学位論文要旨



No 124031
著者(漢字) 別所,正博
著者(英字)
著者(カナ) ベッショ,マサヒロ
標題(和) ユビキタス空間識別基盤に関する研究
標題(洋)
報告番号 124031
報告番号 甲24031
学位授与日 2008.07.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第17号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂村,健
 東京大学 教授 暦本,純一
 東京大学 准教授 越塚,登
 東京大学 准教授 中尾,彰宏
 東京大学 准教授 石川,徹
内容要旨 要旨を表示する

年齢や性別,障害,文化の違いに関わりなく,誰もが十分な社会参画を行なうことができる,ユニバーサル社会の実現が近年重要視されている.このようなユニバーサル社会の実現へ向け,誰もが自由に移動できる環境の構築が求められている.場所に応じた歩行者へのきめ細かな情報提供は,これまでのバリアフリーを補うもう一つのアプローチとして注目されている.例えば,多くのヒトが利用可能な多機能トイレへのアクセス方法の提供は,そのようなバリアフリー設備の整備と並ぶ,重要な取り組みと考えられる.歩行者への情報提供を実現する鍵となるのが,彼らが実空間のどの場所にいるかを知り,その場所に応じた適切な情報を提供することである.このような実空間と情報サービスを紐付ける空間識別基盤の実現は,歩行者への情報提供だけでなく,他の様々な応用の可能性を切り開く.しかし,座標を介して実空間と情報サービスを紐付ける従来の方式では,ヒトにとって意味のある場所を把握することが難しいとされてきた.本研究の目的は,ヒトにとって意味のある場所を正しく扱うことのできる空間識別基盤のための方法論を明らかにし,さらにこの方法論の有効性を実環境で検証することである.

そこで本研究は,ユビキタス空間識別基盤を提案する.この方式の特徴は,次の2 点である.第1 に,場所を軸とした空間モデルの導入である.実世界を,固有識別子でラベル付けした離散的な場所の集合と見なし,場所を軸に実世界の知識を表現する.第2 に,ユビキタスコンピューティング技術による場所認識である.アクティブRFID や赤外線ビーコンをはじめとした空間識別デバイスを場所に配置し,固有識別子を発信する.このことで,実世界の場所への物理的アクセスを契機に,固有識別子を介してその場所に関する知識へアクセスする方法論を確立した.またこの方式では,空間やデバイスは固有識別子として抽象化される.このことが,座標を介さずにヒトにとって意味のある場所を特定することを可能にし,さらに特定の位置検出方式に依存しない基盤の実現に寄与する.その結果,屋内外を問わない広範囲で,場所に基づく情報サービスを柔軟に構築することが可能になる.

ユビキタス空間識別基盤の有効性を検証するために,ターゲットアプリケーションとして,まず歩行者ナビゲーションを取り上げた.本研究では,歩行者ナビゲーションシステムuNavi を開発し,大規模な実地検証を行なってきた.この実地検証には,東京銀座,東京ミッドタウン,静岡,奈良,神戸南京町,神戸空港,熊本という合計7ヶ所への展開が含まれる.uNavi は,ユビキタス空間識別基盤の導入により,屋内外に関わらず歩行者にとって重要な場所をピンポイントで把握できるという特徴を持つ.さらに,一般的な地図ベースの案内だけではなく,場所に応じた実写画像,音声,テキストを利用したランドマークベースの案内を行なうこともできる.実地検証の結果,実在の複数の公共環境においてユビキタス空間識別基盤を整備し,uNavi によるナビゲーションサービスを提供することができた.これらのフィールドでは,次の定量試験を行なった.まず,ユビキタス空間識別基盤の性能評価を行ない,屋内外を問わず高解像度の位置検出が可能であること,また歩行者にとって重要な場所への進入を高い確率で認識できることが検証できた.さらに,uNavi のナビゲーション性能評価を行ない,ほとんど全てのケースにおいて,僅かなタイムロスで確実に目的地まで誘導できるという結果が得られた.この実地試験の結果は,歩行者ナビゲーションの観点からのユビキタス空間識別基盤の有効性を示している.

さらにユビキタス空間識別基盤では,目的に応じて場所をきめ細かく定義し,把握することができる.このことは,これまで難しかった新たな応用を実現することができる.本研究では,実地検証のフィールドを利用し,肢体障害,聴覚障害,視覚障害という3 種類の典型的な障害類型を対象に,障害者の移動支援への応用を想定したプロトタイプサービスを試作,検証した.その結果,肢体障害者を対象としたバリアおよびバリアフリー情報の提供,聴覚障害者を対象とした振動による注意喚起,視覚障害者を対象とした誘導情報の提供といったサービスがユビキタス空間識別基盤の上で構築可能であることを実証することができた.このことは,ユビキタス空間識別基盤の障害者の移動支援への応用の可能性を示唆している.以上のケーススタディを通じて,場所を軸とした空間情報サービス基盤の可能性と有効性を検証することができた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ヒトにとって意味のある場所に基づく情報サービスを実現するための方法論の構築と検証を行なったものである。ユビキタスコンピューティング技術を用い、固有識別子を介して場所と情報を結ぶという新しい方法論が提案された。この方法論に基づき、都市環境でのきめ細かな歩行者ナビゲーションサービスや、障害者の移動支援サービスが実現可能であることが、実際にシステムを実装、展開することによって検証された。これらは、従来の方式では難しかったものであり、実装されたシステムは既に実用化されている。以上述べた論文ならびに審査発表に対し、総合的にみて本研究が博士号に値することについて審査委員全員が合意した。

よって、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

UTokyo Repositoryリンク