停止してしまうが、10日前後経過した後、本来茎頂分裂組織が形成されるはずの領域の脇から新たに葉やシュートを形成する。clv3変異体はwus変異体とは逆に、茎頂分裂組織が肥大化する表現型を示す。しかし、obe1 obe2 wus及びobe1 obe2 clv3三重変異体はどちらもobe1 obe2二重変異体と同じ表現型を示したことから、obe1 obe2二重変異体はwus変異体やclv3変異体に対して遺伝的に上位であることが示された。一方、obe1 obe2 stm三重変異体ではロゼット葉形成されず、obe1 obe2二重変異体とstm変異体を足したような表現型が観察されたことから、茎頂分裂組織の形成/維持においてOBE1とOBE2はSTMとは別な経路で働いていることが示唆された。

形態観察や遺伝学的解析の結果から、obe1 obe2二重変異体では分裂組織の形成/維持に異常があることが明らかとなったので、その分子メカニズムをより詳細に明らかにするためにまず、茎頂分裂組織の形成/維持に必要な遺伝子の発現解析をGUS染色及びin situ hybridizationを用いておこなった。茎頂分裂組織のマーカー遺伝子であるCLV3とWUSの発現はobe1 obe2のheartステージまでは観察されたが、それ以後のステージでは観察されず、obe1 obe2の形態観察で示された茎頂分裂組織の異常と一致していた。一方STMの発現は胚発生の間は野生型とobe1 obe2二重変異体の間で違いは観察されなかったことから、OBE1とOBE2はSTMの発現には関与していないことが示唆され、これらの遺伝子が別な経路で働いているという遺伝学的解析によって示唆された結果と一致した。

次にobe1 obe2二重変異体において、根端分裂組織の形成/維持に必要な遺伝子の発現解析をGUS染色及びin situ hybridizationを用いておこなった。根端分裂組織のマーカーであるQCマーカーとWUSCHEL RELATED HOMEOBOX5の発現はobe1 obe2ではどの時期においても観察されなかったことからobe1 obe2では根端分裂組織が形成されていないことが示唆された。次に根端分裂組織の形成に重要な遺伝子であるMONOPTEROS(MP)やPLETHORA1(PLT1)、CARECROW(SCR)の発現解析をおこなった。野生型ではMPは胚発生初期から発現し、根端分裂組織の前駆体であるレンズ型細胞の形成に必須の遺伝子であることが知られている。PLT1やSCRも胚発生初期から発現しており、この2つの遺伝子はレンズ型細胞が静止中心に特定化される時に独立に働くことが知られている。obe1 obe2の胚ではMPの発現は観察されたが、PLT1やSCRの発現は観察されなかったことから、obe1 obe2ではレンズ型細胞が静止中心に特定化される過程において異常があることが示唆された。

以上の形態観察及び発現解析の結果から、OBE1とOBE2は茎頂及び根端分裂組織の形成/維持に必要な遺伝子であることが示されたが、この2つの遺伝子がコードするタンパク質の具体的な機能については本研究では明らかにすることができなかった。しかし、近年、動物においてPHD fingerタンパク質が、ヒストンH3の4番目のリジン残基のうち、トリメチル化修飾されたリジン残基を特異的に認識し、結合することが明らかにされており、ヒストンH3のトリメチル化修飾された4番目のリジン残基は、発現することが示されている遺伝子の5'側の発現制御領域に多く存在することが知られている。obe1 obe2において茎頂及び根端分裂組織の形成/維持に必要な遺伝子の発現が欠失していたことから、OBE1とOBE2は、トリメチル化修飾されたリジン残基を特異的に認識することによって、これらの遺伝子の転写を活性化させるようなタンパク質である可能性が考えられる。今後はクロマチン免疫沈降を用いた解析をおこなうことにより、OBE1とOBE2の機能を明らかにしていくことが必要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、4章からなる。第1章は、イントロダクションであり、本研究の背景意義などを述べている。第2章は、ER遺伝子の発現調節領域の解析を行った。第3章が中心的な成果であり、以下に述べる。第4章は、この研究全体の総括・総合考察となっている。

モデル生物である高等植物シロイヌナズナの発生における連続的な器官形成には、茎頂及び根端の分裂組織に存在する幹細胞集団が必要不可欠である。そのため、シロイヌナズナの生命維持にはこの2つの分裂組織は必須であり、その形成/維持の機構を理解することは高等植物の発生を理解する上で非常に重要であると考えられる。

本研究ではERECTA(ER)遺伝子の茎頂分裂組織における発現を制御するDNA領域の解析と、茎頂及び根端分裂組織の発生を制御するOBERON1 (OBE1)遺伝子及びOBERON2 (OBE2)遺伝子の解析をおこない、植物の発生分化過程における重要な遺伝子を新発見した。

OBE1とOBE2はコードするタンパク質のアミノ酸レベルで84%の相同性を持つ非常によく似た遺伝子である。OBE1とOBE2は推定アミノ酸配列から、plant homeodomain (PHD) fingerドメインとcoiled-coi1ドメインを持つタンパク質をコードしていることが分かった。PHD fingerドメインは4つのシステイン、1つのヒスチジン、3つのシステインの順で、それぞれの間に一定の数のアミノ酸を含む約60のアミノ酸から構成されているドメインであり、これまでに動物や植物の核に局在するタンパク質で見つかっている。植物における新規の遺伝子である。次にOBE1とOBE2の植物体における機能を調べるために、T-DNA挿入変異体及び点突然変異体の解析をおこなった。その結果から、OBE1 OBE2では茎頂分裂組織だけではなく、根端分裂組織においても異常があることが示された。

OBE1 OBE2の形態異常は主にtransitionステージから観察された。野生型ではtransitionステージにおいて皮層/内皮の幹細胞から皮層及び内皮の2つの層が形成されるが、OBE1 OBE2では大部分の個体で皮層/内皮の幹細胞由来の層が1層しか観察されなかった。また、将来地上部になる部分の原表皮の細胞層は、植物の一生を通じて垂層分裂しかおこなわないが、OBE1 OBE2のtransitionステージ胚では、一部の原表皮細胞で並層分裂が観察された。heartステージになると、OBE1 OBE2の発生の異常はより顕著となり、将来胚軸や根の維管束になる細胞の縦方向への伸長欠損や子葉の数の増加、コルメラ層の欠失が観察された。以上の形態観察からOBE1 OBE2では胚発生において既に茎頂及び根端の分裂組織の形成/維持に異常があることが示唆された。このように新規な遺伝子を発見し、その機能を推定した。

OBE1 OBE2は分裂組織の形成/維持に異常があることが示唆されたので、その異常と類似した表現型を示す他の突然変異を交配によって導入し、その形態観察をおこなった。OBE1 OBE2 wus及びOBE1 OBE2 clv3三重変異体はどちらもOBE1 OBE2二重変異体と同じ表現型を示したことから、OBE1 OBE2二重変異体はwus変異体やclv3変異体に対して遺伝的に上位であることが示された。一方、OBE1 OBE2 stm三重変異体ではロゼット葉形成されず、OBE1 OBE2二重変異体とstm変異体を足したような表現型が観察されたことから、茎頂分裂組織の形成/維持においてOBE1とOBE2はSTMとは別な経路で働いていることが示唆された。

OBE1 OBE2二重変異体では分裂組織の形成/維持に異常があることが明らかとなったので、茎頂分裂組織の形成/維持に必要な遺伝子の発現解析をおこなった。茎頂分裂組織のマーカー遺伝子であるCLV3とWUSの発現はOBE1 OBE2のheartステージまでは観察されたが、それ以後のステージでは観察されず、OBE1 OBE2の形態観察で示された茎頂分裂組織の異常と一致していた。一方STMの発現は胚発生の間は野生型とOBE1 OBE2二重変異体の間で違いは観察されなかったことから、OBE1とOBE2はSTMの発現には関与していないことが示唆され、これらの遺伝子が別な経路で働いているという遺伝学的解析によって示唆された結果と一致した。

次に、根端分裂組織の形成/維持に必要な遺伝子の発現解析をGUS染色及びin situ hybridizationを用いておこなった。根端分裂組織のマーカーであるQCマーカーとWUSCHEL RELATED HOMEBOX5の発現はOBE1 OBE2ではどの時期においても観察されなかったことからOBE1 OBE2では根端分裂組織が形成されていないことが示唆された。次に根端分裂組織の形成に重要な遺伝子であるMONOPTEROS(MP)やPLETHORA1(PLT1)、SCARECROW(SCR)の発現解析をおこなった。野生型ではMPは胚発生初期から発現し、根端分裂組織の前駆体であるレンズ型細胞の形成に必須の遺伝子であることが知られている。PLT1やSCRも胚発生初期から発現しており、この2つの遺伝子はレンズ型細胞が静止中心に特定化される時に独立に働くことが知られている。OBE1 OBE2の胚ではMPの発現は観察されたが、PLT1やSCRの発現は観察されなかったことから、OBE1 OBE2ではレンズ型細胞が静止中心に特定化される過程において異常があることが示唆された。

以上のように、シュート頂・根端における重要な遺伝子機能を発見し、シロイヌナズナ発生分化過程に新たな一歩を前進させたことが特筆される。

なお、本論文第3章は、古水千尋、横山隆亮、倉田哲也、佐藤修正、加藤友彦、田畑哲之、鈴木光宏、米田好文との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の伊予が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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