No | 124008 | |
著者(漢字) | 中村,健 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカムラ,タケシ | |
標題(和) | ラットヘルドの前末端におけるカルシウム・カルモジュリン依存的カルシウム電流不活性化の生後発達変化 | |
標題(洋) | Developmental changes in calcium/calmodulin-dependent inactivation of calcium current at the rat calyx of Held | |
報告番号 | 124008 | |
報告番号 | 甲24008 | |
学位授与日 | 2008.06.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3160号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 機能生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | カルモジュリン(CaM)へのカルシウムの結合はカルシウムチャネルの促通、あるいは不活化を引き起こす。最近XuらはP7-9のラット脳幹スライスを用いた検討でヘルドの前末端において1Hz前後の繰り返し刺激によりプレシナプスのカルシウムチャネルがカルシウム・カルモジュリン依存的に不活化することを報告し、これが短期シナプス抑圧の主要な要因であると提唱している。しかし、高橋らの過去のデータではP14-17のヘルドの前末端においてそういった不活化は観察されていなかった。これらの相異はラットの発達に伴う変化により説明できる可能性が考えられたため、まずP7-9、およびP13-15のラット脳幹スライスを用いてシナプス前末端からのCa電流を記録し、2回パルス刺激によるCa電流の不活化を検討した。すると、P7-9において0.05-2sの刺激間隔においてCa電流の不活化が見られ、この不活化はCaM阻害薬であるカルミダゾリウム、MLCKペプチドにより抑制された。一方、P13-15においてはどの刺激間隔においても不活化が観察されず、これらの阻害薬も影響しなかった。従って、Xuらと高橋らのデータの相違はラットの発達に伴う変化によって説明できると考えられた。 次に、このCaM依存的なCa電流不活化のシナプス抑圧への関与を検討するため、脳幹スライスのポストシナプスの細胞体からEPSCの記録を行った。0.5-5Hzの繰り返し刺激を行うとEPSCサイズは徐々に小さくなり、最終的には一定のサイズに到達し定常状態に至る。P7-9の検討においてカルミダゾリウムはこのシナプスの短期抑圧を抑制したが、P13-15においては特に影響を与えなかった。従って、Ca電流の不活化のシナプス抑圧への関与も同様に発達に伴い消失していくと考えられた。 CaM依存的なCa電流不活化が発達に伴い消失していくメカニズムにはいくつかの可能性が考えられた。1つは発達に伴いプレシナプスにおけるCaMの発現がダウンレギュレーションされるといった可能性である。この可能性を検討するため、P8、およびP14ラット由来の脳幹スライスにCaMに対する特異的抗体を用いて蛍光免疫化学染色を行なった。プレシナプスのマーカーとしてシナプトフィジンを用い、プレシナプスにおけるCaMシグナルの平均蛍光強度を算出したところP8とP14では同程度であり、CaMの発現レベルは発達により変化しないと考えられた。 ヘルドの前末端における電位依存性Caチャネルのサブタイプは発達に伴い変化することが知られており、発達の初期において発現していたN型、P/Q型、R型Caチャネルが、徐々にP/Q型のみを発現するよう変化する。このCaチャネルサブタイプのスイッチがCaM依存的なCa電流不活化の消失の要因になっている可能性が考えられた。そこで、P7-8においてN型Caチャネル阻害薬であるω-conotoxin GVIA存在下でCa電流を記録したところ、Ca電流の不活化が観察された。従って、N型Caチャネルの発達に伴うダウンレギュレーションはCa電流不活化のメカニズムではないと考えられた。 次にP7-9において高濃度のEGTA (10 mM) をパッチ電極を介してプレシナプスに灌流し、Ca電流を記録したところ、Ca電流の不活化は完全に消失した。従って、Caチャネルを介して流入したCaイオンがCaMと結合しCa電流を不活化させると考えられた。では、P14においてこの不活化機構は完全に消失しているのであろうか?CaMの発現量がP7と同程度であることから不活化機構が完全に消失していることは考えづらく、P14においてもCaイオンが十分に積算すれば不活化が生じる可能性があると思われた。そこで、P14においてCa電流を記録し、200Hzの繰り返し刺激を2s与えたところ、Ca電流は促通したのち、徐々に減衰し、不活化した。また、より生理的な刺激として活動電位様のパルス刺激を用いて同様の検討を行ったところ、500Hzの繰り返し刺激により同様のCa電流の促通と不活化が観察され、この不活化はCaM阻害薬であるMLCKペプチドにより抑制された。従って、P14においてCaM依存的なCa電流の不活化機構は存在しているが、何らかの発達変化によってP7よりも強く刺激されCaイオンが十分積算した時に初めて観察されるようになっていると考えられた。この発達変化の要因としては発達に伴いCaM以外のCaバッファーの発現が増加する、Caドメインの大きさが変化するなどといった細胞内Ca環境の変化がありうると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究ではシナプスの短期可塑性に重要な役割を果たしていると考えられるプレシナプス末端におけるCa電流の不活化現象を対象とした解析を行った。プレシナプス末端からの直接的なパッチクランプ記録が可能なラット脳幹スライスを用いて、巨大シナプス(calyx of Held)の前末端からCa電流を記録したところ、下記の結果が得られた。 1.P7-9、およびP13-15のラット脳幹スライスを用いてシナプス前末端からのCa電流を記録し、2回パルス刺激によるCa電流の不活化を検討した。すると、P7-9において0.05-2sの刺激間隔においてCa電流の不活化が見られ、この不活化はCaM阻害薬であるカルミダゾリウム、MLCKペプチドにより抑制された。一方、P13-15においてはどの刺激間隔においても不活化が観察されず、これらの阻害薬も影響しなかった。従って、Ca電流不活化のメカニズムは発達に伴い消失していくと考えられた。 2.次に、このCaM依存的なCa電流不活化のシナプス抑圧への関与を検討するため、脳幹スライスのポストシナプスの細胞体からEPSCの記録を行った。0.5-5Hzの繰り返し刺激を行うとEPSCサイズは徐々に小さくなり、最終的には一定のサイズに到達し定常状態に至る。P7-9の検討においてカルミダゾリウムはこのシナプスの短期抑圧を抑制したが、P13-15においては特に影響を与えなかった。従って、Ca電流の不活化のシナプス抑圧への関与も同様に発達に伴い消失していくと考えられた。 3.CaM依存的なCa電流不活化が発達に伴い消失していくメカニズムを検討する目的で以下の実験を行った。 発達に伴いプレシナプスにおけるCaMの発現抑制が起こる可能性を検討するため、P8、およびP14ラット由来の脳幹スライスをCaMに対する特異的抗体を用いて蛍光免疫化学染色した。プレシナプスのマーカーとしてシナプトフィジンを用い、プレシナプスにおけるCaMシグナルの平均蛍光強度を算出したところP8とP14では同程度であり、CaMの発現レベルは発達により変化しないと考えられた。 ヘルドの前末端において発達の初期において発現していたN型Caチャネルの発現は徐々に減少していくことが知られており、チャネルサブタイプのスイッチがCaM依存的なCa電流不活化の消失の要因になっている可能性が考えられた。そこで、P7-8においてN型Caチャネル阻害薬であるω-conotoxin GVIA存在下でCa電流を記録したがCa電流の不活化が観察された。従って、N型Caチャネルの発達に伴う発現低下はCa電流不活化には関与していないと考えられた。 以上の結果より、細胞内のCa環境の変化がCa電流不活化の消失の要因になっている可能性が考えられた。そこで、P14においてCa電流を記録し、200Hzの繰り返し刺激を2s与えたところ、Ca電流は促通したのち、徐々に減衰し、不活化した。また、より生理的な刺激として活動電位様のパルス刺激を用いて同様の検討を行ったところ、500Hzの繰り返し刺激により同様のCa電流の促通と不活化が観察され、この不活化はCaM阻害薬であるMLCKペプチドにより抑制された。従って、P14においてCaM依存的なCa電流の不活化機構は存在しているが、何らかの発達変化によってP7よりも強く刺激されCaイオンが十分積算した時に初めて観察されると考えられた。 以上、本論文はヘルドの前末端からのパッチクランプ記録によりCa電流不活化のメカニズムが生後発達の初期において存在し、シナプスの短期抑圧に関与することを示した。また、生後発達変化によりプレシナプス末端のCa環境が変化することで、そのメカニズムが消失していくことを示した。本研究はCa電流の不活化とシナプス短期抑圧の関係、またその生後発達変化を明らかにした初めての研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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