No | 124043 | |
著者(漢字) | 渡部,洋 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ワタナベ,ヒロシ | |
標題(和) | 重い電子系におけるフェルミ面再構成を伴う新奇な量子相転移 | |
標題(洋) | Novel Quantum Phase Transition with Fermi Surface Reconstruction in Heavy Fermion System | |
報告番号 | 124043 | |
報告番号 | 甲24043 | |
学位授与日 | 2008.07.31 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5258号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 電子相関は物性物理の分野において最も重要かつ困難な問題の一つである。電子相関の重要性はまず初めに磁性の領域において注目され、後にはモット転移、量子臨界現象、異方的超伝導へと拡張されてきた。重い電子系は電子相関が強い系の典型例であり、精力的に研究が行われている。近年、この重い電子系に対してde Haas-van Alphen効果やホール効果のようにフェルミ面を直接観測する実験が精密に行われるようになり、注目を集めている。特に、反強磁性転移の際にフェルミ面に急激な変化が起こっていることがいくつかの実験結果より示唆されている。これは従来の反強磁性転移の理論では説明できない点も多く、新たな描像の必要性が主張されはじめている。 重い電子系においては遍歴性の強い伝導電子と局在性の強いf電子が混成を通じて絡み合っており、これが複雑な現象の原因になっている。この系の性質の詳しい解析には、重い電子系に即したモデルである近藤格子模型や周期的アンダーソン模型に立ち戻る必要があると考えられる。この考えに基づき、Siらは近藤ハイゼンベルク模型を用い、量子臨界点において伝導電子とf電子の混成が消失し、「大きなフェルミ面」から「小さなフェルミ面」への転移が起きるlocal quantum criticalityという概念を提唱している。この理論は実験で見られるフェルミ面の変化をよく説明することが出来るが、不明な点も多く、一致した見解はまだ得られていない。 我々はこの現状を踏まえ、重い電子系の反強磁性転移とフェルミ面の変化の関係を明らかにすべく研究を始めた。具体的には、変分モンテカルロ法による二次元正方格子上の近藤格子模型とアンダーソン模型の基底状態についての理論的解析を行った。その結果、いずれの模型においても、従来の二次の反強磁性転移の他に、フェルミ面のトポロジーの変化を伴う一次転移(フェルミ面再構成)が存在することを確認した。また、広いパラメータ領域においてこの二種類の転移が同時に起こる一次の反強磁性転移の存在も確認できた。フェルミ面再構成は、エネルギー利得の機構の変化に伴って起こる転移であり、異なるタイプの電子が共存する重い電子系ならではの現象であると考えられる。フェルミ面再構成は、重い電子系における新たなタイプの量子相転移であり、実験で見られているフェルミ面の急激な変化と深い関係があると期待している。フェルミ面のトポロジーに注目したという点ではlocal quantum criticalityと同じ立場であるが、我々の描像では混成が残ったままフェルミ面の再構成が起こるという点が大きく異なっている。反強磁性転移点において混成が消失するという実験的な証拠は未だに得られておらず、我々の理論の正当性を示唆している。 このように、我々の計算結果は重い電子系の量子臨界点に対して新たな描像を提案している。フェルミ面の再構成に伴ってf電子の性質が遍歴的から局在的に変化するという描像は実験ともよく整合している。今後は三次元格子やフラストレーションのある格子への拡張を通じて、より現実に即した理論を構築していく予定である。 図:二次元正方格子上の近藤格子模型の基底状態相図。Jc,AFは従来の反強磁性転移、Jc,FSはフェルミ面の再構成、Jc,AF+FSはこれらが同時に起きる点を示している。 | |
審査要旨 | 本論文は6章と付録からなる。第1章はイントロダクションであり、重い電子系のフェルミ面についての最近の実験に言及し、論文の目的、すなわち2次元正方格子上の近藤格子模型と周期的アンダーソン模型の基底状態におけるフェルミ面のトポロジーと反強磁性転移との関係を変分モンテカルロ法により研究することが述べられている。 次に第2章は重い電子系における反強磁性転移とフェルミ面が解説されている。重い電子系と理論モデルの紹介を導入として、近藤効果とRKKY相互作用の競合から出現する量子臨界点に注目している。さらに、代表的な物質における反強磁性転移とフェルミ面についての実験結果がまとめられている。 第3章は本論文で用いられる解析手法の説明である。局在電子を含めたスレーター行列式にGutzwiller射影演算子を作用させた試行関数を採用して、モンテカルロ法による計算方法を記述している。境界条件の詳細は付録で説明されている。 第4章と第5章が本論文の主要な部分である。まず第4章においては、近藤格子模型についての結果がまとめられている。試行関数の選び方の詳細から説明を始め、パラメータの1つとして反強磁性の秩序変数を含めている。伝導電子密度ncが1の場合に計算を遂行して、近藤結合Jを変化させたときの反強磁性・常磁性転移点を決定し、秩序変数の臨界指数をβ=1/2.7と求めた。また、伝導電子の運動量分布を計算して絶縁体となっていることを確認した。 伝導電子密度ncが1以下の金属相についての結果が本論文の最も重要な部分である。Jとncをパラメータとして変分モンテカルロ法で基底状態を決定し、常磁性・反強磁性転移に加えて、反強磁性相の中でフェルミ面のトポロジーが変化する転移を発見した。Jが大きな領域は常磁性相であり、フェルミ面はホール的であり、局在スピンの自由度まで含めた「大きなフェルミ面」と呼ばれるものになっている。基底状態エネルギーおよび反強磁性の変分パラメータと秩序変数のJ、nc依存性を解析し、ncが0.8以上の時にはJを小さくするとともに常磁性相からホール的なフェルミ面をもつ反強磁性相に2次転移することを示した。これは大きなフェルミ面を折り返したもの対応しているが、さらにJを小さくしていくと、電子的なフェルミ面に変化する1次転移が存在することを発見した。この電子的なフェルミ面は伝導電子のみから作られる「小さなフェルミ面」として理解できる。また、電子密度ncが0.8より小さい場合には、常磁性相から小さなフェルミ面をもつ反強磁性相に直接1次転移することを明らかにした。また伝導電子の運動量分布に対するGutzwiller射影演算子の影響がほとんどないことが確認された。 第5章では、局在軌道上のクーロン斥力をU=∞とした周期的アンダーソン模型について前章と同様の解析が行なわれた。近藤結合に対応するパラメータは局在軌道と伝導電子の混成Vである。近藤格子模型の場合と同様に、大きなフェルミ面をもつ常磁性相と大きなフェルミ面の反強磁性相、小さなフェルミ面の反強磁性相の3つの相が出現する。相図のトポロジー、転移の次数も近藤格子模型の結果と一致している。転移の位置は局在軌道のエネルギーレベルEfによって変化し、Efが低い所にあると近藤格子の結果と非常に似ているが、Efを0にするに従って、小さなフェルミ面をもつ反強磁性相が大きなフェルミ面の反強磁性相に置き換わっていく。電子の運動量分布がいくつかの場合について計算され、近藤格子模型の場合よりも射影演算子の影響はかなり大きいが、フェルミ面の位置そのものはほとんど変化しないと結論された。 第6章はまとめと議論であり、他の理論との比較や実験結果の解釈への応用の展望がされている。重要な結論としては、局所臨界理論で主張されている小さなフェルミ面をもつ常磁性相が、本研究では発見されなかったということである。 本論文は、重い電子系の中心テーマの1つであるフェルミ面の大きさについて、磁気秩序との相関を変分モンテカルロ法で研究した成果である。常磁性・反強磁性転移に加えて、反強磁性相の中でフェルミ面のサイズとトポロジーの異なる2つの異なる相の間の転移が存在することが初めて明らかにされた。また、電子密度が小さい領域では2つの転移が一致することが示された。これらの発見は、重い電子系の本質の理解に重要な寄与をするとともに、量子臨界点近傍のホール効果などフェルミ面の実験結果の解釈に新しい視点をもたらした。 なお本論文第4章は、小形 正男との共同研究であるが、論文提出者が主体となって数値計算を実行するとともにその結果の分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 本論文審査委員会は全員一致で本研究が博士(理 学)の学位論文として合格であると判定した。 | |
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