学位論文要旨



No 124039
著者(漢字) 渡辺,文寛
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,フミヒロ
標題(和) FAK欠損マウスにおける小脳形態、及び神経回路網形成解析
標題(洋) Studies of the cerebellar morphology and neuronal circuit in FAK mutant mice
報告番号 124039
報告番号 甲24039
学位授与日 2008.07.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3162号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 講師 山口,正洋
 東京大学 特任講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

Focal adhesion kinase (FAK)は、様々な細胞種に発現している非受容体型チロシンキナーゼである。FAKの主な細胞外制御因子としてインテグリンがよく知られている。インテグリン以外にも、血小板由来因子受容体、上皮増殖因子受容体、ネトリン受容体、そしてEphからのシグナルを細胞内に伝達し、細胞接着、拡散、細胞移動、細胞生存、細胞周期調節、細胞増殖などに重要な役割を担っている。FAKは脳全体に広く分布している。

本研究では、小脳におけるFAKの細胞内、及び細胞内局在発現分布を解析し、さらに神経/グリア特異的、及びプルキンエ細胞特異的FAK欠損マウスを作製し、小脳発達過程におけるFAKの役割を検討した。

従来のFAK欠損マウスは胎生致死を示すため、FAK欠損による小脳発達過程への影響を解析するにあたり、Cre/loxP遺伝子組換えシステムを用いた部位特異的FAK欠損マウスの作成を試みた。Cre組換え酵素活性依存的にFAKを欠損させるために、FAK遺伝子内のキナーゼ翻訳領域を含むexon15をCre認識部位であるloxP配列で挟んだ、TT2胚性幹細胞由来の遺伝子組換えマウスFakflox マウスを得た。

FAKを神経系で欠損させるには、Cre組換え酵素が神経系で発現するマウスが必要である。そこで神経系特異的中間径フィラメントnestinのプロモーターとエンハンサー制御下でCre組換え酵素を発現するトランスジェニックマウス (+/ nestin-cre) を使用した。神経/グリア特異的FAK欠損マウスを得るために、Fakflox/floxマウスとnestin-creマウスを交配した。Fakflox/flox マウスとFakflox/flox; +/ nestin-creマウスの交配により得られたFakflox/floxマウスを対照マウス、Fakflox/flox; +/ nestin-creマウスを神経/グリア特異的FAK欠損マウスとして以下の解析を行った。

まずin situ hybridizationにより、Fak mRNAの欠損状態を確認した。神経/グリア特異的FAK欠損マウスでは、mRNAシグナルは大脳皮質の尾部、及び深部、海馬でシグナルの残存がみられたが、脳全体でシグナルの減少が確認された。免疫染色により、FAKタンパク質の欠損状態を確認した。FAK シグナルは、mRNAと同様な欠損パターンを示した。

脳組織構築へのFAKの欠損効果を解析するため、ヘマトキシレン、及びクレシルバイオレット染色を試みた。神経/グリア特異的FAK欠損マウスの終脳、間脳、中脳、橋、延髄では、顕著な組織構築異常は認められなかった。しかし、小脳の小葉構造に顕著な異常が観察された。小脳の虫部において、小葉VIとVIIを区切るintercrural fissureの欠如が認められた。一方、小脳皮質の三層構造 (分子層、プルキンエ細胞層、顆粒細胞層) では、顕著な異常は認められなかった。また小葉構築の異常は多様性を示した。小葉I/IIとIIIを区切るprecentral fissureの欠如を示す個体、さらに小葉IV/VとVIの間で融合を示す個体も確認された。また小脳虫部での各小葉の面積を定量したところ、対照マウスより縮小しており、それらの面積の減少率には勾配が認められた。以上の結果から、FAKは小葉構造の構築に関与することが明らかになった。

そこで、FAKの発現分布を免疫染色により詳細に解析した。FAKシグナルは、プルキンエ細胞の樹状突起や細胞体、バーグマングリアの細胞体や放射状グリア、及び抑制性神経細胞の樹状突起や細胞体で斑点状のシグナルを示した。また平行線維、登上線維、及び抑制性神経細胞の神経終末においてもFAKシグナルが観察された。これらの結果から、FAKは小脳の神経細胞、及びグリア細胞内に広く分布していることが明らかとなった。

小脳の細胞構築ならびに神経回路網形成においてFAK欠損の影響を解析した。平行線維終末への影響を検証するため、平行線維終末マーカーVGluT1の免疫染色を行った。神経/グリア特異的FAK欠損マウスにおけるVGluT1シグナルの分布は、対照マウスと同様であった。また、抑制性神経細胞終末マーカーVGATの免疫染色においても、神経/グリア特異的FAK欠損マウスにおけるVGATシグナルのパターンは、対照マウスと同様であった。バーグマングリアへの影響を検証するため、バーグマングリアマーカーBLBPの免疫染色を試みた。対照マウスでは、プルキンエ細胞層内、及び表層に伸展する突起として強いシグナルが観察された。一方、神経/グリア特異的FAK欠損マウスでは、プルキンエ細胞層内でみられたシグナルの一部が分子層の内部に侵入していることが確認された。また登上線維終末への影響を検証するため、登上線維終末マーカーVGluT2の免疫染色を行った。対照マウスでは、VGluT2シグナルは分子層の3/4まで観察されるのに対し、神経/グリア特異的FAK欠損マウスでは、そのシグナルの分布範囲が分子層の底部に低下していることを見出した。これらの結果は、FAKがバーグマングリアの細胞体の配置と登上線維の支配領域の形成に関与することを示している。

登上線維に焦点を絞り、プルキンエ細胞樹状突起上での登上線維の支配様式を検討した。まず生後16, 21, 28日齢でVGluT2染色を行い、登上線維の発達過程への影響を検証した。その結果、神経/グリア特異的FAK欠損マウスの登上線維の支配領域の発達は、対照マウスと比較して有意に低下していた。さらに生後24日齢において、登上線維のトレーサー蛍光標識/VGluT2蛍光染色/プルキンエ細胞樹状突起染色の三重染色により、プルキンエ細胞への登上線維の支配領域、及び投射様式を検討した。対照マウスでは、トレーサー標識登上線維の終末とVGluT2シグナルは完全に一致した。またプルキンエ細胞体に終末をつくることなくプルキンエ細胞層を通過し、近位樹状突起と有棘小枝の境界まで終末を形成し、一つのプルキンエ細胞に対し単支配をしていた。一方、神経/グリア特異的FAK欠損マウスでは、プルキンエ細胞体で終末が確認され、最も遠位の終末は有棘小枝の境界まで到達せず、近位樹状突起の途中に留まっていた。また一つのプルキンエ細胞に対しトレーサー標識登上線維と非トレーサー標識登上線維の同時支配しているものが観察された。

CF支配の近位退縮により、PCの近位樹状突起に異所的な棘突起が形成され、しばしば平行線維の近位拡大がみられることが知られている。そこでプルキンエ細胞樹状突起染色、および電子顕微鏡解析により、プルキンエ細胞近位樹状突起での棘突起を観察、定量化を試みた。その結果、神経/グリア特異的FAK欠損マウスでは、プルキンエ細胞近位樹状突起での棘突起の密度が有意に増加していた。以上の所見から、FAKは主要な一本の登上線維支配の強化、余剰な登上線維の排除、及び平行線維支配領域の遠位樹状突起への駆逐に関与すると考えられる。

これまでテトロドトキシン処理による神経活動の阻害やプルキンエ細胞に豊富に発現するP/Q型カルシウムチャネルα1サブユニットの欠損により、登上線維支配の近位退縮が起こることが報告されている。これらの観察は、プルキンエ細胞の神経活動が登上線維の支配を強化していることを示唆する。FAKはプルキンエ細胞に豊富に発現しており、そのFAKが登上線維の支配を強化している可能性が想定された。そこでプルキンエ細胞特異的FAK欠損マウスを作製し、登上線維の支配の強化にプルキンエ細胞のFAKが関与するか否かを検証した。プルキンエ細胞に特異的に発現するグルタミン酸受容体GluRδ2のプロモーター制御下でCre組換え酵素を発現するマウス (D2creN)とFakflox/flox マウスとを交配し、プルキンエ細胞特異的FAK欠損マウスを作成した。このマウスでは、小葉構造、及びバーグマングリアの細胞体の配置に顕著な異常は認められなかった。VGluT2の免疫染色により登上線維の発達過程を検討したところ、プルキンエ細胞特異的FAK欠損マウスにおいて登上線維の支配の近位退縮を示した。さらに登上線維のトレーサー標識解析では、プルキンエ細胞体での登上線維の終末形成が確認されたが、多重支配は観察されなかった。以上の結果から、プルキンエ細胞のFAKが登上線維の支配領域の形成の一部に関与することが明らかとなった。プルキンエ細胞特異的FAK欠損の影響は、小脳全体での欠損に対し小さいことから、登上線維のFAKも関与していることが示唆される。

本研究により、小脳の発達において、FAKは小葉の構築、及びバーグマングリアの細胞体の配置に関与することが明らかとなった。またFAKは登上線維の支配領域の形成にも影響を与え、その過程にはプルキンエ細胞のFAKが一部関与していることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高等動物において様々な生命現象で重要な役割を演じていると考えられる非受容体型チロシンキナーゼ focal adhesion kinase (FAK)のマウス脳内での役割を明らかにするため、Cre/loxP遺伝子組換えシステムを用いてFAK欠損マウスを作成し、小脳に焦点をあて、解剖学的解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.従来のFAK欠損マウスは胎生致死を示すため、FAK欠損による小脳発達過程への影響を解析するにあたり、Cre/loxP遺伝子組換えシステムを用いた部位特異的FAK欠損マウスの作製を試みた。Cre組換え酵素活性依存的にFAKを欠損させるために、FAK遺伝子内のキナーゼ翻訳領域を含むexon15をCre認識部位であるloxP配列で挟んだ、TT2胚性幹細胞由来の遺伝子組換えマウスFakflox マウスを得た。そして、神経系全体でCreを発現するNestin-Cre マウスとの交配により神経/グリア特異的FAK欠損マウス (Mutant)を、また小脳プルキンエ細胞(PC)に特異的にCreを発現するGluRδ2-Creマウスとの交配によりプルキンエ細胞特異的FAK欠損マウス (PC-mutant)を得た。

2.小脳の小葉構築へのFAKの欠損効果を解析したところ、Mutantでは小脳の虫部において、小葉VIとVIIを区切る裂 (intercrural fissure)の欠如が観察された。また小葉構築の異常は多様性を示した。小葉I/IIとIIIを区切る裂(precentral fissure)の欠如を示す個体、さらに小葉IV/VとVIの間で融合を示す個体も確認された。また小脳虫部での各小葉の面積を定量したところ、Controlより縮小しており、それらの面積の減少率には勾配が認められた。以上の結果から、FAKは小葉構造の構築に関与することが明らかとなった。

3.FAKの小脳での発現分布を免疫染色により詳細に解析したところ、FAKシグナルは、プルキンエ細胞の樹状突起や細胞体、バーグマングリアの細胞体や放射状グリア、及び抑制性神経細胞の樹状突起や細胞体で斑点状のシグナルを示した。また平行線維、登上線維、及び抑制性神経細胞の神経終末においてもFAKシグナルが観察された。これらの結果から、FAKは小脳の神経細胞、及びグリア細胞内に広く分布していることが明らかとなった。

4.小脳の細胞の配置に対するFAK欠損の影響を解析したところ、Controlではバーグマングリアの細胞体は、プルキンエ細胞層に配置するが、Mutantではその細胞体の一部が、分子層の内部へ侵入していた。この結果から、FAKはバーグマングリアの細胞体の配置に関与することが明らかとなった。

5.PCへの登上線維 (CF)の支配様式に対するFAK欠損の影響を解析したところ、Controlでは、CFの支配領域は、分子層の3/4まで観察されるのに対し、Mutantでは、分子層の底部に低下していた。さらにCFの投射様式をトレーサー蛍光標識により解析したところ、Mutantでは、野生型のCFの発達初期にみられるPC細胞体でのCF終末が確認され、また一つのPCに対し、複数のCFの投射が観察された。以上の所見から、FAKはCFの支配領域の形成、及び余剰なCFの排除に関与することが明らかとなった。

6.CF支配の近位退縮により、PCの近位樹状突起に異所的な棘突起が形成され、しばしば平行線維の近位拡大がみられることが知られている。そこでPC樹状突起染色、および電子顕微鏡解析により、PC近位樹状突起での棘突起を観察、定量化を試みたところ、Mutantでは、PC近位樹状突起での棘突起の密度が有意に増加していた。以上の所見から、FAKは平行線維支配領域の遠位樹状突起への駆逐に関与することが示唆された。

7.PC-mutantを用いてCFの支配領域を検討したところ、PC-mutantにおいてもCFの支配の近位退縮を示したが、その程度はMutantより小さいことが明確になった。さらにPCへのCFの投射様式では、PC細胞体でのCFの終末形成が確認されたが、多重支配は観察されなかった。以上の結果から、PCのFAKがCFの支配領域の形成の一部に関与することが明らかとなった。

以上、本論文は二系統のFAK欠損マウスの解析から、小脳の発達において、FAKが小葉の構築、及びバーグマングリアの細胞体の配置に関与することを明らかにした。またFAKはCFの支配領域の形成にも影響を与え、PCのFAKが一部関与することを明らかにした。本研究は、これまで解析がほとんどなされていなかった小脳でのFAKの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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