学位論文要旨



No 124067
著者(漢字) 藤村,一美
著者(英字)
著者(カナ) フジムラ,カズミ
標題(和) 大都市在住の既婚成人男女における夫婦間のリプロダクティブ・ヘルス/ライツの現状とその関連要因に関する研究
標題(洋)
報告番号 124067
報告番号 甲24067
学位授与日 2008.09.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3167号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 准教授 黒岩,宙司
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

緒言

1994年カイロ国際人口開発会議(ICPD)において、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」の概念が提唱されて以降、身体的・精神的・社会的なレベルでの「性と生殖に関わる健康と権利」についての国際的な取り組みが行われている。わが国におけるリプロダクティブ・ヘルスの問題として、欧米先進諸国との比較において予定外妊娠も多く、人工妊娠中絶率にしめる既婚女性の割合は未婚女性よりも多く、既婚者において確実な避妊がされていないことが懸念されている。

このような望まない妊娠、人工妊娠中絶を防ぎ、より安全で望ましい性行動にとって重要と考えられていることとして、「男女間のコミュニケーション」、「女性の意思決定を支援すること」、「社会的サポートの構築」が挙げられている。女性の性に対する自己決定を支えるものとして、性においてパートナーとの対等な関係を作っていくこと、また男女間の性的関係や性生活、あるいは妊娠・出産と避妊を含む家族計画においてパートナー間でのコミュニケーションが十分に取られ、女性の権利や意思が尊重されることが強く望まれている。

しかし、性意識・性行動に関する調査として既婚成人男女を対象とした調査は少なく、人工妊娠中絶率については把握されているものの、実際にリプロダクティブ・ヘルス/ライツをめぐる夫婦間の関係性の実態については明らかにされていない。さらに、パートナーである男性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する意識が夫婦のリプロダクティブ・ヘルスに与える影響、パートナーとの関係性がどのように女性の意思決定を支えているかについては、十分な検討がなされていない。

本研究では、対象者および配偶者からみたその配偶者の意識に注目した夫婦としての属性、性役割観、リプロダクティブ・ヘルス意識、日常生活における夫婦の関係性、リプロダクティブ・ヘルスに関する環境が、リプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係および性行動にどう影響しているかを明らかにすることを目的とする。具体的には以下の4点を目的とした。1.リプロダクティブ・ヘルス行動の先行要件と考えられるリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦間の関係の実態を明らかにする。2.夫婦のリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦間の関係を規定する要因は何か、対象者の属性・特性、配偶者を含めた夫婦・世帯の属性との関連を検討する。3.リプロダクティブ・ヘルス行動の実態を明らかにする。4. リプロダクティブ・ヘルス行動に関連する心理社会的要因について検討する。

方法

1.調査の対象と方法

東京都板橋区の住民基本台帳から層化二段階無作為抽出した25~44歳の既婚男女1500名(女性750人、男性750人)を対象に、2005年1~2月に自記式質問票を郵送配布、回収した。そのうち有効回答が得られた391名(女性216人、男性175人)を分析対象者とした(有効回答率女性29.8%、男性24.3%)。

2.分析に用いた変数・尺度

1)対象者および配偶者の属性・特性:対象者の性、年齢、職業、学歴、家族構成、経済的ゆとりなどの基本的属性、および対象者からみた配偶者の属性・特性として、配偶者の年齢、職業、学歴について尋ねた。

2)リプロダクティブ・ヘルス/ライツ関連項目:本人の伝統的性役割観、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ意識、対象者からみた配偶者の伝統的性役割観、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ意識、対象者からみた日常生活における夫婦の関係として、夫の家庭内権力度、夫の家事分担割合、妻の収入割合、コミュニケーション良好度について尋ねた。

3)リプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係:性行動やジェンダーに関する先行研究、および予備調査の結果をもとに項目を作成した。探索的因子分析の結果を参考に1.女性の意思尊重(5項目)、2.夫婦間の対等性(3項目)、3.夫婦間コミュニケーション(4項目)、4.性行動に対する協働責任(4項目)として、単純加算した。サブスケールごとに合計し、合計得点が高いほど、それぞれにおけるリプロダクティブ・ヘルス/ライツが良好な夫婦関係にあることを示す。すべての項目を単純加算したものを「夫婦のリプロダクティブ・ヘルス/ライツスケール」とした(α係数0.84)。

4)性行動:夫婦間での性行動として、男女それぞれに夫婦間で「性行為の強要」、「望まない妊娠の経験」、「人工妊娠中絶の経験」、「避妊経験の有無」について0=「なし」、1=「あり」で尋ねた。さらに、具体的な避妊方法について尋ねた。

5)リプロダクティブ・ヘルスに関するサポート源:リプロダクティブ・ヘルスに関して有用な情報源の有無とその内訳、リプロダクティブ・ヘルスに関することで相談できる機関(人)の有無とその内訳について尋ねた。

3.分析方法

分析は以下の方法によっておこなった。1)夫婦のリプロダクティブ・ヘルス/ライツをめぐる夫婦間の関係の実態については、記述的分析を行った。2)夫婦のリプロダクティブ・ヘルス/ライツをめぐる夫婦間の関係の規定要因の検討には、リプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係を従属変数とし、説明変数には対象者本人、および配偶者の属性・特性、本人、および本人からみた配偶者の伝統的性役割観、本人、および本人からみた配偶者のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ意識、日常生活における夫婦の関係、リプロダクティブ・ヘルスに関するサポート源の有無を投入した重回帰分析を行った。3)夫婦間での望まない妊娠、人工妊娠中絶の経験に関連する要因の検討として、望まない妊娠、人工妊娠中絶の経験の有無を従属変数とし、属性・特性のほか、リプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係を説明変数としたロジスティック回帰分析を行った。解析には、統計パッケージSPSS15.0 J for Windowsを用いた。有意水準は5%(両側)とした。

結果

1.対象者における性行動、およびリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係

女性が望まない性行為を強要された経験は23.1%であり、夫婦間での望まない妊娠の経験は、女性からの報告では16.2%、男性からの報告では14.9%であった。人工妊娠中絶の経験は、女性からの報告では11.9%、男性からの報告では11.5%であったが、男女とも年齢の上昇に伴い高くなる傾向が示された。

リプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係として、「女性の意思尊重」、「夫婦間の対等性」、「夫婦間コミュニケーション」、「性行動における協働責任」が抽出された。サブスケールごとにみてみると、「女性の意思尊重」では、ほぼすべての項目で女性の6割が自分自身の意思が尊重されているとしていたが、男性では、「避妊方法の選択」、「子どもを何人産むか」について、女性(妻)の意思が尊重されてきたと回答したのは約3割にとどまった。「夫婦間の対等性」では、「性生活において、対等な夫婦である」という項目に対して、男女とも約5割が「あてはまる」と回答していた。「夫婦間コミュニケーション」では、男女とも約8割の人が「避妊するか、しないか」、「避妊方法を選択」についての話し合うことができていた。性生活について、「配偶者にあなたの望むことを十分に伝えている」と答えた男女は5割にとどまった。「性行動に対する協働責任」では、「夫婦のいずれかが望まない時には、性交渉はしない」では、女性77.8%、男性85.7%と男性が「あてはまる」とする割合が上回っていた。「望まない妊娠を避けるように、夫が協力している夫婦だと思う」について、男女ともに約7割の夫が協力している夫婦であると評価していた。

2.リプロダクティブ・ヘルスからみた夫婦の関係の関連要因

「女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係」のすべてのサブスケールと「対象者からみた配偶者の避妊に関する女性の意思尊重意識」が良好であることに関連が認められた。そのほか、「夫婦間の対等性」では、「対象者からみた伝統的性役割観」が低いこと(-0.18, p<0.05)、「対象者からみた配偶者の避妊に関する女性の意思尊重意識」が高いこと(β=0.14, p<0.05)、「対象者からみた配偶者の性交渉拒否の意思表示重視意識」が高いこと(β=0.14, p<0.05)と有意な関連を認めた。「性行動に対する協働責任」では、日常的な「夫婦間のコミュニケーション評価」が高いこと(β=0.27, p<0.001)、「対象者からみた配偶者の伝統的性役割観」が低いこと(β=-0.27, p<0.001)が有意な関連を示した。

3.リプロダクティブ・ヘルスからみた夫婦の関係と性行動の関連

女性からの報告による人工妊娠中絶の経験の有無と強く関連していたのは、望まない妊娠(OR=82.64, 95%CI 13.14-519.73)、女性の意思尊重(OR=1.22, 95%CI 0.97-1.54)であった。また、女性からの報告による望まない妊娠の経験の有無と関連がみられたのは、避妊方法として膣外射精を用いていること(OR=0.01, 95%CI 0.00-0.17)、リプロダクティブ・ヘルスに関する有用な情報源がないこと(OR=126.55, 95%CI 2.59-6189.90)、性行動に対する協働責任が低いこと(OR=0.70, 95%CI 0.51-0.96)などと関連していた。また、有用な情報源のないと回答したものは、女性では10.2%、男性は26.9%と男性で有意に高い傾向が (p<0.0001)がみとめられた。相談可能な機関(人)について、なしと回答した女性14.4%、男性51.4%であった。

考察

1.既婚者の望まない妊娠、人工妊娠中絶は、年齢とともに上昇しており、特にくり返し人工妊娠中絶手術を受けている可能性が考えられた。このことからも避妊・家族計画の重要性が認識されていないといえるだろう。

2.リプロダクティブ・ヘルスからみた「女性の意志尊重」については、女性では5割以上が「妻である自分の意思が尊重されている」としていたのに対し、男性では、妻の意思が尊重されているとした男性の回答は、女性の回答よりも低い傾向ではあったものの、「避妊方法を選択」の質問項目以外では、妻の意思が尊重される傾向にあった。また、ほぼ全ての項目で「どちらともいえない」と回答した男性は3割以上にあり、平等あるいは、女性の意思を尊重しようとする傾向にあることが示された。リプロダクティブ・ヘルスからみた夫婦間コミュニケーションに関しては、男女とも8割以上が肯定的に評価し、夫婦の対等性でも、男女ともに5割が対等であると回答しており、男性女性ともに,夫婦間において相互を尊重しようという意識が結果に反映されたとものと考えられた。

3.女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係に関連する要因として、女性でサブスケールに関連のあった変数は、「対象者からみた配偶者の避妊に関する女性の意思尊重意識」、「対象者からみた配偶者の性交渉拒否の意思表示重視意識」、「対象者からみた配偶者の伝統的性役割観」であった。すなわち、女性にとって良好なリプロダクティブ・ヘルス/ライツを形成す際に、男性である夫の意識の影響を受けることを示している。男性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係として、「女性の意思尊重」、「夫婦の対等性」にそれぞれ関連みられた変数は、「対象者からみた配偶者の避妊に関する女性の意思尊重意識」であった。これらは、男性自身の意識よりも関連をみとめたことから、男性からの報告ではあるが、男性からみた夫婦のリプロダクティブ・ヘルス/ライツに配偶者である妻の意識の影響を与える可能性も示唆された。男性のみならず、女性も夫婦の良好なリプロダクティブ・ヘルス/ライツを形成するために、女性自身の意思が尊重されることの重要性を認識することが必要であろう。

4.避妊方法として膣外射精を選択した女性では、女性の意思尊重、夫婦間の対等性、夫婦間コミュニケーション、性行動に対する協働責任のスケール間で負の相関を示し、リプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係が良くないことと関連があった。これは、夫婦間コミュニケーションが不十分であることと避妊効果の低い避妊方法を選択することと関連があるという先行研究と類似していた。また、これまで、望まない妊娠、人工妊娠中絶には、社会経済的要因の影響が大きいと考えられてきたが、本研究結果から、女性では選択する避妊方法のほかに、日常的な夫婦関係、夫婦の性行動に対する協働責任が低いこと、夫の家庭内権力度が高いこと、妻の収入割合が低いことと関連が認められた。避妊行動・性行動は、日常的なジェンダーパワーによる男女間の不平等な関係を反映していると考えられた。

5.相談できるリプロダクティブ・ヘルスサービスがないこと、リプロダクティブ・ヘルスに関する有用な情報源がないことと女性が性行為を強要された経験に関連がみられたが、相談可能な機関(人)がなく、また有用な情報を入手しにくい人では、Help-Seeking行動が取れず、孤立してしまい、望まない性行為を受けながら問題が潜在化してしまう危険性が考えられた。既婚成人にとって、アクセスが容易な機関・専門性を備えた人材の必要性が示唆された。また、今後必要なリプロダクティブ・ヘルス/ライツの施策として、個人レベルでのプロダクティブ・ヘルス/ライツについての情報、知識の普及や意識の浸透を推進していくだけでなく、心理的問題も含めたリプロダクティブ・ヘルス相談体制の充実、特に妊娠・出産・避妊といった家族計画の相談の機会を設けること、さらに男性がアクセスできるような支援体制や介入のあり方を検討することは、男性自身のリプロダクティブ・ヘルスの維持向上のみならず、男性が女性に協力しやすい社会的環境を整える上できわめて重要であり、必要不可欠であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、大都市在住の25歳から44歳までの既婚成人男女を対象とし、日本の一般既婚成人男女における性行動と、その先行要件と考えられるリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦間の関係を明らかにし、プロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦間の関係、および性行動に関連する要因について検討することを試みたものである。具体的には、1)リプロダクティブ・ヘルス行動の先行条件と考えられるリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦間の関係の実態を明らかにする、2)夫婦のリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦間の関係を規定する要因について、対象者の属性・特性、配偶者を含めた夫婦・世帯の属性との関連を検討する、3)リプロダクティブ・ヘルス行動の実態を明らかにする、4)リプロダクティブ・ヘルス行動に関連する心理社会的要因について検討しており、下記の結果を得ている。

1.女性が望まない性行為を強要された経験は23.1%であり、夫婦間での望まない妊娠の経験は、女性からの報告では16.2%、男性からの報告では14.9%であった。人工妊娠中絶の経験は、女性からの報告では11.9%、男性からの報告では11.5%であったが、男女とも年齢の上昇に伴い高くなる傾向が示された。つまり、既婚者の望まない妊娠、人工妊娠中絶は、年齢とともに上昇しており、特にくり返し人工妊娠中絶手術を受けている可能性が考えられた。このことからも避妊・家族計画の重要性が認識されていない可能性が考えられ、既婚成人男女に対する対応が急務であることが示唆された。

2.リプロダクティブ・ヘルスからみた「女性の意志尊重」については、女性では5割以上が「妻である自分の意思が尊重されている」としていたのに対し、男性では、妻の意思が尊重されているとした男性の回答は、女性の回答よりも低い傾向ではあったものの、「避妊方法を選択」の質問項目以外では、妻の意思が尊重される傾向にあった。また、ほぼ全ての項目で「どちらともいえない」と回答した男性は3割以上にあり、平等あるいは、女性の意思を尊重しようとする傾向にあることが示された。リプロダクティブ・ヘルスからみた夫婦間コミュニケーションに関しては、男女とも8割以上が肯定的に評価し、夫婦の対等性でも、男女ともに5割が対等であると回答しており、男性女性ともに,夫婦間において相互を尊重しようという意識が結果に反映されたとものと考えられた。

3.女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係に関連する要因として、女性でサブスケールに関連のあった変数は、「対象者からみた配偶者の避妊に関する女性の意思尊重意識」、「対象者からみた配偶者の性交渉拒否の意思表示重視意識」、「対象者からみた配偶者の伝統的性役割観」であった。すなわち、女性にとって良好なリプロダクティブ・ヘルス/ライツを形成す際に、男性である夫の意識の影響を受けることを示している。男性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係として、「女性の意思尊重」、「夫婦の対等性」にそれぞれ関連みられた変数は、「対象者からみた配偶者の避妊に関する女性の意思尊重意識」であった。これらは、男性自身の意識よりも関連をみとめたことから、男性からの報告ではあるが、男性からみた夫婦のリプロダクティブ・ヘルス/ライツに配偶者である妻の意識の影響を与える可能性も示唆された。男性のみならず、女性も夫婦の良好なリプロダクティブ・ヘルス/ライツを形成するために、女性自身の意思が尊重されることの重要性を認識することが必要であろう。

4.避妊方法として膣外射精を選択した女性では、女性の意思尊重、夫婦間の対等性、夫婦間コミュニケーション、性行動に対する協働責任のスケール間で負の相関を示し、リプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係が良くないことと関連があった。これは、夫婦間コミュニケーションが不十分であることと避妊効果の低い避妊方法を選択することと関連があるという先行研究と類似していた。また、これまで、望まない妊娠、人工妊娠中絶には、社会経済的要因の影響が大きいと考えられてきたが、本研究結果から、女性では選択する避妊方法のほかに、日常的な夫婦関係、夫婦の性行動に対する協働責任が低いこと、夫の家庭内権力度が高いこと、妻の収入割合が低いことと関連が認められた。避妊行動・性行動は、日常的なジェンダーパワーによる男女間の不平等な関係を反映していると考えられた。

5.相談できるリプロダクティブ・ヘルスサービスがないこと、リプロダクティブ・ヘルスに関する有用な情報源がないことと女性が性行為を強要された経験に関連がみられたが、相談可能な機関(人)がなく、また有用な情報を入手しにくい人では、Help-Seeking行動が取れず、孤立してしまい、望まない性行為を受けながら問題が潜在化してしまう危険性が考えられた。既婚成人にとって、アクセスが容易な機関・専門性を備えた人材の必要性が示唆された。また、今後必要なリプロダクティブ・ヘルス/ライツの施策として、個人レベルでのプロダクティブ・ヘルス/ライツについての情報、知識の普及や意識の浸透を推進していくだけでなく、心理的問題も含めたリプロダクティブ・ヘルス相談体制の充実、特に妊娠・出産・避妊といった家族計画の相談の機会を設けること、さらに男性がアクセスできるような支援体制や介入のあり方を検討することは、男性自身のリプロダクティブ・ヘルスの維持向上のみならず、男性が女性に協力しやすい社会的環境を整える上できわめて重要であり、必要不可欠であると考える。

以上、本論文は、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの概念を用い、これまで成人のリプロダクティブ・ヘルスの研究でほとんど検討されてこなかった、女性の権利や男女の対等な関係に着眼し、これらの実態を示すともに、対象者および配偶者からみたその配偶者の意識に注目した夫婦としての属性、性役割観、リプロダクティブ・ヘルス意識、日常生活における夫婦の関係性、リプロダクティブ・ヘルスに関する環境が、リプロダクティブ・ヘルス/ライツからみた夫婦の関係および性行動にどのような影響を与えるについて詳細に分析している。また、これまでパートナーである男性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する意識が夫婦のリプロダクティブ・ヘルスに与える影響、パートナーとの関係性がどのように女性の意思決定に影響を与えているかについて、日常生活における夫婦の関係も含めて実証的に明らかにした点で独創的である。本研究は、リプロダクティブ・ヘルス領域における夫婦間の関係性のあり方、リプロダクティブ・ヘルスへの支援のあり方を検討する上で重要な示唆を与えると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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