学位論文要旨



No 124009
著者(漢字) 辻野,武
著者(英字)
著者(カナ) ツジノ,タケシ
標題(和) 成人生体肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療の意義 : 胆管狭窄に対するステントを留置しない内視鏡的治療の試み
標題(洋)
報告番号 124009
報告番号 甲24009
学位授与日 2008.06.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3161号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 特任准教授 金井,文彦
 東京大学 講師 丸山,稔之
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1.緒言

生体肝移植は、末期肝不全に対する確立された根治的治療法である。手術手技の改良や免疫抑制薬の導入などによりその成績は向上しているが、胆道合併症(胆管狭窄、胆汁漏、胆管結石・castなど)は現在でもなお最も頻度が高い生体肝移植後の合併症である。胆道合併症は致死的なグラフト肝の機能不全を引き起こす危険性があるため、迅速かつ適切に対処しなければならない。

胆道再建法は胆管-空腸吻合と胆管-胆管吻合に大別されるが、成人生体肝移植の胆道再建法として胆管-胆管吻合を施行している施設が増えている。胆管-胆管吻合の利点の一つは、胆道合併症に対して内視鏡による経十二指腸乳頭的な診断および治療が可能なことである。これまでに脳死肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療の有用性の報告は多数みられるが、生体肝移植後の報告は限られている。脳死肝移植と生体肝移植ではグラフト肝の種類や胆道再建の方法も異なるため、脳死肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療の手技や成績をそのまま生体肝移植に当てはめることはできない。

そこで、本研究では成人生体肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療の有用性と安全性について評価すると同時に、その問題点と限界についても検討し、成人生体肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療の役割を明らかにすることを目的とした。

2.成人生体肝移植後の胆道合併症の背景

2000年5月から2005年3月までに胆管-胆管吻合による成人生体移植を施行した174例のうち、53例(30%)が胆道合併症を発症した。53例中41例は、移植外科医の判断で開腹手術あるいは経皮的治療が行われた。2003年6月より胆道合併症に対する内視鏡的逆行性膵胆管造影(endoscopic retrograde cholangiopancreatography; ERCP)を応用した内視鏡的治療が導入され、2005年7月までに18例の胆道合併症に対して内視鏡的治療を施行した。18例の男女比は11:7で、初回ERCP施行時の平均年齢は51歳であった。生体肝移植から初回ERCPまでの期間は16か月(中央値)であった。ドナー肝の種類は右葉グラフトが6例、左葉グラフトが8例、後区域グラフトが4例であり、胆管-胆管吻合部が1か所の症例が10例、2か所が6例、3か所が2例であった。5例は胆道合併症に対する開腹手術歴があり、1例は経皮的治療を受けた既往があった。

3.胆道合併症に対する内視鏡的治療の方法

胆管狭窄に対しては、まず4 mm径あるいは6 mm径の拡張用バルーンで狭窄部を拡張してから、7Fr.の経鼻胆道ドレナージ(endoscopic naso-biliary drainage; ENBD)チューブを留置した。5~7日後に再度ERCPを施行し、狭窄部を6 mm径あるいは8 mm径のバルーンで拡張後にENBDチューブを再び留置した。ENBDチューブは1~5日後に抜去した。2回目のバルーン拡張の際、狭窄部の改善が不十分な場合には胆管ステントを留置した。胆道系の逆行性感染予防のためにステント下端は乳頭から出さないようにした(inside stent)。ステントは原則3か月に1回交換した。

胆汁漏に対しては、胆管ドレナージのため7Fr. ENBDチューブを胆汁の漏出部位を橋渡しするように留置した。ENBDチューブからの造影で胆汁漏が認められなくなった時点で、チューブは抜去した。

biliary castは内視鏡的乳頭バルーン拡張術(endoscopic papillary balloon dilation; EPBD)で十二指腸乳頭括約筋を拡張後に、結石除去用バスケットおよびバルーンカテーテルにて除去した。

4.胆管狭窄に対する内視鏡的治療の成績

ERCPにて17例に胆管狭窄を認めた。このうち12例は胆管-胆管吻合部の狭窄で、5例は吻合部と非吻合部のドナー胆管が狭窄していた。胆管狭窄症例17例中8例はbiliary castを合併しており、この8例のうち3例は胆汁漏も合併していた。

17例中12例(71%)で胆管狭窄の内視鏡的治療に成功した(8例は狭窄部バルーン拡張のみ、4例は胆管ステント留置)。バルーン拡張のみで胆管狭窄が改善した8例の平均ERCP回数と平均バルーン拡張回数はそれぞれ4.1回と3.5回であった。

胆管狭窄の内視鏡的治療が不成功であった5例のうち、4例は開腹手術を施行し、1例は経皮経肝的治療を行った。

胆管狭窄に対して胆管ステントを留置した4例のうち、1例は早期にステント閉塞による胆管炎を起こしたため、ステントを抜去しENBDチューブを留置した。その後は狭窄部のバルーン拡張をして、胆管ステントを留置せずに経過観察となった。2例は胆管ステントがうまく機能せず、1例は開腹手術となり、もう1例は経皮経肝的治療となった。残りの1例はステントを留置したままで経過良好であった(経過観察期間5.5か月)。

胆管狭窄に対して狭窄部のバルーン拡張のみで治療が成功した8例に、胆管ステントを留置したものの早期に抜去した1例を加えた9例を長期予後の対象とした。観察期間は10.1か月(中央値)で、9例中5例(56%)は無再発であった。4例は胆管狭窄を再発したため、再度狭窄部のバルーン拡張を行った。胆管狭窄の累積無再発率は、最終ERCP施行日から6か月の時点で11.2%、12か月で40.7%であった(Kaplan-Meier法)。

胆管狭窄の内視鏡的治療としては、バルーン拡張のみでは再発する危険性が高いため胆管ステントが第一選択とされている。今回の症例の多くは胆管-胆管吻合が複雑で、胆道系が高度に屈曲しているため、ステントを適切に留置することは困難と判断しバルーン拡張を第一選択とした。バルーン拡張による狭窄の改善が不十分な症例に限ってステントを留置したが、その成績は不良であった。これは前述した屈曲した胆管に合う胆管ステントが市販されていないことが一因と考えた。バルーン拡張だけでは約半数の症例で狭窄が再発するためその対策が必要だが、狭窄に対しては再度の内視鏡的治療が可能であった。

5.胆汁漏に対する内視鏡的治療の成績

3例に胆汁漏を認め、全例でENBDチューブの留置に成功した。2例は胆汁漏が改善し、ENBDチューブ留置13日後と16日後にチューブを抜去した。胆管狭窄とbiliary castを合併した1例は、ENBDチューブを留置したにも関わらず胆汁漏が改善せずに開腹手術となった。

胆汁漏に対して内視鏡的治療は有用でまず試みるべき治療法だと思われた。しかし胆管狭窄やbiliary castなど他の胆道合併症が併存する例では内視鏡的胆管ドレナージだけでは胆汁漏が改善しない可能性が示唆された。

6.Biliary castに対する内視鏡的治療の成績

9例にbiliary castを認めた。すでに胆管狭窄に対する開腹手術を受けていた1例を除いた8例全例で胆管狭窄を合併していた。Biliary cast 9例のうち8例はEPBDにてcastを完全に除去することができた。しかし1例ではcastは除去できたものの胆管狭窄に対する治療が不成功なため、開腹手術となった。Biliary castに胆管狭窄と胆汁漏を合併した1例は、胆汁漏の内視鏡的治療が奏功せずにcastを除去する前に開腹手術となった。

肝移植後のbiliary castに対しては内視鏡的乳頭括約筋切開術(endoscopic sphincterotomy; EST)にて切開する施設がある。しかしEST後は乳頭機能が低下・廃絶するため、胆道系の逆行性感染を起こす危険性がある。肝移植後のbiliary castは胆管狭窄に合併していることが多いこと、レシピエントが免疫抑制療法を受けており易感染状態であることから、感染を惹起する可能性のある治療法は慎重にならなければならない。一方でEPBDは術後の乳頭機能の温存が期待できるとされる。また今回のcastの除去率はESTの報告と大差がなく、肝移植後のbiliary castに対してはEPBDを選択すべきだと思われた。

7.内視鏡的治療の安全性

胆道合併症18例に対して、計77回のERCPを施行した。内視鏡的治療に起因すると思われる早期合併症は、急性胆管炎を1例(1.3%)に認めたのみで急性膵炎や出血、穿孔等は認めなかった。胆管炎の1例に対してはENBDチューブの留置で対処可能であった。生体肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療は、開腹手術や経皮経肝的治療に比べ低侵襲で安全な治療法と考えられた。

8.まとめ

成人生体肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療は、開腹手術や経皮経肝的治療に比べ非侵襲的であり、手技に起因する重篤な合併症を認めなかったことから、第一にその施行を考慮すべきであると思われた。

内視鏡的治療により胆管狭窄の70%の症例では開腹手術を回避できたが、その成功率は満足のいくものではなかった。また内視鏡的な再治療が可能なものの、胆管狭窄の再発率は比較的高率であった。今後は新しい内視鏡デバイス(生体肝移植用のステントや拡張用バルーンなど)の開発と新たな治療ストラテジーの確立が必要であると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、成人生体肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療、とくに胆管狭窄に対しての胆管ステントを留置しない内視鏡的治療(狭窄部のバルーン拡張+ENBDチューブ留置)の有用性と安全性を評価し、その問題点と限界についても検討すると同時に、成人生体肝移植の胆道合併症に対する内視鏡的治療の意義を明らかにすることを目的で行われた。18例の成人生体肝移植後胆道合併症に対して内視鏡的治療の成功率、早期合併症、予後について検討を行い、下記の結果を得ている。

1.胆管狭窄17例中12例(71%)で内視鏡的治療に成功した。12例のうち9例は狭窄部のバルーン拡張とENBDチューブ留置のみで狭窄は改善した。経過観察中、9例中5例(56%)は無再発であり、4例(44%)は狭窄の再発を認めた。累積再発率は最終ERCPのから6か月の時点で11.1%、12か月で40.7% であった。再発した4例は全例、内視鏡的に再治療可能であった。

2.胆管狭窄に対して胆管ステントを留置した4例のうち、長期的に成功したのは1例と不良であった。その原因として、市販されている胆管ステントが生体肝移植後の屈曲した胆管に合わなかったことが考えられた。

3.胆汁漏3例のうち2例は内視鏡的に治療可能であったが、胆管狭窄とbiliary castを合併した1例は開腹手術となった。Biliary cast 9例のうち8例は内視鏡的乳頭バルーン拡張術で完全除去しえた。

4.胆道合併症18例に対して計77回の内視鏡的治療が行われたが、内視鏡的手技に起因する早期合併症は急性胆管炎1例(1.3%)のみであった。

以上、本論文は成人生体肝移植後の胆道合併症に対する内視鏡的治療の有用性および問題点を明らかにした。今後の成人生体肝移植後の胆道合併症に対する治療法の向上に貢献すると考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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