No | 124082 | |
著者(漢字) | 辰巳,創一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タツミ,ソウイチ | |
標題(和) | 粉体系の動力学と不安定性に関する実験的研究 | |
標題(洋) | Experimental Study of Dynamics and Instabilities in Granular Systems | |
報告番号 | 124082 | |
報告番号 | 甲24082 | |
学位授与日 | 2008.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5264号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 粉体は,人間が日常扱うもののうちで水に次いで常に接するもの,というように言われる.しかし,その身近さに比して,私達が粉体について理解している事はさほど多くは無い.本博士論文は,そうした粉体の性質のうち,動的な側面に光を当て,新たな知見を模索したものである. 粉体の動的な側面, と一括りにはしてみたが,指し示す対象は余りにも広い.わずかな動きのみが存在するような粉体系と,激しく動き回っている粉体系では,その性質は定性的に大きく食い違う.だがしかし,その一方で,そうした粉体たちをどのように定式化すべきか,といった研究も実は数少ないのも事実である.本博士論文は,粉体自身の持つ大きさと,巨視的な物理量の競合の検証(第2章),激しく動き回る粉体の統計性と,外部から印加されるエネルギーに立脚した分類(第3章),高密度に充填された粉体系の不安定性と,遅い緩和現象,の3つの柱からなる. それぞれ,概説すると,第2章において,本論文では,粉体の特質である個別性に着目した.それぞれの粉体はそれ自身,明確に定義された大きさを持ち,それが故に巨視的な物理に影響を及ぼす.こうした物理描像は容易に想像がつく事ではあるが,それが如何様に発揮されるかについては,必ずしも自明ではない.本論文においては,摩擦現象に良く見られる,Stick-Slipという周期運動に着目し,さらに"粉体上の転がり"という問題について考察することで,粉体の大きさと摩擦という巨視的な物理量が直接的に関わっていることを見出すことが出来た.具体的には,それはStick-Slipの周期-非周期転移という形で現れ, Stick-Slipの持つ典型的な長さと粉体の大きさが競合を起こすときに,非周期転移を起こす,という形で直接的に関わっている様を明確に出来ている. 次に第3章においては,高速で運動する粉体気体-粉体ガス-の動力学について理想系を構築して調べる,という研究を行った.こうした粉体ガス系は外部励起のあるなしで,定常粉体ガス,冷却粉体ガスの2つに大別されるが,前者については,その統計性と外部励起の相関について不明であったこと,後者については理想的な実験が存在しなかったことが大きな課題として残っていた.本博士論文ではそれらの課題に対して,前者については,熱化指数,として定義した新たな物理量を導入し,それを通じて統一的に系の統計性を理解することに成功している.一方,後者については,今まで理想化を妨げてきた重力を,放物飛行による微少重力実験を通じて取り除き,理想的な実験を遂行することに成功した.こうして得られた結果は全体を通じて,系における励起を如何に正しく取り扱うのかが非常に重要であることを示しており,粉体気体の統計則を今後議論するに当たって非常に重要な結果となっている. 最後に,第4章においては,高密度充填系の動力学について調べた.こうした高密度充填系の粉体の動力学はガラス転移への類似性から盛んに研究されるようになっているが,実際に測定している量は,粉体系にのみ適用可能な量にとどまっている.その理由はそもそも重要な物理量として提案されているのが,相関関数の相関関数のような,小さい量であったり,局所的な構造を見る事で初めて明確になるようなものである点にあった.そうした事情から,他の物理系でも適用可能な,新しい立場からの解析手法の確立が要とされていた. そうした目的を達成するために,そもそも系の局所性が肝要な物理系であることが示唆されているので,直接的に系の局所性に着目するような手法を導入し,それを通じて系の性質を探ることを行った.すると,やはり高充填の条件下において,遅い緩和現象が観察できることが示され,この現象の普遍性を強く示すことになった.また,導入した物理量についても系の動的な非一様性をある程度浮き彫りに出来る事がわかり,こうした高密度に充填された系の理解に重要な知見を与えることが出来たと考えている. 最後に,全体を通して,粉体という分野として明確に確立したとは言い難い系において,その動力学を横断的に研究することが出来,その知見が"粉体系"について,より高いレベルの精密化を達成する重要な手助けを与えることが出来たのではないかと考えている. | |
審査要旨 | 本論文は5章および付録AとBからなる。第1章はイントロダクションであり、粉体研究の歴史に始まり、粉体の特徴について詳しく述べられている。粉体はその定義自身が難しい対象であるが、"長距離相互作用が無視でき、統計的な扱いが可能な系"として、その具体的なサイズと数が示されている。さらに、一般の物質の三態(気体、液体、固体)に対応する"粉体の三態"、および一般のガラス状態に対応する"Jamming状態"についても解説されている。このような粉体に対する一般的な解説はこれまでほとんどなく、このイントロダクションは有意義である。 第2章は粉体上の円盤の転がりについての結果である。本論文においては、異なるサイズの粉体上で速度を変えて円盤を引っ張る実験を行い(時間に対する引っ張り応力を観測)、その結果を摩擦現象でよく見られるStick-Slipという周期運動に着目して解析している。その結果、粉体のサイズが大きくなると、あるところで急速(転移現象的)に周期性が失われることが示された。このように、粉体の大きさと摩擦という巨視的な物理量が直接関わっていることが明確に見いだされたのは初めてであり、高く評価できる結果である。 第3章は高速で運動する粉体(粉体ガス)に関する結果である。粉体ガス系は外部励起が有るか無いかで、定常粉体ガスと冷却粉体ガスに大別される。この2つは統計的に明確に異なっており、理論的に前者は速度分布関数f(c)∝exp(-αcβ)においてβ=3/2、後者はβ=1となる。定常粉体ガスについては、これまで相当数の実験が行われてきたにもかかわらず、系の統計性と外部励起の相関については不明であった。本論文では、2種類のガラスセル(水平型と垂直型)とジルコニアビーズを用いた加振実験を行った。そのデータを熱化指数Ken(加振時間と平均衝突時間の比)という新たなパラメータを導入して解析した結果、Ken<1でβ=3/2が明確に示された。冷却粉体ガスについては、これまで重力のため理想的な実験が存在しなかったが、本論文では放物飛行による微少重力実験を行い、β=1を明確に示した。また、クラスター係数という新しいパラメータを導入し、系の非一様性に対する議論も行っている。このように、第3章は精密な実験(特に微少重力実験)、熱化指数やクラスター係数という新しいパラメータの導入など、非常に独創性に富んだものであり高く評価できる。 第4章は、粉体ガスを圧縮してできた高密度充填系のダイナミクスの結果である。この章においても第3章と同様の装置を用いた加振実験を行った。また、様々なWindowのGaussian Filterを用いて局所的な密度を計算し、その時間発展を見ることで、空間スケールを変化させながら密度密度時間相関関数を得る手法を開発した。以上のような解析を行うことで、高充填条件下では、遅い緩和が観測され、それが系の不均一性と結びついていることが明らかになった。今回の解析方法が一般的な計算機シミュレーション(MD法)で用いる中間散乱関数S(Q,t)の計算方法とどのように関係するかなど、まだ課題も多いが、非一様系のダイナミクスを解析する方法の枠組みがこの研究により得られたと評価できる。今後、実際の分子系の過冷却液体のダイナミクスやガラス転移とどのような類似性が見られるか、またそれらの現象を支配する基本的な法則は何かなどの研究に結びついていくと期待される。 以上に述べたように、本論文は、粉体という未だ未開拓の研究対象において、実験結果の新規性、解析手法の独創性などに非常に優れており、十分に博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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