No | 123972 | |
著者(漢字) | 日野,公洋 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒノ,キミヒロ | |
標題(和) | 腸管分化に関わるmicroRNAの探索とその発現制御解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 123972 | |
報告番号 | 甲23972 | |
学位授与日 | 2008.04.17 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6851号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.序論 microRNA(miRNA)とは細胞内在性の21塩基程度の機能性RNAのことであり、部分的相補的な塩基認識を介して標的RNAの翻訳抑制や不安定化を引き起こすことが知られている。miRNAは細胞分化や増殖、ガン化やアポトーシスなどに関与していることが報告されており、これら以外にも様々な細胞諸現象に関与していると考えられている。 miRNAは細胞内のゲノムにコードされており、primary-miRNA(pri-miRNA)と呼ばれる長い初期転写産物として転写される。この初期転写産物はmRNAと同様に5'末端にcap構造、3'末端にpoly A配列が付加されている。その後、種々のプロセシングステップを経て21塩基程度のmature miRNAとなり、miRNPと呼ばれるeffecter complex内で標的RNA認識のguide RNAとして機能する(Fig.1)。 現在、miRNAはhumanで541種類、mouseで443種類見つかっており(miRBase ver10.2に登録されているmiRNA数)、それらは全遺伝子の30%を制御しているとの予測もある。しかし、現状では未知の部分が多く、今後の解析が期待されている。 腸管上皮細胞は腸管の底部から繊毛先端に到達するまで5日程度と細胞の寿命が短いため、細胞増殖や分化に関する研究が非常に活発に行われている。miRNA研究においても、腸管由来細胞株や腸管組織を用いた大規模miRNAクローニングが行われており、腸管は多くのmiRNAが報告されている組織の1つとなっている。しかし、それらのデータは組織としての発現プロファイルを与える一方、組織内のどの細胞で発現しているかという部位的な情報や、どういう時期に発現変化が起こるかという時期的な情報を示してはいない。そのため、miRNAが発現している細胞の同定、分化やガン化などの細胞形質の変化に伴うmiRNAの発現解析を行うことはmiRNAの機能解析に重要な示唆を与えるものと考えられる。 ヒト大腸ガン由来細胞株であるCaco-2細胞は、分化誘導によって小腸吸収上皮細胞の形質を獲得することが知られており、in vitroでの吸収上皮細胞分化メカニズムの解析や、薬物吸収テストなどに用いられている。腸管上皮細胞は組織からの精製、培養が困難であるため、Caco-2細胞を用いたin vitro分化誘導系は腸管分化のメカニズムを解明する上で非常に重要な系となっている。 我々は、Caco-2細胞を用いたin vitro分化誘導系を用いて、腸管上皮細胞分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析を行った。腸管分化に関与するmiRNAの報告は未だに無く、腸管分化時に発現量の変化するmiRNAを探索、同定することは腸管分化のメカニズムに新たな視点を導入することになると考えている。 2.方法・結果 Caco-2分化誘導系による吸収上皮細胞分化を確認するため、吸収上皮細胞の分化マーカーとして知られているLactase phlorizin hydrolase(LPH)、Sucrase-Isomaltase(SI)の発現量変化をRT-PCRを用いて検出した(Fig.2A)。分化誘導が確認された試料を用いて、吸収上皮分化誘導前後のCaco-2細胞間でのmiRNAの発現量変化をTaqMan miRNA assay kitを用いて定量した。Caco-2分化誘導系において、多くのmiRNAがその発現量を変化させることが分かったが、我々はそれらの中から、分化後Caco-2細胞内で特に高いintensityを示し、分化誘導において高い発現誘導性を示すmiR-194に注目した(Fig.2B)。 腸管上皮細胞はcrypt底部から繊毛の先端に向かって細胞分化が階層的に進むことが知られている(Fig.3A)。Caco-2細胞分化誘導系において発現上昇を示すmiR-194が、in vivoにおいて発現上昇を示すかどうかを検討するため、miR-194の発現分布をin situ hybridization (ISH) を用いて観察した(Fig.3B)その結果、miR-194は分化した上皮細胞特異的に発現を示すことが明らかになった。以上から培養細胞系、in vivoの両解析において分化した腸管上皮細胞特異的発現が観察されることから、miR-194は腸管上皮細胞の分化、成熟に何らかの関わりを持っているのではないかと考えた。 miR-194はヒトゲノムでは1番染色体上にmiR-194-1が、11番染色体上にmiR-194-2がコードされている(Fig.4A. mature miRNAは全く同一の塩基配列)。Caoo-2細胞分化誘導系において、どちらが分化誘導によるmature miR-194の発現誘導に寄与しているのかを検討するため、RT-PCRを用いてpri-miRNAの定量を行った(Fig.4B)。その結果、miR-194-1、miR-194-2共に分化誘導により発現上昇が起こることが明らかになった。しかし、miR-194-2の方がより強い発現誘導を受けていることから、ゲノム上に2カ所あるmiR-194 geneのうち、miR-194-2に注目することにした。 初めに、miR-194-2がどのような機構で発現が制御されているかを解析するために、RACE法を用いてpri-miR-194-2の遺伝子構造を決定した(Fig.5)。我々が決定した遺伝子構造から、miR-194-2、miR-192はintron上にコードされたintronic miRNAであり、そのhost RNAはタンパクをコードしていないnon-coding RNAであることを示した。 続いて、pri-miR-194-2の転写制御機構を解析するため、転写開始点近傍領域をLuciferase遺伝子上流に組み込み、dual luciferase reporter assayを用いてpromoter領域の同定を行った(Fig.6)。組み込んだ転写開始点近傍領域のdeletion analysisから、部分的に保存された領域を含む-162~+21の領域に十分なpromoter活性があることを確認し、その領域中の-70~-52領域に特に重要な配列を含むことがmutation analysisにより明らかになった。この-70~-52領域に結合する転写因子をmotif searchを用いて探索したところ、この領域に腸管特異的遺伝子の発現を制御しているHepatocyte nuclear factor-1 alpha(HNF-1α)の結合配列が含まれていることが分かった。HNF-1αはホメオボックスを持つ転写因子であり、腸管においてはCaco-2の分化誘導の際に分化マーカーとして使用したLPHやSIなどの小腸特異的遺伝子群の発現を制御していることが知られている。 HNF-1αがpri-miR-194-2の転写制御を行っているかどうかを検討するために、pri-miR-194-2 promoter reporterとHNF-1αをco-transfectionすることで、pri-miR-194-2 promoterの転写活性が上昇することを確認した(Fig.7A)。また、HNF-1αの推定結合領域である-70~-52領域を欠失、もしくは変異させたpri-miR-194-2 promoter変異体ではHNF-1αの過剰発現による転写活性の上昇が観察されなくなることを確認した。以上から、pri-miR-194-2 promoterの-70~-52領域に過剰発現させたHNF-1αが結合し、その転写を制御しているのではないかと考えられる。 さらに内在性のHNF-1αがmiR-194-2 promoterに結合しているかどうかを検討するため、Chromatin Immunopreciptation(ChIP)assayを行い、抗HNF-1α抗体で特異的に免疫沈降されたクロマチンにpri-miR-194-2 promoter領域が濃縮されていることを確認した(Fig.7B)。以上から、腸管特異的遺伝子群を制御していることで知られるHNF-1αが、腸管上皮細胞で発現しているmiR-194の発現も制御していると考えられる。 最後に腸管上皮細胞分化において発現誘導の起こるmiR-194がどのような機能をもっているのかを検討するため、luciferase reporterを用いたmiR-194の標的遺伝子評価実験を行った。その結果、検討を行った10種の遺伝子のうち4種の遺伝子の3'UTRが、miR-194の標的となり得ることを明らかにした。 3.結論 我々は腸管上皮細胞の分化に関わるmiRNAの探索を行い、興味深いmiRNAとしてmiR-194を同定し、その発現制御メカニズムについて解析を行った。さらにmiR-194が標的として発現制御し得る候補遺伝子を4種同定した。 我々の成果は腸管上皮細胞分化におけるmiRNAによる発現制御機構の存在を示唆すると共に、腸管上皮細胞分化におけるmiRNAの役割の一端を明らかにした重要な知見であると考えている。 Figure.1 Figure.2 Figure.3 Figure.4 Figure.5 Figure.6 Figure.7 | |
審査要旨 | DNA、RNA、Proteinという一連の遺伝情報の流れは分子生物学のセントラルドグマとして長い間信じられてきたが、2006年にノーベル賞を受賞したRNA interferenceの発見により、細胞内には機能性の小さなRNA分子が多数存在し、遺伝情報の発現を制御しているということが明らかにされた。現在も数多くの細胞内機能性small RNAが報告される一方で、その機能の解明は未だに研究の緒に就いたばかりであり、今後の解析が期待されている状態にある。 本論文では、そのような機能性small RNA分子の1つであるmicroRNAの研究を行っており、腸管上皮分化に関わるmicroRNAの探索とその制御機構について研究を進めている。 第1章は序論であり、研究の背景と目的について述べている。 第2章では本研究で行った実験方法について述べている。本研究では多数の分子生物学的手法を用いて解析を行っているが、その個々の手法を詳細に説明している。 第3章では、実験結果とその結果を踏まえた考察を9節に渡って述べている。 1節では、本研究を通して用いている腸管上皮細胞分化のモデル系、Caco-2細胞分化誘導系の構築を行っている。 2、3節では、分化誘導前後における156種類のmicroRNAの定量を行い、分化誘導により発現上昇を示すmicroRNAとしてmiR-194に注目した理由について述べている。また、異なる分化形質を持った腸管由来培養細胞株間でのmiR-194の発現量比較を行い、miR-194がCaco-2細胞分化誘導系において特に高い発現と誘導性を示す事を明らかにしている。 4節では、マウスの小腸切片を用いてin situ hybridizationを行い、miR-194が腸管上皮細胞特異的に発現していることを示している。以上の2~4節の結果から、in vitro、in vivoの2つの系でmiR-194が腸管上皮細胞特異的発現を示すことを明らかにし、miR-194が腸管上皮細胞の分化・成熟に関与するmiRNAであることを示唆している。 5節では、ヒトゲノム上に2ヶ所存在するmiR-194 locusに焦点を当て、Caco-2細胞分化誘導系において発現誘導を示すmature miR-194の由来について検討を行い、NorthernblottingとRT-PCRを用いたmiR-194 locusの比較検討の結果から、miR-194-2に注目した理由について述べている。 6節では、RACE法を用いてpri-miR-194-2の5'末端と3'末端を同定し、その遺伝子構造を決定すると共に、miR-194-2がintronic miRNAであることを明らかにしている。さらに、そのexon領域からORFの探索を行い、pri-miR-194-2はタンパクをコードしていないnon-coding RNAである可能性を示唆している。 7節では、転写開始点近傍領域の欠失変異体を用いてpri-miR-194-2の転写制御領域を同定し、その転写制御に腸管特異的遺伝子群を制御していることで知られるHNF-1αが関与していることをluciferase reporter assayを用いて示している。さらに、内在性のHNF-1αがpri-miR-194-2転写制御領域に結合していることをChIP assayを用いて明らかにした上で、HNF-1αとmiR-194の発現の関連性について考察を加えている。 8節ではHNF-1αとそのfamily proteinの協調的なmiR-194-2発現制御の可能性について検討を行い、HNF-4がその候補となり得ることを示している。 9節ではmiR-194の標的遺伝子の予測と同定に関して研究を行っている。予測された10遺伝子に関してreporter assayによる検討を行い、そのうちの4遺伝子がmiR-194の標的遺伝子となり得ることを明らかにしている。 4、5章では本論分の総括と今後の展望について述べている。 以上、本論文は腸管上皮細胞分化によって高い発現誘導を示すmicroRNAの同定とその遺伝子構造の決定、ならびにその転写制御機構の解析を行った初めての報告であり、これらの成果は化学生命工学、特に腸管分化におけるmicroRNAの細胞生物学、分子生物学の進展に大きく貢献している。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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