学位論文要旨



No 123975
著者(漢字) 吉野,浩之
著者(英字)
著者(カナ) ヨシノ,ヒロユキ
標題(和) Hydrodynamic法を用いたブタ肝への遺伝子導入法の検討
標題(洋)
報告番号 123975
報告番号 甲23975
学位授与日 2008.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3154号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 関根,孝司
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 今村,宏
内容要旨 要旨を表示する

遺伝子導入法は、遺伝子欠損症などに対する臨床的な遺伝子治療のみならず、悪性腫瘍や生活習慣病などの治療への応用も期待されており、さらに生体内で遺伝子の持つ未知の機能を解明する実験的手法などとしても用いられてきた。非ウィルス的遺伝子導入法、中でもHydrodynamic法は、naked plasmid DNAを大量の溶媒とともに、急速に静脈内に注入することで遺伝子を導入する、物理的遺伝子導入法の一つであるが、特殊な機器を必要としないこと、技術的に簡便であることに加えて、使用するnaked DNAの増幅は、ウィルスベクターの増幅に較べて容易であり、遺伝子導入効率も高いため、重要な遺伝子導入法の一つと考えられている。本法は、全身的な静脈投与では肝臓に高い遺伝子発現が認められることが知られ、近年はHydrodynamic法のメカニズムも徐々に明らかにされつつある。一方で、大量の溶媒を急速に静注することによる心不全の副作用のため、Rodent、Rabbitでの報告はあるものの、中大動物へのHydrodynamic法の応用は行われておらず、これまでは小動物における簡易な実験的遺伝子導入法と考えられてきた。本研究では、いまだ世界的に成功例のない中動物であるブタの肝へ、Hydrodynamic法を用いた遺伝子導入の実現に向け検討を行った。

まず、Hydrodynamic法における遺伝子導入の条件を検討した(実験1)。実験にはメキシカン・ヘアレス・ピッグを用い、マーカー遺伝子としてGreen Fluorescent Protein (GFP)遺伝子GFPを用いた。ブタ肝静脈の解剖学的特長から遺伝子導入部位は肝左葉外側区域の遠位約2/3とし、右外頚静脈より肝静脈左葉外側区域枝にバルーンカテーテルを透視下に挿入した。次にRodentの実験結果よりplasmid DNA(p-DNA)量を3mg、溶媒量を150mlと設定し、注入速度の検討を行った。ブタ肝へのHydrodynamic法を用いた遺伝子導入には5ml/sec.の注入速度が適しており、それ以上の速度では肝の損傷が強く、それ以下の速度では導入されなかった。以上から、遺伝子量3mg, 溶媒量150ml、注入速度5ml/secが必要であることがわかった。

次に肝血流が遺伝子導入効率に及ぼす影響を検討した(実験2)。遺伝子量3mg, 溶媒量150ml、注入速度5ml/secの条件下で、肝へ流入する肝動脈、門脈の血流をそれぞれ遮断したもの、両方遮断したもの、両方遮断した上に門脈から乳酸リンゲル液を注入し血液を洗い流したものに分けて検討を行った。肝動脈、門脈を両方遮断した場合のみ遺伝子発現を認め、さらに血液を洗い流したものは、洗い流さないものより多くのGFPの発現を認めた。この結果より、門脈・肝動脈の血流遮断が必須であること、より遺伝子導入効率を上げるためには肝内の血液を洗い流すことが有効であることがわかった。

Hydrodynamic法では遺伝子導入に際して肝静脈の圧が重要であるとされており、それを近似的に測定して遺伝子導入に必要な静脈圧を確認した(実験3)。

また、導入された遺伝子の発現を定量的に測定するため、GFPを用いて定めた最適条件下でCTLA4Ig遺伝子を導入し、CTLA4Ig血中濃度を経時的に測定し、その発現を確認した(実験4)。先の実験より得た導入条件に従いCTLA4Ig遺伝子をHydrodynamic法にてブタ肝に導入し、経時的に採血しCTLA4-Ig血中濃度を測定した。血中濃度はELISA法で測定可能であり、最大で161.7ng/mlであった。

また、本法行う際におきる水圧による肝障害の評価もあわせて行った(実験5)。本研究で決定した条件下にHydrodynamic法を用いて遺伝子導入を行ったブタではAST値は導入後1日目に501.3IU/lをピークとし、4日目にはほぼ術前値に回復した。

以上より、Hydrodynamic法を用いてブタ肝に遺伝子導入するためには、肝外側区域にバルーンカテーテルを用いて行い、その導入条件は遺伝子量3mg, 溶媒量150ml、注入速度5ml/secであった。導入効率を上げるためには肝の血液を洗い流すことが重要であった。この条件下で導入されたCTLA4-Igは血中濃度が測定できる十分な導入効率であり、導入の副作用である肝障害は術直後より速やかに改善した。

本研究はHydrodynamic法を用いて、ブタ肝への遺伝子導入することに成功した、世界で初めての報告である。

本研究は非ウィルスベクター法の一つであるHydrodynamic法が中動物でも施行可能であることを証明し、Hydrodynamic法の将来的な臨床応用の可能性を示すものであるとともに、遺伝子治療を併用した臓器移植における臓器特異的免疫修飾の基礎的実験となりうるものとして期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は遺伝子治療における遺伝子導入法の一つであるHydrodynamic法を用いた中大動物への遺伝子導入の可能性を明らかにするため、中動物であるブタの肝へ遺伝子導入を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Hydrodynamic法によるブタ肝への遺伝子導入の可否、および導入条件の検討を行った。ブタ肝の解剖学的特長から導入部位を肝左葉外側区域と定め、Green Fluorescent Protein (GFP)遺伝子を用いた検討で、溶媒量:150ml, 遺伝子量:3mg, 注入速度:5ml/sec.で、パワーインジェクターを使用して注入することが適切であることが示された。

2.肝血流がHydrodynamic法による遺伝子導入効率に及ぼす影響を検討した。門脈・肝動脈の血流を遮断することが有効であり、また、門脈の血液を乳酸リンゲル液で洗い流すことで遺伝子導入効率はさらに向上することが示された。

3.Hydrodynamic法を用いた遺伝子導入では肝静脈圧の上昇が重要とされており、本研究では近似値として門脈楔入圧を測定し、本研究の遺伝子導入条件では58mmHgの圧が得られた。

4.この遺伝子導入法での遺伝子導入量を定量的に測定するため、免疫抑制遺伝子であるCTLA4-Ig遺伝子を用いて検討を行い、最大で161.7ng/mlの血中濃度を確認できた。

5.この遺伝子導入法の副作用を検討した。死亡例はなく、心不全も見られなかった。また、肝機能障害は術後1日目にAST:501IU/lをピークとし、4日目にはほぼ遺伝子導入前の値まで改善した。

以上、本論文は遺伝子導入法においてHydrodynamic法がRodentやRabbitなどの小動物のみならず、ブタのような中動物でも応用可能な技法であることを証明し、その導入技術と導入条件を明らかにした。本研究はこれまで不可能とされてきた中動物でのHydrodynamic法を用いた遺伝子導入を世界で初めて報告したものであり、今後この技術が実験的遺伝子導入のみならず遺伝子治療における臨床的応用の基礎的研究として価値あるものであり、さらに臓器移植におけるグラフト免疫修飾などの分野でも応用できる可能性を示し、遺伝子治療のより大きな可能性を示す重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものであると考えられる。

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