学位論文要旨



No 123978
著者(漢字) 西田,正人
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,マサト
標題(和) 循環血液中エンドトキシン生物活性の新たな評価法 : Toll-like receptor (TLR)4刺激能を利用して
標題(洋)
報告番号 123978
報告番号 甲23978
学位授与日 2008.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3157号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 野村,幸世
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

細菌感染を原因として全身性炎症反応症候群 (SIRS) に陥る状態は敗血症と定義され,未だに30-50%の高い死亡率を有している.中でもグラム陰性菌による敗血症は古くから研究され,外膜構成成分であるエンドトキシンすなわちlipopolysaccharide (LPS)が強力な生理活性を有し,病態に大きく関与することが知られている.このエンドトキシンが血液中に存在し,全身を循環するエンドトキシン血症はショックや多臓器不全など重篤な転帰をたどる.従って,敗血症あるいはエンドトキシン血症を早期に診断し,集学的治療を開始する必要がある.このため,カブトガニの血漿成分を用いてLPS定量法として開発されたLimulus Amebocyte Lysate (LAL) テストを,エンドトキシン血症の診断に利用しようという試みがこれまでなされてきた.しかし,エンドトキシン以外にLALテスト の結果に影響する因子が血液中には含まれるために,検体を前処理しなければならない.そのため,LPSを生体内とは異なった状態で評価している可能性があり,その結果は慎重に解釈すべきと考えられる.これまでもLALテストの結果が必ずしも臨床的重症度を表す指標を反映しないことが多く報告されており,エンドトキシン血症の診断におけるその信頼性には議論が多い.

一方,自然免疫系において宿主が,病原体由来分子Pathogen-Associated Molecular Patterns (PAMPs)を特異的レセプターで認識するという概念が近年提唱された.特に,グラム陰性菌のPAMPsであるLPSはToll-like receptor (TLR) 4及び共分子MD-2,CD14に認識され,シグナル伝達を介して最終的に種々の転写因子を活性化し,炎症性サイトカイン産生を誘導することが近年証明された.すなわち,LPSはTLR4/MD-2/CD14に特異的に認識され生理活性を発揮する.この現象を利用してエンドトキシン血症の診断を目指し,患者の血液検体中に,生物活性すなわちTLR4/MD-2/CD14刺激能を持つエンドトキシンが含まれていることを評価する方法を考案した.

[目的]

エンドトキシン血症の診断を要する生体から血液を採取し,ex vivoにおいてTLR4/MD-2/CD14を有する培養細胞に添加した際に,その培養細胞においてTLR4/MD-2/CD14に認識され伝達された刺激量を,特異的かつ定量的に測定することで,その生物活性を適切に評価するためのアッセイ系を構築する.

[実験 I ~ 抗TLR4抗体を用いたエンドトキシン生物活性の測定 (in vitro study) ~]

[方法] 抗TLR4抗体の存在/非存在下に,培養細胞THP-1にLPS刺激を加えた.その後,LPS刺激量の指標として,その刺激伝達の下流で産生される炎症性サイトカインである,培養上清中のTNF-α濃度をELISAで測定した.

[結果] 添加した抗TLR4抗体の濃度依存的にTNF-α産生は抑制された.しかし,刺激溶液に血漿を50%添加した場合,ELISAでのTNF-αの濃度測定値が非常に低値となった.すなわち,血漿成分が何らかの影響を与えたと考えられた.そのため,エンドトキシンの生物活性測定系としては不適と考えられた.

[実験 II ~ TLR4/MD-2/CD14一過性強制発現系を用いたエンドトキシン生物活性の測定 (in vitro study)~]

[方法] (1)TLR4/MD-2/CD14遺伝子,及びNF-αB依存性レポーター遺伝子の一過性導入及び非導入の条件下に,培養細胞HEK293にLPS刺激を加え,刺激伝達の定量的評価として,転写因子NF-kB活性値を測定した.(以下,この方法をLPS Biological Activity Assay (LBA),測定されるNF-kB活性値をLBA値とする)(Fig. 1)

[結果] TLR4/MD-2/CD14遺伝子を導入したHEK293においてNF-kB活性値はLPS濃度依存的に上昇したが,非導入細胞のNF-kB活性値上昇は認めなかった.(Fig. 2)

[実験 III ~ TLR4/MD-2/CD14定常発現系を用いたエンドトキシン生物活性の測定 ~]

[方法] (1)(in vitro study) アッセイの安定,簡便化を得るため,TLR4/MD-2/CD14遺伝子を定常発現するHEK293を作成し,LPS刺激を加え,転写因子NF-kB活性値を測定した.また,LBAのTLR4刺激特異性をTLR2刺激,TNF-α刺激を用いて検討した.(2)(in vivo study) (a) LPSをラットの静脈内に投与するエンドトキシン血症モデルより採取した血漿サンプルのLBA値を測定した.同時にLAL活性及びTNF-α濃度を測定し,指標としての有用性を比較,評価した.(b) Escherichia coli (E. coli)腹腔内投与によるマウスの敗血症モデルより採取した血漿サンプルのLBA値を測定した.同時に血液培養を行い,血漿サンプルのLAL活性,TNF-α濃度を測定し,指標としての有用性を比較,評価した.

[結果] (1) (in vitro study) TLR4/MD-2/CD14を定常発現するHEK293におけるNF-kB活性値はLPS濃度依存的に上昇した.定常発現細胞を用いることで,LBAの安定化,簡略化が得られた.また,TLR2刺激に対して有意なLBA値上昇は認めなかった.高濃度のTNF-αに対してはわずかであるが有意な上昇を認めた.(2) (in vivo study) (a) LBA値はラット静脈に投与したLPS量に依存的に上昇し,その傾向はTNF-α濃度と同様であった(Fig. 3).一方LAL活性は投与LPS量依存的に指数関数的に上昇した. (b) LBA値は最小致死菌量の1/100の投与量から投与菌量依存的に上昇し,1/10で上限となった(Fig. 4). この傾向はLAL活性とほぼ同様であった.TNF-α濃度は投与菌量依存的に単調に上昇した. 血液培養は致死菌量の1/100の投与量から陽性となった.

[考察]

[実験I] 抗TLR4抗体の存在下及び非存在下でLPS刺激に対するTNF-α産生量の差を測定する方法は,血漿の存在下では測定が困難となった.血漿成分により,ELISA測定に何らかの影響を与えた可能性がある.in vivoの実験系では,血漿中に含まれるエンドトキシンの生物活性を測定する必要があるため,血漿成分の影響をうける本方法では今後の実験に支障をきたすと考えられ,異なる方法を考案する必要があると判断した.

[実験 II] TLR4/MD-2/CD14を一過性に導入したHEK293を用いてin vitroにおいてLPSの濃度依存性にNF-kB活性が上昇することが確認された.

[実験 III] 一過性発現系の遺伝子導入手技やアッセイの安定性,及び感度の向上という課題に対してTLR4/MD-2/CD14を定常発現するHEK293を作成し,LBAの信頼性,簡便性は改善された.定常発現系のLBAは他のTLR刺激に影響されず, TNF-α産生の影響はわずかであるためTLR4刺激に特異的であると考えられた.静脈内投与モデルでは,LPS投与量に依存的にLBA値は上昇し,エンドトキシン血症を定量的に評価することが可能であった.LBA値の上昇傾向は敗血症の臨床的重症度の一指標であるTNF-α濃度と同様で、強い相関を認めた.従って,LBAはLPS刺激を生体内と同じ状態で評価できる可能性が強く示唆された.一方,LAL活性は投与LPS量の増加に伴い指数関数的に増加し,TNF-α濃度の傾向とは乖離した.これは,LAL活性がLPSの生物活性を必ずしも反映しないことを示していると考えられた.また,生菌腹腔内投与モデルでは,LBAは最小致死菌量の1/100の投与量から投与菌量に依存的に上昇し,生物活性を持ったLPSが血中に存在することを評価することができた.LBA値とLAL活性はほぼ同様の傾向を示し,このモデルにおいてエンドトキシン血症の評価能は同等と考えられた.一方TNF-α濃度は同様に最小致死菌量の1/100の投与量から明らかに上昇し,LBAが敗血症モデルにおいてもLPSの生物活性を生体内と同じ状態で評価できることが示唆された.また,LBA,LAL活性が一定菌量以上でほぼ一定の活性値を示したのに対して,TNF-αは投与菌量依存的に単調に増加し,上限値は示さなかった.これよりTNF-α濃度は敗血症モデルの致死の予測には有用であると思われた.しかし,多くの因子が複雑に関係する臨床状況においては,感染に限らず非特異的な炎症により誘導されるサイトカインとは異なり,LBAはTLR4刺激に対する特異性が高いことから,臨床的重症度に影響のある,生物活性を有するLPSの存在を評価するのに有用であると考えられる.従って,例えばLPS除去療法やTLR4アンタゴニストによる治療適応,効果判定においても有効性が予想される.

[結論]

TLR4/MD-2/CD14を強制発現させた培養細胞を生体の血液検体で刺激した際のNF-kB活性値を測定することで循環血液中のLPSの生物活性を,すなわちエンドトキシン血症を適切に評価できる可能性が示された.LBAは,サイトカインやLAL活性など,従来用いていた指標の問題点を補える新たな指標となり得ると考えられた.

Flg.1

Flg.2

●:-過性強制発現HEK293細胞。○:非強制発現HEK293細胞

Flg.3 LPS

Flg.4投与苗量 (*p<0.005 vs sham)

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,臨床的に重篤な結果をもたらすエンドトキシン血症の診断において,従来には確立されていなかった臨床的重症度を反映するアッセイ法を開発するため,培養細胞においてエンドトキシン(Lipopolysaccharide, LPS)の特異的レセプターであるToll-like receptor (TLR) 4の特異的刺激量を測定するアッセイ系の構築を試みた.得られた結果の概要は

(1)ヒト単球系細胞THP-1細胞のTNF-α産生を測定する系において,抗TLR4抗体によるその減少量がTLR4刺激特異的な刺激量と想定したが,ヒト血漿存在下では,血漿がELISAによるTNF-α測定に影響し,TLR4特異的刺激量のアッセイには適さないと考えられた.

(2)HEK293細胞にTLR4/MD-2/CD14,およびNF-kB依存性レポーター遺伝子を強制発現させ,その細胞におけるNF-kB活性値を測定する系を構築した.in vitroの実験にてLPS濃度に依存してNF-kB活性を測定できることを確認した.また,この細胞におけるNF-k活性上昇は,TLR4刺激に特異的であることを確認した.

(3)TLR4/MD-2/CD14を定常発現する細胞を用いて,LPSを静脈内投与するエンドトキシン血症動物モデルの血液検体を採取し,そのサンプル中に含まれるLPSの生物活性をアッセイしたところ,定量的にそのエンドトキシン血症を評価でき,さらに生体の炎症反応の指標と考えられる,TNF-α濃度と強く相関を認めた.対照的に,リムルステストはTNF-α濃度の変化とは大きく乖離した.これより,TLR4/MD-2/CD14定常発現細胞を用いたアッセイが,LPSの生理活性を生体内と同じ状況で評価することが示唆された

(4)大腸菌を腹腔内に投与する腹膜炎による敗血症動物モデルにおいて血液検体を同様にアッセイしたところ,同様に定量的にエンドトキシン血症を評価できた.リムルステストも同様の変化を示し,このモデルにおいて評価能は同等と考えられた.両者はTNF-α濃度とパラレルの変化を示した.一方致死の予測に関してはTNF-α濃度が有用な指標と考えられたが,TLR4/MD-2/CD14定常発現細胞によるアッセイはTLR4刺激に特異的な点が臨床において有用であると考えられた.

以上,本論分は,LPSの特異的受容体であるTLR4を介した刺激伝達に注目し,その刺激量を特異的に定量することで,血液検体中に含まれるLPSの生理活性を,生体に対する影響とその反応を反映して評価できる可能性を示した.臨床における,エンドトキシン血症の診断や治療の向上に貢献するものと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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