学位論文要旨



No 123986
著者(漢字) 沢登,祥史
著者(英字)
著者(カナ) サワノボリ,ヤスシ
標題(和) 未成熟ミエロイド系抑制性細胞の起源ならびに腫瘍浸潤機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 123986
報告番号 甲23986
学位授与日 2008.05.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3158号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学医科学研究所 教授 田原,秀晃
 東京大学医科学研究所 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 准教授 大迫,誠一郎
内容要旨 要旨を表示する

背景

がんは先進国における主要な死因の一つである。免疫系は宿主の細胞が変異して生じた腫瘍細胞に対して応答を示し、これを排除しようとするが、最終的に失敗して病態が進行する理由のひとつとして、免疫系自体に腫瘍増殖を促進する細胞群が出現してくることがあげられる。このような細胞の一種として、未成熟ミエロイド系細胞 (ImC) が近年盛んに報告されている。

この細胞群は、マウスにおいてはCD11b、Gr-1といった細胞表面マーカーで同定されるが、分化途上の未成熟な細胞を含む、ミエロイド系細胞のヘテロな集団であり、含まれる細胞サブポピュレーションの詳細については報告が乏しく、またサブポピュレーションそれぞれの機能特性や誘導とターンオーバーの動態については報告されていなかった。

ImCの腫瘍増殖促進機能としては、T細胞応答抑制およびVEGF、MMP9を介した血管新生、組織再構築が考えられる。しかしこれまでの報告では、腫瘍内や腫瘍所属リンパ節のImCよりも、脾臓や末梢血のImCが優先的に解析され、その免疫抑制能は、主にin vitroでのアッセイによって検討されてきた。病態の進行に伴って数が増加することが報告されることとあわせて、ImCは腫瘍の増殖を促進させることが予想されてきたが、実際のin vivoにおける直接的な検討に関する報告は乏しかった。

そこでこれらの疑問を検証するため、マウス腫瘍モデルを用い、腫瘍に浸潤するImCのサブセットの形態学的/機能的解析や動態の解析を行った。さらにケモカインレセプターを欠損させることによりImCの誘導を阻害し、ImCの腫瘍成長における役割を検討した。

結果と考察

まずImCがどのような細胞サブポピュレーションから構成されているかを明らかにするため、3LL、B16、Meth Aの三種の腫瘍細胞それぞれのマウス腫瘍モデルにおいて、腫瘍内浸潤ImCをフローサイトメーターを用いて解析した。側方散乱光、CD11b、Gr-1分子の発現強度を指標にして細胞を分取し、ギムザ染色による形態学的解析を行ったところ、腫瘍内浸潤ImCはマクロファージ、好中球そしてごく少数の好酸球へと分割できることが示された(図1A)。またその傾向は三種類の腫瘍細胞のモデルで保存された(図1B)。

ImCが腫瘍成長を促進するメカニズムとしては、iNOS、アルギナーゼによるT細胞応答抑制およびMMP9、VEGFによる組織再構築や血管新生が考えられる。ImCのサブポピュレーションそれぞれの腫瘍増殖への関与を検討するため、ImCのサブセットごとにこれらの分子の発現をRT-PCRで解析したが、iNOSおよびアルギナーゼはマクロファージに、MMP9は好中球に優勢に発現しており、それぞれの画分が別々のメカニズムで腫瘍の成長に関与することが示唆された(図2)。

これまでImCは主として末梢血および脾臓から単離、解析されてきたが、抗腫瘍免疫を抑制する場と考えられる腫瘍所属リンパ節には、担癌状態においてもきわめて少数のImCしか存在せず、ImCが担癌状態において抗腫瘍免疫を阻害するという仮説には疑問がもたれた (図3)。また腫瘍接種より40日がたち、高度に進行した病態において、脾臓ImCにはマクロファージ、好中球以外にも未熟なミエロイド系細胞を含む細胞画分が出現したが、腫瘍においてはこのような細胞画分は出現せず、脾臓と腫瘍のImCはそれぞれ異なった細胞集団からなることが示唆された (図4)。

ImCの腫瘍局所への浸潤を制御することによる治療戦略の有用性を検討するために、担癌状態におけるImCの誘導と浸潤の時間的な動態および、どのようなケモカインに依存してImCが腫瘍局所に浸潤するのかを明らかにする必要があった。BrdUの取り込みおよび、コンジェニックマウスを結合することによるParabiosisアッセイを用いてImCサブセットの動態およびターンオーバーを検討した。BrdU投与後の各組織内のImCの染色速度の差より、ImCは骨髄で造成されて抹消へと供給されていることが示唆された (図5A)。パラバイオーシスにより、腫瘍ImCのうち、マクロファージ画分は2-4日で、好中球画分は4-7日で入れ替わっており、これらの細胞サブセットが比較的短時間で入れ替わることが示唆された (図5B)。

また、腫瘍内ImCのケモカイン受容体発現に基づき (図6A)、ImCの腫瘍浸潤に関与すると思われるケモカイン受容体を予想し、各種ケモカイン受容体欠損マウスを用意して腫瘍を接種し、腫瘍内に浸潤するImCの数を計測したところ、CCR2-/-マウスで著明なマクロファージの減少と好中球の増加を認めた。マクロファージと好中球には、数の上で相互に補填しあうメカニズムがあるのかもしれない。CCR5-/-マウスでもCCR2-/-マウスに比べれば穏やかであるが、有意なマクロファージの減少と好中球の増加を認めた (図6B)。

CCR2は単球の遊走に重要なケモカイン受容体であるが、CCR2-/-マウスでは骨髄から末梢血への単球の遊出が阻害されるため、CCR2が腫瘍組織への単球の浸潤に必要であるかは検討できなかった。そこで、コンジェニックシステムを利用し、CCR2-/-マウスと野生型マウスの骨髄細胞を混合してレシピエントに養子移入し、24時間後に移入した細胞中の単球画分の各臓器でのCCR2-/-/野生型の比を求めた。骨髄ではCCR2-/-マウス由来の単球が優勢であったが、腫瘍では野生型マウス由来のマクロファージが顕著に多く、腫瘍への単球の浸潤にもCCR2が重要な役割を果たすことが示唆された(図7A、B)。また、腫瘍内のCCR2リガンドの発現をRT-PCRにて測定したところ、CCR2-/-マウスにおいてもCCR2リガンドの発現は低下しておらず、腫瘍組織からのCCR2リガンドの発現が末梢血単球を腫瘍に浸潤させることが示唆された (図7C)。

これまでの報告では、ImCの免疫抑制活性や腫瘍増殖促進機能は主にマクロファージにより担われていることが示唆されてきた。そこでマクロファージ画分の欠損により抗腫瘍免疫の抑制が解除されて腫瘍の増殖が低下することを予想し、ケモカイン受容体欠損マウスに腫瘍を接種した。予想に反して、CCR2-/-マウスでも腫瘍内浸潤T細胞の数は増えず、腫瘍所属リンパ節での細胞傷害性T細胞の誘導も増強されなかった (図8A、B)。ImCマクロファージ画分の浸潤が顕著に抑制されるCCR2欠損マウスでも腫瘍の増殖の速さは変化がなかった (図8C)。これまでの報告から予想されていたように、ImCマクロファージ画分がT細胞抑制により腫瘍の増殖を促進するというメカニズムは、in vivoでは単純に成立しないと考えられた。

一方で腫瘍の増殖のみならず、腫瘍内の病態の変化に着目して解析を進めると、CCR2-/-マウスの腫瘍内では壊死領域が拡大していた (図9A、B)。また、好中球の数の増加と関連し、CCR2-/-マウスの腫瘍ではMMP9とVEGFの発現がともに上昇していた (図9C)。

本研究では、ImCのサブポピュレーション構成と担癌状態における動態、腫瘍浸潤におけるケモカイン依存性が明らかとなった。さらにこれらの知見に基づき、ケモカイン受容体を標的として、T細胞抑制を担う画分と予測されるImCマクロファージ画分の腫瘍浸潤をCCR2の欠損により阻害したが、腫瘍の増殖には影響がかった。in vivoにおいては腫瘍局のへのマクロファージの浸潤阻止のみでは腫瘍の増殖に影響を与えられないことが示唆された。ただし、腫瘍内では壊死領域の拡大、MMP9とVEGFの発現増強などの病態の変化が現れた。

CCR2-/-マウスによるマクロファージの腫瘍浸潤阻害は、同時に好中球を増加させることが今回示されたが、それゆえにそれぞれのサブポピュレーションの増減の影響を区別し考察することが難しいという問題点が課題として浮かび上がった。今後マクロファージと好中球それぞれの数をケモカイン受容体の欠損、表面分子に対する中和抗体などでコントロールすることにより、in vivoでの腫瘍増殖におけるImCおよびそのサブポピュレーションの役割をより明確に示せることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

未成熟ミエロイド系細胞 (ImC) はGr-1+CD11b+細胞として同定され、T細胞免疫抑制および組織再構築により腫瘍の病態を悪化させることが予想されている。本研究は腫瘍内に浸潤するミエロイド系の白血球群の起源および腫瘍浸潤機序、さらには腫瘍増殖における役割を明らかにするため、マウス皮下腫瘍モデルにて浸潤白血球の解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.腫瘍浸潤ImCはGr-1high好中球、SSChighGr-1dull好酸球、Gr-1dullマクロファージに分けられる。好酸球は少数であるため、好中球、マクロファージを主に解析したが、マクロファージは腫瘍内で広範囲に分布しており、対して好中球は腫瘍内でクラスターを形成して存在していた。

2.既存の報告では脾臓、末梢血のImCとくにマクロファージ画分が担癌状態後期で増殖し、in vitroでT細胞抑制活性を持つことが報告されてきた。本研究では、腫瘍所属リンパ節のImCが脾臓のそれに比べて顕著に少ないことおよび、担癌状態後期に脾臓で見られる分化途上にある未成熟な画分の出現が腫瘍局所にないことを示し、in vivoの抗腫瘍免疫応答にImCがT細胞免疫の抑制により関与するという仮説に疑問が呈された。さらにCCR2-/-マウスを用いた検討により、腫瘍内からのImCマクロファージ画分の消去により腫瘍内のT細胞数はむしろ低下し、腫瘍所属リンパ節での細胞傷害性T細胞誘導も増強はされないことが示された。

3.BrdU取り込みおよびパラバイオーシスによる検討により、ImCは末梢での分裂ではなく骨髄での造成により末梢へと供給されていること、腫瘍内においても2-4日でターンオーバーすることが示された。

4.腫瘍内ImCのケモカイン受容体発現パターンにもとづき、各種ケモカイン受容体欠損マウスに腫瘍を接種し浸潤ImCのサブポピュレーションを解析すると、CCR2-/-マウスではマクロファージ画分の消失と好中球の著明な増加を認めた。またCCR5-/-マウスでも有意なマクロファージの減少と好中球の増加を認めた。

5.さらに、養子移入実験により、CCR2-/-マウスの単球は末梢組織特に腫瘍局所への浸潤が低下すること、CCR2-/-マウスの腫瘍においてもCCR2リガンドが高発現していることより、末梢血から腫瘍へのマクロファージの浸潤にCCR2が重要な役割を果たすことを示した。

6.CCR2-/-マウスにおける腫瘍増殖は野生型マウスと比べ有意な差はなく、腫瘍からImCマクロファージ画分が消失しても腫瘍増殖は抑制されないことが示唆された。しかしCCR2-/-マウスの腫瘍内では壊死領域が優位に拡大しており、MMP9およびVEGFの発現も増強されていた。

以上、本研究は担癌状態でのImCの誘導の動態を明らかにし、CCR2が腫瘍内ImCの浸潤に重要な役割を果たすこと、腫瘍内ImCマクロファージ画分の消失だけでは腫瘍増殖に影響を与えられないことを報告した。本研究はin vivoにおけるImCの生体内動態と腫瘍増殖への役割をはじめて報告し、ImCを標的とした新規癌治療戦略に示唆を与えるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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