学位論文要旨



No 124097
著者(漢字) サティパラン,ナバラトナラジャ
著者(英字) SATHIPARAN,NAVARATNARAJAH
著者(カナ) サティパラン,ナバラトナラジャ
標題(和) 耐震性の低い組積造住宅のPPバンドメッシュを用いた耐震補強に関する実験的研究
標題(洋) Experimental Study on PP-Band Mesh Seismic Retrofitting for Low Earthquake Resistant Masonry Houses
報告番号 124097
報告番号 甲24097
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博士第6866号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 教授 中埜,良昭
内容要旨 要旨を表示する

要旨

レンガ(焼成レンガと日干しレンガ)や石、ブロックなどを積み上げて建設される組積造住宅の歴史は長く、古来より現在にいたるまで、途上国を中心として世界中で広く利用されている。断熱性や保温性に優れていることも、季節や時間によって気温が大きく変動する乾燥地帯などで広く利用される理由になっている。組積造住宅は施工が容易なことから、住民自らの手によって、それぞれの地域で入手可能な材料を用いて建設されることが多い。

コンクリートのフレーム構造に組積壁を積み上げるような構造までを含めると、現在でも世界の総人口の約60%が組積造の建物に住んでおり、特に途上国においてその傾向が強い。耐震対策を施されていない組積造住宅は、地震に対して非常に脆弱であるために、過去に世界中の多くの地震災害において、犠牲者を生み出す主因となってきた。さらに組積造建物が脆性的に崩壊すること、細かい要素から建設されているので崩壊時に人間が逃げ込め生存空間が形成されにくいことから、被害率が同程度でも死傷者率が高くなる特徴もある。

このような理由を背景に、組積造住宅の崩壊が世界規模で地震被害を見た場合の犠牲者の死因のトップになっており、これが20世紀中の地震による犠牲者の70~75%を占めている。組積造の代表的な構造としては、日干しレンガ(アドベという)造、石造、練り土造、焼成レンガ造、コンクリートブロック造などがあり、いずれも地震動で脆性的な破壊挙動を伴う大きな被害を受ける。そしてこの種の構造物の被害の特徴を分析すると崩壊パターンは類似している。泥モルタル・セメントモルタルの接着力不足やモルタルそのものの欠如によって、組積壁及び壁と屋根との接合部分のブロックが個々に分解し、あるいはひび割れが生じ、結果として一体性を失った組積壁が崩壊を起こし、結果として屋根の落下を引き起こす。すでに説明したように多くの場合、崩壊は瞬時に起こるため、建物内の人間は脱出する間もなく落下物によって負傷し、あるいは死に追いやられる。

世界中どこでも起こり得る組積造の地震被害を減少させるためには、既存組積造建物の耐震性を向上させる方法を研究し、具体的な耐震補強法を提案することが重要である。さらに組積造向けの耐震補強法を提案する上では、地震多発地域に住んでいる人々の多くが経済的に恵まれていない貧困層であることを考慮する必要がある。これまでにも多くの耐震補強法が提案されてきたが、それらは主に先進国向けの方法であり、途上国の貧困層には適していない。

既存の組積造向け耐震補強法の多くは記念碑的建物を対象としていた。このような耐震補強法では、人口集中地域から離れた場所においては、補強材料の調達が地域的・経済的に難しかったり、補強を実施するにあたってかなり高い施工技術を要求するものがほとんどである。これらは本研究のテーマのような問題を解決するのに相応しくない。途上国における耐震補強法は建物構造上の強度及び適応性のみならず、生産及び運搬過程のコストを含んだ補強材料の調達可能性、施工の実現性、さらには地域ごとの耐久性に対応する必要がある。以上をまとめると、組積造向けの耐震補強法は以下の点に配慮する必要がある。

・材料のアベイラビリティ

用いる材料は現地で安価に入手できること。しかもその材料が耐震補強を行ううえで優れた材料特性を有していること。

・技術的アプリカビリティ

提案する耐震補強法は、現地の家屋のデザインや構造に対して適用できるものでなければならない。耐震補強工事のために建物を大幅に改修するのはコストがかかり、現実的ではない。従って、もとの家屋のデザインや構造にほとんど影響を与えない耐震補強法であることが望ましい。

・文化的・生活様式的アクセプタビリティ

現地で長い間用いられてきた建築上のデザイン様式や構造様式に合わない耐震補強法は、受け容れられ難い。多くの国では、一般的に家屋の建築様式は宗教や伝統、イデオロギーによって規定される。従って、耐震補強法は現地の家屋のデザインに対する適用性を考慮しなければならない。

・経済的アクセプタビリティ

途上国に耐震補強を導入する場合、住人の経済力で賄える程度のコストで実施可能な耐震補強法でなければならない。

途上国における地震による人的被害軽減のための組積造向け耐震補強法の持つこれらの諸問題を踏まえて、東京大学生産技術研究所目黒研究室では技術的・経済的に実現可能なPP-band(ポリプロピレン製バンド)を用いた耐震補強法が開発された。PP-bandは一般的に荷造り用の紐として用いられている。PP-bandを用いた耐震補強法が他の耐震補強法に比べて優れている点は以下の通りである。

・材料が安価である。

・材料が科学的に非常に安定であり、強度も高い。

・材料が軽く、山間部などへも容易に運搬できる。

・補強実施によって与える影響が少なく、様々な地域特性に対して使用できる。

・文化・慣習のため現地の人々に広く用いられている泥土製の家屋に対しても利用できる。

PP-bandを用いた耐震補強法は、上記のような組積造の脆弱性を安価で簡易に補強する技術となっている。

技術的なアプローチだけでは耐震補強を促進させることはできないことが過去の経験からわかっている。補強費が安ければ人々にインセンティブを与えることはできるが、もし彼らの地震に対する意識が低ければ、家屋を補強することはない。耐震補強の必要が切迫であることを理解させるには、耐震補強の持つ効果を人々に理解してもらうための活動が必要である。具体的には、PP-bandを用いた耐震補強による効果を実験と数値解析によって示すのが効果的と思われる。また組積造向けの耐震補強法の設計・実施のガイドラインの作成に際しては、現地の家屋に対する適用性に十分配慮することが望ましい。

以上のような組積造を取り巻く環境を踏まえて上で、本研究は途上国における組積造向けの耐震補強を実施するシステムを開発し、将来の地震による人的被害を最小限に抑えることに貢献することを最終目的とする大きな研究プロジェクトの一部として位置づけられる。研究全体としては、次に説明するような5つの課題から構成されている。

I) 組積造に対するPP-bandを用いた耐震補強による補強効果の実験的検証

II) 補強無し・補強済み組積造の数値ツールの開発

III) 組積造に対するPP-bandを用いた耐震補強による補強効果のパラメータ解析

IV) 組積造向け耐震補強の設計・実施に対するガイドラインの作成

V) PP-bandを用いた耐震補強による耐震補強の推進制度の提案

課題Iは提案耐震補強法の適合性を検証するための実験を設計・計画することを目的とするものである。これらの実験は、将来数値モデルによるキャリブレーションを行う際に用いるデータの収集も兼ねている。課題IIは、補強無し・補強済み組積造の分析を行うための数値ツールの作成を目的とする。また、提案耐震補強法の最適化を図ることも兼ねている。数値解析の精度を確認するため、課題Iの実験データを用いる。課題IIIは、提案耐震補強法による補強済み組積造のシミュレーションを目的とする。課題IIで開発された数値ツールを摩擦係数、モルタルの厚さ、ブロックとモルタルの非線形変動のパラメータ解析に用いる。課題IVは、組積造向け耐震補強法の設計・実施のためのガイドラインの作成を目的とする。既述の数値ツールが重要な役割を果たす。最後に、課題Vは、これらのステップが実際に実施されたかをチェックことを目的とする。本研究は主に課題IとIIIを取り扱っている。

本研究の主目的は、提案耐震補強法の適用性を実験により検証することである。また、数値モデルの精度確認のための実験データを収集することも兼ねている。この実験は2つの部分からなる:斜め方向のせん断試験に対するパラメータ解析と振動台実験である。前者は提案耐震補強法の適用性を様々な条件で検証する。パラメータ解析はさらに3つの部分からなる:

・PP-bandメッシュ幅の効果

・PP-bandメッシュと組積壁との付着状況の効果

・PP-bandを用いた耐震補強済み建物に対する表面接着剤の効果

後者は振動台実験である。振動台実験は、提案耐震補強による補強済み組積造と補強無し組積造の動的応答を理解し、ひび割れパターン、崩壊挙動及び種々の補強効果を比較検討することを目的とする。世界的に広く用いられている2つの構造がこの実験では用いている。ひとつは箱型構造に木製屋根がついたもので、もうひとつは箱型構造にアーチ型屋根がついたものである。

本研究では、これらの一連の実験から、適切なメッシュの量の決定、メッシュ装着時の注意事項、泥やセメントモルタルなどの表面被覆材の耐震性与え影響などを議論しまとめた。さらにPP-バンドメッシュ工法で適切に補強した組積壁が面内・面外変形試験の両方で、強度的に数倍、変形能は40~50倍以上向上できることを確認した。またその結果として、世界で最も地震に弱い組積造建物が日本気象庁震度階6+の激しい揺れでも崩壊しないほどの耐震性を持たすことができることも確認した。

以上のような性能を有しているにもかかわらず、PP-バンドメッシュ工法は技術的に簡便で価格も非常に安価(典型的な1階建て住家床面積73平米で30米ドル程度)なことから、途上国をはじめとする多くの地震国の将来の被害を大幅に軽減するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

世界規模で地震災害を見た場合、犠牲者の7割は、石やレンガ、ブロックなどを積み上げた構造物(これらを総称して組積造と呼ぶ)の崩壊によって発生している。また組積造は、中国やインド、中東や中南米など、世界の地震多発帯の主要構造物(世界の人口の約6割が住む)であるために、これらの建物の耐震性の向上は世界の地震被害を軽減する上で最重要課題といえる。また組積造の多くは、現地の人々が現地で入手できる材料を使って、自分たちの手で建設するいわゆるノン・エンジニヤード(Non-Engineered、以下ではNon-Eという)構造物であるため、その強度や耐震性は耐震基準の有無やその良し悪しとは無関係である。ゆえにNon-E建物の耐震補強法は現地で入手できる材料や簡単な技術で安価に実施でき、しかも現地の人々の生活習慣上許容されるものでなくてはいけない。

そこで本研究は、以下で説明する6章から構成されている研究論文として、組積造の地震被害による犠牲者の軽減を最終目標に、これを実現するための安価で効果的な耐震補強法に関して研究するものである。

第1章では、研究全体の目的や背景、本研究の構成を説明している。

第2章では、組積造建物を対象とした従来の補強法のレヴューと提案するPP-バンドメッシュ耐震補強法の説明をしている。さらにPP-バンドの材料特性、PP-バンドメッシュ耐震補強法で補強した供試体壁を用いた面内と面外に変形を与える要素試験を行った結果を紹介している。面内・面外のいずれの試験においても、PP-バンドメッシュ工法で補強した組積壁は、非補強壁に比べて強度で数倍、変形能では40~50倍以上向上できることが確認されている。

第3章では、PP-バンドメッシュ工法による補強の効果を大きく左右するPP-バンドメッシュのピッチ(組積壁に対する密度)の影響、組積壁表面に設置するPP-バンドメッシュと内側の組積壁の間の隙間の影響、補強後に組積壁の表面に施工する被覆材の影響などを検討した。主な成果を紹介すると、メッシュと壁の間の隙間があると、初期クラック発生直後の強度が著しく低下するが、泥やセメントモルタルなどの被覆材を施すことによりその間隙が充填され、メッシュと組積壁間の問題はほぼ解消されることが分かった。すなわち初期クラック発生直後の強度の低下が初期強度の8割程度で抑えられることが確認された。

第4章では、屋根のないボックス型のアドベ組積造モデルと木製フレームの屋根つきのアドベ組積造モデルを用いた振動台実験を行った。用いた供試体モデルは、いずれも1/4スケールであるが、屋根のないボックス型のアドベ組積造モデル(非補強と補強)、木造のフレーム屋根を有するアドベ組積造では、屋根を4方向の壁のうちの2方向に固定したモデル(非補強と補強)、同様に4方向の壁に固定したモデル(非補強と補強)、屋根を4方向の壁に固定したモデルで組積壁の表面に被覆材を施したもの(非補強と補強)の8ケースの検討を行った。実験結果からは、屋根の影響としては、壁上部の変形が屋根によって拘束されることで耐震性が向上すること、屋根の固定法としては4方向の壁に固定したものが2方向に固定したものよりも耐震性が高まることが確認された。また被覆材を施したモデルの耐震性が最も向上することも確認された。最終的にはJMA震度階で5-程度で大きな被害を受けた建物が、PP-バンドメッシュ工法で補強することで、JMA震度階6+でも崩壊を免れるまで耐震性を向上することに成功した。これらの特性を供試体に作用した振動外力の累積効果を表すArias震度を指標として評価するとその差が分かりやすく表現できることも示した。

第5章では、中東地域に多く見られる屋根自体もレンガ等をドーム形状に組み上げて建設される建物モデルを対象に振動台実験を行った。その際には、ドーム形状の屋根部分にメッシュを適切に施工する術についても議論した。振動台実験では、補強していない供試体とタイバーとPP-バンドメッシュ工法で補強したもの、PP-バンドメッシュのみよる耐震補強の結果を確認した。実験の結果、十分な量のPP-バンドメッシュを設置した場合には、タイバーを用いなくてもPP-バンドメッシュ工法のみで十分に高い耐震性能を確保できることが示された。またこれらの特性も4章同様にArias震度を指標としたり、エネルギー減衰能を指標とするなとして確認した。

研究全体の最終章の第6章では、論文全体のまとめと今後の研究の方向性や課題について整理している。

以上のように本研究では、世界規模で見た場合に地震被害の軽減のための最重要課題である途上国の組積造建物の耐震性を向上させる、ローカルアベイラブルで、アプリカブルで、アクセプタブルな補強法として、PP-バンドメッシュ耐震補強法の効果を様々な角度から実験・分析したものである。得られた成果からは、PP-バンドメッシュ工法が途上国のNon-E建物である組積造住家の耐震性の向上に大きく貢献すると期待され、将来の地震被害の軽減につながるものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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