学位論文要旨



No 124071
著者(漢字) 坂根,徹
著者(英字)
著者(カナ) サカネ,トオル
標題(和) 調達行政の基本構造と国際調達行政
標題(洋)
報告番号 124071
報告番号 甲24071
学位授与日 2008.09.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第221号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,朗
 東京大学 教授 城山,英明
 東京大学 教授 飯田,敬輔
 東京大学 教授 川出,良枝
 東京大学 教授 中谷,和弘
内容要旨 要旨を表示する

調達行政は行政活動に必要または関連する物やサービスを、外部から購入その他の手段により確保し、使用できるように供給・管理する行政活動であり、政策実現や行財政管理上の重要なプロセスである。国際調達行政とは国際行政における調達行政であり、それについての包括的な研究はまだなされていない。本論文では、調達行政の基本構造を体系的に分析すると共に、国際調達行政の実際や特徴を明らかにすることを目的とした。

第1章では、行政学と公共調達研究における問題関心から(A)調達行政とはどのような行政であるのかと、国際行政学と国連システム研究における問題関心から(B)国際調達行政とはどのような行政であるのかという2点を基本的な研究課題に据え、実務や社会の要請も踏まえつつ本論文の趣旨を説明した。

先ず、(A)調達行政とはどのような行政であるのかについては、第2章において、調達行政の基本構造を、基本的な諸事項、組織的側面、実施プロセスの側面、行政外部の主体との関係の側面という4つの視角より体系的に論じた上で、調達行政は、財政管理、行政の執行の局面、行政への信頼確保、人事行政、ガバナンスの側面などの多岐にわたり、行政全体としても非常に重要な活動であると位置づけた。

基本的な諸事項に関しては、先ず、調達先や確保する手段が多様であり、確保のみならず供給・管理する段階まで含む点が重要である。調達行政の主要な目的・原則としては、行政ニーズの充足、効率性、公正性、調達を通した諸価値の実現という4つを挙げることができる。また、調達関連情報及び財政との関連性や、調達法規なども重要である。

組織的側面に関しては、先ず、調達政策形成と調達実施の組織について、集権・分権という分析軸や中央調達制度のあり方に即して検討した。その上で、不正行為の防止と対処のための仕組み、調達行政に関連する行政部局の役割、調達官など幅広く検討した。分権的構造においても、共同調達や代行調達などの機関間協力が可能なことは重要である。不正には、その種類・行為者に応じて予防、探知・発見、対処・制裁の全てに関して組織的な対応が必要である。調達行政には調達依頼、財政、人事、法務、電子情報化などの様々な行政部局が関係しており、総合的な行政である。調達行政を担う調達官の役割・人事・能力構築及びリソース問題は極めて重要である。

実施プロセスの側面に関しては、調達実施は単に入札など調達先選定段階だけでなく、調達計画の策定や業者登録などから契約の履行確保・紛争処理までにわたる一連のサイクルに視野を広げた。それらの各段階で裁量の程度が重要である。調達対象の確定では、制度化の程度や制度の厳格性・持続性を論点として挙げた。基本的な調達手法は、競争性の見地から、一般競争調達、制限競争調達、競争によらない調達という3つに区分できる。その他の調達手法に関しては、調達資金、調達単位、調達内容、調達実施手続き、調達先決定の評価など多面的工夫があり得る。政策的調達に関しては、地域的優遇・主体の属性に基づく優遇・調達内容が帯びる価値への優遇といった類型に整理できる。

行政外部の主体との関係の側面に関しては、調達行政が様々な外部主体との関係の上に成立している行政であるという点を明らかにした。先ず、政治家は立法機関である議会内での立法や調達改革へのコミットと同時に、議会外や時には行政の内部においても調達行政へ影響を及ぼす。司法や政府内の準司法機能や政府外のADR機能などは、調達をめぐる紛争処理や不正に対する処罰において影響を及ぼす。更に、市場・企業及びNGO・NPOなどは、調達先として不可欠な存在である。また、NGO・NPOや国民・住民は、調達行政に対するモニタリング機能も果たしている。

次に、(B)国際調達行政とはどのような行政であるのかについては、以上の4つの視角に加えて、国際調達行政の構造も踏まえて、第2章で分析枠組みを提示し、第3~5章において多面的・実証的に論じた。即ち、国際調達行政は、限られた財源で膨大なニーズに対処する必要があるため、国際行政の執行活動の実効性に大きく関っている。また、調達に係る不正に対処することを通して正当性にも影響が大きい。調達実施の主要オペレーション分野として、平和維持・人道援助・保健衛生・開発援助を選択した。また、個別機関の行政管理についても、総務間接的調達実施や調達改革などの点について論じた。更に、国際調達行政では様々な局面で機関間の協力や国家間を中心とした調和・相互規律・支援の取組みもなされており、これらについても対象とした。

第3章では、先ず国連システムの調達行政の概要について述べた後、平和維持に関して国連のPKOを、人道援助に関してWFPとUNHCRを、保健衛生に関してUNICEFとWHOを、開発援助に関して世界銀行を取り上げ、国際行政の主要オペレーション分野における調達行政を、2章で提示した分析視角に即して分析した。その結果、分野ごとの主要な特徴として以下の点を明らかにすることができた。

先ず平和維持活動に関しては、軍事的性格を持つ点や迅速性の要請が高いことが特徴である。そして、国連PKOにおいては、本部とミッション間や、本部の調達部局とPKO担当部局との間の役割分担についての組織的問題が存在している。また、国連は軍隊や武器を保有しないため、PKOの実施ではそれらを加盟国政府から確保・調達しており、外部主体として国家の役割が大きい。

次に人道援助分野では、迅速性の要請が高い。組織的特徴としては、緊急で迅速なオペレーションの必要に対応した権限配分と調達・ロジスティクス拠点の設置を挙げることができる。そして、実施プロセス面では、ロジスティクス関連の調達が重要である。また、外部主体に関しては、物資の配布などの支援サービスで特定の信頼できるNGOと、輸送等で特定の企業との密接な協力関係が重要である。

また保健衛生分野では、安全性・品質の問題が重要である。これを反映して、集中調達制度など調達の集権的管理が組織面の大きな特徴である。そして、実施プロセス面では、調達品の基準認証などによる調達先の限定が行われている。また、外部主体に関しては、安価で良質な医薬品・ワクチン・蚊帳等を如何に安定的に供給するかが重要であるため、供給企業との関係が極めて重要である。

最後に開発援助分野に関しては、大規模・長期で複雑なプロジェクト管理が求められる。世界銀行は、調達の管理・監督を通して、外部主体としても特に重要な借入国政府・事業実施主体の調達実施をコントロールし、政策支援も担っている。そして、実施プロセス面では、借入国・事業実施主体に対して調達実施能力の審査を行い、個別プロジェクトや調達の内容・金額に応じて、調達手法を具体的に規定していることが大きな特徴である。

このように、分野ごとに顕著な特徴を指摘できるが、他方、複数の分野横断的な特徴や課題を抽出することもできた。具体的には、現場と本部との地理的な「距離」の克服、「迅速性」の強い要請、「高度な信頼性」を保つことへの強い要請、「効率性」実現の強い必要性、分権的な状況下での「多様な主体との関係の重要性」、「調達先の多様性」、調達行政を巡っての主に政府間の「政治性」という7点を挙げることができる。

第4章では、国連を例に、個別機関の内部行政管理における調達行政を分析した。

先ず、総務間接的部門の調達では、オフィスの建設に関わる調達、IT調達、アウトソーシングなどが重要である。これらの調達は機関の維持運営自体に不可欠であり、分野・機関・主体横断的に見られる。そのため、特にロケーションが同一の機関間の協力が有効である。

また、国連では、事務局改革の一環として調達改革が取り上げられており、調達行政の位置付けが大きい。調達改革には、不祥事や各国リーダーの思惑などの政治的な影響が投影される傾向が多分にあり、機関にとって敏感な問題になりやすい。

第5章では、機関・国家間の協力や調和・相互規律・支援を分析した。ここでは、国際機関に加えて先進国や途上国といった国家も主要なアクターとなっていることが前2章とは対照的である。

先ず、国連システムを取り上げ、機関間協力のメカニズムの発達の分析を行った。その結果、分権的な状況下にも拘らず、調達政策の調整、監査・査察、調達手続き調整、代行調達、ロケーションごとの共同調達や共同利用、ロジスティクス等に関して多面的な協力がなされ、実際に機能していることが分かった。監査・査察など一部を除き、これらのメカニズムは、理事会・総会など政治主導によるものではなく、実務の必要性に応じて推進されたものであり、事務レベルで自律的に管理されているものが多い点に特徴がある。

次に、国家間を中心とした調和・相互規律・支援のための取組みに関する分析を行った。その結果、取組みのフォーラムは単一ではなく複数のものが併存している点、条約など法的な取組みに加えて行政的な取組みまでアプローチが幅広い点、国内調達行政の調達実施や時には公共調達制度自体にもインパクトを持つ取組みも多い点などが明らかになった。

最後に、第6章の「総括」では、本論文で設定した2つの基本的な研究課題(A)と(B)への回答をまとめるとともに、第1章で挙げた関連する4つの研究・学問分野並びに日本の調達行政及び外交という実務に対する本論文の含意をまとめ、今後の課題を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

調達行政は、行政活動に必要なまたは関連する物やサービスを、外部から購入その他の手段により確保し、使用できるように供給・管理する行政活動であり、様々な分野における政策実現や行財政管理のための重要なプロセスである。本論文は、このような調達行政の分析枠組を構築するとともに、そのような分析枠組を基礎に国際調達行政の実際と特徴を明らかにすることを目指したものである。

本論文には、以下の3つの長所があると考えられる。

第1に、行政学において未開拓であった調達行政という分野に正面から取り組んだ意義は大きい。調達行政については、ホワイトの古典的な行政論では組織論の観点から扱われ、近年では、行政サービスのアウトソーシングなどの文脈で断片的に論じられているが、調達行政の全体像を把握しようとした研究は従来存在しなかった。

第2に、本論文第2章では、調達行政の分析次元を、行政学的観点から包括的に抽出している。その際、国内外の理論的研究だけではなく、イギリス、アメリカ、日本を中心とする各国の調達制度とその実施、国連システムを中心とする国際行政に関する調達制度とその実施を同時に視野に入れることにより、射程の広い分析枠組を提示できている。例えば、調達行政を「ものやサービスを、外部からの購入その他の手段により確保し、使用できるように供給・管理する行政活動」と定義して、調達行政における「使用できるように」する局面に注目したこと、調達行政における目的が行政ニーズの充足、効率性、公正性、諸価値の推進など複数存在し、それらのバランスを確保することの重要性を明らかにしたこと、調達実施プロセスを、入札など調達先選定段階だけではなく、調達計画策定や業者登録などから計画の履行確保・紛争処理までにわたる一連のサイクルと把握したことなどは、本論文の重要な貢献である。

第3に、国際行政のオペレーションに関して、調達行政の観点から実態の把握を行い、国際行政の実効性を規定する要因を明らかにしている。本論文第3章では、国際調達行政の規模等全体像の推移を明らかにするとともに、国際行政における主要なオペレーションの分野である平和維持活動、人道援助活動、保健衛生活動、開発援助活動を取りあげ、第2章で提示した分析枠組に即して、広範な資料収集とインタビュー調査に基づき、包括的に実態の分析を行っている。例えば、平和維持活動における加盟国、特に発展途上国からの部隊調達のあり方、人道援助活動における迅速性の要請に対応した輸送・配分に関するロジスティクス関連調達のあり方への着目は、国際行政活動の実効性を規定する主要な要因の指摘として重要である。また、第4章、第5章では、国際連合事務局、国際行政の全体構造における調達行政の位相を明らかにしている。

しかしながら、本論文にも、短所がないわけではない。

第1に、本論文では、第2章で調達行政一般に関する分析を行った上で、第3章以降において詳細に国際調達行政の運用事例の分析を行い、これらの2つの分析を踏まえて国際調達行政の特質の整理を試みているが、この国際調達行政の特質の整理には必ずしも明解でない部分がある。これは、先行業績が限られており、対象が非常に複雑であることにもよると思われるが、今後の更なる整理が期待される。

第2に、本論文で詳細な分析対象とされた平和維持活動、人道援助活動、保健衛生活動、開発援助活動に関する国際調達行政の側面からの分析は、調達部門と実施部門との緊張関係が必ずしも十分描かれていないこともあり、やや平板に感じられる面がある。また、これらの諸活動を調達行政の観点から分析することにより、従来からの国際政治的観点や国際法的観点からは明らかでなかったどのような面が見えてくるのかという含意が明示化されれば、より魅力的な分析となったと思われる。

第3に、本論文第3章から第5章の国際調達行政に関する実証的分析は、多くを関係国際機関の資料とともに広範なインタビューに基づいているが、インタビューの方式・目的に関する整理がやや不足している。

しかし、これらの短所は、国際調達行政を主たる素材として調達行政という新たな研究領域を開拓している本論文の価値を損なうものではない。以上から、本論文は、その著者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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