学位論文要旨



No 124016
著者(漢字) 森山,崇
著者(英字)
著者(カナ) モリヤマ,タカシ
標題(和) 植物と藻類に固有の色素体・ミトコンドリア局在型DNAポリメラーゼの研究
標題(洋) Studies on the DNA polymerases localized to plastids and mitochondria in plants and algae
報告番号 124016
報告番号 甲24016
学位授与日 2008.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5255号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 准教授 野崎,久義
 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 准教授 和田,元
内容要旨 要旨を表示する

序論

植物や藻類には、独自のゲノムを持つ色素体とミトコンドリアが存在し、それらのゲノムはそれぞれのオルガネラに存在する複製酵素によって複製されている。動物のミトコンドリアゲノムの複製酵素はDNAポリメラーゼγであるが、ゲノム塩基配列が決定されたシロイヌナズナ、イネ、および紅藻Cyanidioschyzon merolaeには、DNAポリメラーゼγをコードすると思われる遺伝子は存在しない。現在、植物や藻類のオルガネラゲノムの複製は、大腸菌のDNAポリメラーゼI(PolI)とある程度の相同性を持つ核コードの酵素(POP: Bants organellar DNA polymeraseと 呼ぶ)が行っていると考えられており、シロイヌナズナ、イネ、タバコにおいて、色素体とミトコンドリアの両方に局在することや発現タンパク質の活性が調べられているが、複製酵素であることはまだ証明されていない。単細胞紅藻であるC.merolaeの核ゲノムには、Pol Iとある程度の相同性を持っ酵素、Po脇とPolBをコードする遺伝子が存在する。PolBはPOPのホモログであり、Pfamによる解析から、植物のPOPと同様に3'-5'エキソヌクレアーゼドメインとDNAポリメラーゼドメインを持つことが推定された。PolAはPOPではなく、大腸菌のPol Iに対してさらに高い相同性を持っ酵素で、5'-3'エキソヌクレアーゼドメインとDNAポリメラーゼドメインを持つことが推定された。3'-5'エキソヌクレアーゼドメインはPfamによるスコアが低く、保存されたモチーフも存在しないため、PolAはこの活性は持たないことが推定された。Cmemlaeは、真核生物としては高温(至適温度46℃)で生育するため、タンパク質が比較的熱に強いと考えられる。また、単細胞であり液体培養で培養できるため、活発に増殖している細胞を大量に得ることができることから、DNAポリメラーゼのように細胞の増殖に関わる酵素を植物よりも精製しやすいと考えられる。また、形質転換法はまだ確立されていないが、明暗の周期により同調培養ができ、細胞内に1個ずつ存在する色素体とミトコンドリアの分裂が細胞分裂と同調的に起こるため、細胞周期における発現を調べることに適している。以上の理由からCmerolaeを実験材料として用い、POP(PolB)の酵素的性質およびオルガネラゲノムの複製への関与についての知見を得ることを目的とした。

結果

(1)PolAとPolBの細胞内局在

免疫プロット分析によりPolAとPolBの細胞内局在を調べた結果、PolAは色素体、PolBは色素体とミトコンドリアの両方に局在することがわかった。また、5。-RACE法によりPolAとPolBのmRNAの5'末端を調べ、その結果より推定された開始メチオニンから57アミノ酸をGFPとの融合タンパク質としてタマネギで発現させGFPの蛍光を観察した。その結果、免疫プロット分析の結果と一致し、PolAは色素体、PolBは色素体とミトコンドリアの両方に局在が観察された。

(2)C.merolaeから精したPolBおよびPolAとPolBの組換えタンパクのDNA合成活性の(2測) 定

ゲノム塩基配列が解読されている植物や藻類において、植物体からのPOPの精製は行われていないため、C.merolaeの細胞からPolBを精製した。PolBの精製は、Q Sepharoseを用いたバッチ法、ヘパリンカラム、DNAセルロースカラム、Resource Qカラム、Resource Sカラムを用いて行った(ネイティブPolBと呼ぶ)。PolBの存在は、あらかじめ作製していた抗PolB抗体を用いた免疫プロット分析によって検出した。また、比較のためPolAとPolBの組換えタンパク質を大腸菌において発現し精製した(組換えPolA、PolBと呼ぶ)。DNA合成活性を調べた結果、ネイティブPolBの比活性は組換えPolA、PolBの20倍以上高かった。DNA合成阻害剤の効果を調べた結果、ネイティブPolBおよび組換えPolBは、ddTTPによっては同様にあまり阻害されなかったが、ボスホノ酢酸には感受性があった。―方、組換えPolAはPolBとは異なり、ボスホノ酢酸に対しては感受性はなかったが、ddTTPによって強く阻害された。耐熱性を調べた結果、ネイティブPolBと組換えPo脇は60℃、組換えPolBは50℃で失活した。コントロールとして調べた大腸菌Pol IのKlenowフラグメントも60℃で失活し、また、タバコのPOPも60℃で失活することが報告されていることから、Po盛、PolB共に耐熱性は特に高くないことがわかった。組換えPolA、PolBを用いて3'-5'エキソヌクレアーゼ活性を調べた結果、PolBでは3'-5'エキソヌクレアーゼ活性が検出されたが、PolAでは検出されなかった。

(3)C.merolaeの新規同調培養系の開発

C.merolaeの同調培養は従来、明期12時間暗期12時間の周期(CO2添加無し)で行われてきたが、この条件では細胞が毎周期分裂し、さらに細胞分裂が明期の間で起きるため、光による発現誘導と細胞分裂に関わる発現誘導は区別ができない。そこで、PolAとPolBの細胞分裂との関係を調べるために、新規同調培養系を開発することにした。CO2の添加をしない条件において明期の長さを検討した結果、明期7時間後から細胞分裂が起こりはじめ、分裂率のピークは明期9時間後で7%だった。また、明期6時間後消灯しそこから10mMグルコースを加え培養した結果、グルコースなしの時は分裂率のピークが1%だったが、グルコースを加えることで分裂率が3%に増加した。これらの結果は、明期6時間ではM期に入るための光合成産物が不足しているため細胞分裂が起こらないが、グルコースを加えることにより、取り込まれたグルコースが光合成産物の代わりにエネルギー源として働き、細胞分裂が起きたと考えられる。これらの結果から、明期6時間暗期18時間の周期でCO2の添加を調節する同調培養系を開発した(図1C)。この系では、明期の長さが同じでも、細胞分裂が起こらない周期(CO2添加無し)と起こる周期(CO2添加有り)が生じるため、これらの周期を比較することで、光による発現誘導と細胞分裂による発現誘導とを区別することができる。この同調培養系では70%と高度な同調率が得られた。また、この同調培養系のDNA合成期(S期)を調べた結果、核、色素体、およびミトコンドリアのゲノムは、明期開始から3時間以内に複製が完了することがわかった。

(4)同調培養におけるPolAとPolBおよび細胞周期に関わる遺伝子の現量の変化

同調培養においてPolAとPolBの転写産物とタンパク質の蓄積量を測定した(図1A、B)。PolAの転写産物量は光または細胞分裂にあわせ若干増加したが、タンパク質量は周期を通じてほとんど変化しなかった。PolBの転写産物量は、光によっても増加したが、細胞分裂が起きる前で急激な増加が見られた。PolBのタンパク質量は細胞分裂が起きる周期の明期から増加し始め、細胞分裂前後でピークになり、暗期になってもそれほど減少しなかった。

細胞周期に関わる遺伝子など49個についてもリアルタイムRT-PCRによって転写産物量を測定した。発現量の変化を自己組織化マップおよび階層的クラスタリング(図2)により解析した結果、遺伝子を2つのグループに分けることができた(Cluster 1と2)。Cluster 1は主に光によって誘導され、細胞分裂後に不足したタンパク質または転写産物を補うように再び発現量が増加するグループで、この中にはG1/Sの制御に関わるサイクリンやサイクリン依存性キナーゼ(CDK)、オルガネラDNAの複製、修復、組換えに関わる遺伝子(SSB、ジャイレースAとB、プライマーゼ、DnaBおよびtwinkleヘリカーゼ)、核ゲノムの修復に関わる遺伝子(DNAポリメラーゼτ、λ)などが含まれた。Cluster 2は主に細胞分裂によって誘導されるグループで、PolB、G2/Mの制御に関わるサイクリンやCDK、核ゲノムの複製酵素(DNAポリメラーゼα 、ε)、ヒストンがこのグループに含まれた。PoLAはCluster 1と2の発現量の変化を混合したようなパターンを示し、どちらのグループにも属さなかった。

まとめ

本研究において、PolBは、色素体とミトコンドリアに局在すること、3'5'エキソヌクレアーゼ活性を持つこと、細胞周期にあわせ発現量が変化すること、また核ゲノムの複製酵素であるDNAポリメラーゼαとεもPolBと類似した発現を示したことを明らかにし、POPであるPolBがCmerolaeのオルガネラゲノムの複製に関わることを示した。また、これらのDNAポリメラーゼやヒストンの発現はS期の後にピークがくることから、C.merolaeは他の生物とは異なり、DNA複製に関わる遺伝子は前もって発現しており、次の細胞周期のS期において働くことが示唆された。PolAはこれまでのところ、真核生物ではC.merolaeにしか見つかっていないDNAポリメラーゼであるが、3'-5'エキソヌクレアーゼ活性を持っていなかったことから、DNAの複製に関わるとしてもメインに働くとは考え難く、大腸菌のPolIと同様に5'-3'エキソヌクレアーゼドメインを持つことから、色素体においてゲノムの修復やニックトランスレーションによる岡崎フラグメントのプライマーの除去に関わっていることなどが考えられる。

図1 C.merolaeの同調培養におけるPolAおよびPolBの発現量の変化。(A、B)PolAまたはPolBのタンパク質量とmRNA量の測定。タンパク質量は免疫プロット分析を行い、バンドを定量化した。mRNAはリアルタイムRT-PCRを行い、18SrRNAによりノーマライズした。(C)新規同調培養系における同調率(Mitotic index)および細胞数(Number of cells)のグラフ。矢印は培養液の希釈およびサンプリングにより減少した培養液を補充するために培地を加えたところを示している。点線は同調率のピークを示している。下の写真は、各時間における代表的なC.merolae細胞で、DAPIで染色し蛍光顕微鏡で観察した。

図2同調培養におけるさまざまな遺伝子の発現量の変化。PolA、PolB、および49個の遣伝子についてリアルタイムRT-PCRを行い、それぞれの遺伝子の発現量のピーク値を1とし、クラスタリングソフトウェアCluster 3.0を用いて階層的クラスタリングを行った。自己組織化マップの結果とあわせて検証し、2個のクラスターに分けた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,2つの章と序文,結論からなる。序文で述べられているように,動物や酵母のミトコンドリアゲノムの複製酵素として知られていたDNAポリメラーゼγは,ゲノム塩基配列が決定されたシロイヌナズナ,イネ,および紅藻などには存在しない。先行するいくつかの研究では,大腸菌DNAポリメラーゼIと類似の酵素がいくつかの植物から報告され,オルガネラ局在が示唆されていたが,組換え酵素での研究にとどまり,植物や藻類から酵素を単離した研究は行われていなかった。これらのDNAポリメラーゼは,細菌のDNAポリメラーゼIとは姉妹群をつくり,明確に区別できる酵素であるため,論文提出者は,改めて植物と藻類のオルガネラ局在型DNAポリメラーゼに対し,POP (plant organellar DNA polymerase)という名称を提案した。本論文第1章では,紅藻からのPOPの精製とその性質の解析について述べられ,さらに第2章では,細胞周期における発現に基づき,POPがオルガネラの複製に重要な役割を果たす酵素であることが推論されている。

第1章では,紅藻Cyanidioschyzon merolaeのもつPOPをPolBと名付け,その局在と精製および性質について述べられている。C. merolaeには他に細菌のDNAポリメラーゼIのホモログであるPolAも存在する。まず精製に先立ち,2つの酵素の細胞内局在を,免疫ブロット法と緑色蛍光タンパク質法により調べ,PolBが葉緑体とミトコンドリアの両方に局在することと,PolAは葉緑体に局在することを結論している。次に,POPを精製するのに最適な生物材料としてC. merolaeを選んだ理由として,POP遺伝子が1コピーであることと,細胞が好熱性で増殖が活発であることが挙げられている。論文提出者は,組換えPolBに対する抗体による検出を利用して,細胞破砕液からPolBをいくつかのクロマトグラフィーの組み合わせによりほぼ純粋な形で精製するのに成功した。精製度は約1,000倍であった。得られた酵素は,高い比活性と高い基質親和性を示した。また,一度開始した合成反応でどれだけの長さのDNAが合成できるかというプロセッシビティの測定の結果,1300塩基という高い値が得られた。また,アミノ酸配列からの推定どおり,3'->5'エキソヌクレアーゼ活性も検出され,PolBはプルーフリーディング活性をもつDNA 合成酵素であることがわかった。これらの結果から,C. merolaeのPolBはオルガネラゲノムの複製酵素としてふさわしい性質を備えていると判断された。

第2章では,C. merolaeの新しい同調培養系を構築し,明期の長さを短くしたうえで二酸化炭素の供給量を調節することにより,光によって誘導される遺伝子発現を,細胞分裂にともなう遺伝子発現と分離できるようにした。この系を用いて培養した細胞からRNAを抽出し,細胞周期における58個の遺伝子の発現量を,定量的PCRによって測定した。その結果,光によって発現誘導が起きる遺伝子のグループ(クラスター1)と細胞分裂時に発現誘導が起きる遺伝子のグループ(クラスター2と3)にわけられた。またDNA合成期(S期)は,明期開始後3時間以内に完了することがわかった。PolBはクラスター2に含まれた。他のDNA関連酵素や細胞周期制御関連遺伝子の多くもクラスター2に含まれた。クラスター3にはヒストン遺伝子とCDKBなどが含まれていた。多くの生物ではヒストン遺伝子の発現が起きるのはS期であるので,この紅藻の場合は特別である。次のS期に必要なヒストンを予めM期に合成しておくものと考えられた。これらの解析を通じて,PolBが細胞周期依存的な制御を受けることがわかり,オルガネラゲノムの複製に関わる機能を持つことを示唆する結果と考えられた。

以上のように,本研究では,オルガネラ局在型DNAポリメラーゼ(POP)を細胞から初めて精製することに成功し,その性質を調べることにより複製酵素として適格であることを示すとともに,細胞周期におけるこの酵素の発現を調べることによって,オルガネラの複製に関与することを強く示唆する結果を得たことは高く評価される。

本論文の第1章の内容と第2章のDNAポリメラーゼ関係の部分を含む論文は,寺澤公宏,藤原誠,佐藤直樹との共著として,2008年にFEBS Journal誌に掲載された。また,第2章の残りの内容も同じ共著者との共著として近日中に再投稿の予定である。これらの内容の大部分は,論文提出者が主体となって実験を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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