学位論文要旨



No 123992
著者(漢字) 筧,和憲
著者(英字)
著者(カナ) カケヒ,カズノリ
標題(和) スパッタ担持金属ナノ粒子触媒による単層・多層カーボンナノチューブの成長
標題(洋)
報告番号 123992
報告番号 甲23992
学位授与日 2008.05.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6853号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野田,優
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 岡田,文雄
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

単層カーボンナノチューブ(SWNT)はそのカイラリティにより金属の性質や半導体の性質を示すなど、機械的・電気的・化学的に優れた物性を持ち、電界放出ディスプレイの電界電子放出源、単電子トランジスタ、電界効果トランジスタといった電子デバイスや高強度材料など、さまざまな応用が期待されている。十年以上にわたる膨大な基礎・応用研究で、合成法、評価法や合成したSWNTの精製法などが生み出され、また、物性が評価され、物性に基づく応用の可能性が考えられ、SWNTが成長しやすい炭素源や触媒が発見されてきた。しかし、応用に向けて、大規模・低コストでの製造、金属・半導体やカイラリティの作り分け、直径制御、位置制御など課題は多い。この原因は、研究の多くが「セレンディピティー」の延長であり、限られた範囲から触媒や反応条件などの「レシピ」が決まってきている点にあると考えている。研究初期などでは偶然の発見が必要なこともあるが、既に多くの知見が得られているため、これに基づいて広範囲の条件で研究を進めていくことがSWNT成長に基礎・応用両面から重要であると考えている。

SWNTの主な合成方法は、触媒CVD(Chemical Vapor Deposition)法である。この方法では、反応全体にわたって触媒が重要な役割を果たしている。SWNTの成長に必要な数nmの粒子はCVDの高温下では非常に不安定で構造変化しやすいので、十分に制御できていない。また、触媒は気相に分散させる場合と基板上に担持する場合がある。前者では、HiPco法によりグラムオーダーでの合成がなされ、販売されている。しかし、SWNTに触媒が混入してしまうため、分離のためにコストが高くなり、純度により$ 375-2000 /g (純度65-95 %)となっている。気相中での合成のため、基板上へSWNT配線を直接合成することも不可能である。後者では、アルコール触媒CVD(ACCVD)やsupergrowthにより大量合成の可能性があり、触媒が基板上に残るbase growthであれば、SWNTが高純度になる。そのため、基板担持触媒に注目しており、触媒として用いる金属ナノ粒子の構造制御が重要であると考えている。

数nmのサイズの粒子はSWNT合成条件下で粗大化しやすいことを逆に利用すれば、微量担持した金属から表面拡散によりSWNTの成長に必要なナノ粒子を自発形成できる。このときに形成されるナノ粒子のサイズは、金属の表面拡散長とその拡散長の範囲に存在する金属の体積によって決まるが、その拡散長を予測することは困難である。また、CNTの成長は、触媒条件と反応条件に大きく依存し、これらの条件は複雑に影響を及ぼしあっている。本研究室で開発したCMD(combinational masked deposition)法では、基板の上に間隔をあけてスリットの入ったマスクを置き、その上からスパッタにより成膜することで、金属の担持量分布を形成することができる。この方法によって1枚の基板上に様々なサイズと面密度のナノ粒子を系統的に作製できるため、金属担持量のCNT形状への影響を比較的簡便に調べられる。

触媒CVDによるSWNT成長では触媒粒子が鍵であるので、成長メカニズムの理解の上で触媒の構造に注目すべきであると考えられる。その際にも、広範囲で最適化をした上できちんとした分析をする必要がある。例えば、SWNTの面密度が触媒よりも桁違いで少ないような状況で触媒を分析しても、大多数の不活性な触媒の分析になってしまう。このような広範囲での検討には、CMD法は非常に有効であり、SWNT合成における課題の解決に繋がると考えられる。

本論文では、SWNTの触媒成長において、金属ナノ粒子が触媒活性を示すメカニズムの解明に向けて、ナノ粒子の自己組織形成と形成されたナノ粒子から成長するCNTの構造を検討し、ナノ粒子の構造や触媒元素の物性による触媒活性への影響を評価した。このときに、触媒作製(プロセス)→触媒構造(構造)→触媒活性(機能)という観点に着目した。

第2章では、CMD法を用いたコンビナトリアル触媒探索法およびACCVDを用いたCNTの合成法、作製したCNTの評価法についてまとめた。

第3章および第4章では、NiおよびCoを用いた場合の触媒粒子形成とCNTの触媒成長についてまとめた。Niに関しては、その平均膜厚(tNi)に応じて、サイズなど形成される粒子の構造が異なった。tNiが大きくなると粒子のサイズも大きくなり、tNi = 0.22 nmでは4-5 nm、tNi = 3.5 nmでは、直径10 nm以上の粒子ができていた。そして、粒子のサイズに応じてCNTの収量などが変化した。tNi = 0.05 nmとごく微量のNiを担持したところでは、細いSWNTのバンドルまたは1本1本が孤立したSWNTができ、tNiが大きくなると、バンドルが太くなり、SWNTの収量が増加した。tNi = 0.5 nm程度ではSWNTの収量が少なくなり、直径10 nm以上の粒子が形成されるようになるとCNTがほとんど得られなかった。SWNTの収量が多かったところでは、CNTの直径は平均で2 nm程度で、8割がSWNTであった。これまで、基板担持のNi触媒からはSWNTはほとんど成長しなかったが、tNiを制御することでSWNTが成長した。また、このときの触媒の直径は4-5 nmであり、直径が触媒の半分程度のSWNTが成長していることが分かった。さらに、直径4-5 nmのNi粒子の融点は融点降下の影響で750-900 ℃程度であり、CVD温度とほぼ一致した。このことから、4-5 nmよりも大きい粒子の場合は固体となっていて、CNT成長に対する触媒活性が低くなっていると考えられる。

H2/Ar雰囲気中での合成温度依存性を調べると、温度を上げると、CNT成長の最適膜厚が厚くなることが分かった。温度を下げると、大きい粒子は融解しなくなることにより不活性になるため、温度を下げることはCNT成長の最適膜厚が小さくなる要因になる。一方、金属の表面拡散長は、温度を下げたときに小さくなるので、同じ平均膜厚での粒径は小さくなるため、温度を下げることはCNT成長の最適膜厚が大きくなる要因となる。実験では、温度を上げると、最適膜厚が厚くなっていることから、前者のほうが最適膜厚に与える影響が大きいことが分かった。

Coの場合も、Niのときと同様にその平均膜厚(tCo)に応じて、サイズなど形成される粒子の構造が異なった。tCo ≦ 0.1 nmとtCoが小さいと、Coの粒径分布はユニモーダルであったが、tCoが大きくなると、粒径分布がバイモーダルになった。また、tCoが大きくなるにつれて粒径も大きくなった。CNTの収量は、tCoに対して大きいところが2ヶ所あり、その間のtCoではCNTがあまり成長しなかった。CNTの収量が多かったところのうち、tCoが小さいところではSWNTが主に生成し、tCoが大きいところでは一部SWNTが生成していたが多層CNT(MWNT)が主に生成していた。また、SWNT、MWNTともにその直径は、Co粒子サイズと同程度であった。CNTの収量が大きいところが2ヶ所あった原因を粒子形成の観点から検討した。tCoがサブモノレイヤー程度と小さいときは、Coは連続膜を形成できないため、粒子の形成はadatomの表面拡散により進むと考えられる。その結果、Coの粒径分布はユニモーダルになる。一方、tCo ≧ 0.43 nmとtCoが大きい場合は、部分的に連続膜を形成するには十分な厚さであるので、adatomの表面拡散による小さい粒子の形成だけではなく、表面張力による塑性変形により大きな粒子が形成されると考えられる。そして、adatomの表面拡散による小さい粒子からはSWNTが、表面張力により連続膜が塑性変形してできた大きい粒子からはMWNTが形成されたと考えられる。その間のCNTの収量が少なかったところでは、小さい粒子、大きい粒子は、それぞれ、SWNT、MWNTを成長させるには小さすぎたのではないかと考えられる。

Coにおける合成温度依存性は、Niと同様に、温度を上げるとCNT成長の最適膜厚が厚くなることが分かった。温度と最適膜厚の間には、正負のどちらの相関もあると考えられるが、正の相関があったことから、粒子の融点と合成温度の関係のほうが最適膜厚に与える影響が大きいことが分かった。

第5章では、第3章および第4章を踏まえて、触媒元素の違いによるナノ粒子の形成とCNT触媒成長の共通点および相違点についてまとめた。Ni、Coともに、合成温度とCNT成長の最適膜厚との関係は同じであった。一方、触媒の粒径とCNTの直径の関係では相違点が見られた。これは、炭素の固溶度や炭化水素の解離吸着の違いなどによる炭素の取り込み効率の違いが原因ではないかと考えられる。また、CoではtCoに応じてSWNT、MWNTが成長したが、成長したCNTは、SWNTの場合はチューブの壁がまっすぐであるのに対して、MWNTの場合は節のようなものが見られた。このことからSWNTは液体のMWNTは固体の触媒粒子から成長していると考えられる。

このように、コンビナトリアル手法により金属の平均膜厚を変えることにより、形成されるナノ粒子の構造が変わり、そこから生成するCNTの構造が変わった。これらの結果を、目的の構造のCNTを作製するための触媒構造、さらにそのもとになる触媒作製の設計につなげることにより、CNTの構造制御をすることが可能になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

「スパッタ担持金属ナノ粒子触媒による単層・多層カーボンナノチューブの成長」と題した本論文は、スパッタ法で担持した触媒を用いたカーボンナノチューブ(CNT)合成プロセスに対し、SiO2表面に担持した金属層から触媒平均膜厚に応じてナノ粒子が自発形成する過程と、その粒子が触媒となり触媒粒子構造に応じてCNTが成長する過程を明らかにすることを目的とした研究であり、6章から構成されている。

第1章は序論であり、研究背景および研究目的を述べている。冒頭では、これまでに分かっているCNTの構造や合成法、評価法について述べている。CNTの実用化が進まない原因に、CNTの合成技術の多くが「セレンディピティー」からの延長である点を挙げ、広範囲の条件での系統的検討が重要性なことを述べている。そこで本研究では、コンビナトリアル手法を用いることで触媒の平均膜厚を広範囲で変え、触媒層からのナノ粒子形成とナノ粒子からのCNT成長の現象・機構解明を目的としている。このとき、ナノ粒子の構造が明確になるように単元系の触媒を用い、CNTの代表的な触媒であるFe, Co, Niについて、CNTがよく成長する条件、即ち、触媒粒子の多くが活性を有す条件にて、上記の検討を行うこととしている。

第2章では、実験方法について述べている。まず、スパッタによる触媒担持について、コンビナトリアル手法による膜厚分布作製法、均一膜厚サンプル作製法、そして透過型電子顕微鏡(TEM)観察用メッシュ上への触媒担持法について述べている。次に、CNTの合成に用いたアルコール触媒化学気相堆積法(ACCVD)について述べ、さらに、共鳴ラマン分光法、走査電子顕微鏡(SEM)、およびTEMを用いたCNTの評価法について述べている。

第3章では、Ni粒子形成とCNTの触媒成長について述べている。777 ℃におけるACCVDでは、平均膜厚0.22 nmにおいて4-5 nm程度のナノ粒子が1x1016個/m2の数密度で形成し、その数割から直径2.2 nm程度の単層CNT(SWNT)が成長した。本研究以前は、基板担持のNi触媒からはSWNTがほとんど合成できておらず、平均膜厚をサブナノメートルにすることが鍵であることを示した。SWNT生成活性の高い直径4-5 nmのNiナノ粒子の融点降下を考慮した融点は800 ℃程度と合成温度に近く、また高温ほど平均膜厚の厚い条件下で活性が向上することもあわせ、ナノ粒子融点とプロセス温度の対応がSWNT成長活性に重要と指摘している。

第4章では、Co粒子形成とCNTの触媒成長について述べている。700 ℃におけるACCVDでは、平均膜厚0.14, 1.5 nmにおいてCNTの収量が多く、その間ではCNTがほとんど成長しなかった。平均膜厚0.14 nmにおいては直径4 nm程度のナノ粒子が1016個/m2の数密度で形成し、直径2 nm程度のSWNTが成長した。単原子層以下では、金属原子の表面拡散によりユニモーダルな分布を有す粒子が形成するためである。一方、平均膜厚1 nm程度においては直径4 nm程度と十数 nmのナノ粒子がそれぞれ1016個/m2と1015個/m2の数密度で形成し、直径2 nm程度のSWNTと直径10-15 nm程度の多層CNT(MWNT)が成長した。部分的な連続膜では、表面張力による塑性変形により直径十数 nmの粒子が、残りの金属原子の表面拡散により直径4 nm程度の粒子が形成し、それぞれの粒子からMWNTおよびSWNTが成長する描像を提示している。なお、中間の膜厚においてはCNT成長に不活性なサイズの粒子が形成したと推測している。さらに、CNT成長の温度依存性は、Niと同様になることを示している。

第5章では、第3章および第4章をまとめ、更にFe触媒の知見も加えて総合的な検討を行っている。SiO2上の触媒でのACCVDについて、その触媒能はCo > Ni >> Fe ~ 0であり、CoよりもNiの方が炭化水素の分解能が高いとする既往の研究では説明できない。酸化熱はNi < Co << Feであり、エタノールは酸素を含んでいるために、Niより酸化熱の大きいCoが高活性と推測している。Feは炭化水素に対しては良い触媒にも関わらず、エタノールではほとんど活性を示さなかった。Feの酸化熱が大きく、エタノール中の酸素により酸化され失活した可能性が指摘されている。さらに酸化熱は、SiO2担体との密着性にも寄与し、実際にNi粒子の密着性はCoより低い。一方で、他の元素全般にズームアウトして考えると、これら鉄族の3元素は物性値が近く、そのために単原子層相当の担持量にて1016個/m2程度の数密度で粒子が形成し、多くの粒子からSWNTが成長するという共通点を有している。

第6章は終章であり、本研究を通じて得られた成果をまとめ、今後の課題と展望について述べている。

以上、要するに本論文は材料プロセス工学の考えに基づき、単原子層前後での金属層からのナノ粒子形成過程と、金属ナノ粒子の構造に応じたSWNT/MWNTの触媒成長過程を明らかにしたものである。ナノ粒子の形成とナノチューブの成長というナノスケールの現象を対象に、原子レベルからバルク物性までマルチスケールの知識を動員しメカニズムに迫る点で、化学システム工学への貢献が大きい。また、実用への課題となっているCNT合成技術の確立に対し、レシピではなく理論的な下支えをする点で工学への貢献も大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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