学位論文要旨



No 124017
著者(漢字) 石澤,敏洋
著者(英字)
著者(カナ) イシザワ,トシヒロ
標題(和) 哺乳類ミトコンドリア翻訳因子の翻訳後修飾に関する研究
標題(洋)
報告番号 124017
報告番号 甲24017
学位授与日 2008.06.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第383号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 准教授 田口,英樹
 東京大学 准教授 伊藤,耕一
 東京大学 准教授 富田,耕造
内容要旨 要旨を表示する

ミトコンドリア(mt)は、全ての真核生物に存在するオルガネラであり、エネルギー生産の他に細胞の分化やアポトーシスの制御にも関与している。ミトコンドリアは核とは別に独自のゲノムDNAをもっており、細胞質とは異なる独自のゲノム、独自の蛋白質合成系を有している。ミトコンドリアの蛋白質合成系は様々なシグナルに応答して制御を受けていると考えられるが、その詳細な機構は分かっていない。本研究では、1)翻訳伸長因子Tu(EF-Tumt)のりン酸化、2)翻訳終結因子1L(HMRFIL)のメチル化について解析を行い、翻訳因子の翻訳後修飾とミトコンドリアタンパク質合成系の制御機構および、その生理的意義を明らかにすることを目的とした。

【1、訳伸長因子Tu(EF-Tu)のリン酸化】

1、背景

EF-Tuは、aa-tRNAをリボソ-ムのAサイトへ運ぶという蛋白質合成系で中心的な働きを担っている。原核生物および真核生物細胞質のEF-Tuは、リン酸化を受けることでその活性がそれぞれ正と負に制御されていることが報告されている。ミトコンドリア蛋白質の網羅的解析により、ミトコンドリア翻訳伸長因子(EF-Tumt)もリン酸化を受けていることが明らかとなったが、そのリン酸化酵素、リン酸化部位、生理的意義についてはまだ不明なままであるため、これらを明らかにすることにした。

II、方法および結果

はじめに、ヒト培養細胞内でEF-Tumtがリン酸化を受けていることを確認する為、培養細胞のラベルを行った。H332PO4を含む培地中293T細胞を2時間培養し、ミトコンドリアを精製した後、二次元電気泳動で分離した。オートラジオグラフィーおよびウエスタン解析を行った結果、EF-Tumtと一致するスポットで32Pの取り込みが確認でき、リン酸化を受けることで酸性側ヘシフトすることが示唆された(図1)。

次に、EF-Tumtのリン酸化酵素を同定を試みた。大腸菌で発現させたEF-Tumt、細胞抽出液、γ-(32)P-ATPを用いてin virtoでEF-Tumtをリン酸化する系を確立し、この活性を指標にして細胞抽出液よりEF-Tumtリン酸化酵素を精製した。細胞は、最も強い活性が検出されたTPA処理後のHL-60細胞を利用した。MS分析の結果、この酵素はprotein kinase C delta(PKCδ)であることが明らかとなった。組換えPKCδ がEF-Tumtをリン酸化できること、PKCδ 特異的な阻害剤であるottlerinでEF-Tumtリン酸化酵素活性を阻害できることを確認している(図2)。さらに、PKCδ と、EF-Tumtの細胞内における局在についても解析した。Proteinase K protection assayおよびミトコンドリアの膜分画の結果から、HL-60細胞においてPKCδ はTPA処理に応じてミトコンドリアへ局在しており、一部は内膜やマトリックスに存在していること、マトリックス蛋白質であると考えられてきたEF-Tumtは主に内膜に局在していることなどが明らかとなった。この結果から、PKCδ は内膜またはマトリックスでEF-Tumtと共存しており、これらの場所でリン酸化していることが示唆された(図3)。

最近、EF-Tumtのリン酸化が心筋の虚血再灌流に伴って促進されること、心筋の虚血再灌流に伴ってPKCδ がミトコンドリアに移行することが2つのグループから独立に報告されたが、これらもPKCδ がEF-Tumtのリン酸化酵素であることを支持している。図1および、インタクトなミトコンドリアをγ-32P-ATPでラベルし、二次元電気泳動で分離した結果よりEF-Tumtはリン酸化を受けると酸性側ヘシフトすることが確認できた。また、HL60RGをTPA処理すると、酸性側のEF-Tumtから分解されていくことから、EF-Tumtはリン酸化を受けることで不安定化され、何らかの経路で分解を受けていることが示唆された。

III、考察および今後の展望

今回、リン酸化を受けたEF-Tumtが不安定化され、何らかの経路で分解を受けていることを示唆する結果が得られた。また、我々はHL-60のTPA処理に伴ってmt蛋白質合成系が抑制される事を見いだしており、これらの結果からPKCδ はミトコンドリアでEF-Tumtをリン酸化することによってEF-Tumtレベルを調製し、細胞のアポトーシス感受性を制御しているのではないかと仮説をたてている。既に、PKCδ に対するmiRNAを恒常的に発現する細胞株の作成に成功しており、細胞のラベルを行うことで、PKCδ が細胞内でEF-Tumtをリン酸化しているという直接的な結果が得られると考えている。また、PKCδ ノックダウン細胞と正常な細胞を比較することでPKCδ の有無および、リン酸化の有無とアポトーシスの関連についても解析が可能となる。

PKCδ は、アポトーシス誘導に関与することが知られており、ミトコンドリアへの移行とシトクロムC放出とに相関があること等が報告されてきた。今後は、リン酸化によるEF-Tumtの機能変化、リン酸化とアポトーシス誘導との相関などについて検証し、EF-Tumtリン酸化の生理的意義を明らかにしてゆきたいと考えている。また、EF-Tumtのリン酸化部位については現在解析中であり、同定ができ次第変異体を作製し細胞に導入することでアポトーシスへの感受性の変化などを調べたいと考えている。

【2、翻訳終結因子(RFIL)のメチル化】

I、背景

翻訳終結因子は終止コドンを認識し、翻訳複合体を新生タンパク質、リボソーム、mRNAに解離させる働きを持つ。これまでヒトミトコンドリア翻訳終結因子の同定は行われておらず、その詳細な機能解析も行われていなかったが、最近当研究室でミトコンドリア蛋白質であるRF1 like protein(HMRF1L)が、ミトコンドリアにおける終止コドン(UAGおよびUAA)の認識を担 う翻訳終結因子であることが明らかになった(最近同様の結果がMol Cell.2007 Sep 7;27(5):745-57.でも報告された)。

大腸菌や酵母等の翻訳終結因子はそのGGQモチーフにおいてメチル化を受けることが報告されているが、その生理的役割については不明な点も多い。新たに同定したHMRF1Lについてメチル化の有無を解析し、メチル化が確認できた場合にはメチル化酵素の同定と、メチル化の生理的な意義を明らかにすることにした。

II、結果

はじめに、ヒトミトコンドリア内でHMRF1Lがメチル化を受けているか解析した。恒常的にHMRF1L-3×FLAGを発現するHeLa細胞株を作製し、これらの細胞からミトコンドリアを単離した後、anti-FLAG M2抗体を用いて免疫沈降を行いHMRF1L-3×FLAGを精製した。単離したHMRF1LこついてMS解析を行ったところ、GGQモチーフを含む断片で分子量14のシフトが見られ、メチル化を検出することができた(図3)。また、大腸菌で発現させた組み替えHMRF1Lもメチル化を受けていたことから、大腸菌のメチル化酵素もHMRF1Lを認識することが示唆される。

次に、翻訳終結因子のメチル化酵素を同定することとした。大腸菌ではPrmC/HemKが、酵母ではMtq1p/Mtq2pが翻訳終結因子のメチル化酵素として報告されているため、これらの配列をもとにBLASTサ-チを行い、いくつかの候補を得た。さらに、候補の中から細胞内局在を解析するプログラムを用いてミトコンドリアへ局在するものを選び出し、HMPrmCを同定した。免疫染色および細胞分画を行い、HMPrmCが実際にミトコンドリア蛋白質であることを明らかにした(図4)。

III、考察および今後の展望

新たに同定されたHMRF1Lがメチル化を受けていることを明らかにした。また大腸菌PrmCのヒトホモログであるHMPrmCがミトコンドリア蛋白質であることを明らかにした。siRNAを用いてHMPrmCをノックダウンし、HMPrmCの存在量とメチル化の割合について相関を見ることで、RF1Lのメチル化酵素がHMPrmCであることを証明したい。また、in vitro translation systemを用いて、メチル化RF1Lの機能解析を行うことで、ヒトミトコンドリア翻訳終結過程に関する知見をえたい。

図1EF-Tumtリン酸化の確認細胞をラベルした後二次元電気泳動で分離した

図2ミトコンドリアの膜分画 TPA処理後48時間のHL60RGから調製各種抗体でWestern解析を行った

図3組み替えPKCδ によるEF-Tumtのリン酸化オートラジオグラフィ-で検出した

図4HMRF1L、HMPrmCの細胞内局在FLAGおよびmycタグを付加して免疫染色を行っ

図5HMRF1LのMS解析anti-FLAG抗体で免疫沈降をした後、解析した

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、第1章では哺乳類ミトコンドリア翻訳伸長因子Tu(EF-Tumt)のリン酸化と生理的意義について、第2章では哺乳類ミトコンドリア翻訳終結因子(HMRF1L)のメチル化と生理的意義について明らかにしている。これら2つの章を通してミトコンドリア翻訳因子の翻訳後修飾がタンパク質合成系に与える影響について述べられている。

第1章では、まず、EF-Tumtのリン酸化酵素の同定を行った。大腸菌で発現させたEF-Tumt、細胞抽出液、γ-32P -ATPを用いてin vitroでEF-Tumtをリン酸化する系を確立し、この活性を指標にして細胞抽出液よりEF-Tumtリン酸化酵素を精製した。MS解析の結果、この酵素はprotein kinase C delta (PKCδ)であることが明らかとなった。また、(1)組換えPKCδがEF-Tumtをリン酸化できること、(2)PKCδ特異的な阻害剤を反応系に加えることでEF-Tumtリン酸化酵素活性を阻害できること、(3)PKCδをノックダウンすることでEF-Tumtのリン酸化が抑制されことの3点からもEF-Tumtリン酸化酵素がPKCδであることを確認した。これまで、PKCδはアポトーシス刺激に応答してミトコンドリアへ移行することが知られてきたが、その役割は不明なままだった。本論文では、それがEF-Tumtのリン酸化であることを明らかにしている。

また、HL-60RG細胞ではリン酸化を受けることでEF-Tumtが減少すること、一方293T細胞ではリン酸化を受けることで安定化されていることを示唆する結果を示し、EF-Tumtがリン酸化によってその安定性を制御されており、EF-Tumtリン酸化がアポトーシスの引き金になっている可能性について述べられている。

さらに、PKCδと、EF-Tumtの細胞内における局在についても解析した。Proteinase K protection assay およびミトコンドリアの膜分画の結果から、HL-60細胞においてPKCδはTPA処理に応じてミトコンドリアへ移行し、一部は内膜やマトリックスに存在していることを明らかにした。PKCδは、膜へ移行することが知られており、アポトーシスに関わるミトコンドリアへの移行も外膜への結合等が考えられてきた。しかし、本論文では、PKCδがミトコンドリア内部にまで入り込んできている事を初めて明らかにした。

第2章では、HeLa細胞から精製したHMRF1Lがメチル化を受けている事を、MS解析により示している。様々な種において、翻訳終結因子はGGQモチーフでメチル化を受けることが知られている。これまでヒトミトコンドリアの翻訳終結因子に関する研究はなされておらず、本論文が初めてそのメチル化を明らかにした。

また、そのメチル化酵素を同定するため、大腸菌(PrmC/HemK)および酵母(Mtq1p/Mtq2p)の配列をもとにBLAST searchを、またミトコンドリアへの局在を調べるためにtarget Pを用いることで、新たにHMPrmCを同定した。免疫染色および細胞分画を行い、HMPrmCが実際にミトコンドリアへ局在していることを確認し、同時にHMRF1Lとミトコンドリア内で共局在していることを示した。さらに、siRNAを用いてHMPrmCをノックダウンすることにより、HMRF1Lのメチル化が抑制されることも確認している。HMPrmCノックダウン株と通常株を用いたミトコンドリアタンパク質のパルスラベル実験より、ストレス条件下ではHMPrmCのノックダウン(つまりHMRF1Lのメチル化の減少)によりミトコンドリアタンパク質合成系の活性が低下していることを明らかにした。これらの結果は、大腸菌や酵母を用いた先行研究と一致する結果であり、ヒトミトコンドリアでも翻訳終結因子の活性化にはGGQモチーフでのメチル化が重要であることが示された。

本論文は、ヒトミトコンドリア翻訳因子の翻訳後修飾について詳細に解析を行った初めての論文であり、リン酸化酵素とメチル化酵素を同定したこと、さらに生理的意義についても解析を行うことで、ミトコンドリアタンパク質合成系の制御機構について新たな知見を加えたことが評価される。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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