No | 124084 | |
著者(漢字) | 久保,泰 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クボ,タイ | |
標題(和) | 足跡化石から推測される陸棲四肢動物の姿勢進化 | |
標題(洋) | Limb posture evolution in terrestrial tetrapods inferred from trackways | |
報告番号 | 124084 | |
報告番号 | 甲24084 | |
学位授与日 | 2008.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5266号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 陸棲四肢動物の歩行様式は,現在のトカゲやサンショウウオのような体幹の側方に肢が向いている這い歩き型と,哺乳類や鳥類のように体幹の下に肢が向く直立型に分けられる.体骨格を用いた先行研究から,這い歩き型の動物から直立型の動物が進化したのは,哺乳類の系統の獣弓類ではペルム紀中期から三畳紀後期にかけて,またワニや恐竜の系統である主竜類では三畳紀前期から三畳紀後期にかけてであったと考えられている.直立型の姿勢を持つ主竜類の仲間である恐竜は,三畳紀後期に大型四肢動物相で優勢になった.その後の大型四肢動物相では,中生代と新生代を通じて恐竜や哺乳類などの直立型の四肢動物が優勢であった. 従来の姿勢進化の研究は体化石に基づくものがほとんどであった.しかし,直立型の姿勢を獲得した分類群が適応放散し,四肢動物相で重要な位置を占めるようになる経緯は,足跡化石記録にも反映されているはずである.そこで本研究では,足跡化石を用いてペルム紀から三畳紀にかけての四肢動物の姿勢進化の詳細を解明することを目指した. そのための基礎研究として,上野動物園で爬虫類8種(ワニ3種,トカゲ5種)を歩かせ,その足跡を採集した.同時に歩行の様子を撮影し動画解析を行った.得られたワニの足跡を用いて,ワニと翼竜のどちらが形成したのか議論のある化石足跡のPteraichnusについての研究を行った.従来ワニの足跡とPteraichnusの形態の差は,歩き方の差に起因すると考えられていた.ワニは這い歩き,歩行,走行などの様々な歩き方を用いることが知られている,しかしながら先行研究では歩行時の足跡しか記載されていなかった.そこで様々な歩き方によるワニの足跡を採集し,Pteraichnusに類似した足跡が得られるかを検証した.その結果,Pteraichnusとワニの足跡の相違は歩き方では説明出来ないこと,そのためワニ以外の生物がPteraichnusの形成者である可能性が高いことが示された. 姿勢進化の研究で足跡化石が重視されてこなかったのは,足跡から姿勢が推定できるのか明らかにできなかったためである.これまでの研究では,三つの連続した足跡を結んだ角度である"歩角"は,足跡の形成者の姿勢の指標として提唱されていた.しかし,現生生物を用いて実際に姿勢と歩角の関係を調べた研究はなかった.そこで本研究では,爬虫類8種の歩行から得られた歩角と実際の動物の姿勢の関係を動画の解析を用いて調べた.回帰分析の結果,歩角と姿勢の間には有意な負の相関が見られた.このことから,歩角が大きければ姿勢が直立型に近いということが示され,歩角が姿勢の指標になることが明らかとなった(図1). この結果に基づき,ペルム紀と三畳紀の四肢動物の連続歩行跡化石の歩角データ(n=395)の分析を行った.その結果,ペルム紀の間は大きな変化は無く,三畳紀前期に動物相の中で直立型が優勢になったことがわかった.また,三畳紀中期や三畳紀後期になると動物相の這い歩き型の比率がさらに下がり,より直立型が卓越した動物相になることが示された.しかし,ペルム紀から三畳紀を通じての最大の変化は三畳紀前期に起きていた(図2).各連続歩行跡の記載論文に基づいて,歩行跡の形成者を主竜類,獣弓類とそれ以外にカテゴリー分けした結果,直立型を示す連続歩行化石は,主に主竜類,それに次いで獣弓類によって形成されたことが分かった.また主竜類の中で三畳紀前期から直立型が登場し,彼らの姿勢は三畳紀を通じてあまり変化しなかったことが示唆された. これらの結果は,従来の体化石を用いた研究から類推されていた三畳紀に直立型の動物が漸進的に増えていき,三畳紀後期に恐竜に代表される直立型の生物が優勢な動物相になったという推測を覆すものである.体化石の化石記録は,Anisianの主竜類のように記録がほぼない時期がある.またペルム紀中期から三畳紀前期の化石は,ほとんどが南アフリカのもので地域的に大きな偏りがある.本研究で示された足跡化石による姿勢進化のシナリオは体化石に基づくものに比べより多くのサンプルを用いており,より信頼性が高いと結論づけられる. 図1:歩角と姿勢の指標である大腿外観角度との関係.グラフ中の線は内側から外側に向かって∧回帰直線信頼区間,予測区間を示す 図2:ペルム紀一三畳紀め:足跡φ歩角の変遷大きな変化がペルム紀後期と三畳紀前期の間で起きた。 | |
審査要旨 | 本論文は陸棲四肢動物の足跡化石のデータを定量的に扱うことにより,中生代三畳紀初期に起きたと考えられる陸棲四肢動物の姿勢変化を明らかにしたものである.従来,骨化石形態に基づいた陸棲四肢動物の姿勢変化は多く議論されていたが,本論文は直接的な行動の痕跡である足跡化石に着目して姿勢変化を初めて考察した,独創的なものである. 本論文は5章からなる.第1章はこの論文全体のイントロダクションであり,本論文の構成と古生物学的な意義が説明されている.第2章は,過去の関連する研究をレビューし,本論文の目的を示している.陸棲四肢動物の姿勢復元に関する従来の論文はそのほとんどが骨形態に基づくもので,その結果によれば,特にTherapsidaとArchosaurs類の系統で三畳紀の中期から後期にかけて「はい歩き型」の姿勢から「直立歩行型」の姿勢への移行がみられることが指摘されてきた.しかしこれらの化石記録は地理的,時代的に偏りがあり,三畳紀初期のTherapsida多くの記録は南アフリカからのみ得られているのに対し,その他の産地の物は少数で,全体的な傾向を把握するためには不十分であることを本章は指摘している. 第3章では,ワニ類と翼竜のどちらが形成したのかについて議論のある,化石足跡Pteraichnusについて,現生のワニ類の足跡と比較することによりその形成者に関する議論を行っている.ワニ類は這い歩き,歩行,走行など様々な歩き方をすることが知られているが,足跡に関する先行研究では,歩行時の足跡しか記載されていなかった.そこで上野動物園で3種類のワニ類の行動を観察し,その足跡を記録してPteraichnusと比較を行っている.その結果,両者の指の数の相違(Pteraichnusでは前足が3本指であるのに対し現生ワニ類では5本の指の跡が見られる),現生ワニの足跡では尻尾の引きずり跡が見られるのに対しPteraichnusではこれが見られないこと,Pteraichnusでは通常は前足の幅が後ろ足の幅をはみ出しているのに対し現生ワニの足跡ではこのような特徴は見られないことなど)から,Pteraichnusはワニ類の足跡ではない可能性が高いことを示した. 第4章では,四肢動物の足跡からその動物の姿勢を推定する方法を開発している.四肢動物の三つの連続した足跡を結んだ角度である歩角と,実際の動物の姿勢の関係を,上野動物園で3種類のワニと5種類のトカゲで調べた.これらの動物の行動を真上から撮影された動画を解析することにより,その歩角と支持脚大腿外転角度との間に有意な負の相関が見られ,大きな歩角を持つ四肢動物は直立歩行をしている可能性が高いことが示された. 第5章では,第4章で得られた関係を用い,ペルム紀,三畳紀の四肢動物の歩行跡化石の歩角データ(n=395)の分析を行っている.この結果,ペルム紀前期,ペルム紀後期の四肢動物の歩角は概して小さく,這い歩き型の四肢動物が主体であったこと,三畳紀前期に直立型のものが優勢になったこと,そして三畳紀中期,同後期になるとさらに這い歩き型の比率がさらに下がり直立型の卓越した動物相になることが示された.つまり,足跡化石に基づくと,四肢動物の生息姿勢の大きな変化は三畳紀初期に起きていていたことが示された.また,足跡化石の形成者を主竜累,獣弓類,それ以外と分類した結果,直立型を示す足跡化石は主に主竜類,続いて獣弓類によって形成されたことが分かった.さらに主竜類の中では三畳紀前期から直立型が登場し,その姿勢は三畳紀を通して大きくは変化しなかったことが示唆された.これらの結果,今までの体化石に基づく四肢動物の姿勢変化の見方,すなわち三畳紀に直立型の動物が漸進的に増加し,三畳紀後期に恐竜類に代表される直立型の四肢動物が優勢な動物相になったという従来の見方に変更を求める結論がもたらされた. 第6章は本論文の結論と将来への展望について記している.従来注目されてこなかった足跡化石から四肢動物の姿勢復元が行えること,その裏付けとなる現生四肢動物の体化石からの結果とは異なる結果が得られたこと,しかし体化石の化石記録が不十分であることを考えると,多くの足跡化石に基づく姿勢復元のデータは信頼性のあるものであることを示唆している. 以上のように,この研究は従来の四肢動物の体化石に基づいた姿勢復元とは異なる解釈を与え,今後の化石四肢動物の古生態学に大きな貢献をもたらすものである.審査委員全員はこの研究が今まで行われなかった材料を用い,新たな結果を提出している点を高く評価し,本論文が高い学術的な価値を持つものと判断した. したがって,博士(理学)の各位を授与できると認める. | |
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