学位論文要旨



No 124003
著者(漢字) 宮村,典秀
著者(英字)
著者(カナ) ミヤムラ,ノリヒデ
標題(和) 空間位相変調器を用いた衛星光学系の軌道上再構成に関する研究
標題(洋)
報告番号 124003
報告番号 甲24003
学位授与日 2008.06.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6856号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 町田,和雄
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 准教授 岩崎,晃
 東京大学 准教授 矢入,健久
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,空間位相変調器を用いた波面補償による,光学系の軌道上再構成を提案するものである.再構成によって,光学系の性能劣化要因となる光学系構成要素の熱歪やアラインメント変動の補正を軌道上で行うことが可能になり,これらの劣化要因を防ぐための支持構造への剛性要求が緩和され,光学系の小型軽量化が可能になる.

高性能の光学系には,光学素子の面形状及びアラインメントに波長オーダーの精度が求められる.従来は,軌道上での変形を防ぐために支持構造の剛性を強化した上で,あらかじめ地上で波長オーダーの調整を行うことによって,軌道上での精度を確保するという設計方針であった.結果としてセンサ質量,衛星質量がともに増加するだけでなく,予測できなかった変形等が軌道上で起こった場合の性能劣化が避けられなかった.小型衛星による高性能の光学系の実現,及び軌道上の未知の要因による性能劣化防止のためには,これまでの軌道上で光学系の変形を防ぐという設計方針から,軌道上で光学系の変形をある程度許容し,それが発生しても光学系の再構成により性能を回復するという設計方針への転換が必要である.

本研究では近年実用化が進んでいる空間位相変調器(Spatial Light Modulator)を用いて,軌道上で光学系の面形状及びアラインメントの変形によって引き起こされる波面収差を測定し,それをオンボードで補正することを目的とする.

はじめに,地上の大型望遠鏡で大気の乱れ補正に利用されている補償光学系に注目した.一般的に,補償光学系では波面センサを用いて大気の乱れを波面収差として測定し,リアルタイムに可変形鏡で補正する.宇宙望遠鏡でも,軌道運動に伴う熱環境,打上げ振動等に由来する光学系の変形を波面収差として測定し,これを補正することに補償光学系を応用することができる.補償光学系で使用する波面センサは,それ自体が高精度を要求する光学系であるため,軌道上での性能劣化が起こらないようにする必要がある.したがって,軌道上である程度の性能劣化を許容するという観点から,波面センサを用いることなく観測画像から波面収差を推定しこれを補正するPhase Diversity法を導入した.一般的に,観測対象が未知の場合,観測画像のみを用いて波面収差を一意に決定することはできない. Phase Diversity法は,未知の収差が存在する光学系に対して,通常得られる画像に加え,光学系にPhase Diversityと呼ばれる既知の波面収差をわざと与えたときの画像を用いて画像処理を行うことにより,観測対象が未知の場合でも観測画像から波面収差を推定することを可能にするものである.

この方法では,Phase Diversityの与え方が問題を解く上で重要である.従来は,既知の収差を自在に作ることが困難であったため,検出器のデフォーカスを利用してPhase Diversityを与える方法が一般的であった.この方法では,地上で与えたデフォーカス量が軌道上でも一定でなければならないというだけでなく,収差モードのカバレージが狭く特定の収差モードに対して推定精度が劣化するという欠点があった.そこで,本研究では波面収差の補正に用いる空間位相変調器を用いてPhase Diversityを作ることを提案した.空間位相変調器を用いることによって,収差モードのカバレージを広げ,上に述べたような特定の収差モードの推定精度が劣化しないPhase Diversityを作ることが可能である.さらに,システムが簡単になるため小型衛星の搭載に有利なものとなる.

また,観測画像から収差を推定する方法では,一般的に複雑な画像処理を必要とする.そのため,軌道上で利用するためには,計算負荷の軽減が課題であった.本研究では,この問題を解決するために,画像を用いた収差の推定にニューラルネットワークを利用した.ニューラルネットワークを利用した研究は過去にも見られ,ニューラルネットワークへの入力として何を利用するかということが収差推定問題の計算量を左右するため,これまでにさまざまな方法が提案されている.本研究では,画像の主成分分析の結果をニューラルネットワークの入力として利用することにより情報を圧縮する方法を提案した.主成分分析で得られる情報量にとって,Phase Diversityをどのように設計するかということが重要な意味を持つ.従来のデフォーカスによるPhase Diversityでは設計の自由度が少なかったが,空間位相変調器を用いることによって適切なPhase Diversityを設計することが可能になり,主成分分析により有効な収差情報を抽出できるPhase Diversityを与えることができるようになることを示した.

以上の方法に基づき数値シミュレーションによる検討を行った.その結果,少ない計算負荷で精度よい収差推定が可能であることを示した.また,従来の方法では推定が困難な収差のモードが存在したが,Phase Diversityを適切に設計することによって,このようなモードも推定可能であることを示した.

本研究の成果は,光学センサの小型軽量化によって小型衛星による高性能のリモートセンシングを可能にするだけでなく,宇宙での展開望遠鏡,衛星のフォーメーションによる仮想的な大口径望遠鏡など,宇宙で光学系の再構成を必要とするシステム全般への応用が期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)宮村典秀提出の論文は、「空間位相変調器を用いた衛星光学系の軌道上再構成に関する研究」と題し、7章と付録からなっている。

従来、人工衛星によるリモートセンシングにおいては、軌道上での光学性能を保証するために打上げ時の振動環境や軌道上での熱環境によるアラインメントずれや熱歪を防ぐことが必要であり、十分な剛性を持った光学系の支持構造が要求されてきた。その結果、光学系の質量が増大し、それを支える構造も大型化するという悪循環となって、衛星は必然的に大型にならざるをえなかった。近年台頭してきた小型ないし超小型の衛星に搭載できるような小型で高性能な光学系を実現するためには、軌道上での変形を許さないというこれまでの設計思想から、変形が起こってもそれを検出して補正するという新しい設計思想への転換が必要である。

以上の背景に基づき、本論文では、以下の2点を提案することを目的としている。第一に、地上の大口径望遠鏡に用いられている補償光学系を衛星に応用して、光学系のひずみや、ミスアラインメントによって起こる収差を補正する、小型化が可能な補償光学系の提案である。本論文ではシステムの簡略化と軽量化のために、近年開発が進んでいる空間位相変調器を波面補償と光学系へのアプリオリ情報付加に利用し、同一光学系で撮像した観測画像から波面収差を推定して補償するシステムを提案している。第二に、空間位相変調器を用いて衛星上のコンピュータで波面推定と補償を行うために、計算負荷を抑えて波面を推定する信号処理の提案である。観測画像を用いて波面を推定する場合、一般に複雑な逆問題を解く必要がある。従来は、繰り返し計算によって評価関数を最適化する手法が用いられていたため、オンボードで処理する際の計算負荷が課題とされていた。本論文では、主成分分析とニューラルネットワークを組み合わせて計算負荷を抑える手法を提案している。この二つの手法により、小型ないし超小型衛星に搭載するような剛性に劣る光学系においても、軌道上での補償により十分な光学性能を獲得できることを、シミュレーション等により明らかにした。

第1章は序論であり、小型衛星での高精度のリモートセンシングのために軌道上での光学系の再構成が必要とされる背景を述べ、研究の目的を明確にしている。

第2章では、小型衛星光学系に関する動向を概観している。はじめに、従来のリモートセンシング衛星の光学系の設計が、軌道上でのひずみやアラインメントずれを抑えるために大型化していることを述べ、次に、すでに普及している地上の天体望遠鏡の補償光学系を構成する技術を述べている。さらに、地上の補償光学系を衛星に応用するための技術課題を整理し、研究目的を達成するための課題を詳細に述べている。

第3章では、スカラー回折理論に基づいて一般的な光学系の数学モデルを構築し、そのモデルに基づいて、観測画像から波面収差を推定する理論的枠組みについて述べている。さらに、従来のフェイズ・ダイバーシティ法の理論を応用して、空間位相変調器により意図的に収差を与えた複数の観測画像から収差が推定できることを示し、それにより小型衛星の光学系に適した補償光学系を構成できると提案している。

観測画像を用いて波面収差を推定するシステムでは、一般的に複雑な逆問題を解く必要がある。小型衛星のリソースでオンボードでの再構成を行うためには、この問題を解くための計算負荷が課題である。第4章ではニューラルネットワークを用いて、軌道上での計算負荷を軽減する手法について述べている。すべてのピクセル情報を入力情報として用いることは情報処理量の爆発を招くため、フェイズ・ダイバーシティ法に基づいて取得した画像に、主成分分析を施すことによって情報を圧縮し、計算量を抑える手法を提案している。

第4章で提案した方法によって、観測画像から収差の情報を抽出し波面収差を補正することができる。しかし、収差パラメータが混在する場合は、観測ノイズや観測対象のコントラストによって、ある収差パラメータの推定精度が低下する場合がある。第5章では、適切なフェイズ・ダイバーシティを与えることによって、従来の方法では推定が困難であった収差パラメータの推定を行うことが可能であることを述べている。

第6章では、超小型リモートセンシング衛星を例に、本論文で提案した補償光学系と信号処理を適用した際のシステム性能を、第3章で述べた数学モデルに基づいた数値シミュレーションで検証し、結果と考察を述べている。

第7章は、結論であり、本研究で得られた成果をまとめ、今後の課題と展望を述べている。

付録では、観測画像から波面収差の推定を行うための、フェイズ・ダイバーシティ法を使わない従来のアルゴリズムと、フェイズ・ダイバーシティ法によって観測画像から波面収差を求める際にニューラルネットワークを用いない従来の方法を述べ、それらの手法における問題点を挙げている。

以上要するに、本論文は、空間位相変調器を用いて,観測画像からの波面収差推定と波面の補償を行う衛星上補償光学系の実現方法を提案し、小型あるいは超小型衛星のリモートセンシング能力を大きく向上させる可能性を示したものであり、宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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