学位論文要旨



No 124048
著者(漢字) 凌,楠
著者(英字)
著者(カナ) リン,ナン
標題(和) 水性高分子-イソシアネート系木材接着剤の硬化メカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 124048
報告番号 甲24048
学位授与日 2008.09.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3354号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 竹村,彰夫
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 松本,雄二
 東京大学 准教授 岩田,忠久
 静岡大学 教授 滝,欽二
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

水性高分子-イソシアネート系木材接着剤(API接着剤)は水性の主剤とイソシアネート化合物からなる架橋剤から構成された二液型接着剤である。一般的に主剤にはポリビニルアルコール(PVOH)水溶液とスチレンラテックスブタジエン共重合体(SBR)ラテックスの混合物、架橋剤はポリメリックメチレンジフェニル‐4,4‐ジイソシアネート(pMDI)がよく使用されている。この接着剤は架橋剤のイソシアネート基(NCO)と水分子及び主剤高分子の活性官能基との反応によって硬化する。主剤PVOHは架橋材料になる一方、油状架橋剤の保護コロイドの役割も果たす。

硬化したAPI接着剤中に一部のNCOが未反応のまま残存して、反応が完結しないということが過去の研究で証明された。このため、この接着剤を研究する場合に後硬化処理を施すのが一般的である。しかし、後処理中の反応メカニズムに関しては、殆ど解明されていない。そこで、本研究では、動的粘弾性測定(DMA)を中心に、残存NCOの温度‐時間依存性、主剤との反応性、架橋構造の形成等について検討した。

論文概略

第2章では、養生時間及び加熱処理条件がモデルAPI接着剤のDMA挙動及び化学変化への影響を検討した。熱処理を施しても、残存NCOを完全に反応させるのが難しく、一方で、フィルム試料の性能が後処理条件に左右されていることが明らかとなった。

養生時間を長くするにつれて、貯蔵弾性率(E')曲線の170℃付近のピークは不明瞭になり、25日間養生後には見られなくなった。それに伴い、100~170℃温度域でのE'値が増加した。170℃のE'ピークはDMA測定中の残存NCOの反応に帰属できる。したがって、100~170℃のE'増加は養生中の架橋構造が増加すると考えられる。したがって、25日間の養生によって残存NCOが反応し、架橋構造が増加する。170℃付近のE'ピークの消滅が養生下に25日間におよぶことに対し、140℃以上の熱処理によって10分間で達成できる。このことから、170℃付近のE'ピークに関連しているNCO反応が140℃以上で容易に促進されることが考えられる。

140℃以上で処理されたサンプルの赤外分光分析(FT-IR)スペクトルのC=O吸収領域において1710cm-1ピークの高さは処理温度が上昇するにつれて増加する傾向を示した。ここでは、明確な帰属はできなかったが、イソシアネートの反応誘導体の変化に関連していると考えられる。この化学変化によって140℃以上で熱処理したサンプルの100℃以上のE'値が増加すると考えられる。

60日間養生したサンプル中にNCOが残存していることは他の研究者の報告とも一致している。一方、高温熱処理は残存NCOの反応を促進するには有効であると考えられるものの、180℃で2時間熱処理したサンプルのIRスペクトルからNCOの反応が完了していないことが示された。このことに関しては、残存NCOの反応が生成された架橋構造に拘束され、定温で反応する場合に一定の時間を経てそれ以上進まない状態になると考えられる。

第3章では、API接着剤主剤の1つであるポリビニルアルコール(PVOH)水溶液と架橋剤pMDIと混合したフィルム(PVOH+pMDI系と略する)のDMA測定結果と前章の結果を比較検討した。

熱処理していないPVOH+pMDI系サンプルのE'曲線には、150℃以上の温度域においてピークが観測された。このピークは160℃、10分間の熱処理によって、小さくなった。2時間の熱処理した場合では、加熱処理温度が140℃を上まわると、このピークが見られなくなった。この傾向は第2章で検討したAPI接着剤での傾向と似ている。したがって、この反応に帰属されたピークはAPI接着剤と同じメカニズムに由来すると分析した。この結果によって、API接着剤の150℃付近の反応促進は熱可塑性のSBRラテックスの熱流動に由来することではなく、PVOH+pMDI系の熱変化に由来することが判明された。

API接着剤より,PVOH+pMDI系の150℃付近でのE'変化が激しい。また140℃以上の温度で処理した場合に、サンプルのE'曲線は大きな変化を示さなかった。これらの差異は架橋剤pMDIの量と関連している一方、SBRラテックスを添加するとしないにも関わっていると分析した。熱可塑性のSBRを添加することによって、API接着剤の弾性率はPVOH+pMDI系より低い。分子運動性が高いため、API接着剤フィルム中の残存NCOはより低温で反応し始める。また、弾性率が相対的に低いので、架橋構造の変化に由来する影響を受けやすいと考えられる。このような考えにしたがい、API接着剤のE'曲線はPVOH+pMDI系のそれより低温側の変化が相対的に緩やかである一方、高温側においては容易に安定しないと考えられる。

160℃以上の10分間熱処理を受けたサンプルのIRスペクトルには、1710cm-1ピークの高さは増加する傾向を示した。この傾向はAPI接着剤と一致している。PVOH+pMDI系の化学成分はAPI接着剤より相対的に単純であり、1710cm-1のピークは主にウレタン結合に由来するとよる過去の研究によって帰属できる。この結果は140℃以上で熱処理すると、フィルム中のウレタン結合が相対的に増加することを示唆している。ウレタン結合の増加はPVOHとpMDIの間により多い架橋構造を形成することを意味している。それで、PVOH+pMDI系での検討により、140℃以上で加熱処理したAPI接着剤の性能変化はウレタン結合の増加に関連していることが考えられる。

2時間熱処理した場合に,PVOH+pMDI系のカルボニル吸収域は、API接着剤のそれと異なった傾向を示した。具体的な反応経路はまた不明であるが、この差異はフィルムの組成に関連していることが考えられる。

以上の結果によって、PVOH+pMDIモデル系を用いてAPI接着剤の性能変化を検討する場合に,反応メカニズムの差異を充分に考慮する必要があることがこれらの結果から明らかになった。この点について従来のAPI接着剤の研究では考慮されなかった。

第4章では、API接着剤フィルム中のPVOHの結晶化と残存NCO反応の関係について検討した。

PVOHフィルムとAPI接着剤フィルムのX線回折パターンは両方とも回折角2θ=18.4°にピークが現れた。API接着剤中のPVOHは部分的に結晶化していることが分かった。熱処理温度及び熱処理時間がAPI接着剤中のPVOH結晶に及ぼす影響についてDSC測定を行い検討した。

API接着剤のDSCサーモグラムでは二つの吸熱ピークが観測された。その中、220℃付近の吸熱ピークはPVOHの結晶融解に帰属できる。もう一つの吸熱ピークは140℃以上の熱処理によって高温側へシフトし、高い温度依存性を示した。このピークはPVOHの不完全結晶部の融解に帰属した。熱処理によって不完全結晶部の分子の秩序性が高くなって、高温側へシフトすると考えられる。

PVOH結晶状態の変化によって、熱処理したAPI接着剤フィルムの性能に影響を与えることが考えられる。DMA測定中、PVOHの不完全結晶部の融解によって弾性率が下がり、それゆえ残存NCOの反応が促進されると考えられる。これはPVOH+pMDI系のE'が140℃付近で急激に減少し、その後に増加する現象の原因であろうと考えられる。第3章の結果と合わせて、API接着剤中の残存NCOの反応は主剤の相変化に影響されていることが明らかとなった。

第5章では、低ケン化度PVOHを用いたモデルAPI接着剤(低ケン化API接着剤と略称)及び市販API接着剤を熱処理し、それらの性能変化を検討した。

熱処理によって、低ケン化API接着剤の結晶化現象がDSC測定によって観測された。また結晶状態は熱処理温度及び熱処理時間に強く依存していることも分かった。一方、市販API接着剤には結晶性物質が含まれていることがX線回折分析によって確認した。これは炭酸カルシウムなどの添加に由来すると考える。

低ケン化API接着剤及び市販API接着剤のDMA測定結果には両方とも170℃付近にE'ピーク(あるいは平坦域)が観測された。この残存NCOの反応に帰属されたピークは140℃の2時間熱処理によって見られなくなった。これらの傾向は第2章で検討した高ケン化度PVOHを使用したモデルAPI接着剤のそれらと一致している。

DMA測定結果に対応して、低ケン化API接着剤は140℃以上で処理後、IRスペクトルの1710cm-1ピークの高さは増加する傾向を示した。これに対し、市販API接着剤のC=O吸収域には明確な変化を示さなかった。市販API接着剤の化学組成は不明のため、詳しい解析は不能である。一方、2時間180℃の熱処理を受けたさえ、低ケン化API接着剤と市販API接着剤は両方ともイソシアネート吸収ピークが存在するので、残存NCOの反応が容易に完了しないことが示唆された。

以上の結果より熱処理が低ケン化API接着剤及び市販API接着剤のDMA、IR及び結晶状態に影響を与えることが確認された。従って、それらの性能を分析するときにも、残存NCO反応の度合いおよび熱処理に由来する影響を十分に考慮する必要があることが明らかである。この結論は今後のAPI接着剤の研究にとって重要であると考えられる。

第6章では、熱処理によってモデルAPI接着剤の架橋構造の変化に関して、膨潤率変化及び熱重量分析から検討した。

熱処理温度の上昇によって、API接着剤フィルムの膨潤率が低下する。この傾向は140℃以上の熱処理を受けたサンプルにはより顕著である。したがって、140℃以上の熱処理が架橋構造を形成するには有効であることが示唆された。しかし、200℃で2時間熱処理した場合に、膨潤率が180℃で処理したサンプルのそれより増加した。これは熱劣化に由来すると考えられる。熱重量分析測定によって、APIは230℃付近においてPVOHの熱劣化に関連する重量減少が観測された。

従来、API接着剤の架橋構造を評価するには、ゴム状平坦域のE'値が使用されてきた。本研究のDMA測定結果によって、高温で処理されたサンプルは高いE'値を示した。架橋構造がより多く形成されたことを支持している。一方、膨潤率測定及び熱重量分析の結果より、200℃を超える温度域に熱劣化が起こることが分かった。さらに、DMA測定温度の上昇に伴って、残存NCOの反応、また結晶状態の変化など現象も観測された。これらの現象はE'曲線に影響を与えるので、高温域のE'変化が複雑であることが明らかとなった。したがって、単にE'曲線のゴム状平坦域だけで、API接着剤の架橋密度を判断するのは危険である。API接着剤の架橋構造を評価する時に、適当な評価基準が必要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

水性高分子-イソシアネート系木材接着剤(API接着剤)は水性の主剤とイソシアネート化合物からなる架橋剤から構成された二液型接着剤である。一般的に主剤にはポリビニルアルコール(PVOH)水溶液とスチレンラテックスブタジエン共重合体(SBR)ラテックスの混合物、架橋剤はポリメリックメチレンジフェニル‐4,4‐ジイソシアネート(pMDI)がよく使用されている。この接着剤は架橋剤のイソシアネート基(NCO)と水分子及び主剤高分子の活性官能基との反応によって硬化する。主剤PVOHは架橋材料になる一方、油状架橋剤の保護コロイドの役割も果たす。硬化したAPI接着剤中に一部のNCOが未反応のまま残存して、反応が完結しないということが過去の研究で証明された。このため、この接着剤を研究する場合に後硬化処理を施すのが一般的である。しかし、後処理中の反応メカニズムに関しては、殆ど解明されていない。本論文では、動的粘弾性測定(DMA)を中心に、残存NCOの温度‐時間依存性、主剤との反応性、架橋構造の形成等について検討した。

第1章では、API接着剤の歴史、その接着の原理、既往の研究、それらの問題点等を示し、熱硬化の機構についての既往の研究を整理し、本論文の目指す成果に関する序論を示した。これにより、本論文のテーマの整理がなされている。

第2章では、養生時間及び加熱処理条件がモデルAPI接着剤のDMA挙動及び化学変化への影響を検討した。熱処理を施しても、残存NCOを完全に反応させるのが難しく、一方で、フィルム試料の性能が後処理条件に左右されていることが明らかとなった。養生時間を長くするにつれて、貯蔵弾性率(E')曲線の170℃付近のピークは不明瞭になり、25日間養生後には見られなくなった。それに伴い、100~170℃温度域でのE'値が増加した。170℃のE'ピークはDMA測定中の残存NCOの反応に帰属できる。170℃付近のE'ピークに関連しているNCO反応が140℃以上で容易に促進されることが考えられる。FT-IRにより140℃以上で処理されたサンプルの1710cm-1ピークの高さは処理温度が上昇するにつれて増加する傾向はイソシアネートの反応誘導体の変化に関連していると考えられる。この化学変化によって140℃以上で熱処理したサンプルの100℃以上のE'値が増加すると考えられる。180℃で2時間熱処理したサンプルのIRスペクトルからNCOの反応が完了していないことが示されたが、残存NCOの反応が生成された架橋構造に拘束され、定温で反応する場合に一定の時間を経てそれ以上進まない状態になると考えられる。

第3章では、API接着剤主剤の1つであるポリビニルアルコール(PVOH)水溶液と架橋剤pMDIと混合したフィルム(PVOH+pMDI系と略する)検討によって、150℃以上の温度域におけるE'曲線のピークはAPI接着剤と同じメカニズムに由来すると分析した。160℃以上の10分間熱処理を受けたサンプルのIRスペクトルには、1710cm-1ピークの高さは増加する傾向を示した。この傾向はAPI接着剤と一致している。PVOH+pMDI系の化学成分はAPI接着剤より相対的に単純であり、1710cm-1のピークは主にウレタン結合に由来するとよる過去の研究によって帰属できる。この結果は140℃以上で熱処理すると、フィルム中のウレタン結合が相対的に増加することを示唆している。ウレタン結合の増加はPVOHとpMDIの間により多い架橋構造を形成することを意味している。従って、PVOH+pMDI系での検討により、140℃以上で加熱処理したAPI接着剤の性能変化はウレタン結合の増加に関連していることが考えられる。PVOH+pMDIモデル系を用いてAPI接着剤の性能変化を検討する場合に,反応メカニズムの差異を充分に考慮する必要があることがこれらの結果から明らかになった。この点について従来のAPI接着剤の研究では考慮されなかった。

第4章では、API接着剤フィルム中のPVOHの結晶化と残存NCO反応の関係について検討した。PVOHフィルムとAPI接着剤フィルムのX線回折パターンを解析し、API接着剤中のPVOHは部分的に結晶化していることが分かった。またAPI接着剤のDSCサーモグラムでは二つの吸熱ピークが観測された。その中、220℃付近の吸熱ピークはPVOHの結晶融解に帰属できる。もう一つの吸熱ピークは140℃以上の熱処理によって高温側へシフトし、高い温度依存性を示すことにより、このピークはPVOHの不完全結晶部の融解に帰属した。熱処理によって不完全結晶部の分子の秩序性が高くなって、高温側へシフトすると考えられる。

第5章では、低ケン化度PVOHを用いたモデルAPI接着剤(低ケン化API接着剤と略称)及び市販API接着剤を熱処理し、それらの性能変化を検討、熱処理が低ケン化API接着剤及び市販API接着剤のDMA、IR及び結晶状態に影響を与えることが確認された。従って、それらの性能を分析するときにも、残存NCO反応の度合いおよび熱処理に由来する影響を十分に考慮する必要があることが明らかである。この結論は今後のAPI接着剤の研究にとって重要であると考えられる。

第6章では、熱処理によってモデルAPI接着剤の架橋構造の変化に関して、膨潤率変化及び熱重量分析から検討した。熱処理温度の上昇によって、API接着剤フィルムの膨潤率が低下する。200℃で2時間熱処理した場合に、膨潤率が180℃で処理したサンプルのそれより増加した。これは熱劣化に由来すると考えられ、熱重量分析測定によって確認された。従来、API接着剤の架橋構造を評価するには、ゴム状平坦域のE'値が使用されてきた。単にE'曲線のゴム状平坦域だけで、API接着剤の架橋密度を判断するのは危険であり、API接着剤の架橋構造を評価する時に、適当な評価基準が必要であると考えられる。

以上のように本研究の結果は、ホルムアルデヒドフリーであるAPI接着剤の後硬化を中心とした硬化メカニズムに関して重要な知見を与え、接着性能の耐久性等へ研究に大きく貢献した。また、この接着剤は将来、大断面集成材用の非ホルムアルデヒド接着剤としても利用していく必要があるため、木質材料の材料研究に対して大きく貢献することは明らかである。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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