学位論文要旨



No 124004
著者(漢字) 葛岡,義和
著者(英字)
著者(カナ) クズオカ,ヨシカズ
標題(和) ポリフェニレンビニレン系ポリマーの光機能素子に関する研究
標題(洋)
報告番号 124004
報告番号 甲24004
学位授与日 2008.06.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6857号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 岡田,文雄
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 尾嶋,正治
内容要旨 要旨を表示する

次世代用の携帯電池用材料や有機電界発光素子(有機EL)、太陽電池などへの応用に有機半導体への注目が高まっている。有機半導体の魅力は従来の無機材料にない柔軟さから新しい形状の素子が作製できる点にあり、中でもPPV(poly p-pheneylene vinylene)は次世代有機デバイス材料として精力的に研究がなされている。

PPVは剛直なポリマーであり、それ自体は有機溶媒に不溶である。合成されて以来、側鎖をアルコキシル基などに置換することによりポリマーの状態で有機溶媒に溶かし、スピンコートなどの各種溶媒からの塗布が可能となった。近年の有機デバイス形成法はプロセスとしてドライプロセスである真空蒸着とスピンコートやスクリーン印刷、インクジェットなどによるウェットプロセスに大別される。基本的に低分子は蒸着法によって成膜され、高分子は蒸着成膜が不能であることが多いため、導電性高分子による成膜を考えた場合、溶液に溶けるか否かは成膜の可否につながる。

PPV系の高分子一般についての光物性について溶液中の発光波長に比べて溶液から塗布したフィルムの発光波長で50-100nm程度red shiftする。このRed shiftは、溶液中ではポリマー鎖が分散していて分子間相互作用は殆んど無視できるがフィルムではポリマー同士が重なり合い、分子間相互作用に起因する。

CNPPV系においては、CN基と隣接する分子鎖のベンゼン環との距離(3.4A)が強い分子間相互作用を誘起していると考えられており、薄膜を形成したときの分子間相互作用の影響の大きさは一般的なPPV系よりも強い。通常のPPV系においてもナノ孔中に分散させ、孤立させることにより、バルク状態とは異なった光物性を示す。これらの事実は、CNPPV集合体の分子構造を制御することでCNPPV薄膜の光物性が大きく変化させることができる可能性を示唆している。本論文においてはCNPPV集合体の分子構造制御による光物性制御を目的とした。

第2章ではMEHCNPPVの光照射による蛍光スペクトル変化についての研究を行った。MEHCNPPVの光照射による蛍光スペクトル変化は光酸化反応に基づく現象であり、蛍光スペクトルのブルーシフトはMEHCNPPVのπ共役面の面間距離が光酸化に伴って広がり、分子間相互作用が減少に起因すると考えられた。この解釈は従来の

通常のPPV系の光酸化現象では提案されていないが、第2章の結果およびさらにその一般化である第3章の結果を矛盾なく説明できている。

クエンチを伴わない蛍光ピーク波長の限界は希薄分散液中の溶液の蛍光ピーク波長と一致し、分子間相互作用の変化による蛍光ピーク波長制御としては薄膜形成時の蛍光ピーク波長から薄膜物質を溶質とする希薄分散液の蛍光ピーク波長まで制御することができることが示された。薄膜形成時のMEH-CN-PPVの蛍光ピーク波長594nm~547nmまで著しい蛍光強度のクエンチングを伴うことなく制御できることを示した。

従来は物質の蛍光ピークを制御するためには物質の分子構造を変化させる手法が主に採用されていたが、本章の結果は1度薄膜を形成し、光反応によって所定の部分の分子間相互作用を制御することで単一物質によって構成される薄膜でも様々な種類の蛍光ピーク波長、蛍光区画の制御が可能であることを示している。

第3章では、第2章がMEH-CN-PPVの光酸化に伴う蛍光スペクトル変化を詳細に観察したことに対し、更に2種類のCNPPV系高分子DH-CNPPV (Poly(2,5-di (hexyloxy)-cyanoterephthalylidene)), DMO-CNPPV (Poly (2,5-di (hexyloxy) cyanoterephthalylidene)の光照射による蛍光スペクトル変化について観察を行い、CNPPV系高分子の光照射による蛍光スペクトル変化の一般化を検討した。

検討した3種類のCNPPV系高分子の光照射による蛍光スペクトル変化と基板温度の関係をまとめると、低温側では光照射によってブルーシフトを伴わない蛍光強度のクエンチングが観察され、高温側では光照射によって明瞭なブルーシフトが観察される傾向が確認された。

CNPPV系高分子の光酸化による蛍光スペクトル変化は光酸化によるπ共役系面間距離が広がることによって生じ、光酸化時のCNPPV系高分子の温度が高いときは光酸化によってπ共役系面間距離が変化しやすく、低温時にはπ共役系面間距離の変化が進まないと考えられた。この分子構造の変化のしやすさにはCNPPV系高分子のガラス転移状態が関与していると考えられた。

第3章のまとめとして、一般化されたCNPPV系の蛍光スペクトル変化の起源について以下のモデルを提案した。

1. 光酸化中のCNPPV薄膜がガラス転移状態を示さないとき、CNPPV分子は光酸化反応によってπ共役系面間距離が広がらず、クエンチサイトとなるC=O基が増え、ブルーシフトを伴わない蛍光スペクトルのクエンチングが生じる

2. 光酸化中のCNPPV薄膜がガラス転移状態を示すとき、CNPPV分子は光酸化反応によってπ共役系面間距離が広がり、ブルーシフトが観察される。蛍光強度についてはπ共役系面間距離が広がることは蛍光強度増大要因となり、光酸化に伴い、C=O基が増えることは蛍光強度低下要因となり、両要因の競合によって決定される。

3. 希薄分散溶液中の蛍光スペクトルピーク波長よりも短波長側へのブルーシフトはπ共役系面間距離の広がりによる分子間相互作用の低下によるものではなく、短分子化によるものであり、C=O基の発生によって著しい蛍光強度のクエンチを伴う。

第4章では第2、3章で光照射により簡便に光物性が制御できること示したCNPPV系高分子の電気デバイスへの応用展開として塗布型太陽電池を検討した。対象とした太陽電池の素子構成はITO/PEDOT/(CdSe:P3HT混合層)CNPPV/Alヘテロジャンクション型太陽電池であり、ITO陽極およびAl陰極以外の3層全てを塗布法によって形成している点が特徴である。塗布法においては上地の層を溶かしている溶媒が下地の層を溶かすと積層は不能であることや、電子輸送性の導電性高分子が少ないことから単純に塗布で連続積層させた太陽電池の研究例はほとんどないが、本研究では下地のCdSe:P3HT混合層を溶かさずにMEH-CN-PPVを溶かす有機溶媒1,2ジクロロエタンを発見し、3層全てを塗布法によって形成することができた。

構成材料のバンド図からもCdSe:P3HTで発生した電子をAl陰極へCNPPVが輸送し、正孔はブロックすることが説明され、実験結果においてもCNPPV層が存在しない状態(0.70V)に対して開放起電力の増加(0.92V)が確認された。光電流は減少したことはCNPPV層の抵抗によるものだと考えられるが膜厚を適正にすることで、光電流の減少を抑制し、高い開放起電力を維持できると考えられる。

第2,3章で示した光照射によるCNPPV系高分子の光物性制御は分子軌道で考えれば、HOMO-LUMOの変化につながる。光酸化による光物性制御は電気デバイスへの応用上はトラップの発生も考慮しなければならないため、直接的に応用することは困難が生じると考えられるが、他の光反応を使用した手法でCNPPVπ共役系の平均的な面間距離を減少させることができれば、成膜後HOMO-LUMOの制御が可変的に行えると考えられる。

本論文ではCNPPV系高分子を用いた光照射による光物性制御について検討を行い、光照射によるCNPPV系高分子の光物性変化の起源について、従来にない仮説を立て検証すると共に、導電性高分子であるCNPPV系高分子を光電変換デバイスへ組み込む際の応用検討を行った。直接行うことはなかったが、今後の展開としては光照射によって光物性が変化したCNPPV系高分子の有機ELへの応用に期待したい。太陽電池と同様でトラップを生じさせることなく、π共役系の面間距離を制御ができる光反応系を選べば、発光制御を成膜後の後処理として行えるCNPPV系高分子の特徴が活かされ、有望な有機EL形成プロセスになると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

「ポリフェニレンビニレン系ポリマーの光機能素子に関する研究」と題した本論文は、シアノ置換型ポリパラフェニレンビニレン(CN-PPV)系高分子を用いた光照射による光物性制御を行い、光照射によるCN-PPV系高分子の光物性変化のメカニズムを明らかにするとともに、導電性高分子である有機デバイスへの応用に関する研究であり、5章から構成されている。

第1章は序論であり、無機半導体に対する有機半導体の位置づけを述べており、有機半導体の中でもさらに低分子型・高分子型の有機デバイスへの応用例を踏まえて、半導体デバイスにおけるポリパラフェニレンビニレン(PPV)系高分子の位置づけを明らかにしている。また、PPV誘導体の開発の経緯および、CN-PPV系高分子が注目される経緯を示し、本研究で明らかにしたCN-PPV系高分子の光照射による発光色変化の特徴について述べている。

第2章では、CN-PPVの光照射による発光スペクトル変化について述べている。CN-PPVの光照射による発光スペクトル変化は光酸化反応に基づく現象であることが示された。発光スペクトルのブルーシフトはCN-PPVのπ共役面の面間距離が光酸化に伴って広がることに由来する分子間相互作用の減少に起因すると考えている。従来は物質の発光ピークを制御するために、物質の分子構造を変化させる手法が主に採用されていた。本章の結果は薄膜を形成した後に、光反応によって所定の部分の分子間相互作用を制御することで単一物質によって構成される薄膜でも様々な種類の発光ピーク波長(594-547nm)を制御できることを示している。

第3章では、更に2種類のCN-PPV系誘導体の光照射による発光スペクトル変化における温度転移現象について述べている。CN-PPV系高分子の光照射による発光スペクトル変化は光酸化によるπ共役系面間距離が広がることによって生じ、光酸化時のCN-PPV系高分子の温度が高いときは光酸化によってπ共役系面間距離が変化し、低温時にはπ共役系面間距離の変化が進まないことを示している。この分子構造の変化のしやすさにはCN-PPV系高分子のガラス転移状態が関与していると述べている。

第4章では、光照射により簡便に半導体物性が制御できるCN-PPV系高分子の電気デバイスへの応用展開として、有機太陽電池を研究している。太陽電池の構造として、正孔輸送層/発電層/電子輸送層の3層構造太陽電池を作製し、電子輸送層にCN-PPV系高分子を用いている。光電変換特性としては通常のバルクへテロジャンクション型の太陽電池では達成できていない開放起電力0.92Vが得られ、電子輸送層にCN-PPVを用いることおよび3層構造の優位性を示している。成膜後に光照射によりバンド構造が制御できるCN-PPVを電子輸送層に用いた塗布型太陽電池は、今後の有機デバイスのバンド制御を行う上で非常に価値があると述べている。

第5章では材料とプロセスと機能を軸として、これまでの研究成果の位置づけと、今後の有機半導体の実用化に向けて期待される研究をまとめている。有機半導体は、無機半導体に比べて非常に高次構造の安定性が低いことが特徴であり、本研究においてはこの特徴を積極的に活かして一旦形成された分子集合体の構造を光照射により変化させることにより、その光物性を制御している。本研究の課題は分子集合体の構造変化による電気伝導機構変化の解明、構造変化により変化した光励起・発光過程の解明であると述べている。

以上要するに、分子集合体の構造をプロセスにより制御することは、有期半導体デバイスの応用上極めて重要であり、化学システム工学及び反応工学への貢献が大きいものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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