学位論文要旨



No 124040
著者(漢字) 東條,眞義
著者(英字)
著者(カナ) トウジョウ,マサヨシ
標題(和) TGF-βシグナルの抑制の細胞生物学的役割
標題(洋)
報告番号 124040
報告番号 甲24040
学位授与日 2008.07.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3163号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 川,峰夫
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 高崎,誠一
内容要旨 要旨を表示する

TGF-β familyはTGF-β、Activin、Nodal、bone morphogenetic protein (BMP)などからなる多機能性のサイトカインで細胞の増殖、分化、接着、移動、アポトーシス等多彩な生物活性を有する。TGF-βシグナルはtype I、IIと呼ばれる2種類のセリン・スレオニンキナーゼ型レセプターを介して伝えられる。リガンドが結合するとtype IIレセプターがActivin receptor-like kinase (ALK)と呼ばれるtype Iレセプターをリン酸化し、それによって様々なタンパク質が活性化され細胞内にシグナルを伝える。ALK familyはALK-1-7まで同定されている。ALK-4、5、7は構造的に類似しており、TGF-βはALK-5、ActivinはALK-4にそれぞれ結合する。NodalのシグナルはALK-4、7を介して伝えられる。ALK-1、2、 3、6はBMPと結合する。ALK-1は内皮細胞によく発現しており、TGF-βとも結合することが知られている。

TGF-β familyの細胞内の主要なシグナル伝達因子はSmadと呼ばれる。Smadは哺乳類では8種類存在し、レセプター特異型Smad (R-Smad)、共有型Smad (Co-Smad) 、抑制型Smad (I-Smad)の 3つのグループに分類される。Smad2、3はTGF-β、Activin、NodalのレセプターであるALK-4、5、7によって活性化されるR-Smadで、Smad1、5、8はBMP特異的なR-Smadである。type Iレセプターによってリン酸化されたR-SmadはTGF-β familyに共通のCo-SmadであるSmad4と複合体を形成し、細胞質から核内へ移行し標的遺伝子の発現を誘導する。Smad6、7はI-Smadに分類されSmad6は主にBMPを抑制し、Smad7はTGF-β、Activin、BMPいずれも抑制する。

(1)新規TGF-βレセプターキナーゼ阻害剤の探索と作用機序の検討

TGF-βシグナルが関係する疾患は癌、線維性疾患等があるが、特に癌において重要な役割が報告されている。TGF-βは強い細胞増殖抑制作用を持つため癌の種類によっては腫瘍の増大を抑制することができる。しかし病変が進展すると癌細胞はTGF-βの細胞増殖抑制作用に対し不応性になり、TGF-βが過剰に発現するようになる。そのため癌細胞の上皮間葉移行(Epithelial-to-mesenchymal transition、EMT) を誘導し、さらに免疫抑制、細胞外マトリックス産生、血管新生を促進し癌の浸潤、転移を促進する増悪因子として作用する。そのためTGF-βシグナルの阻害剤の開発は進行癌を含む多くの疾患の分子標的治療として期待される。

TGF-β シグナルの伝達ではALKレセプターが特異性において重要であり、これらを標的とすることで特異的で根本的なシグナルの抑制効果が得られる可能性が考えられる。本研究では新規のTGF-βレセプターキナーゼ阻害剤の探索を目的としてTGF-βのtype IレセプターであるALK-5の恒常活性型を用いてルシフェラーゼアッセイを行い17種類の合成化合物を評価したところ、ALK-5の恒常活性型による転写活性上昇を強力に抑制するA-83-01を見いだした。その効果は既存のキナーゼ阻害剤の2-10倍の強さを持ち、R-SmadであるSmad2のリン酸化やTGF-βによる細胞増殖阻害作用、癌転移の成立に重要なEMTの誘導作用を抑制した。またA-83-01はActivinやNodalのレセプター活性を阻害したが、BMPレセプターやMAPKシグナルに対しては効果を示さないか、高濃度でのみ活性を阻害した。以上の結果からA-83-01とその関連分子がTGF-β、Activin、Nodalシグナルを強力に抑制し、進行癌を含む特定の疾患の治療に役立つ可能性が考えられた。

(2) Smad7ノックアウトマウスの作成と機能解析

TGF-β familyは多様な生命現象に関わっているため、その異常は多くの疾患と関わりがあり、TGF-βシグナルの上昇は線維性疾患や癌の悪性化に関係する一方で、シグナルの減少はアレルギー、自己免疫疾患等の発症、増悪に関係することが報告されている。そのためTGF-βシグナルの強さは厳密に調節されており臓器や細胞系列に応じて一定の範囲内であると考えられる。TGF-βシグナルの阻害剤が進行癌を含む多くの疾患の治療となりうることは本研究以外にも複数報告されているが、生体内でのTGF-βシグナルの抑制によって重篤な副作用を引き起こす可能性も否定できない。またTGF-βシグナルの抑制機構の障害自体で炎症性腸疾患を引き起こすことが報告されている。以上のことからTGF-βシグナルの抑制機構の機能解析は関係する疾患の発症メカニズム解明や治療法の開発において重要であると考えられる。生体内でのTGF-βシグナルの抑制機構の詳細な機能解析を目的として、I-SmadであるSmad7のCre-loxp系を用いたコンディショナルノックアウトマウスを作成した。はじめに全身でSmad7を欠失させるために、Cre リコンビナーゼが受精卵で発現しているayu-1 creトランスジェニックマウスと掛け合わせ表現型の解析を行った。その結果C57BL/6の系統からはSmad7ノックアウトマウスが誕生せず、遺伝的背景が異なるICRと交配させた系統では体の縮小や体重減少が認められた。また多くの臓器でも縮小を認め、とくに胸腺の縮小は著明であった。組織学的解析では明らかな異常を認めなかったが、胸腺でBrdUによる免疫組織化学を行ったところBrdUの取り込み減少を認め細胞増殖の低下が示唆された。Mouse embryonic fibroblastを用いた免疫ブロッティングの解析でSmad7の欠失、無刺激の状態でリン酸化Smad2、ALK-5の発現上昇を認め、内因性にTGF-βシグナルが上昇していることが考えられた。

本研究で報告する新規TGF-βレセプターキナーゼ阻害剤とSmad7コンディショナルノックアウトマウスを用いて、より詳細なTGF-βシグナルの抑制の細胞生物学的役割が明らかとなることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は多様な生命現象に関わっているTGF-βシグナルの抑制の細胞生物学的役割を明らかにする目的で、新規TGF-βレセプターキナーゼ阻害剤の探索と作用機序の検討及びSmad7コンディショナルノックアウトマウスの作成と解析を行い、下記の結果を得ている。

1. TGF-βのtype IレセプターであるALK-5の恒常活性型を用いてルシフェラーゼアッセイを行い17種類の合成化合物を評価したところ、ALK-5の恒常活性型による転写活性上昇を強力に抑制するA-83-01を見いだした。その効果は既存のキナーゼ阻害剤の2-10倍の強さを持ち、ActivinやNodalのレセプター活性を阻害したが、BMPレセプターやMAPKシグナルに対しては効果を示さないか、高濃度でのみ活性を阻害した。

2.A-83-01はR-SmadであるSmad2のリン酸化やTGF-βによる細胞増殖阻害作用、癌転移の成立に重要なEMTの誘導作用を抑制した。これらの結果からA-83-01とその関連分子がTGF-β、Activin、Nodalシグナルを強力に抑制し、進行癌を含む特定の疾患の治療に役立つ可能性が考えられた。

3.生体内でのTGF-βシグナルのより詳細な抑制機構の解析を目的として、抑制型Smadで他のシグナルとクロストークする際にも重要であるSmad7のCre-loxp系を用いたコンディショナルノックアウトマウスを作成し、生体内での機能解析を行った。

4.はじめに全身でSmad7を欠失させるために、Cre リコンビナーゼが受精卵で発現しているayu-1 creトランスジェニックマウスと掛け合わせ表現型の解析を行った。その結果C57BL6の系統からは成体となるSmad7ノックアウトマウスは数多くの交配を行ったにもかかわらず、わずかしか得られなかった。

5. ICRのayu-1 creトランスジェニックマウスと掛け合わせた系統から得たノックアウトマウスでは体の縮小や体重減少が認められた。また多くの臓器でも縮小を認め、とくに胸腺の縮小は著明であった。組織学的解析では明らかな異常を認めなかったが、胸腺でBrdUによる免疫組織化学を行ったところBrdUの取り込み減少を認め細胞増殖の低下が示唆された。

6.Mouse embryonic fibroblastを用いた免疫ブロッティングの解析でSmad7の欠失、無刺激の状態でリン酸化Smad2、ALK-5の発現上昇を認め、内因性にTGF-βシグナルが上昇していることが考えられた。

以上、本論文はTGF-βシグナルを強力に抑制する新規阻害剤を見いだし、TGF-βシグナルの抑制因子であるSmad7のコンディショナルノックアウトマウスを作成し、生体内での機能を解析した。TGF-βシグナルが関与する生命現象や疾患のメカニズム解明や治療に重要である、TGF-βシグナルの抑制機構の解明に本研究は重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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