学位論文要旨



No 124070
著者(漢字) 河島,太朗
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,タロウ
標題(和) 混合型選挙制度における一票の価値と立法裁量の制約
標題(洋)
報告番号 124070
報告番号 甲24070
学位授与日 2008.09.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第220号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,健治
 東京大学 教授 長谷部,恭男
 東京大学 教授 五十嵐,武士
 東京大学 教授 伊藤,洋一
 東京大学 准教授 水町勇,一郎
内容要旨 要旨を表示する

I 問題設定

平等選挙原則は、選挙制度の選択に関する立法裁量の範囲を制約する原則とされるが、多数代表制と比例代表制を組み合わせた、いわゆる混合制の選挙制度において平等選挙原則がいかなる帰結を導き、またこの制度の枠内で投票価値の平等がいかに実現されるべきかについての検討は、従来、十分にはなされてこなかった。

本稿は、具体的な選挙制度の構造に応じて投票価値の平等を実現するための制度的な条件は異なりうるという見地から、混合制における平等選挙原則の意味内容を中心として、選挙制度の具体的構造と投票価値の平等との関係の解明をはかりつつ、選挙制度の選択に関する立法裁量の範囲を平等選挙原則がいかに制約するかを検討するものである。

II 選挙制度の分類と混合制

従来の選挙制度を分類する観点として決定方式、代表制原理及び選挙制度の機能がとりあげられてきた。しかし、これらの分類基準は選挙制度の構造に関する視点に乏しく、それらが混合制へいかに適用されるかも明らかでない。また、そもそも議論の出発点として、混合制とは何か、その具体的な態様を見定める必要がある。そこで、選挙制度工学上の選挙制度の構成要素を抽出して整理し、その相互の関係の明瞭な把握を試みた。

まず、選挙区配置を(1)各選挙区で単独に自己完結的な選挙を実施する単純選挙区、(2)広狭2以上の選挙区階層の議席配分が相互の連携なく実施される多重選挙区及び(3)各選挙区階層間に議席配分の連携がある複合選挙区に区分することができ、さらに、(3)を議席配分の方法によりア分配型とイ積上げ型に区分することができる。

次に、混合制の類型論のうち最も緻密で適用範囲が広く法制度的分析に適したMassicotteとBlaisの6分説を出発点として、選挙区配置の視点を補うと、ア単純選挙区のうち各選挙区で異なる決定方式を独立して用いる混在型、イ多重選挙区の各階層で異なる決定方式を独立して用いる多重型、ウ複合選挙区構造の各選挙区階層で異なる決定方式を用いつつ、一方の決定方式の適用方法が他方の決定方式の適用結果に依存する無条件型、エそれぞれの選挙区ごとに両方の決定方式を用いる融合型、オ一方の決定方式の適用結果が他方の決定方式の適用の可否を決定する条件型、カ以上の類型の組み合わせである超混合型の6類型に混合制を区分することができる。また、ウの中で、多数代表制の決定方式による議席配分の歪みを比例代表制の決定方式を用いて補正するものを補正型とする。

以下、各類型の下で平等選挙原則をはじめとする立法裁量を制約するべき原理が何かを、ドイツ、イタリア、韓国、ニュージーランドなど、混合制を採用した諸国の例を検証しつつ、探っていく。

III ドイツにおける平等選挙原則の展開

Weimar以前の選挙制度の歴史的展開の中で、平等選挙原則の意味内容は、複数選挙区投票を含む複数投票の禁止と人口比例の定数配分等を内容とする選挙区較差の抑制に区分して理解され、等級選挙の禁止は後者の一内容と考えられていた。

Weimar期には、比例代表制が憲法上の原則とされ、平等選挙原則も従来の多数代表制における数的価値の平等に加えて結果価値の平等が必要とされることになった。

選挙制度は比例代表制か多数代表制かに分類しうるとする二元論の下で、戦後導入された無条件型混合制の併用制も比例代表制に分類され、引き続き結果価値の平等が要求された。しかし、選挙制度を選挙区定数等の構成要素の連続的変化の中で捉える連続体仮説等の登場によって二元論に対する疑念が高まり、1997年の判例の法廷意見では、比例代表制のみに適用される平等選挙原則としての結果価値の平等が放棄された。判例上、併用制における第1票と第2票は合せて1票の結果価値を有し、選挙人が無所属の当選人に投票した第1票にはすでに1票分の結果価値があるので、第2票を無効とする選挙法の規定は、むしろ当該選挙人に二重の投票価値が生じないようにして投票価値の平等を実現するものとされている。このように一部の選挙人の分割投票は結果価値の平等を図るために制限されうるものとされたが、その前提となる2票制は数的価値に関するものであり、改めて数的価値の平等の観点から混合制等の選挙制度全体の基本構造を考察する必要性がある。

IV 混合制における投票価値の比較

1993年にイタリア下院に導入された当選人得票控除型混合制では2票制を用いたため、得票控除の可能性のない分割投票に関してドイツの併用制と同様の二重の投票価値が生じ、当該分割投票をしたか否かで選挙人の投票の数的価値に差異が生じることとなった。当選人得票控除型混合制は投票の結果価値が平等でない制度であり、二重の投票価値は数的価値の平等の問題を引き起こすと考えられる。

また、韓国では全国区選出国会議員を選挙する比例代表制と地域区選出国会議員を選挙する単純小選挙区制の多重型混合制である国会選挙制度における従前の1票制について、この選挙制度には本来2票制が必要であるとして、憲法裁判所が違憲判決を下している。

イタリアの当選人得票控除型混合制やドイツの併用制のように全体で単一の選挙が実施される無条件型混合制の下で2票制を採用すると、分割投票は二重の投票価値を生む虞があり、韓国のような選挙区階層別に複数の選挙が実施される多重型混合制の下で1票制を採用すると、複数の選挙のうち一に投票し得ない選挙人の生じる虞がある。いずれも、数的価値の平等に反する選挙制度が各選挙人に選挙と同数の投票価値を保障しえないことの帰結であると考えられ、混合制等の選挙制度の全体構造には「1選挙1票の原則」というべきものが要請されると見ることができる。

V 混合制の構成と1票の価値

そうすると、混合制等の選挙制度の全体を構成する選挙の数が問題となり、選挙制度の構造に即して投票価値の平等を実現する仕組みが課題となる。合議機関の同一公職を選挙区に分けて選挙する場合に投票価値の平等の問題が複雑化する点に着目すると、各選挙区で自己完結的な選挙が実施される単純選挙区の場合において、各選挙人は択一的に各選挙区選挙で投票することにより全体で単一の総選挙に参加するものと観念され、選挙すべき代表機関の組織形成に同一の方法で参加する権利としての投票価値の平等が必要になると考えられる。

そこで、単純選挙区の場合には、投票価値の平等を実現するために、(1)各選挙区内の複数投票の禁止、(2)複数選挙区投票の禁止、(3)選挙区較差の抑制及び(4)各選挙区選挙を同質の決定方式で行う統一的選挙制度が必要となる。多重選挙区の場合には、各選挙区階層を単純選挙区に還元しうるので、選挙区階層と同数の投票が原則となり、各階層ごとに(1)~(4)の原則を満たすことが必要となる。複合選挙区の場合には、下位選挙区選挙が最上位選挙区選挙に一体化するので、1票制が原則となり、単純選挙区に還元しうる最上位選挙区階層で(1)~(4)の原則を満たすことが必要となる。しかし、最上位選挙区選挙に包摂される下位選挙区階層では、一応(1)~(4)が必要と考えられるものの、選挙区較差や2票制について柔軟な取扱いの可能性や必要性が生じうる。

なお、統一的選挙制度の必要性からすると、混在型の混合制は、平等選挙原則に反するものと考えられる。

VI 投票価値の平等の制約と選挙制度の立法裁量

1993年に併用制を導入したニュージーランドにおける選挙制度改革の論理の検証を通じて、選挙制度の選択を制約する平等選挙原則以外の要素、これらを相対化する考慮要素などを、(1)選挙制度に内在する制約としての(ア)正当性、(イ)容易性、(2)党派性に関する制約、(3)議会の性格に由来する制約ないし考慮要素としての(ア)効果的な政府、(イ)効果的な議会、(ウ)少数者等の代表の確保及び(エ)憲法保障として抽出し、考察を加えた。

(1)(ア)から得票の多寡に応じた議席配分と当選人決定が決定方式の要件となる。(イ)は顔の見える選挙や選挙手続の瑕疵の影響を一部の選挙区に限定する選挙の仕組みがその他の要素を相対化する考慮要素となる。

(2)に関しては複数政党の存在と両立する選挙制度の選択が必要となる。

(3)(ア)に関しては議院内閣制の下の議会の政権創出機能・政権継続機能の確保、(イ)については議会の政権監督機能・政権交代機能の確保、(ウ)については少数者等の代表の確保が、それぞれその他の要素を相対化する考慮要素となり、(エ)に関しては最多得票の候補者名簿(結合)に対し憲法改正その他憲法上の特別多数決に必要な議席を常に保障する選挙制度について、その選択を制限する要素となる。

VII 参議院定数訴訟に関する最高裁平成18年10月4日大法廷判決

多重型混合制である参議院選挙制度について、従来の日本の最高裁判例は、全国単位の比例代表選挙については投票価値に差異がないとし、専ら都道府県単位の選挙区選挙の定数配分規定の投票価値の格差について合憲性を審査してきた。この点で、最近の判決には、選挙区選挙と比例代表選挙を一体として双方の投票価値を合算して合憲性を判断すべきだとする補足意見が付されている。しかし、現在の参院議員選挙制度では、選挙区選挙と比例代表選挙は相互に別個独立の選挙であり、各選挙ごとに平等選挙原則に基づく合憲性の審査が要求されるべきである。

VIII 結語

平等選挙原則の概念を整理し、連続体仮説を導入すると、選挙制度の二元論の下で限定された立法裁量の範囲は飛躍的に拡大するが、平等選挙原則とは異なる諸考慮要素に基づく制約がある。合意形成モデルおよびウェストミンスターモデルという民主政の二つのモデルは、従来の選挙制度の二元論に相応するものとも考えられるが、むしろこれらはそれぞれ国家統治の全体的な枠組みのモデルを示すものであり、選挙制度設計上の立法目的としても機能しうると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

選挙制度は、伝統的に、各選挙区の多数派のみの代表が選出される多数代表制と少数派の代表をも選出可能とする少数代表制とに二分され、多数代表制としては小選挙区制が、少数代表制の中では、ヨーロッパで広く採用される比例代表制が主な研究対象とされてきた。ところが近年、多数代表制と比例代表制とを組み合わせた混合制の選挙制度(mixed or hybrid electoral system)が、第二次大戦後長くこの制度を採用してきたドイツにとどまらず、日本を含め、多くの国々へと普及するに至っている。

本論文は、混合制の選挙制度を採用するドイツ、イタリア、韓国、ニュージーランド等の制度を素材として、平等選挙原則がいかなる帰結を導くかを探究するものである。

本論文の長所としては以下の点を挙げることができる。第一に、従来、十分に検討されてきたとはいいがたい混合制の選挙制度について、広く海外の制度に素材を求め、そのさまざまな形態を詳細に紹介するとともに、平等原則が各制度の下でどのように理解されているかにつき綿密な検討を加えている。とくに、イタリア、韓国、ニュージーランドの選挙制度の紹介と検討は、その例が多くはないことから、今後の日本における混合制研究において参考とされることが予想される。著者が立法実務で培った選挙工学上の知見も、検討のさまざまな面で活用されている。

第二に、そうした比較制度から得られた知見を日本の制度にあてはめ、日本国憲法下での解釈論として生かしている点を挙げることができる。参議院定数不均衡問題に関する平成18年10月4日の大法廷判決に付された那須裁判官の補足意見に対する著者の批判的指摘――比例代表選出議員選挙が投票価値平等の要請を満足していることを根拠に、独立した別個の選挙である選挙区選出議員選挙の定数配分に関する立法府の裁量が拡大するとはいえない――は、相応の説得力を有するものと思われる。

もっとも、本論文にも短所がないわけではない。第一に、各国の判例、法制度等の紹介は丹念になされているものの、それらを全体として貫く体系的な分析という点で深みに欠けるところがあり、平板な論点の指摘にとどまっているかに見える点がある。第二に、文章表現にやや生硬さが散見され、著者の主張の明確な理解を困難にしている点がないわけではない。しかし、これらは本論文の価値を大きく損なうものとはいえない。

近年、広く採用されるにいたった混合制のさまざまな態様を紹介するとともに、平等選挙原則を中心に選挙制度の諸原則が混合制の下でいかに実現されるべきかを具体の諸制度を素材に詳細に検討する本論文の著者が、自立した研究者あるいはその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度な研究能力およびその基礎となる豊かな学識を備えていることは明らかであり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいものと判断される。

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