No | 124007 | |
著者(漢字) | ロラン,フィリップ オリヴィエ デジレ | |
著者(英字) | Laurent,PHILIPPE Olivier Desire | |
著者(カナ) | ロラン,フィリップ オリヴィエ デジレ | |
標題(和) | 細胞周期におけるサイクリン依存性キナーゼ2制御の時空間的動態 | |
標題(洋) | Spatiotemporal Dynamics of Cyclin-Dependent Kinase 2 Regulation in the Cell Cycle | |
報告番号 | 124007 | |
報告番号 | 甲24007 | |
学位授与日 | 2008.06.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3159号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序論> DNA複製は、複製開始点と呼ばれるクロマチンDNA上の特異的な配列で開始される。DNA複製は、通常、replisomeあるいは複製工場(replication factories、RF)と呼ばれている巨大なタンパク質複合体の中でおこなわれる。RFは、BrdUなどの取り込み実験により可視化され、未固定細胞でも観察されている。さらにRFは、染色体DNAを除去した後も核内に残存していることから、核内構造に結合していると考えられている。 複製開始点におけるDNA複製を制御するために二つの制御機構が存在している。一つはライセンシング機構であり、この機構によりそれぞれの開始点は必ず一回、しかも一回だけ活性化されるように制御されている。二つ目は、サイクリン依存性キナーゼ(Cdk)によるリン酸化制御である。哺乳類のDNA複製の制御においてはCdk2が中心的は役割を担っている。Cdk2は、複製過程の開始および進行とともに、再複製の抑制にも重要な役割を果たしている。 Cdk2は、様々な制御因子によって正と負の調節を受けていることが明らかにされている。(1)Cdk2は、調節サブユニットであるサイクリンAあるいはEと結合することにより活性化される。(2)Cdk2は、活性型および抑制型のリン酸化制御を受ける。サイクリン活性化キナーゼ(CAK)複合体(Cdk7-サイクリンH)は、Cdk2のThr160をリン酸化し、Cdk2を活性化する。これに対して、Wee1はTyr15/Thr14をリン酸化し、Cdk2活性を抑制する。この抑制的リン酸化は、Cdc25脱リン酸化酵素により脱リン酸化され、その結果Cdk2が活性化される。(3)さらに、Cdk2の活性は、Cdk抑制タンパク質(p21およびp27)が結合することにより抑制される。 以上のようにCdk2の制御機構について詳細な研究がおこなわれているにもかかわらず、Cdk2がどの様にして個々の開始点おけるDNA複製を制御しているかについては不明の点が多く残されている。DNA複製の開始には、低いレベルのCdk2キナーゼ活性が必要であり、Cdk2活性が高い場合には、逆に複製を抑制することが知られている。Cdk2活性はS期の進行とともに増加することが知られている。しかしながら、S期においては、複製開始前、複製中および複製終了後の様々な段階の開始点が混在していることから、核全体におけるCdk2活性の総量を制御する単純な機構では、Cdk2がどの様に個々の複製開始点を制御しているかを説明できない。したがって、Cdk2は個々の複製開始点において局所的な制御を受けていると推定される。 すでに様々な手法によって、Cdk2がRFに存在することが示されている。この巨大タンパク質複合体は、個々のDNA複製開始点におけるDNA複製の時空間的な制御を可能にするための微少環境を提供すると考えられる。Cdk2がRFにおいて制御を受けているならば、Cdk2が、RFの中でCdk2制御因子と相互作用していると考えられる。従来、RFを構成する因子の解析には、免疫組織化学的手法が用いられてきたが、この手法では複合体を構成する因子の相互作用を定量的に解析することは困難である。そこで本研究では、生化学的細胞分画法を用いて、核構造に結合したCdk2を抽出し、Cdk2制御因子との相互作用を解析することを目指した。その目的のために、界面活性剤を用いて核構造に結合していない可溶性タンパク質を除去した後、穏やかな塩処理によって核構造結合因子を抽出する方法を開発した。この方法を用い、界面活性剤処理に対して可溶性および非可溶性(核内構造結合)Cdk2複合体を分離し、S期におけるその活性と複合体構成因子の変化を解析した。 <結果> (1)非イオン性界面活性剤処理による核構造結合および非結合可溶性因子の分離 RFに存在するCdk2複合体を解析するためには、細胞質および核質に存在する(NSに結合していない)分画を除く必要がある。RFおよび染色体DNAを含む核構造に結合したタンパク質複合体は、界面活性剤処理に対して抵抗性であることが知られている。そこでまず非イオン性界面活性剤(0.1% Triton X-100)で処理することにより、核内構造に結合していない可溶性タンパク質を抽出する条件を検討した。 (i) 対照として用いた細胞質マーカーGAPDHは可溶性分画に、核内構造に結合しているヒストンH1oおよびラミンB1は不溶性分画に検出された。 (ii) G1期にクロマチンに結合することが知られているライセンシング因子Mcm2は可溶性分画と不溶性分画の両方に検出された。 (iii) 核質にのみ局在するマーカーは知られていない。そこで、上記のTriton X-100を用いた方法と、核膜より細胞質を優先的に可溶化する界面活性剤(digitonin)を用いた方法とを比較することにより、NSに結合していない核タンパク質の抽出効率を調べた。その結果、GAPDH、ヒストンH1oおよびラミンB1については差が認められなかったが、digitonin処理では多くのMcm2が不溶性分画に残存していたのに対し、Triton X-100処理では一部を除いて大部分が抽出された。以上の結果から、Triton X-100を用いた方法により、核内の可溶性タンパク質を効率的に抽出できることが分かった。 (2)高濃度塩処理による核構造結合因子とCdk2複合体の可溶化 次に、界面活性剤処理後、不溶性分画に残存したタンパク質を350 mMの塩処理によって抽出した。その結果、残存したCdk2-サイクリンA複合体およびMcm2のほとんどが抽出されること、この塩処理によってCdk2複合体の活性が影響を受けないことが確認された。 以上、(1)と(2)の結果から、Triton X-100処理とそれに続く塩処理を用いた細胞分画法により、細胞質および核質のタンパク質が除去され、核構造に結合したCdk2複合体が抽出されることが分かった。 (3)S期におけるCdk2の活性化 S期におけるCdk2活性の制御を調べるため、NIH3T3細胞を接触阻止によりG0期に静止させ、別の培養皿に播種することにより細胞周期を同調させた。FACS解析により、この方法により高い細胞周期の同調性が得られること、19時間にS期が開始し、29時間にG2/M期に入ること、Cdk2の活性化が19時間から認められることを確認した。 (4)核内構造に結合したDNA複製因子の動態 次に上記の細胞分画法を用いて、NIH3T3細胞のS期(19から29 時間)におけるDNA複製に関与する因子を解析した。その結果、核構造結合分画において、PCNAの量がS期中期の24時間にピークに達すること、一方、ライセンス因子Mcm2およびMcm7は、S期の進行とともに次第に減少することがわかった。以上の結果は、過去の報告と一致しており、本研究で用いた細胞分画法が核構造に結合した複合体の解析に使用できると結論した。 (5)核内構造内におけるCdk2とその制御因子の相互作用 次にCdk2とCdk2制御因子との相互作用を免疫沈降法で解析し、核構造結合および非結合分画における相違を比較した。 (i) まず、Cdk2抗体による免疫沈降後、残った抽出液中のCdk2量を調べ、ほとんど残存が認められないことを確認した。したがって、以下はこの方法を用いてCdk2とその制御因子との相互作用の検討をおこなった。 (ii) S期の進行とともに核構造に結合したCdk2の増加が認められた。また移動度の早いCdk2(Thr160リン酸化型、後述)のみ、核構造結合分画に結合していた。その動態は、Cdk2キナーゼ活性およびサイクリンA2との結合の増加と一致していた。 (iii) これに対して、核構造に結合したCdk2とサイクリンE2 との結合はほとんど認められなかった。したがって、核構造に結合したCdk2の活性化には、主にサイクリンA2が関与していると結論した。 (iv) 一方、核構造に結合していない大部分のCdk2は、サイクリンA2と結合していないことが分かった。 (v) リン酸化特異的抗体を用いて、Cdk2のリン酸化状態を検討した結果、Thr160の活性型リン酸化を受けたCdk2のみが核構造に結合していることが分かった。 (vi) しかしながら、Thr160がリン酸化されたCdk2はThr15抗体によっても検出された。したがって、核構造に結合しているCdk2には、Thr160リン酸化型(活性型)およびThr160・Thr15リン酸化型(不活性型)の二つのリン酸化型が存在すると考えられる。 (vii) さらに核構造結合Cdk2はCDK阻害因子p21との結合していた。したがって、核構造結合Cdk2はCdk2活性の高いS期においても抑制的制御を受けていることが明らかになった。 (viii) 一方、核構造結合Cdk2はThr15の抑制的リン酸化を脱リン酸化するCdc25Aと結合していた。さらにCdk2と結合したCdc25Aの量はS期におけるCdk2活性の増加と一致していた。 (ix) 核構造結合Cdk2は、Thr160のリン酸化を受けているにもかかわらず、このリン酸化に関与するサイクリンHとCdk7とも結合していることが分かった。さらに核構造結合分画でのみそれらのタンパク質とCdk2との結合が認められた。 (x) 最後に、核構造結合Cdk2は、その基質であるCdc6とも結合していた。その結合量は、DNA複製の盛んなS期中期で最大であった。したがって、Cdk2抗体による免疫沈降物にはCdk2の制御のみではなく、DNA複製に関与する因子も含まれていることが示された。 <結論と考察> 以上の結果から、核構造に結合したCdk2が正と負の両方の制御を受けていることが示唆された。核構造に結合したCdk2の活性はS期の進行とともに増加し、その活性化にはサイクリンA2との結合が重要であることが確認された。核構造結合Cdk2は、活性型リン酸化型(Thr160)であったが、少なくとも一部は抑制的リン酸化(Thr15)も受けており、さらにp21とも結合していた。以上の結果は、核構造に結合したCdk2のうち一部は不活性化状態であることを示しており、必要なときに活性化を受ける可能性が示唆された。事実、その可能性を支持する結果として、Cdk2を活性化するCdc25A、およびCdk活性化キナーゼの構成因子(cyclin HおよびCdk7)も核構造結合Cdk2と結合していることが明らかになった。以上の事実は、核内構造に結合した巨大なタンパク質複合体であるRF内においてCdk2活性が制御されていることを示唆するとともに、RF内での局所的なCdk2活性の制御により、個々の複製開始点におけるDNA複製が制御されている可能性を支持するものである。この制御機構を明らかにするためにはさらなる解析が必要であるが、本研究で用いた細胞分画法はそのための有効な手段の一つとなると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究の目的は、高等動物細胞の個々の複製起点に結合したCdk2分子が、それぞれの複製開始を制御していることの証明である。そのため染色体を含む核内構造に結合したCdk2複合体(複製工場(RF)中のCdk2複合体)を抽出するための新たな方法を開発した。この方法を用いてCdk2複合体を分離し、S期開始におけるその活性と複合体構成因子の変化を解析した。その結果は以下に示されたとおりである。 1)核内構造に結合したCdk2の解析のための新たな生化学的細胞分画法を検討した。その結果細胞質および核質における可溶性因子を非イオン性界面活性剤Triton X-100処理により除去、その後沈殿分画を高濃度塩処理することにより Cdk2を含む核内構造に結合した複合体を迅速に可溶化することに成功した。 2)核内構造に結合したCdk2の調節サブユニットはサイクリンE2ではなくサイクリンA2であった。同時に160番目のスレオニンがリン酸化されたCdk2のみが核内構造に結合していた。これらの結果は核内構造に結合したCdk2の活性とも相関していた。 3)核内構造に結合したCdk2にはその制御因子であるp21、Cdc25A、Cdk7/サイクリンHなども結合しており、Cdk2が活性制御されていることが示唆された。これはとりもなおさずRF内でのCdk2活性制御が個々の複製起点でのDNA複製を制御しているという可能性を支持する。 以上、本研究は高等動物細胞におけるS期開始の制御機構を、個々の複製起点でのCdk2の動態を観察することにより明らかにしようと試みたものである。Cdk2の活性制御機構は詳細に検討されてはいるが、現在まで個々のCdk2分子の制御に配慮した研究はなされていなかった。個々の複製起点におけるCdk2の制御機構に注目した解析は、今後複製制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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