学位論文要旨



No 123974
著者(漢字) 菅田,美保
著者(英字)
著者(カナ) カンダ,ミホ
標題(和) 主として内科治療を施行した肝細胞癌患者における肝外転移 : 発生予測因子と予後
標題(洋)
報告番号 123974
報告番号 甲23974
学位授与日 2008.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3153号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景および目的

肝細胞癌は、世界的に頻度の高い悪性新生物で、わが国を含めアジア諸国は肝細胞癌の多発地帯である。近年の診断法の進歩や治療の成果により、肝細胞癌の予後は向上した。予後の延長にともない肝外転移が診断される例も増加している。しかしながら、現在に至るまで肝外転移の診断指針と呼べるものは存在しない。また、肝外転移症例の標準的治療も確立されていない。本研究では、まず、生存中に肝外転移が診断された肝細胞癌患者において肝外転移の発生頻度と発生予測因子について解析を行い、効率的な診断プロセスについて考察する。次に、肝外転移に対する治療とその効果について調査し、予後予測因子を解析して、今後の治療指針確立に向けた検討を行う。

方法1.

1990年から2003年の間に1619人の肝細胞癌患者が東京大学消化器内科に入院した。このうち、消化器内科初回入院時に既に肝外転移を診断されていた46人を除く1573人を対象とした。対象症例の経過観察は2006年8月31日まで行ない、肝外転移発生の有無について調査した。累積肝外転移率をKaplan-Meier法により推定した。肝外転移の発生予測因子について、初回の肝細胞癌治療時の各種臨床データを用いて、Cox比例ハザードモデルで解析を行った。

結果1.

当院初回入院時に肝外転移を認めなかった1573人の患者を、当院初回入院時に前治療のない患者1131人、前治療のある442人の2群に分けると、2006年8月31日までの平均観察期間3.9年の間に、前治療のない患者で123人、前治療のある患者で53人の計176人(11.2%)に肝外転移が診断された。1年、3年、5年の累積肝外転移発生率は、前治療のない患者でそれぞれ2.3%、7.4%、11.6%であり、前治療のある患者ではそれぞれ4.9%、11.3%、17.3%であった。観察期間中に診断された肝外転移の各臓器別の症例数は、肺、骨、リンパ節、副腎、その他のそれぞれ、92症例、60症例、49症例、23症例、19症例、延べ243症例(重複を除いて176人)であった。肝外転移診断時に転移部位に起因すると思われる自覚症状を示したのは、骨転移例で76.7%、肺転移例で10.9%であった。肝外転移の発生予測因子を検討するために、前治療のない患者1131人を対象にCox比例ハザードモデルに基づき、初回の肝細胞癌治療時の臨床データを用いて解析を行った。多変量解析の結果、HBs抗原陽性、HCV抗体陽性、最大腫瘍径2.1cm以上、腫瘍数2個以上、脈管侵襲の存在、AFP値高値、PIVKA-II値高値が有意な独立変数として含まれた。

方法2.

1990年から2003年の間に1619人の肝細胞癌患者が、東京大学消化器内科に入院した。このうち、消化器内科初回入院時に既に肝外転移を診断されていたのは、46人であった。残りの1573人のうち、その後の経過観察中に176人に肝外転移を認めた。両者を合わせた222人の肝外転移患者を研究対象とし、2006年8月31日まで観察した。肝外転移診断後の転移部位に対する治療について、治療法および治療効果について検討した。肝外転移診断後の予後に関し、死亡原因とくに肝外転移が死因となったかについて調査した。肝外転移後の累積生存率をKaplan-Meier法により推定した。肝外転移後の予後予測因子について、肝外転移診断時の各種臨床データを用いて、Cox比例ハザードモデルで解析を行った。

結果2.

転移部位は、肺96症例(43.2%)、骨55症例(24.8%)、リンパ節62症例(27.9%)、副腎20症例(9.0%)、その他7症例(3.2%)で、延べ240症例(重複を除いて222人)であった。肝外転移に対する治療として、切除が、肺転移で12症例、リンパ節転移で3症例、副腎転移で3症例に行われていた。全身化学療法が、肺転移で31症例、リンパ節転移で14症例に行われていた。使用されたレジメンは、シスプラチン単剤が32症例と大半を占めた。放射線照射は、骨転移とリンパ節転移に対して主に行われていた。治療効果は、切除例が局所制御率は良好であった。全身化学療法でcomplete response(CR)の治療効果を得た例は、肺転移例で2症例、リンパ節転移例で1症例であった。全身化学療法におけるpartial response(PR)例とCR例を合わせた奏功率は、肺転移で12.9%、リンパ節転移で28.6%であった。放射線治療では、骨転移でCRが3症例、疼痛除去を含むPRは13症例であった。観察期間終了までに200人の死亡が確認された。死因は、187人が肝癌関連死、9人が肝不全死、4人が他病死であった。肝外転移が直接の死亡原因になった例は、22人(11.0%)であった。肺転移で18症例が呼吸不全で死亡し、骨転移では1症例が転移部位骨折による出血にともなう肝不全で死亡している。また、脳転移症例では4症例中3症例で脳出血が死因となった。Kaplan-Meier法による1年、3年生存率は、それぞれ、40.5%、9.4%、生存期間中央値8.9ヶ月(7.5-11.5ヶ月)であった。臓器別に見ると肺転移が1年生存率32.9%、3年生存率4.7%、骨転移が1年生存率37.6%、3年生存率11.5%、リンパ節転移が1年生存率45.1%、3年生存率17.2%、副腎転移が1年生存率61.1%、3年生存率12.3%で4者の間に有意差はなかった。また、肝外転移への治療が可能であった場合の生存率は、1年、3年生存率は、それぞれ49.5%、12.3%であった。治療不能の場合は、1年、3年生存率は、それぞれ23.5%、3.9%であった。肝外転移診断後5年以上生存した長期生存例を6人認めたが、いずれも肝外転移への治療が行われていた。予後予測因子を検討するために、Cox比例ハザードモデルに基づき、肝外転移診断時の各種臨床データを用いて解析を行った。多変量解析の結果、最終モデルには、血清アルブミン低値、プロトロンビン時間低値、肝内病変の同時存在、AFP高値、肝内病変への治療、転移部位の非切除が有意な独立変数として含まれた。

考察

主として内科治療を施行した肝細胞癌患者の、生存期間中に診断された肝外転移発生率は、年率約2.5%であった。しかし、今回の検討での肝外転移の発生頻度は、現状の画像診断法で発見できる限りの発生率であり、また、本研究の対象者の中には検査を行っていないがために発見されていない肝外転移もあると思われる。剖検例の報告では50%前後に肝外転移を認めているため、実際の肝外転移発生頻度は本研究の結果より高い可能性があるが、本研究では臨床の場で経過観察中に発見可能であった肝外転移の発生頻度を検討した。臓器別の肝外転移部位は、肺、骨、リンパ節、副腎で頻度が高かった。癌細胞が肝静脈経由で肺へ到達し、肺毛細管ネットワークを通した血行性転移が肺転移の原因と考えられており、 肺転移が最多の理由と思われる。本研究の骨転移例の約8割は、自覚症状を契機に施行した検査で見つかっており、また、肺転移例の10%は両側の肺の多発転移による呼吸器症状を認めているため、肝外転移の診断プロセスとしては、肝外転移による可能性のある自覚症状を呈する場合は検査を速やかに追加する必要があると思われる。本研究では肝内に明らかな病変のない状態で発見された肝外転移が9.1%あった。肝内の癌が制御されている状態で肝細胞癌特異的腫瘍マーカーの上昇を認めた場合は、肝外転移の発生を疑って、転移頻度の高い肺、骨、リンパ節、副腎を中心に検索を行うべきであろう。

本研究における肝細胞癌肝外転移診断後の一年生存率は約40%と満足のいくものではなかった。ただし、本研究の肝外転移を生じた症例の内、肝外転移を直接の死因としたものは、11.0%と多くはなかった。肝内病変の増大による肝癌死が全体の死因の80.5%を占めるという結果から、肝内病変の制御が予後の延長の改善のために最も重要と思われ、肝外転移を有する肝細胞癌患者においても、肝予備能不良例を除いては積極的に肝内病変の治療を検討する必要があると思われる。転移部位への治療が可能であった場合の生存率は治療不能の場合と比較し良好であり、長期生存例も認めた。長期生存した症例は、肝内病変が制御可能で、肝外転移の治療が奏効し、肝外転移の再発のないことが特徴であった。ただし、個々の症例における肝予備能や全身状態により治療を行うかどうかの選択にバイアスがかかっており、転移部位への治療が予後を延長したかを正確に推測するのは困難である。しかし、肝外転移後の予後予測因子として、多変量解析の結果、肝外転移診断時に肝内病変が同時に存在しないことが予後良好の因子であることから、肝内病変が制御されている症例では、患者の全身状態や肝予備能が許せば肝外転移の治療を考慮すべきであると考えられる。転移部位の切除に関しては良好な成績がこれまでも報告されており、本研究でも多変量解析の結果、転移部位への治療のうち切除は予後延長の因子となった。本研究で検討された全身化学療法のレジメンの奏功率は全体で約18%と不良であった。現状では十分な予後延長効果を示す化学療法のレジメンが存在しないため、今後標準治療を確立し予後の改善を得ることが課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、主として内科治療を施行した肝細胞癌患者における肝外転移の発生予測因子と予後を明らかにするため、1573人の肝細胞癌患者について肝外転移発生頻度を解析し、さらに肝外転移を認めた222人の予後を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.1573人の肝細胞癌患者を当院初回入院時に前治療のない患者1131人、前治療のある患者442人の2群に分け、肝外転移の発生について検討した。前治療のない患者で123人、前治療のある患者で53人の計176人(11.2%)に肝外転移が診断された。1年、2年、3年、5年、7年の累積肝外転移発生率は、前治療のない患者でそれぞれ2.3%、4.5%、7.4%、11.6%、17.0%であり、前治療のある患者ではそれぞれ4.9%、8.3%、11.3%、17.3%、19.5%であった。肝外転移の発生頻度は年率約2.5%であることが示された。

2.肝外転移の各臓器別症例数は、肺92症例、骨60症例、リンパ節49症例、副腎23症例、脳10症例、脾臓2症例、胸壁2症例、筋肉2症例、皮下組織1症例、骨盤内1症例、乳腺1症例、延べ243症例(重複を除いて176人)であった。臓器別の肝外転移部位は、肺、骨、リンパ節、副腎の順に頻度が高いことが判明した。

3.肝外転移の発生予測因子を検討するために、前治療のない患者1131人を対象にCox比例ハザードモデルに基づき、初回の肝細胞癌治療時の臨床データを用いて解析した結果、多変量解析では、HBs抗原陽性、HCV抗体陽性、最大腫瘍径2.1 cm以上、腫瘍数2個以上、脈管侵襲の存在、AFP値高値(101 ng/mL以上)、PIVKA-II 値高値(101mAU/mL以上)が有意な独立変数として含まれることが示された。

4.肝外転移に対する治療として、切除、全身化学療法、動注化学療法、放射線療法、動脈塞栓術、経皮的局所療法のいずれかを行った。治療効果は、切除例が局所制御率は良好であった。全身化学療法ではComplete ResponseとPartial Responseを合わせた奏功率は全体で約18%と不良であった。放射線療法では、骨転移症例での奏功率は33.3%であったが、除痛効果は約50%と良好であることが示された。

5.肝外転移を生じた症例の内、肝外転移を直接の死因としたものは、11.0%と相対的に稀であった。多くの場合は肝内病変の進行が直接死因となることが判明した。

6.Kaplan-Meier法による肝外転移診断後の1年、3年生存率は、それぞれ、40.5%、9.4%、生存期間中央値8.9ヶ月(7.5-11.5ヶ月)であった。臓器別に見ると肺転移、骨転移、リンパ節転移、副腎転移の4者の間に有意差を認めなかった。

7.予後予測因子を検討するために、Cox比例ハザードモデルに基づき、肝外転移診断時の各種臨床データを用いて解析を行った結果、多変量解析では、血清アルブミン低値、プロトロンビン時間低値、肝内病変の同時存在、AFP高値、肝内病変への治療、転移部位の非切除が有意な独立変数として含まれることが示された。

以上、本論文は主として内科治療を施行した肝細胞癌患者における肝外転移の臨床的特徴や肝外転移発生頻度、予後予測因子を明らかにした。本研究はこれまでエビデンスの不足していた肝細胞癌患者における肝外転移症例の効果的な診断プロセスや治療指針確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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