学位論文要旨



No 123988
著者(漢字) 西村,聡生
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,アキオ
標題(和) 刺激反応適合性における刺激表象に関する実験心理学的研究
標題(洋)
報告番号 123988
報告番号 甲23988
学位授与日 2008.05.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(心理学)
学位記番号 博人社第637号
研究科 人文社会系研究科
専攻 基礎文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横澤,一彦
 東京大学 教授 立花,政夫
 東京大学 教授 佐藤,隆夫
 東京大学 教授 高野,陽太郎
 豊橋技術科学大学 准教授 北崎,充晃
内容要旨 要旨を表示する

人間は外界の知覚に基づき行為を行う.知覚と行為は密接に関連しており,様々に相互作用する.知覚と行為の間の特徴共有に基づき,刺激知覚は反応行為に影響することが刺激反応適合性効果として知られている.例えば,右側に刺激が提示された場合には,その位置に対して反応する場合であれ,位置以外の特性に対して反応する場合であれ,右側の反応が左側の反応よりもはやくなる(それぞれSRC効果,サイモン効果).本論文では,この刺激反応適合性において,特徴を共有する運動処理に影響する視知覚処理の表象特性について,どのような参照枠に基づく位置で,どのような刺激事象が位置の表象を形成し,どのような空間構造の表象を伴い,反応行為に影響するのかを総合的に明らかにする.

第1章では,知覚と行為の相互作用における刺激反応適合性について,SRC効果,サイモン効果に関する議論に加えて,刺激と反応の軸が直交する事態における上と右,下と左の組合せが逆の組合せに比べて優位である直交型刺激反応適合性より,位置の空間構造における極性表象について論じた.刺激反応適合性における反応表象,刺激表象に関する研究を概観し,刺激知覚の位置表象に関して,様々な参照枠に従い外界での刺激位置およびその空間構造が符号化される一連の流れにおける検討すべき問題点を指摘した.参照枠に関しては,刺激位置は複数の参照枠に基づき符号化されることが知られているが,近年,刺激が属する上位ユニット位置が,個々の刺激に関する参照枠に優先して,一意に刺激位置を規定する可能性が指摘されている.一方で,それぞれの参照枠の寄与の程度は課題状況依存の可能性も考えられる.また,外界での刺激位置に関しては,従来の実験で用いられてきた刺激の出現では,物体の存在と画面上での変化が分離されておらず,いずれが行為に影響する刺激として符号化されるのか不明である点を指摘した.刺激位置に伴う空間構造の符号化については,刺激位置に対して反応する場合にその極性構造も符号化されることが直交型SRC効果より知られているが,刺激位置を意図的に処理しない場合でも,その空間構造も位置と同様に自動的に符号化され行為に影響するかどうかはわかっていない.これらの問題の検討は,行為に影響する知覚特性について理解するために重要である.

第2章(実験1,2,3)では,刺激位置を規定する参照枠について検討した.実験1では,複数の刺激が上位ユニットにグループ化され,個々の刺激の空間位置を超えてその上位ユニット位置に基づく符号化が生じるには,上位ユニットを明示的に示す視覚手がかりは不要であり,それらの刺激が同一の反応に割り当てられていることが重要であることを示した.また,上位ユニットの左右位置によるSRC効果のみならず,上下位置に基づく直交型SRC効果もみられた.実験2,3では逆に,それらの刺激が同一反応に割り当てられていない場合には,視覚手がかりがあっても個々の刺激の空間位置に基づくSRC効果が生じることを示した.これらの結果より,上位ユニットは刺激位置の規定に際して常に優先的に用いられるわけではなく,様々な参照枠の1つとして作用することを明らかにした.一方,上位ユニット位置に基づくSRC効果は,個々の刺激の空間位置により変調された.また,個々の刺激の空間位置に基づくSRC効果も,視覚手がかりによる上位ユニットにより変調された.これは,複数参照枠に基づく符号化が常に生じていることを示唆する.本章では,刺激位置の表象において次元内,次元間にわたり複数参照枠に基づく符号化がなされるが,それぞれの寄与は課題状況によりダイナミックに決定され,刺激位置の符号化においては参照枠間での階層構造をもたないことが示唆された.また,知覚から行為への影響において,刺激位置の知覚はどのような反応に割り当てられているかという行為関連情報によって規定され,またそのようにして規定された刺激位置情報が反応選択に影響しSRC効果を生じるという点で,従来考えられてきた以上に密接な知覚と行為の双方向的影響を示した.

第3章(実験4)では,自動的に同側の反応を活性化する位置の表象を形成する刺激事象の特性について検討した.中央の標的刺激に対して反応する課題で,左右に提示されるアクセサリ刺激の出現と消失の左右反応への影響を検討したところ,出現,消失とも同程度のサイモン効果を生じ,その時間特性も類似していた.知覚から行為への影響における刺激の位置の知覚表象形成について,刺激の存在という定常的特性でなくて,ある場所での変化というダイナミックな知覚特性の重要性を明らかにした.またこれは,同側の反応を促進する刺激知覚処理において,注意が空間的符号化に重要な役割を果たしていることを示唆する.

第4章(実験5,6,7)では,刺激位置に伴う空間の極性構造の符号化と,その表象特性について検討した.実験5では,空間刺激の位置に関する極性構造の符号化および行為への影響の自動性について検討するため,上下に提示される刺激の色に対して左右のキー押しで反応する課題を用いた.その結果,刺激位置は課題遂行上無関係であるにもかかわらず,上に提示された刺激に対しては右反応,下に提示された刺激に対しては左反応がはやく正確であり,直交型サイモン効果が得られた.これは,刺激が提示されると,自動的にその位置だけでなくその位置の表象に伴う空間の極性構造まで符号化され,行為に影響を及ぼすことを示す.続いて実験6では,直交型SRC効果の研究で知られている手法で反応の極性構造を操作すると,それに伴い直交型サイモン効果も変調されることを示し,極性構造対応の自動性を確認した.実験7では,刺激位置の空間構造の極性表象特性について検討するために,空間位置に対する内因性注意の直交型サイモン効果への影響について調べた.ブロック間,ブロック内の操作を問わず,被験者が内因性注意を上側に向けた場合には直交型サイモン効果は生じたが,下側に向けた場合には消失した.本章では,刺激位置のみならずその空間極性構造も自動的に符号化されることにより,極性に基づく対応による知覚から行為への影響は自動的に生じることを明らかにした.また,極性構造は,従来知られていたブロック間での反応側の操作のみならず,刺激側での操作,試行ごとの構えの操作,先行経験によっても影響を受けることを明らかにし,直交型刺激反応適合性効果の変調について,注意の働きの観点から論じた.第4章の結果は,刺激位置に伴う空間の極性構造は自動的に符号化され行為に影響し,また様々な要因にダイナミックに影響される柔軟な特性を持つことを示す.

第5章では,2,3,4章で得られた結果をもとにして,刺激反応適合性において反応行為に影響する刺激知覚処理の表象特性について論じた.刺激の位置は同時に様々なレベルでの複数参照枠に従い規定され,特定の階層構造を持つわけではなく,課題状況によりそれぞれの寄与が決定されることを明らかにした.さらに,反応行為がこの参照枠の寄与の決定に影響することが示唆された.行為に影響する空間的知覚情報特性について,それは必ずしも刺激の存在に限定されず,ある位置での過渡的変化情報が重要なことを明らかにした.これは2章で示された課題状況による刺激位置を規定する複数参照枠それぞれの寄与の変化と合わせて,刺激知覚における位置のダイナミックな符号化を示す.また,位置情報のみならず刺激位置に付随する極性構造も自動的に符号化され行為に影響した.加えて本章では,本論文における実験結果をもとに,特徴共有に基づく知覚と行為の相互作用は従来考えられてきた以上に密接だが,一方で知覚処理そのものは様々な要因により変調されることを論じた.これは,知覚と行為の相互作用のコントロールに関する示唆を持つ.最後に,注意を介して知覚と行為が相互作用している可能性について論じた.このように本論文では,刺激反応適合性における視覚刺激の知覚処理の一連の流れに関する空間的表象特性を明らかにし,知覚と行為の相互作用において行為を自動的に導く刺激知覚特性を総合的に解明した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、視知覚に基づいて形成された表象が反応行為へ与える影響に関して、刺激反応適合性に着目して実験心理学的に研究したものであり、全5章から構成されている。

第1 章では、刺激と反応の位置に対応関係があるときに反応が容易になる現象である刺激反応適合性に関する従来の研究を概観し、外界での刺激位置およびその空間構造の符号化過程において解明すべき様々な課題を指摘する。これらの課題に取り組み、行為に影響を及ぼす知覚特性として理解する重要性に言及している。

第2 章では、刺激位置を規定する参照枠について検討する。複数の視覚刺激が上位ユニットにグループ化され、個々の刺激の空間位置を超えてその上位ユニット位置に基づいて符号化されるには、上位ユニットを明示的に示す視覚手がかりは不要であり、それらの刺激が同一の反応に割り当てられていることが重要であることを明らかにしている。逆に、それらの刺激が同一反応に割り当てられていない場合には、視覚手がかりがあっても個々の刺激の空間位置に基づく刺激反応適合性効果が生じることも示している。これらの結果より、上位ユニットは刺激位置の表象において常に優先的な役割を果たすわけではなく、参照枠の1 つとして作用することや、知覚と行為の双方向的な影響を明らかにしている。

第3 章では、左右同側の反応を活性化する位置の表象を形成する刺激について検討する。中央の標的刺激に対して反応する課題で、左右に提示される付加刺激の出現と消失による反応への影響を検討したところ、出現、消失ともサイモン効果、すなわち位置とは無関係な課題における刺激反応適合性を生じることを明らかにしている。この結果から、知覚から行為への影響における刺激位置のダイナミックな表象について論じている。

第4 章では、刺激位置に伴う空間の極性構造の符号化と、その表象について検討する。刺激位置のみならずその空間極性構造も自動的に符号化されることから、極性に基づく対応による知覚から行為への影響は自動的に生じることを明らかにしている。

第5 章では、すべての実験結果をもとに、刺激反応適合性において反応行為に影響する知覚表象について総合的に論じる。特徴共有に基づく知覚と行為の相互作用は従来考えられてきた以上に密接だが、一方で知覚表象そのものが様々な要因により変調されることを論じている。注意を介して知覚と行為が相互作用している可能性についても言及している。

本論文は、刺激反応適合性における視覚刺激の空間的表象の解明に総合的に取り組み、知覚と行為の相互作用において行為を自動的に導く知覚特性を明らかにしており、この成果は実験心理学研究における顕著な業績である。以上の点から、本審査委員会は、本論文が博士(心理学)の学位を授与するのにふさわしいものであるとの結論に達した。

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