No | 124087 | |
著者(漢字) | 鈴木,絢子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,アヤコ | |
標題(和) | 火星衝突クレーターにみられるDouble Layered Ejectaの形成過程 | |
標題(洋) | Formation process of Double Layered Ejecta of Martian impact craters based on experiments and areomorphological analysis | |
報告番号 | 124087 | |
報告番号 | 甲24087 | |
学位授与日 | 2008.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5269号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 衝突クレーターは、固体表面を持つ天体に普遍的に見られる表面地形であるが、地下や地表の情報も豊富に含んでいる。中でも火星クレーターは、月などの他の天体では観測されていない形状のエジェクタを持つことが知られている。その特徴的な地形から、エジェクタは何らかの要因で流動化を起こし、地面を這う重力流として堆積してできたと考えられている。流動化の発生機構は明らかになっていないものの、流動化を引き起こす要因として地表下にある揮発性物質(水や二酸化炭素)と大気の2つが有力視されている。このため、火星クレーターのエジェクタの形成過程を明らかにすることは、クレーターが形成された当時の火星の地表・大気環境を類推する手がかりとなる。 これまでの研究では、エジェクタの地形学的な解析を行い、その結果を直接クレーター形成当時の環境に読み替える研究が主流であった。しかし地形はあくまで結果に過ぎず、形成環境を制約するには隔たりが大きすぎる。形成環境によって形成プロセスが決まり、形成プロセスの結果として残るのが地形だからだ。そこで本研究では、形成プロセスの制約を目的として地形解析を行う。加えて、可能性のある形成プロセスをモデル化した室内流体実験を行い、その結果として得られた地形を検証する。このように、地形解析と室内実験を相補的に行うことによって、火星クレーターのエジェクタ形成過程の理解を深めようという研究はこれまでに例がない。これに伴い、本論文は大きく分けて2つのパートで構成されている。1つ目は、探査衛星が取得したデータを用いた解析、2つ目がモデルを用いた室内流体実験である。 本研究では、火星クレーターの中でも特にDouble Layered Ejecta (以下、DLE)と呼ばれるタイプのエジェクタに注目している。DLE はその名の通り、二重の連続的なエジェクタ(inner lobe / outer lobe)を持つ。Inner lobe は厚くて体積が集中しているように見え、終端は崖となっているのに対し、outer lobe は非常に薄く、終端ははっきりしない。DLE の2つのエジェクタは、1つのクレーターに付随するにもかかわらず、非常に異なる様相を呈している。これは1 回の衝突イベントで2回の異なる堆積過程が起こったと考えられ、ballistic なエジェクタ堆積過程では説明できない。またinner lobe 表面には細かい放射状の溝が無数に刻まれている。これらの溝はrim 近傍から始まり、inner lobe を超えてouter lobe の領域にまで達しているため、inner lobe の堆積後に放射状の流れがあり、それが放射状の溝とouter lobe を作ったと考えられる。 以上のことから我々は、outer lobe はinner lobe の表面を削りとるような高速の放射状の流れでできたのではないかと考えた。まず探査データの解析でこの考えの妥当性を検証する。さらにこの放射状流れを渦輪で模擬したモデルを用い、衛星データ解析で測定したエジェクタ体積と、室内流体実験で測定した渦輪による侵食体積の間に相似が成立するかを検証する。これらの研究を通してDLE の形成シナリオを描くことが、本研究の目的である。 火星探査衛星データの解析によるEjecta Mobility (EM)とouter lobe 体積の見積り:EM はクレーター直径で規格化したエジェクタの直径で、流れの流動度を表すパラメータである。EM が大きいほど、流れが流動化していたと考えられる。DLE が集中しているユートピア平原でDLE のEM を測定した。その測定結果は既存のモデル(エジェクタが放出されたときに持っていた運動エネルギーを流れの底面摩擦で散逸させるモデル)と非整合的であった。 エジェクタの体積も、堆積過程を理解するために重要なパラメータである。しかし、体積の見積りに必要不可欠な衝突前地形が観測不可能な量であるために、これまでエジェクタ体積の信頼性を評価できていなかった。そこで我々は、地質図とroughness 図を用いてエジェクタ体積の信頼性を評価する方法を考案した。この方法を用いて、エラーバーを含めた形でDLE の各エジェクタの体積を測定した。エラーバーを含めた形でエジェクタ体積を測定したのは本研究が初めてである。結果、outer lobe の体積はクレーター半径の2.26 乗に比例することがわかった。 渦輪が粒子層を侵食する系の室内流体実験:水槽(40cm×40cm×40cm)の底に敷き詰めたナイロンビーズと、水の渦輪の相互作用を観察する室内実験を行った。底部にオリフィスを持つシリンダーを一定速度で上昇させて渦輪を発生させ、粒子層との相互作用の様子やできた堆積物の形状をデジタルビデオカメラや高速ビデオカメラによって撮影して解析した。また、レーザー変位計とリニアアクチュエータを用いて、粒子層表面の高さを面的に測定する2次元スキャンシステムを開発した。この2次元スキャンシステムにより渦輪が粒子層を侵食した体積を定量的に測定することができた。 実験室と火星の比較と今後の展望:実験室と火星を比較するため、渦輪の循環を統一的なパラメータとして議論に用いる。火星では、エジェクタカーテンの後ろ側にできる渦輪の循環を見積もったモデルを用いた。すると、循環はクレーター半径の1.5乗に比例することがわかった。そのため、outer lobeの体積は循環の(1.51±0.30)乗に比例する。実験室では、Kelvinの公式により渦輪の並進速度と循環の関係が与えられる。これにより、実験室系で渦輪が粒子層の表面を侵食し、運搬した体積は、循環の(1.25±0.17)乗に比例することがわかった。 ベキ乗の値の比較から、大気のある天体への衝突現象によって引き起こされる渦輪は、outer lobe の形成プロセスとして可能性があることがわかった。本研究で用いた衝突によって引き起こされる渦輪のモデルでは、循環の強さはエジェクタカーテンの角度に依存する。大気圧や大気密度が高くなることや衝突地点の粘性が上がることでエジェクタカーテンの角度が大きくなることが知られている。循環がouter lobe の体積に比例する際の係数を詳細に検討できれば、outer lobe の体積から大気圧・大気密度・衝突地点の物性など、形成環境を議論できるようになるかもしれない。 Fig.1) DLE のinner lobe とouter lobe の体積 Fig.2) 実験室で、渦輪によって移動させられた体積 | |
審査要旨 | 本論文は6章からなり、火星で見られるDouble Layered Ejecta (DLE)のエジェクタ形成シナリオを提案している。第1章では、衝突過程のこれまでの理解を踏まえると、火星クレーターのエジェクタが他の惑星のそれと本質的に異なっており、火星の気水圏の進化を理解する上で重要な意味を持っていることを解説している。第2、第3章では Ejecta Mobility (EM)と呼ばれるパラメータおよびエジェクタの体積について探査衛星が取得したデータを用いて測定を行っている。第4章では渦輪と粒子層の相互作用に着目した室内実験を行っている。第5章では、渦輪の強さを表す「循環」をパラメータとして導入し、火星クレーターのエジェクタの体積と実験室内で測定した結果を比較し、DLEが大気の渦輪でできた可能性を示している。そして、結果に基づいてDLEの形成シナリオを提案している。最後に第6章で本論文の結論がまとめられている。 本論文の主目的は、DLEの形成過程について、観測結果を満足する形成シナリオを提唱することである。 大気渦輪の形成は、エジェクタの堆積に続いて一般的に起こると考えられている現象である。この大気の渦輪がエジェクタ地形に与える影響はこれまでにもSchultzやBarnouin-Jhaらによって検討されていたが、地形形成に最も直接的に寄与する渦輪と粒子層の相互作用の研究はなされていなかった。本研究では室内流体実験により、渦輪と粒子層の相互作用を詳細に観察し、渦輪の強さを意味する循環と渦輪が運搬する粒子体積の関係を求めている。 この結果は、DLE形成モデルの妥当性を検証するために本論文中で使われている。DLEは火星クレーターで最も多く見られるエジェクタタイプの一つで、近年特に注目を集めている。1回の衝突で2回の異なる堆積過程が起きたというDLEの最大の特徴は、既存のエジェクタ堆積モデルでは説明できない。そのため本論文では、大気のある天体に衝突が起こった際に一般的に発生すると考えられている渦輪がDLE形成に寄与しているとの仮説を立てた。この仮説を検証するために、エジェクタの体積を比較することを新しく提案している。さらに、火星探査衛星の取得データを用いて測定したエジェクタの体積と、前述の渦輪の循環と運搬された粒子体積の関係と比較し、DLE形成に大気の渦輪が大きく寄与していると結論づけている。 本研究では、上の2点を実現するため、以下2点の手法を考案している。1) エジェクタの新しい体積測定法。現在の地形高度から衝突前の地形高度の差をエジェクタ面積で積分すると体積になるが、衝突前の地形高度は原理的に測定不可能な量であり、周囲の地形高度から内挿して通常は求める。従来の研究では、衝突前の地形高度の推定誤差をきちんと見積もっていないために、求めた体積の信頼性が不十分であった。そこで本研究では、推定誤差は主に地形粗度と被推定領域サイズに依存すると考え、地形粗度図上で領域を区切ることと、地形高度が既知の領域で内挿法をテストすることにより、衝突前の地形高度の推定誤差を求める方法を提案している。これにより、測定した体積の値に誤差を含めることが可能になり、値の信頼性を評価が可能となった。2)渦輪と粒子層の相互作用を詳細に観察するための方法。従来の研究では、大気中の標的に弾丸を打ち込む方法が主に使われていたが、現象が速いためや飛び出したエジェクタが視界を遮るために、渦輪と粒子層の相互作用の観察が困難であった。本研究では、水槽の中に水の渦輪を作り底に敷き詰めた粒子と相互作用させるという手法を用いた。これによって現象のタイムスケールを遅くすることができ、渦輪と粒子層の相互作用を詳細に観察できるようになった。また、地形形成に重要な粒子運搬に関する2つの無次元数(レイノルズ数とシールズ数)が、火星クレーターで実現されると考えられる値と同じ範囲にあり、粒子の運搬を考える上では、実験室でも火星条件の再現に成功している。 本研究で対象としているDLEは火星クレーターのエジェクタの中で最も特徴的なタイプであり、DLEの形成過程を明らかにすることが他のタイプのエジェクタ形成過程を理解するための第一歩である。クレーターは地表面状態を調査するための良い指標である。エジェクタの形成過程が明らかになれば、エジェクタ分布を用いて火星の過去の気候変動を制約することができるようになる。この意味において本研究は非常に重要であるといえる。 なお本論文の第2、3、5章はDavid Baratoux氏と、第2~5章は栗田敬氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ解析・実験・考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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