学位論文要旨



No 123993
著者(漢字) 横山,武司
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,タケシ
標題(和) 系統的挿入変異によるrRNAの機能解析とリボソームの人工翻訳制御
標題(洋)
報告番号 123993
報告番号 甲23993
学位授与日 2008.05.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6854号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 准教授 上田,宏
 東京大学 准教授 金原,数
内容要旨 要旨を表示する

リボソームは、RNAとタンパク質からなる超分子複合体であり、メッセンジャーRNA(mRNA)にコードされた遺伝情報を、タンパク質を構成するアミノ酸の配列へと変換する、タンパク質合成装置としての役割を担っている。原核生物リボソームに関しては、X線結晶構造解析によって、原始レベルでの精密な立体構造が解かれ、リボソームの構造機能相関の研究が大きく進展している。リボソームの構造解析がもたらした最も特筆すべき成果は、リボソームの中心骨格が、RNA成分によって占められているという事実である。遺伝情報の解読とペプチド転移反応を含むリボソームが担う翻訳過程の重要な素過程は、このRNAコア領域を中心に、全体の構造をダイナミックに変化させ、分子機構を巧みに調節し実現されている事から、リボソームは構造的かつ機能発現においてもRNAを中心としたマシナリーであると言える。

原核生物におけるリボソームRNA(rRNAs)の二次構造は、進化的に非常に高度に保存されていることが知られている。このことは、リボソームが担うタンパク合成の素過程がすべての生物において共通の原理で触媒されていることを意味している。真核生物におけるrRNAでは、コア領域の幾つかの特定の部位で、RNAの伸長や挿入が観察されて、これらはExpansion segment (ES)と呼ばれている。これらのESは真核生物rRNAが原核生物型rRNAから進化する過程において挿入変異を繰り返して獲得したものと考えられる。このように、現在までの所、系統学的なrRNAの二次構造の比較から、ESとrRNAコア領域の構造上の関係性について推測する事は可能であった。しかしながら、実際に原核生物のrRNAが挿入変異に対して、どの程度の寛容性を示すのかを、実験的に検証する研究はほとんどなされていなかった。そこで、私は本研究において、大腸菌rRNAを題材に、系統的に挿入変異を導入し、生体内で機能するリボソームを選択する手法を開発し、真核生物rRNAにおけるES獲得の実験的な検証とin vivoでのリボソームの機能解析を試みた。

本研究で新たに開発した手法ではTn5トランスポゾンを用いて、rRNA遺伝子上のランダムな部位にヘリックス構造を有する短いRNA断片を導入する。この結果得られたランダムな挿入変異を有するライブラリーから、機能するrRNAのみを、ゲノム上の全rRNAオペロンを欠失した株によって選択するシステムである。この手法は、完全にランダムな挿入変異を有するライブラリーからの選択のため、研究者の恣意を排除し、完全に中立的に機能性挿入変異を取得することができる。また、選択された大腸菌のクローンは、挿入断片有するrRNAのみで生存している事になる為、生育速度や翻訳精度の測定などにより、挿入変異リボソームの活性及び機能を細胞内で評価する事が出来る。

その結果、16S rRNA上に16箇所、23S rRNA上に35箇所、計51箇所の挿入変異部位を明らかにした。これだけ、多くの部位に挿入変異導入が可能である事は、全くの予想外の結果であった。同時に、大腸菌rRNAは挿入変異に対して寛容であることが判明した。また、これらの変異体について生育速度を測定したところ、一部のクローンを除いて、大半のものは野生型に対してほとんど遜色のない生長速度を示した。したがって、挿入変異を有したリボソームは、リボソームの機能をほぼ完全に保持している一方で、それ以外の部位に挿入断片が飛び込んだ変異体は、リボソームの機能を完全に失った事を示唆している。遺伝子間領域に高頻度に見出された挿入変異の見積りから、ランダムな挿入変異を有するプラスミドライブラリーには約5塩基に一箇所の挿入変異を有していたことが予測されることから、本研究で得られた変異体は網羅性の高い機能選択によって取得されたものであると考えることができる。生育速度の悪い変異体については、ショ糖密度勾配遠心分離法を用いて、リボソームのプロファイルを測定した所、サブユニット間のアソシエーション効率の低下が確認された。

次に、rRNA上において実際に挿入変異が得られた箇所の解析を行った。大腸菌リボソームの3次元構造上に、挿入可能部位を表示したところ、それらはリボソームの外面部および辺隣部に存在し、さらにリボソームタンパク質を避けるように位置することが判明した。また、真核生物の代表例として酵母rRNAの二次構造上に挿入変異部位を表示したところ、ESが存在する部位と非常に良い相関関係が見られる事が判明した。特に、この特徴は小サブユニットrRNA(16Sと18S)で顕著にみられ、長いESが存在する部位には、挿入変異可能部位が密集する傾向があることも明らかとなった。この事実は、リボソームは本質的な機能を維持しつつ、rRNAが潜在的に保持している挿入変異に寛容な箇所を中心にRNA断片の挿入を繰り返す事で、進化の過程でESを獲得し、リボソームが原核生物タイプから、真核生物タイプへと変化していった事を示唆している。現在までの所、ESの機能について詳しくわかっていないが、真核生物特有の翻訳制御機構に関わっている可能性が高いと考えられる。本研究では、進化の過程で生じたと考えられる原核生物型から真核生物型へのrRNAアーキテクチャーの変化を大腸菌を用いたモデル実験により、実験的に検証した初めての例である。

後半では、rRNAに対する系統的な挿入変異の研究成果を元に、その応用研究として、高機能化リボソームの開発を行った。これまで、試験管内人工進化法によって特定のリガンドに結合するRNAアプタマー配列が多数報告されている。これらの人工的に取得されたRNAアプタマーをmRNAの上流に導入する事で、人工的にリボスイッチを創生したり、アプタマーをリボザイムと連結し、リガンド結合依存的に、リボザイムの活性を制御する研究なども行われている。そこで我々は、細胞内で、巨大なリボザイムであるリボソームの活性を、リガンド結合依存的に制御する、全く新しい概念に基づく人工翻訳制御系の開発を目指した。具体的には、アルカロイドの一種であるテオフィリンに結合するアプタマーを16S rRNAに導入し、大腸菌の細胞外からテオフィリンを添加する事で、細胞内のリボソームを人工的に制御する試みである。

まず、挿入変異が可能な部位の内、16S rRNAのヘリックス26の先端を選び、テオフィリンアプタマーを導入した。次に、このリボソームを内在の翻訳系と直交化させるために、アンチSD配列を改変し、ゲノム由来の遺伝子を翻訳しないようにした。レポーターとして、改変したアンチSD配列に相補的に結合するSD配列を有する、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子を用いた。このシステムを利用する事で、細胞溶解液を用いたクロラムフェニコールのアセチル化効率の測定や、大腸菌のクロラムフェニコール耐性を指標として、導入されたリボソームの活性をモニタリングする事が出来る。テオフィリンを培地に添加し大腸菌を培養し、菌体の溶解液を用いてCATアッセイを行った。クロラムフェニコールのアセチル化効率がテオフィリンの添加濃度依存的に上昇する現象が観察された。

では、実際にリボソームに導入されたアプタマーは、テオフィリン結合能を有しているのだろうか?そこで、生化学的な手法を用いてアプタマードメインの構造解析を行った。まず、大腸菌株NT101を利用して、均一なアロステリックリボソームを精製した。テオフィリン存在、非存在下、カフェイン存在下でIn-lineプロービング(高濃度Mg2+イオン存在下においてRNAを加水分解する手法)を行い、切断パターンをプライマー伸長法で観察したところ、テオフィリン非存在下では、アプタマードメインの著しい切断が見られたものの、テオフィリン存在下では、テオフィリン濃度依存的に切断されなくなっていく様子が観測できた。カフェイン存在下では、濃度に関係なく、アプタマードメインが切断されていた。この事は、つまり、テオフィリンがアプタマードメインに結合し、構造変化を引き起こす事で、濃度依存的にRNAの切断を防いでいる事を示している。以上の結果により、リガンド結合によるアプタマードメインの構造変化が、リボソームの翻訳活性を制御している事が証明された。

翻訳過程は4つの連続したステップによって成り立っており(開始過程、伸長過程、終止過程、リボソーム再生過程)、それぞれの段階は多くのタンパク質因子によって精密に制御されている。そこで、アプタマーの構造変化が、果たしてどの段階を制御しているのかを解明する事に焦点をあてて研究を進めた。まず、テオフィリン存在下、非存在下で大腸菌を培養し、得られた菌体の溶解液をショ糖密度勾配遠心分離法(SDG)にて分画し、ポリソーム画分、70S画分、30S画分、最も軽いフリーの画分に分離した。続いて、それぞれの画分からRNAを抽出し、CAT mRNAを特異的に検出するプライマーを用いて、定量的逆転写PCR法を用いてCAT mRNA量を測定した。この実験の結果、テオフィリン存在下において、70S画分と、ポリソーム画分で、CAT mRNA量の特異的な上昇が観察された。一方、30S画分ではCAT mRNAの量がむしろ減少する現象が観測された。以上の結果を元に、私は、アロステリックリボソームは、30S開始複合体の形成後に、70S開始複合体への形成過程を制御していると考えている。さらに、近年幾つかのグループによる構造解析によって、翻訳の開始過程で、SD-アンチSDの相補的結合によって形成されるSDヘリックスが、16S rRNAのヘリックス26と直接相互作用している事が明らかにされた。SDヘリックスは、開始過程においてヘリックス26に触れながら、リロケーションし70S開始複合体を形成する事が示唆されており、私が考える翻訳制御のモデルと一致している。現在は、SDヘリックスの改変による、翻訳制御活性の変化を解明する事で、より詳細な分子機構を明らかにしようとしている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、生物の翻訳機構で重要な役割を果たすリボソームをターゲットとして、その構造と機能との関係性を人工的に挿入変異を導入するアプローチで解き明かし、さらに得られた知見を元にリボソームを細胞内で人工的に制御する研究を行った。前半では、リボソーム上のどの領域にヘリックス構造を導入する事が出来るか、リボソームのどの領域が挿入変異に耐えうる潜在能力を持っているのかを解き明かす為に、Tn5トランスポゾンを用いた、系統的挿入変異を導入するシステムを確立し、遺伝学的手法を駆使してリボソームRNA (rRNA)上の挿入変異導入可能な領域を網羅的に明らかにした。さらに、論文提出者は、この結果得られたすべての変異株の増殖速度、また16S rRNA上に挿入変異を持つ物に対しては翻訳精度を測定し、挿入変異を有するリボソームの活性を評価した。その結果、挿入変異リボソームi4,i5では、顕著な増殖速度の低下と+1フレームシフト頻度の上昇が確認された。真核生物リボソーム上にはExpansion segments (ES)と呼ばれる挿入断片の存在が知られている。これは、原核生物のrRNAと真核生物のものを比較して、特定の領域でRNAの伸長が観察されたものである。これまで、ESの持つ機能について幾つかの事例が報告されており、真核生物特有のシステムに寄与する事が示唆されている。論文提出者が明らかにした、大腸菌rRNA上の挿入変異導入可能部位は、このESの存在が知られている領域と、非常に良い一致を示した。この事は、原核生物リボソーム上には、本来挿入変異に対して寛容な領域があり、進化の過程でそれらの領域に挿入変異が繰り返されESが獲得されていった事を示唆する結果である。また、これまでにESの存在が知られていない領域にも、挿入変異を導入する事が可能である事が明らかになり、これらの領域で、現在までに解析されていない真核生物のrRNA上で新たにESの存在が確認されるかもしれない。

前半での結果を元に、後半では、系統的挿入変異の実験で明らかにされた場所に、新たな機能ドメインを付加し、人工的にリボソームを高機能化する事を目指した。論文提出者は、前半で挿入変異導入可能である事が明らかにされた、16S rRNAのヘリックス26の先端にテオフィリンのアプタマーを導入し、細胞内で、テオフィリンの結合依存的に活性を制御出来る、アロステリックリボソームの開発を目指した。このテオフィリン添加依存的なリボソームの活性上昇は、16S rRNA上のAnti-SD配列とレポーターとして用いたクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子(CAT遺伝子)上のSD配列を内在の翻訳系から、直交化させた系を用いてモニターした。レポーター遺伝子の翻訳量を測定は、CATアッセイと大腸菌のクロラムフェニコールに対する阻止円の大きさを観察する事で行った。テオフィリン存在下で培養したアロステリックリボソームを有する大腸菌を用いて解析した所、テオフィリン非添加時と比較してCAT遺伝子の翻訳量の上昇を確認した。論文提出者は、この時点で、テオフィリン添加依存な活性を有するアロステリックリボソームの開発に成功した。続いて、テオフィリン結合によるアプタマードメインの構造変化を、In-lineプロービング法を用いて生化学的に解析した。その結果、テオフィリン結合によるアプタマードメインの構造変化を明らかにし、テオフィリンアプタマー相互作用の存在を裏付けた。さらに詳細な制御機構の解明を目指し、アプタマー導入部位の構造生物学的な考察から、翻訳の開始過程に焦点を絞り研究を進めた。ショ糖密度勾配遠心分離法を用いて、大腸菌内のリボソームを30S, 70S, ポリソーム画分に分離し、テオフィリン添加、非添加で培養した大腸菌間でフラクション内のCAT mRNA量を比較した。70S以降の画分でテオフィリン依存的な、CAT mRNA量の上昇が観察された為、この翻訳制御は70S開始複合体形成を制御している事が示唆された。また、翻訳のこの段階でSD, Anti-SDによるSDヘリックスが、リボソーム上を動く事が知られており、アプタマーを導入したヘリックス26は近傍に位置している。そこで、SD, Anti-SDの配列をこれまで用いてきた、Clone46配列からCloneA1配列に入れ換えた所、テオフィリン依存的な翻訳制御が観察されなくなった。以上の結果から、アロステリックリボソームによる人工翻訳制御は、テオフィリン-アプタマー間の相互作用による構造変化が、翻訳開始過程でのSDヘリックスの動きを空間的に制御する事で、70S開始複合体形成を調節しているものと結論付けた。本論文で明らかにされた、リボソーム上の挿入変異導入可能な領域や、その結果を元に開発された、細胞内でリガンド結合依存的な活性を持つリボソームは、リボソームを利用した人工遺伝子回路の開発などに貢献する事が期待される。なお、以上の研究成果は、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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