学位論文要旨



No 124044
著者(漢字) 後反,克典
著者(英字)
著者(カナ) ゴタン,カツノリ
標題(和) 火山岩試料におけるBe同位体比分析法の開発と地球化学的研究への応用 : Be同位体比を用いた伊豆島弧火山岩のU系列放射非平衡の起源に関する研究
標題(洋) Development of Be isotope analysis in volcanic rocks and its application to geochemical studies : Be isotopic constraints on the origin of U series disequilibria in the volcanic rocks from Izu arc
報告番号 124044
報告番号 甲24044
学位授与日 2008.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5259号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 中井,俊一
 東京大学 教授 蒲生,俊敬
 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 准教授 松崎,浩之
 学習院大学 教授 村松,康行
内容要旨 要旨を表示する

宇宙線生成核種である10Be(半減期:約150万年)は、地表では海洋堆積物等に微量(108-109 atoms g-1程度)に存在するが、地球内部のマントルでの濃度は非常に低いと考えられている。実際に中央海嶺玄武岩等の非島弧の火山では、低い10Be 濃度(0-0.05 × 106 atoms g-1)が報告されている。一方で、沈み込みに関係する島弧の火山岩では有意な量(0.1-27 × 106 atoms g-1)の10Beが観察される。これは、海洋プレートとともに沈み込んだ堆積物由来の成分が島弧のマグマにリサイクルしたことの直接的な証拠である。以上の理由から、10Beは沈み込み物質の移動を調べるためのよいトレーサーとなる。本研究では、Be同位体比(10Be/9Be)と、以下のU系列の放射非平衡を用いた研究と組み合わせて、元素の移動プロセスや、物質循環のタイムスケールに制約をつける研究に応用した。

放射性核種である238U(半減期44.68億年)は、230Th(半減期7.52万年)や226Ra(半減期1600年)等を含む種々の放射性核種に次々に壊変して、最終的に安定核種の206Pbになる。マントル内の一部分で閉鎖系が保たれている場合には、これらの親核種と娘核種は放射能が等しい「放射平衡」の状態にあると考えられている。一方で、島弧の火山岩では、238U-230Thおよび226Ra-230Th間の放射能比が1からずれる「放射非平衡」が時折観察される。これは、UとTh、およびRaとTh間の化学的挙動の違いに基づく何らかの元素分別のイベントが生じたことを示唆する。Sigmarsson et al. (1990, 2002)では、南米チリ弧の火山岩においてU系列放射非平衡と沈み込み物質の寄与の指標であるBe同位体比との間で正の相関が成り立つことを報告している。著者らは、これらの相関を均質なマントル成分と沈み込む海洋地殻や堆積物から放出される流体成分とのミキシングラインであると解釈しており、放射非平衡が深部の流体の付加によって生じたと結論づけている。

上記の原理を用いて、本研究では伊豆島弧火山におけるU系列放射非平衡の起源を検証することを目的とした。そのための火山岩試料におけるBe同位体比の分析手法の確立を行った。確立した方法を用いて、伊豆島弧における沈み込み深度の異なる火山岩のBe同位体比を系統的に分析し、既存のU系列放射非平衡のデータと組み合わせることによって、伊豆島弧の放射非平衡の起源や流体の関与、流体のBe同位体組成に関して考察した。

【火山岩試料のBe同位体比分析法の開発】

火山岩のBe同位体比は、それぞれ10Beおよび9Beの定量を行って求める。10Be濃度の分析に関して、試料は可能な限り変質の少ない試料を用いた。試料は、Shimaoka et al. (2004)で報告された洗浄法に基づき、50メッシュ以下の岩石試料に対して1 M HClで4時間の超音波洗浄を行い雨水等の汚染成分を除去した。分析は、乾燥後の試料約3-5 gを秤量し、約150-200 μgのBe試薬をキャリアとして加えた。HF、HNO3、HClO4による試料の酸分解を行い、乾固後0.1 M HClに溶解した。続いて、アンモニア水を加えてpH 8以上で鉄共沈を行った後、NaOHを加えてpH 13で水層にAlを溶出して沈澱分離で除去した。さらに沈澱を濃塩酸に溶解後、ジイソプロピルエーテルを用いてFeの除去を行った。その後EDTA存在下、pH 6-6.8の条件でアセチルアセトン錯体としてBeを有機相に抽出した。有機層に7 M HNO3を加えてBeの逆抽出を行って乾固・再溶解した後に、陽イオン交換樹脂(BIO-RAD 50W-X8)を用いて1 M HClでBeの精製を行った。精製したBeは、アンモニア水で水酸化物沈澱を生成し、超音波洗浄でホウ素の除去を行った。最後に石英バイアルに移して、電気炉で900℃に加熱してBeOに焼結した。これをBeO+Nbの粉末の形で銅製のカソードに詰めた。測定は、東京大学工学系研究科のタンデム型加速器(MALT)を用いて加速器質量分析(AMS)を行った。

火山岩中の9Be濃度の分析は、東大地震研の四重極ICP-MSで測定を行った。分析の精度・確度を検証するため、HF、HNO3、HClO4で酸分解した試料(既知量のBeを添加した人工岩石溶液および、産業技術総合研究所配布の標準岩石試料のJA-2、JB-2)に対し、以下の三つの方法、(1) 未分離の試料に対して、In内標準元素を用いて補正を行う内標準法、(2) 陽イオン交換樹脂でBeを分離し、In内標準で補正を行う化学分離法、(3) 未分離の試料に対してBeを添加し、検量線から外挿して求める標準添加法の間で定量値の比較を行った。

【Be同位体比分析の精度・確度および再現性】

10Beの定量に関して、新島玄武岩試料における約10ヶ月間の繰り返し再現性の結果は約9% (1σ)であった(図3)。これは個々の分析点における精度(3-5%, 1σ)より大きい。再現性の結果には、試料の10Beの不均質や、Beの精製状態等の不確定の要素が含まれると考えられる。

9Be分析に関しては、人工岩石溶液において既知のBe濃度に対する化学分離法と標準添加法の分析値が一致した(図4)。また、標準岩石試料でも同様に化学分離法と標準添加法の分析値は調和的であった。一方で、未分離試料のIn内標準法の結果は、人工岩石試料および標準岩石試料のいずれの場合でも、他の二つの方法より10%程度低い分析値を示した。従って、確度のよい分析には、化学分離法および標準添加法の使用が望ましいと考えられる。また、それぞれの分析の再現性は、内標準法が、4-6%、化学分離法が2%、標準添加法が2-4%であった。以上の10Be、9Beの各々の結果から、本研究のBe同位体比の誤差を約10% (1σ)とした。以降の結果では一律にこの誤差を付与している。

【伊豆島弧のBe同位体比とU系列放射非平衡】

確立した方法を伊豆島弧火山岩(大島、三宅島、新島、神津島、富士、八丈島、青ヶ島)に適用した。本研究における伊豆島弧火山岩23試料の10Be濃度の範囲は、0.44-1.86 × 106 atoms g-1であった。これはMorris et al. (2002)によって報告された濃度範囲(0.8-1.4 × 106 atoms g-1)に近く、他地域の島弧の中では比較的低い。またBe同位体比に関しては、1.0-7.0 × 10-11であった。Be同位体比は部分溶融度や結晶分化作用により変化しないため、以降では同位体比を用いた議論を行う。図5にBe同位体比とBa/Th比との間の関係性を示す。Baは流体とともに移動し易く、Thは移動し難い性質をもつため、Ba/Th比は流体関与の指標となる。結果は両者の間でよい相関が成り立ち、沈み込みの深度に伴う系統的な変化が観察された。これらの変化は、10Beの壊変等の年代効果では説明できず流体の関与によってBe同位体比が変化したことを示唆する。次に、流体に移動し難い元素であるNbを用いて10Be/Nb-9Be/Nbプロットの傾きから流体のBe同位体比組成の計算を行った。結果は、10Be/9Be = 9.5 × 10-11と火山フロントの岩石より40-50%程高い結果を示した。このことから、島弧のBeが流体のBe濃度に支配されている可能性が高い。

U系列放射非平衡との関係に関して、238U-230Th放射非平衡の結果(Fukuda et al., in press)とBe同位体比との間では相関性が観察され、深度に伴う系統的な変化が観察された(図6)。以上から、238U-230Th放射非平衡は、マントル深部での流体の関与によるU-Thの分別で生じたことが明らかになった。

一方で、伊豆島弧の226Ra-230Th放射非平衡とBe同位体比では、両者の間で顕著な変化は観察されたが、正の相関性は示さなかった(図7)。従って、伊豆島弧の226Ra-230Th放射非平衡の成因に関しては、流体の関与のみでは説明できず、他のプロセスが関係している可能性が高い。226Ra-230Th放射非平衡を引き起こす他の要因として、マグマの上昇過程における地殻下部での角閃石との反応(Dufek and Cooper, 2005)や、沈み込む海洋地殻上の含水鉱物である金雲母および角閃石の融解(Feineman and DePaolo, 2003)のモデルが報告されている。以上のモデルは、238U-230Th系の放射非平衡に影響を与えずに226Ra-230Th放射非平衡を変化させることが可能であり、観察事実をよく説明できる。従って226Ra-230Th放射非平衡に関しては、以上に挙げたプロセスの影響を反映している可能性が高いと結論付けた。

図1 伊豆島弧火山と沈み込み深度

図2 1oBe分析の流れ

図3 1oBe濃度の再現性(新島若郷試料)

図4 9Be定量法比較(人工岩石溶液)

図5 Be同位体比とBa/Th比

図6 Be同位体比と238U-23°Th放射非平衡

図7 Be同位体比と226Ra-230Th放射非平衡

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる.第1章は序論であり,この論文の目的と研究背景が述べられている.ウラン系列の放射非平衡を用いて島弧マグマの上昇スピードについて制約を与える研究が行われてきた.それらの研究は,沈み込むスラブから流体がマントルへ付加する際の元素分別により放射非平衡が生じることを仮定していた.本研究ではこの仮定が正しいか確認するために,流体付加のトレーサーとなるベリリウム同位体比の測定法を開発し,ベリリウム同位体比と放射非平衡の程度との相関を検証している.序論では放射非平衡による年代測定の原理と,ベリリウム同位体比についてのこれまでの研究がレビューされている.

第2章は分析法の開発について述べられている.まず10Be分析について試料の前処理の問題,精製法の詳細,加速器質量分析計による定量分析について述べられている.実際の岩石試料を用いて分析の再現性について検討している.続いて9Be分析法についての検討結果が述べられている.これまでICP質量分析計による9Be定量に用いられてきた内標準法の問題点を明らかにし,標準添加法やカラム分離法を推奨している.従来の方法では,10Be/9Be比が10%程度過大評価される可能性を指摘している.最後に,本法で得られる10Be/9Be比の正確さと再現性についても検討し,他のグループの結果と比較している.

第3章では,第2章で開発した10Be/9Be比測定法を伊豆島弧の火山岩試料に適用し,結果を考察している.

まず,伊豆島弧試料の10Be存在量,10Be/9Be比について検討し,他の島弧との比較を行っている.今回測定した伊豆島弧の火山岩試料は10Be/9Be比は比較的低く1~7×10-11の範囲にあることを報告している.次に10Be/9Be比が沈み込にしたがって島弧横断方向で明瞭に減少していることを示している.また,流体とともに移動しやすい元素と10Be/9Be比が同じ振る舞いを示していることを明らかにしている.この結果から,10Beは研究開始時の予想通り,沈み込むスラブ上の堆積物から流体により主に供給されていると結論している.また,流体とともに移動しにくく,マントルの融解の際にBeと同じ振る舞いとすると予想されるNbを用いて,10Be/Nb-9Be/Nbの相関を調べている.伊豆島弧の火山岩試料はひとつの相関線をつくり,この傾きから流体の10Be/9Beは10-10程度と推定している.ベリリウム同位体比について他の元素との相関を,本研究ほど詳細に体系的に検討した研究はこれまでに無い.

最後に,放射非平衡とベリリウム同位体比との相関について議論している.238U-230Thの放射非平衡の大きさとベリリウム同位体比には明瞭な相関が認められる.この放射非平衡は沈み込むスラブからの流体の放出の際に起こる元素分別で生じたと結論している.しかし,230Th-226Raの放射非平衡はベリリウム同位体比と相関を示さない.論文提出者はこの放射非平衡は流体の付加以外の要因によって影響を受けていると結論している.流体付加以外に非平衡を生じさせる原因として,a.マントルの角閃石内へのラジウムの拡散と角閃石の選択的な溶融,b.下部地殻の角閃石の溶融などの可能性を挙げている.本研究で得られた結果は,Sigmarssonらがチリ島弧で行った研究とは230Th-226Raに関して大きく異なっている.230Th-226Raの放射非平衡からマグマの上昇速度を見積もることの危険性を明瞭に示している.

第4章では,本研究で得られた成果をまとめ結論を示している.

本論文はベリリウム同位体比の分析法,特に9Be分析の既存の方法の問題点を指摘し改良したこと,沈み込み帯の横断方向で10Be/9Be比が系統的に変化することや,他の微量元素との相関から10Beの振る舞いを解析したこと,10Be/9Be比と放射非平衡の大きさの相関から238U-230Thの放射非平衡は沈み込むスラブからの流体の移動の際の元素分別で生じているのに対し,230Th-226Raの放射非平衡はより浅部で生じていることを明らかにした.

なお本論文の第2,3章は,中井俊一,松崎浩之,福田聡らとの共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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