学位論文要旨



No 124030
著者(漢字) 小藤,智史
著者(英字)
著者(カナ) コフジ,サトシ
標題(和) 薬物トランスポーターP糖タンパク質の細胞内局在制御因子の探索
標題(洋)
報告番号 124030
報告番号 甲24030
学位授与日 2008.07.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1283号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 准教授 東,伸昭
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

極性上皮細胞は、隣り合った細胞との間にあるタイトジャンクションを境に、管腔側に面したアピカルドメイン、基底膜に接したバソラテラルドメインといった構造的、機能的に異なる二つの膜領域を有する。これらの膜領域に存在する膜タンパク質は、生合成された後にER、ゴルジ体にて様々な修飾を受け、トランスゴルジネットワークを介して特定膜領域へと選別輸送される。さらに、膜への輸送後もエンドサイトーシスやリサイクリングなど様夕な膜輸送システムによ・りその局在化が制御されている(図1)。このような特定膜領域への局在化機構は上皮細胞の極性形成及びその維持だけでなく、イオンや栄養物の取り込み、排泄、細胞間のシグナル伝達など各々の膜領域における機能の維持にも重要な役割を果たしている。

薬物トランスポーターであるP糖タンパク質は、小腸や腎臓などの極性上皮細胞のアピカル膜に局在し、薬物などの生体異物の排泄を行う膜タンパク質である。現在までにP糖タンパク質の基質特異性に関しては数多くの研究がなされてきた。一方、P糖タンパク質が正常な機能を果たすためにはアピカル膜への局在化か必須であるが、その膜への局在化に関する分子機構については不明な点が多い。そこで、私はP糖タンパク質の細胞内局在がどのようにして制御されているのかの解明を目指して、その局在を制御する因子の探索を行った。

1.線虫C elesansを用いたP糖タンパク質の細胞内局在制御因子のスクリーニング

P糖タンパク質の細胞内局在制御因子を探索するにあたり、モデル生物である線虫C.elegansを用いた。線虫におけるP糖タンパク質(PGP-1)は哺乳動物と同様に小腸上皮細胞のアピカル膜に局在し、生体異物の排出を通じて生体防御に寄与しているのではないかと考えられている。実際、PGP-1のC末端にGFPクグを付加したPGP-1-GFPを発現するトランスジェニック線虫を作製したところ、確かにPGP-1-GFPは腸のアピカル膜に特異的に局在する事が確認された(図2)。よって、線虫においても哺乳動物と同様にPGP-1をアピカル膜に局在化させる分子機構が存在すると考えられる。また、線虫は体が透明であるため、生きた個体のまま実体顕微鏡下で蛍光タンパク質の局在などが容易に観察でき、順遺伝学のみならず逆遺伝学も用いることができるため、遺伝学的手法を用いたP糖タンパク質の細胞内局在制御因子群のスクリーニングには非常に適したモデル生物であると考えられる。

これまでの報告から、極性形成や輸送において重要な役割を担う因子の機能を欠損した線虫は致死性を示す事が知られている。そこで、遺伝子発現抑制により致死性を示す因子(1170個)に焦点を当て、PGP-1の細胞内局在に影響を与える因子のスクリーニングを行った。PGP-トGFPを発現するトランスジェニック線虫に対して、feeding RNAi法を用いて遺伝子発現抑制を行い、PGP-1-GFPの腸細胞内での局在を蛍光実体顕微鏡下で観察した。その結果、PGP-1-GFPの局在に影響を与える計302個の候補クローンを同定した(表1)。これらの因子を発現抑制すると、腸管のアピカル膜に選択的に局在していたPGP-トGFPが細胞質内にも散在するなどの様子が観察された。本スクリーニングでは、RNA関連因子が多数取得されているが、これは転写、翻訳といった機能が欠損したことによる二次的な影響がみられたためであると考えられた。そこで以降の解析には、細胞内小胞輸送に関すると考えられる因子群に焦点を当てて解析を行った。

2.タイニン/ダイナクチン複合体はPGP-1-GFPのアピカル膜への局在ヒに必要である

今回のスクリーニングで得られた候補因子群の中には微小管に沿って小胞を輸送するモータータンパク質であるタイニン/ダイナタチン複合体の構成因子が複数存在した(図3)。これらの因子の発現抑制の際には、極性形成に必要なアピカルジャンクション(タイトジャンクション)及びバソラテラル膜に局在する蛋白質の局在には変化は見られなかったことから、細胞の極性形成自体は維持されていると考えられた。極性細胞においては、非極性細胞と異なり、微小管のプラス端からマイナス端への極性がバソラテラル側からアピカル側へと向いている。タイニン/ダイナクチン複合体は微小管のプラス端からマイナス端へと小胞を輸送することから、PGP-1のアピカル膜への局在化は、タイニン/ダイナクチン複合体を介した微小管依存的な小胞輸送系が重要な役割を果たしていると考えられた。

3.ヒトSNAP29ホモログPHI-28はPGP-1-GFPのアピカル膜への局在化に必要である

私は、候補因子群の一つであるPHト28の機能を抑制した際に、PGP-1-GFPか細胞内に異常に蓄積するという特徴的な表現型を示す事を見出した(図4)。PHト28は膜融合の際に重要な役割を果たすSNAREであり、ヒトにおけるホモログはSNAP29である。近年、神経症状と角化異常症を示すCEDNIK症候群の原因遺伝子としてSNAP29が同定されており、SNAP29の発現が低下した患者の皮膚では分泌小胞の細胞内蓄積が見られることが報告されているものの、SNAP 29がどのような細胞内小胞輸送系を制御するかに関しては未解明である。そこでSNAP29の機能解析を通じてPGP-1のアピカル膜への局在化機構を明らかにできるのではないかと考え、以下の検討を行った。

線虫においてPHI-28の機能を抑制した際に観察された、PGP-1の局在異常の表現型が種を超えて保存されているかを検討する目的で、ヒト培養細胞系を用いて、以下の実験を行った。まず、HeLa細胞においてPHI-28のヒトホモログであるSNAP29の局在を検討したところ、トランスゴルジ網を含むいくつかの膜オルガネラのマーカータンパク質とSNAP29は共局在したことから、SNAP29は細胞内の様々なオルガネラ膜間輸送に関与することが示唆された。

一般に細胞内輸送においては低分子量Gタンパク質であるRabファミリーが重要な役割を担っている。私は、SNAP29がRabファミリーと協調して機能している可能性を考え、SNAP29と各種Rabとの共局在性及び相互作用の有無を検討した。その結果、細胞内でSNAP29とRab8が共局在し、他のRabと比較して強く相互作用することを見出した(図5)。近年Rab8はアピカル膜への輸送過程に関与することが示されており、以上の結果を考え合わせるとSNAP29がRab8との相互作用を介してPGP-1のアピカル膜への局在化制御に関与する可能性が考えられた。

[考察]

これまでの細胞内選別輸送の研究においては、培養細胞を用いた生化学的・分子生物学的手法により、膜タンパク質の細胞膜移行に必要なドメインの絞り込みや結合タンパク質の同定といった解析が主として用いられている。 しかし、選別輸送が多段階からなる複雑なステップで制御されていることを考えると、このような実験系に加えて選別輸送を体系的に解析するアプローチが必要である。本研究では、線虫を用いてP糖タンパク質の細胞内局在を制御する因子群の遺伝学的スクリーニングを行い、タイニン/ダイナクチン複合体などのモータータンパク質を含松多数の候補因子群を同定した。その中でも、ヒトSNAP 29のホモログであるPHI-28の機能抑制は独特なPGP-1局在異常の表現型を示し、さらにヒト培養細胞を用いた実験系により、SNAP29とRab8力付目互作用することを見出した。近年Rab8欠損マウスにおいて、腸細胞でアピカル膜タンパク質が細胞内に蓄積し、その局在異常を引き起こすことが示された。これは、線虫においてPH工一28の機能を抑制した際に観察されたPGP-1-GFPの局在異常と類似している。よって、腸細胞においてPHI-28/SNAP29とRab8の相互作用により、PGP-1のアピカル膜への局在化か制御されている可能性が考えられる。PGP-1のアピカル膜局在化は、ゴルジ体からの輸送過程だけでなく、アピカル膜から陥入された後のリサイクリング過程も重要な役割を果たしている。今後、PHI-28/SNAP29とRab8がどのような輸送段階を制御しているかを明らかにすることにより、PGP-1のアピカル膜局在化の分子機構が明らかになることが期待される。

図1極性上皮細胞における輸送

図2線虫PGP-1-GFPは腸上皮細胞のアビカル膜に局在する

表1スクリーニングにより取得された因子の分類

図3タイニン/ダイナクテン複合体の機能抑制はPGP牛GFPの局在に異常をきたす

図5 SNAP29 はRab8と相互作用する

審査要旨 要旨を表示する

薬物トランスポークーは小腸、肝臓、腎臓などに発現し、薬物動態に大きな影響を与える細胞膜貫通型のタンパク質である。種々の薬物トランスポーターは、これら臓器の上皮細胞において特定の膜領域、管腔(アピカル)膜側及び基底(バソラテラル)膜側に局在化して、それぞれの役割を果たしている。これまでに薬物トランスポヤクこの基質特異性や輸送機構などについての研究は精力的に行われてきたが、膜局在化の分子機構については不明な点が多く残されている。「薬物トランスポーター、P糖タンパク質の細胞内局在制御因子の探索」と題した本論文においては、線虫C√elegansを用いて最もよぐ知られた薬物トランスポーターであるP糖タンパク質の細胞内局在を制御する因子群を探索し、その局在化機構の解析を行っている。

1.線虫を用いたP糖タンパク質(PGP-1)のアピカル膜局在化に関与する因子群のRNAiスクリーニング

初めに、線虫のP糖タンパク質(PGP-1)にGFPクグを付加した融合タンパク質を発現するトランスジェニツク線虫を作出した。その結果、PGP-1は線虫腸細胞のアピカル膜に局在化することを観察した。そこで、このトランスジェニック線虫を用いてPGP-1の細胞内局在に異常を示す変異体をスクリーニングすることで、PGP-1のアピカ片膜局在化制御に関与する因子群を解析できると考えた。線虫はRNAi法によって遺伝子発現を容易に抑制し得るという利点があるので、生存に必須な遺伝子群、chromosome l 及びchromosome IIに含まれる遺伝子群の総計6, 100遺伝子(全遺伝子の約30%に相当)に対してスクリーニングを進めた。その結果、PGP-1のアピカル膜局在化制御に関与する候補因子として425遺伝子を取得した。

2. PGP-1のアピカル膜局在化にはタイニン/ダイナクチン複合体を介した微小管依存的な輸送系が介在する

スクリーニングにより取得された候補因子群の中には、モータータンパク質であるタイニン/ダイナクチン複合体の構成因子が多く含まれていた。タイニン/ダイナクチン複合体は多数の分子から構成される巨大な複合体であり、微小管のプラス端からマイナス端へ向けて小胞を輸送する機能を有している。何れの構成因子を発現抑制しても、PGP-1が細胞内に散在化するという共通の表現型を認めた。この局在化異常の原因が、PGP-1の輸送に特異的なものか、あるいは細胞の極性の崩壊、さらには細胞内輸送全般の破綻にあるのかについて検討を行った。その結果、細胞の極性形成に必要なアピカルジャンクションの形成に異常は見られず、極性形成も正常に行われていると考えられた。さらに、バソラテラル膜側に存在するタンパク質の局在への影響を検討した結果、その局在にも異常は認められず、細胞内輸送全般の破綻が原因ではないことが明らかとなった。以上のことから、PGP-1のアピカル膜局在化にはタイニン/ダイナクチン複合体を介した微小管に依存する輸送系が介在することが見出された。

3. SNAREタンパク質PHI-28はPGP-1のアピカル膜局在化に必要である

さらに詳細な局在化機構を解析する目的から、他の候補因子の発現抑制では認められない表現型を示したPHI-28という因子に着目した。スクリーニングで最も高頻度に見出された表現型はPGP-1が細胞内に広く散在化するというものであったが、PHI-28の発現抑制時にはアピカル膜近傍の細胞内に大きな固まりとしてPGP-1が蓄積する様子が再現よく観察された。PHI-28はヒトSNAP29の線虫ホモログであり、膜融合の際に重要な役割を担うSNAREタンパク質であると考えられている。PHI-28の発現抑制効果ついてさらに検討を行った結果、バソラテラル膜側のタンパク質局在には異常が認められず、細胞内輸送全般の破綻ではないことが見出された。

PHI-28/SNAP29が関与する細胞内輸送について詳細に検討するため、培養細胞を用いてさらに検討を進め、SNAP29がHeLa細胞においてトランスゴルジ網、初期エンドソームなどの複数の膜オルガネラに存在することを見出した。一般に細胞内膜間の輸送において、低分子量Gタンパク質であるRabファミリーが重要な役割を担っている。そこでSNAP29が各種Rabと協調しで機能するのではないかと考え、両者の細胞内局在を検討した・。その結果、SNAP29がゴルジ体に局在するhb8と強く共局在し、また両者が相互作用することが見出された。近年、Rab8の欠損したマウス小腸細胞において、アピカル膜タンパク質が細胞内に大きな固まりとして蓄積する様子が観察され、Rab8がアピカル膜輸送を制御することが報告された。線虫においてPHI-28を発現抑制した際にも類似の表現型が観察され、SNAP29がRab8と共局在したことから、SNAP29がRab8との相互作用を介してP糖タンパク質のアピカル膜への局在化を制御する可能性が示された。

本論文では、線虫C. elegansを用いすて糖タンパク質の細胞内局在を制御する因子群の遺伝学的スクリーニング系を構築し、RNAi法を用いて425の候補遺伝子を同定した。さらに、同定した因子群の解析を進め、P糖タンパク質のアピカル膜局在化にはタイニン/ダイナクチン複合体を介した微小管依存的な輸送系が必要であることを見出し、さらに、細胞内の様々な膜オルガネラに存在するSNAREタンパク質SNAP29が、Rab8との相互作用を介してP糖タンパク質のアピカル膜への局在化を制御する可能性を提示した。以上を要するに、本論文は、これまで不明な点が多かった薬物トランスポーターP糖タンパク質の細胞内局在制御の一端を明らかにしており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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