学位論文要旨



No 124041
著者(漢字) 鈴木,商信
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,アキノブ
標題(和) ホウ素を有する新規ストア作動性カルシウム流入阻害薬の開発、及びそれらを用いたストア作動性カルシウム流入活性化機構の解明
標題(洋)
報告番号 124041
報告番号 甲24041
学位授与日 2008.07.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3164号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 特任教授 藤堂,具紀
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

ストア作動性Ca2+流入 (store-operated calcium entry : SOCE)は、容量性Ca2+流入 (capacitative calcium entry : CCE)とも呼ばれ、細胞内Ca2+貯蔵庫の枯渇に伴って、細胞外から細胞内へとCa2+を流入させる機構であり、細胞内Ca2+シグナルを長期的に持続させる上で重要な手段である。SOCEは、電気生理学的にICRAC型とnon-ICRAC型の2つに大別できる。ICRAC (calcium release- activated current)は、小胞体内のCa2+の枯渇に伴い流れる電流として電気生理学的に観察され、透過するイオンのCa2+選択性が非常に高く、単一チャネルコンダクタンスが極めて低いというような特徴を持ち、小胞体内のCa(2+)の枯渇や細胞膜受容体のアゴニスト刺激により活性化されるnon-ICRAC型のチャネルとは明確に異なる性質を持つ。また、重症複合型免疫不全症 (severe combined immunodeficiency : SCID)の患者のT細胞ではICRAC及びSOCEが欠損していることが明らかになっていることから、ICRAC型のSOCEはT細胞の免疫応答に重要な役割を持つことがわかっている。最近、SOCEを引き起こすのに必須な分子が次々に明らかにされ、STIM1というタンパク質が小胞体内のCa2+の枯渇を感知してその情報を細胞膜へと伝え、細胞膜に存在しICRAC型のストア作動性チャネル (store-operated channel : SOC)のポアを形成しているCRACM1 (Orai1)を活性化するという大まかな分子メカニズムもわかってきた。特に、CRACM1は、上記のSCID患者の家系で変異があるタンパク質として、一塩基多系解析によりクローニングされており、ICRAC型SOCEの活性化機構の解明及びその病態との関連は、非常に注目されている研究分野となっている。

2-Aminoethyl diphenylborinate (2-APB)は、元々はIP3誘導Ca2+放出 (IP3-induced calcium release:IICR)の阻害薬として報告された化合物であるが、後の研究においてSOCEに対しても阻害作用を持つことが報告され、現在では両者の阻害薬として世界中で用いられている化合物である。また、2-APBは、IICRやSOCEに対する阻害作用以外にも、non-ICRAC型Ca2+流入の阻害、TRPV1~3の活性化、さらにミトコンドリアの膨張や、細胞内Ca2+ストアからのCa2+のリークなどの作用が報告されている。このように2-APBは多彩な生理作用を持つが、SOCE阻害薬として広く利用されている理由としてICRACに対する特徴的な2相性の作用、すなわち低濃度 (5μM)ではICRACを亢進し高濃度 (30~50μM)でICRACを完全に抑制するという作用を示すため、ICRACの電気生理学的同定 (さらにはICRAC型のSOCEによるCa2+流入の同定)のための判断基準の一つとして極めて重用されていることが挙げられる。実際、CRACM1とSTIM1の共発現により再構成されたICRACに対しても、2-APBは同様の2相性の作用を示すことがわかっている。

しかしながら、2-APBはこれほど一般的に使われている阻害薬にもかかわらず、2-APBが、どのタンパク質のどの部位と結合し、上記のような多彩な生理活性を発揮しているかについては、未だに調べられていない。本研究では、特に2-APBのICRAC型のSOCEに対する阻害作用に焦点を当て、2-APBの誘導体をプローブとして結合するタンパク質を分離することにより、その標的タンパク質の同定及びSOCEに対する作用機序を解明することを目的として研究を行った。

阻害薬の親和性を用いたタンパク質の精製には、その精製の操作において標的タンパク質との結合を保持し続けるためにも、なるべく強力なものが要求される。私は始めに、2-APBと同じく分子内にホウ素を持つ様々な化合物を合成し、強力なSOCE阻害薬をJurkat T細胞を用いてスクリーニングした。その結果、2-APBの基本骨格であるジフェニルボリン酸エステルを分子内に2つ持つ化合物 (ビスホウ素化合物)が、2-APBよりも30~40倍以上という強力なSOCE阻害能を示すことを発見した。また、それらを短時間・高収率で合成するための簡便な合成法を確立することにも成功した。

阻害薬を用いたタンパク質を精製には、阻害薬にビオチンを導入した化合物を用いるのが便利であるが、私は、本研究で開発したホウ素を持つ強力なSOCE阻害薬にビオチンを導入した化合物 (以降ビオチン化SOCE阻害薬と呼ぶ)を合成することにも成功した。

このビオチン化SOCE阻害薬を用いて、Jurkat T細胞の内在性タンパク質中からビオチン化SOCE阻害薬に結合する分子を分離し、得られたタンパク質をwestern-blotにより解析した。その結果、IICRを担う分子であるIP3受容体、さらには小胞体内Ca2+の枯渇を感知しSOCEを引き起こすのに必須な分子であるSTIM1も、ビオチン化SOCE阻害薬で分離されることがわかった。

STIM1とCRACM1の共発現によりSOCEが再現されることから、この2つの分子がSOCEの最小構成単位であることがわかっているが、これらのタンパク質をそれぞれCOS-7細胞に強制発現し、ビオチン化SOCE阻害薬によりタンパク質を分離した結果、STIM1とCRACM1は両者ともビオチン化SOCE阻害薬により分離されることがわかった。今までの報告では、2-APBがSOCEを阻害する際の標的分子はチャネルであろうという予想が多かったため、SOCEの活性化分子であるSTIM1がビオチン化SOCE阻害薬により分離されることは予想外であった。そのため、私は、STIM1とビオチン化SOCE阻害薬の相互作用を詳しく調べることにした。ホウ素を有するSOCE阻害薬を過剰量存在させた状態でビオチン化SOCE阻害薬によりSTIM1を分離した結果、そのSOCE阻害薬の濃度依存的にビオチン化SOCE阻害薬とSTIM1の結合がブロックされた。すなわち、ビオチン化SOCE阻害薬は、直接か間接かは不明であるものの、その分子中のSOCE阻害薬部位を介してSTIM1と結合していることがわかった。また、ビオチン化SOCE阻害薬によるSTIM1欠損変異体の分離実験の結果、ビオチン化SOCE阻害薬は、STIM1の膜貫通領域付近と膜貫通領域を除くC末側の2ヶ所と相互作用していることも判明した。

non-ICRAC型のCa2+流入は、電気生理学的性質が異なる数種のチャネルの存在が確認されており、その分子実体はTRPCタンパク質と考えられている。2-APBは、non-ICRAC型のCa2+流入も阻害することが報告されているため、ビオチン化SOCE阻害薬を用いて、COS-7細胞に強制発現させたTRPC1~7を分離する実験を行った。その結果、TRPC1~7の全てのサブタイプがビオチン化SOCE阻害薬により分離されることがわかった。また、Jurkat T細胞の内在性タンパク質中からビオチン化SOCE阻害薬により分離されたタンパク質をLC-MS/MSにより解析した結果、exportin、karyopherinβ1, 3のような核内・核外輸送を担う分子など、2-APBの阻害効果が報告されていない種々のタンパク質が同定された。以上のように、ビオチン化SOCE阻害薬は、SOCEを活性化するSTIM1やICRAC型のSOCであるCARCM1以外にも、多様なタンパク質と相互作用することがわかった。この結果は、ビオチン化SOCE阻害薬のリード化合物である2-APBが持つ、多彩な生理作用を反映するものと示唆された。

本研究は、2-APBを始めとするホウ素を有する阻害薬の挙動を、その阻害薬とタンパク質の相互作用から研究した初めての例であり、2-APBを始めとするホウ素を有するSOCE阻害薬は、直接か間接かは不明であるが、2-APBにより阻害される現象の分子実体であるIP3R、TRPC、STIM1、CRACM1といったタンパク質を標的としていることを、生化学的に初めて示唆したものである。特に、ホウ素を有するSOCE阻害薬がICRAC型のSOCEを阻害する機構としては、チャネルであるCRACM1のみならず、小胞体内のCa2+の枯渇を感知しその情報を細胞膜伝えSOCEを活性化するSTIM1タンパク質も、阻害薬の標的になる可能性が示唆された。今後は、本研究で用いた手法と化合物を応用することで、ホウ素を有する阻害薬が標的タンパク質へ直接結合する部位や、それらの阻害薬の作用メカニズムが解明できるものと期待される。また、本研究により開発したホウ素を持つ阻害薬の簡便な合成法を応用し、SOCE、IICRまたはnon-ICRAC型Ca2+流入のような現象に対して、より選択的な阻害作用を持つ薬剤の開発が期待でき、さらにはLC-MS/MSにより同定されたexportinのようなタンパク質に対する新たな創薬にもつながる研究になると言える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ホウ素を持つストア作動性カルシウム流入阻害薬を新たに開発し、それらの標的タンパク質の探索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 2-APBは、ストア作動性カルシウム流入 (SOCE)の一般的な阻害薬として世界中で用いられている化合物であるが、本研究では2-APBを改良し、2-APBと同じく分子内にホウ素を持つ様々な化合物を合成した。それらホウ素化合物のSOCE阻害能をJurkat T細胞を用いて測定した結果、2-APBよりも30倍から40倍以上のSOCE阻害能を持つホウ素化合物を多数開発することに成功した。また、それら強力なSOCE阻害能を持つ一連のホウ素化合物は、2-APBの基本骨格であるジフェニルボリン酸エステルを1分子内に2つ持つ構造をしていることを見出した。

2. 本研究で開発したホウ素化合物の合成手順に関して、既存のホウ素化合物の合成法の問題点を指摘し、それらを改善するための新しい合成法を確立した。そして、実際にその合成法を応用することで、上記のホウ素化合物を短時間で高収率に合成することに成功した。

3. 得られた強力なSOCE阻害能を持つホウ素化合物にビオチン基を導入した化合物 (ビオチン化SOCE阻害薬)、またホウ素化合物非依存的に結合するタンパク質を検出するためのネガティヴコントロール化合物を合成した。それらの化合物を用いて、Jurkat T細胞の可溶性画分中からタンパク質を分離した結果、SOCE阻害薬選択的に分離されたタンパク質の中に、SOCEを活性化するタンパク質であるSTIM1が存在することを見出した。

4. ビオチン化SOCE阻害薬の元となっている2-APBは、IP3誘導カルシウム放出 (IICR)も阻害するが、IICRを引き起こす分子実体であるIP3受容体も、ビオチン化SOCE阻害薬により分離されることがわかった。しかし、IP3受容体と複合体を形成しているHomer-3タンパク質は分離されなかった。

5. COS-7細胞に、STIM1またはSOCEチャネルであるCRACM1を強制発現し、それらのタンパク質をビオチン化SOCE阻害薬により分離した結果、STIM1とCRACM1の両者が分離された。また、STIM1の変異体を用いて、STIM1とビオチン化SOCE阻害薬が相互作用する大まかな部位も明らかにした。

6. 2-APBはTRPCチャネルからのカルシウム流入を阻害するが、COS-7細胞に発現させたTRPC1-7は、全てビオチン化SOCE阻害薬により分離されることがわかった。

7. 論文に未提示のデータとして、本研究で合成したホウ素化合物が、STIM1とCRACM1の共発現により再構成されたICRAC、さらにはIICRを阻害することが示され、2-APBを含めたホウ素化合物は、阻害強度の差はあるが、共通の性質を持つことが示唆された。

以上、本研究は、2-APBを始めとするホウ素化合物が、2-APBにより阻害される現象を担うタンパク質であるSTIM1、CRACM1、IP3R、TRPCを、直接か間接かは不明であるが標的としていることをタンパク質レベルで初めて明らかにしたものである。また、本研究で開発した強力なSOCE阻害薬は、第7項に記載したように、既に生理学の研究に応用されている。本研究は、ホウ素化合物の合成法からそれらが相互作用しうるタンパク質の解明までを一貫して行ったものであり、今後は本研究で得られた知見から、さらなるホウ素化合物型阻害薬の導出が期待される。以上のことから、本研究は、学位の授与に値するものと考えられる。

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