学位論文要旨



No 123983
著者(漢字) 石井,弓美子
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ユミコ
標題(和) 寄生蜂-寄主の3種実験系において共通の捕食者がもたらす共存持続性
標題(洋) Coexistence mediated by a common predator in three species host-parasitoid experimental systems
報告番号 123983
報告番号 甲23983
学位授与日 2008.04.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第824号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 嶋田,正和
 東京大学 教授 伊藤,元己
 東京大学 准教授 池上,高志
 東京大学 講師 吉田,文人
 筑波大学 准教授 徳永,幸彦
内容要旨 要旨を表示する

第1章:序論

生物群集において、その構成種は、捕食・被食や資源をめぐる競争という生物間相互作用を及ぼしあいながら複雑な食物網を形成している。自然群集に観察されるような多様な種の共存が、競争排除や食いつくしなどにより崩壊することなく維持される機構は、生態学の中心課題の一つとして長年議論されてきた問題である。最近では、群集構成種の形質を介した動態への影響が注目されており、個体の学習による可塑的な行動の変化や進化による形質の変化などが生物間相互作用を変化させ、ひいては群集の動態にまで影響を及ぼすことが数理モデルにより理論的に予測されている。しかし、これらの理論に対する実際の生物を用いた検証はほとんどなされていない。よって本研究では、2種のマメゾウムシ(アズキゾウムシCallosobruchus chinensis, ヨツモンマメゾウムシ C. maculatus)を寄主とし、その共通の捕食者である寄生蜂1種(ゾウムシコガネコバチ Anisopteromalus calandrae)からなる寄生蜂-寄主3種実験系を用い、寄生蜂による捕食が、個体レベルの生物間相互作用を介して3種系の共存持続性に与える影響を調べた。

第2章:2種マメゾウムシの種間競争

スクランブル型であるアズキゾウムシと中程度のコンテスト型であるヨツモンマメゾウムシの種間競争がアズキ (Vigna angularis) とブラックアイ (Vigna unguiculata) を資源として利用したときにどのような影響を受けるかを調べた。それぞれの豆で2種マメゾウムシの導入個体数を様々に変えた一世代の種間競争実験を行い、その結果から種間競争式のパラメタを最尤推定した。推定された種間競争式のゼロアイソクライン解析を行うと、種間競争の様子は2種の豆で大きく異なっていた。アズキではアズキゾウムシが競争排除により消滅することが予想されたが、ブラックアイでは、種間競争は初期値依存であり、アズキゾウムシが勝利する場合があることが予想された。豆の割合を変えて与えた長期累代実験を行うと(ブラックアイの割合, B.R.= 0, 0.2, 0.5, 0.8, 1.0)、ほとんどの繰り返しではヨツモンマメゾウムシが勝利したが、ブラックアイが多いほど2種の共存時間は長くなり、ブラックアイのみの条件(B.R.=1)では、アズキゾウムシが勝利する繰り返しもみられた。これらの結果は、1世代の競争実験から予想された結果と矛盾しなかった。2種の豆においてこれらの種間競争の結果がことなるのは、(1)豆の大きさ(大きさの小さいアズキでコンテスト型に近いヨツモンマメゾウムシが有利)、(2)豆の質(ブラックアイの利用ではアズキゾウムシが有利、アズキの利用ではヨツモンマメゾウムシが有利)という豆の違いによるものだと考えられる。

第3章:2種寄主―1寄生蜂の個体数動態

2種マメゾウムシ(アズキゾウムシ・ヨツモンマメゾウムシ)とゾウムシコガネコバチの3者の個体数動態を調べた。アズキとブラックアイの割合を変えることで、ゾウムシコガネコバチの捕食圧を調整した(B.R.=0, 0.2, 0.5, 0.8, 1.0)。アズキの中の幼虫はあまり寄生されず、ブラックアイの中の幼虫はほとんど寄生されるため、ブラックアイの割合が高いほど捕食圧が高くなる。寄生蜂を導入すると、アズキだけの条件では(B.R.=0) 寄生蜂を導入しなかったときと変わらずアズキゾウムシが消滅したが、ブラックアイとアズキが混合された条件では(B.R.= 0.2, 0.5, 0.8) 2種マメゾウムシの共存時間は2種マメゾウムシのみの共存時間より有意に長くなり、さらに2種マメゾウムシの個体数が交互に増加・減少を繰り返すような優占種交替の振動が多くの繰り返しで観察された。さらに、ゾウムシコガネコバチが、3者系個体群動態においてどのように選好性を変化させているかを調べた。累代実験個体群の中から1週間ごとに少数の寄生蜂を取り出し、選好性実験を行った。寄生蜂のアズキゾウムシ寄主選好性とアズキゾウムシ・ヨツモンマメゾウムシ成虫個体数の関係について相互相関解析を行った。寄生蜂の選好性は、2週間前のアズキゾウムシ成虫個体数と有意な正の相関、ヨツモンマメゾウムシ成虫個体数と負の相関があった。ゾウムシコガネコバチは主に2週間齢の幼虫に産卵するため、2週間前の成虫個体数は、それらの成虫が産卵し現在寄生蜂が寄生可能な発育段階のマメゾウムシ幼虫密度と相関があると考えられる。このことから、ゾウムシコガネコバチは現在寄生している寄主幼虫の個体数に対して寄主選好性を変化させているスイッチング捕食者であることが示された。

第4章:ゾウムシコガネコバチの寄主学習

寄生蜂は一般に、寄主やその寄主が利用する植物などの化学的物質を用いて寄主を探索することが知られており、産卵経験とともに連合学習することでその化学的物質に対する反応が増加するという多くの報告例がある(Turlings et al. 1993 ; Vet et al 1995)。一方、寄生蜂は自分が餌として育った寄主に対して選好性をもつ(羽化時における学習)場合も報告されている。そこで、ゾウムシコガネコバチによる寄主学習実験を行った。ゾウムシコガネコバチの2種マメゾウムシ幼虫への選好性が、自分が餌として育った羽化寄主、過去の産卵経験による学習、ゾウムシコガネコバチの系統(アズキゾウムシで維持された系統と、ヨツモンマメゾウムシで維持された系統)によってどのように変化するかを調べた。 産卵経験による条件付けとして、どちらかの幼虫を与えて一定時間産卵させ、その後同数の2種マメゾウムシの幼虫を与えて一定時間産卵させ、個体ごとの蜂の寄主選好性を決定した。その結果、羽化寄主やゾウムシコガネコバチの系統は蜂の選好性に弱い影響しか与えなかった。しかし、ゾウムシコガネコバチが羽化後産卵を経験した寄主に対しては強い選好性を示し、産卵経験による学習は選好性に大きな影響を与えることが分かった。次に、マメゾウムシ幼虫からのアセトン抽出物を豆に塗布して、条件付けを行った寄生蜂の行動観察を行った。ゾウムシコガネコバチは条件付けされたマメゾウムシ幼虫からのアセトン抽出物を塗布した豆に対してより産卵活性を示し、匂いの学習により寄主マメゾウムシに対する選好性を獲得していると考えられる。

第5章:共通の捕食者と2種被食者のモデル解析

寄生蜂の捕食パターンが3者系の動態にどのように影響を与えるかを調べるため、3章の時系列を用いてノンパラメトリックなモデルを構築した。2種マメゾウムシのみの時系列を用いて推定したモデルは、アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシの初期値依存の競争排除を予測し、2章の結果に一致した。3種の時系列を用いて推定したモデルでは、2種マメゾウムシ間の種間競争が寄生蜂の導入により大幅に減少していることが示された。しかし、ゾウムシコガネコバチがヨツモンマメゾウムシよりもアズキゾウムシにより高い捕食率を示すことが推定され、寄生蜂が導入された場合にもアズキゾウムシが消滅することが予測された。次に、このモデルに寄生蜂のスイッチング捕食を導入し、シミュレーション解析を行った。その結果、スイッチング捕食を導入すると3種の共存時間が大幅に増加することが予測された。このことから、寄生蜂の導入により2種マメゾウムシの共存時間が長くなるメカニズムとして、寄生蜂のスイッチング捕食が重要であることがわかった。

第6章:総合考察

これらの結果から、本実験系において寄生蜂導入による共存促進のメカニズムは、寄生蜂による正の頻度依存的な捕食によるものであることが示唆された。本実験は、可塑的に行動を変化させる捕食者が相互作用しあう複数種の共存持続性を増加させる可能性を始めて実験個体群によって示すことができた。本実験で見られたような産卵経験による寄主選好性の獲得は多くの寄生蜂で報告されている。昆虫に限らず鳥・魚など多くの生物で、学習による行動の変化や頻度依存捕食は広く報告されており、このような行動的可塑性が、多様な群集の構成種の共存維持に大きな役割をもつ可能性を示唆している。また、このような学習による捕食パターンの変化は遺伝的に固定された選好性の進化による変化よりも非常に速く起こる。そのため、捕食者の可塑的な行動の変化は系の共存持続性の促進に重要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

小動物で構成される実験室の生態系は、動物の行動や生活史の特性を種間競争や被食-捕食関係の個体数動態パターンに関連づける目的で設けられ、数理モデルによる理論研究と観測データを解析する実証研究とを連携する重要な役割を果たしている。申請者はこれまで、寄主として2種のマメゾウムシ(アズキゾウムシ・ヨツモンマメゾウムシ)とその共通の捕食者である寄生蜂(ゾウムシコガネコバチ)の行動生態と個体群動態を研究してきた。特に、捕食者が2種の被食者頻度に応じて、それ以上の比率で集中して捕食する「スイッチング捕食」の学習行動を専門として解析してきた。スィッチング捕食と系の動態に関する従来の理論モデルは、条件によって2種の餌種に逆位相の交替振動が現れ、これにより3者は長期間共存するという予測が定説となっている。しかし、現実の生き物の実験系でこの逆位相の交替振動を発生させた実証研究は、1975年の最初の理論モデルの提唱以来、ついぞ発表されて来なかった。申請者は、その実証を成し遂げたのである。

学位論文の構成は、1章が序論であり、マメゾウムシと寄生蜂の実験系の研究歴史、3者系における交替振動の理論的予測などを述べている。2章は、寄生蜂を導入する前段階の、マメゾウムシ2種の種間競争の実験研究であり、原則として競争的排除によりどちらか1種が消滅する。マメゾウムシ2種の共通の資源であるアズキとブラックアイという2種類の豆の混合比を変えて系の動態を比較しているが、2種の豆はサイズ・種皮の固さ・餌にしたときのマメゾウムシの成長速度、等が違う。そのため、小粒のアズキの場合は豆内で干渉行動を示すヨツモンマメゾウムシが早々と勝利する。一方、大粒のブラックアイの割合が高くなるに従って、豆内で高密度であっても共に生活できるアズキゾウムシが盛り返して共存時間が長引き、繰り返しによってはアズキゾウムシが勝利することも見られた。差分型Lotka-Volterra種間競争モデルの解析で、実験系の挙動と一致する予測を導いた。豆を2種類にし混合比を変えたことで、従来のアズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシの種間競争の解析と比べて、包括的で深い理解に到達できたと評価できる。

3章では、マメゾウムシ2種の系に、新たに寄生蜂ゾウムシコガネコバチを導入している。3者の累代実験系では、アズキとブラックアイの豆の混合比を変えて種皮の薄いブラックアイの比率を上げることで、徐々に捕食圧を高めることができる。両方の豆が混合された条件では、寄主2種の個体数が交互に増加・減少を繰り返す逆位相の交替振動が見られ、寄生蜂が不在の2種系と比べてより長期間共存した。累代実験系を維持しながら2種の寄主への選好性の検出を行ったところ、寄生蜂は寄主に対しスイッチング捕食を行っている可能性が示唆された。そこで4章で寄生蜂の2種の寄主に対する寄生の学習効果を調べると、寄生蜂は12時間~3日くらいの連続した一方の寄主への産卵経験によって、その後の寄生ではあらかじめ産卵を経験していた寄主に対し強く偏った選好性を示す学習効果が明瞭に示された。このことから、ゾウムシコガネコバチは学習により個体数の多い種の方に寄生選好性をシフトし、スイッチング捕食により3者系の共存を促進していると考えられる。

5章では、寄主2種系と寄生蜂を加えた3種系を、GAM(Generalized Additive Model、3次のスプライン関数で回帰する技法)を用いた1週間の時間ステップを持つノン・パラメトリック時系列解析を行った。その結果、2種系では種間競争として強い負のスプライン回帰式が検出され、また3種系では、この寄主2種の種間競争の効果がきれいに消失して、代わりに寄生蜂の捕食-被食作用の効果が強く検出された。時系列の個体数データそのものを使うGAMの関数抽出力が明確に発揮されたと言える。さらに、寄生蜂の学習行動のパラメータを導入し、寄生学習の形成時間として、時間遅れを無視できるモデルと、1ステップ(1週間)の学習の遅れ効果が見られるモデルとで比較した。その結果、学習の遅れ効果を伴うモデルでは、3章の実験系と同様の、寄主2種の個体数が交互に増加・減少を繰り返す逆位相の交替振動が見られ、マメゾウムシ2種の幼虫時期の個体数頻度に応じた寄生への学習の時間遅れが、このスイッチング捕食の原因であることを示唆している。

第6章は総合考察であり、各章を関連づけて総合的に考察している。全体を通して、第5章の時系列モデルの解析については、網羅的なモデル候補の選択と最適時系列モデルへの絞込み、さらに寄生蜂のスイッチング行動をより現実的に定式化するセミメカニスティック・モデルを構築し解析するなど、将来の大きな発展も見込まれる。博士論文としては、実験系による検証とモデル解析の両方を成し遂げたレベルの高い研究であると評価できる。よって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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