学位論文要旨



No 124106
著者(漢字) 江口,亨
著者(英字)
著者(カナ) エグチ,トオル
標題(和) 建物のコンバージョンに対する政策手段に関する研究 : 欧米諸国の政策と公共セクター主導による国内の事例を中心として
標題(洋)
報告番号 124106
報告番号 甲24106
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6875号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 藤田,香織
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、建物のコンバージョンに対する政策手段を対象として、まず、欧米諸国の政策と日本の事例調査を通じ、コンバージョンに対する政策手段の実態を明らかにした。また、その結果を元に、ストック型社会の実現を見据えて、コンバージョンの都市活動における位置付けを明らかにした。

昨今の日本では、建築ストックが余っており、ストック型社会の実現に向けた政策の方針転換がなされている。しかし、その方法論は明確に定まっておらず、手探りの状態が続いている。

ストック型社会を実現するためには、建築ストックを長く使い続けることが重要であり、コンバージョンは、その手法のひとつである。また、コンバージョンは地域構造を変化させ、地域経済の再生を促すことができる。人口が減少し建築ストックが余っているなか、コンバージョンに期待されている役割は大きいと考えられる。

コンバージョンを促すためには、欧米諸国の例をみる限り、政策による支援が必要であると考えられる。そして、民間活動に対する公共の関わり方は、大きく分けて直接的・間接的な関わり方の2つに分けられる。そこで、本研究では以下の3つを研究の対象とした。

(1)日本における自治体の取り組み(直接・間接)

(2)欧米諸国におけるコンバージョンに対する政策手段(間接)

(3)公共主導による国内のコンバージョン事例(直接)

研究の目的は、第一に「建物のコンバージョンに対する政策手段を明らかにする」こととした。具体的には、日本において、政策によって建物のコンバージョンを促進させることを前提とし、現状の課題を整理した上で、コンバージョンに対する有効な政策手段を考察することである。そのために、まず、欧米諸国における、主にオフィスから住宅へのコンバージョンに対する政策と、それに伴う地域構造の変化に着目した。次に、公共セクターが主導した国内のコンバージョン事例に着目した。なお、政策手段の分析にあたっては、「権力的な手段」、「経済的誘因の提供」、「情報の提供」、「直接サービスの供給」という4つの視点を用いた。

研究の第二の目的は、ストック型社会の実現を見据えて、「コンバージョンの都市活動における位置付けを明らかにする」こととし、第一の目的を達成するために行った政策手段の分析をもとに考察した。その理由は、コンバージョンは社会の変化に伴って起きる事であり、その変化に対応して社会をよりよい方向に導こうとするのが公共政策なので、政策を分析することで、コンバージョンの都市活動における位置付けが明らかになると考えたからである。

第2章の目的は、日本国内におけるコンバージョンに関する政策・制度の現状を把握することである。

まず、都心部におけるコンバージョンの件数と需要を調査し、潜在的な需要に対応したコンバージョンがほとんど起きていない現状を把握した。

次に、現在までに行われているコンバージョンに関連した取り組みを整理した。そして、全国の自治体に対して行った建築ストックの活用に関するアンケート結果を分析した。これらを通じて、日本におけるコンバージョンに関連する政策手段の課題を明らかにした。その結果、日本におけるコンバージョンに対する政策手段は、経済的誘因の提供が中心であることがわかった。そして、地方都市では、国や県が地方自治体に経済的誘因を提供してコンバージョンが行われていることと、都心部で行っている政策はあまり効果的ではないことがわかった。また、余剰建築ストックに対する問題意識は高いものの、統計による建築ストックの詳細な様子は把握されていないことがわかった。

第3章では、欧米諸国で行われているコンバージョンに対する政策に着目し、その背景と手段の関係を明らかにした。ここでは、オフィスから住宅へのコンバージョンを主な対象とし、政策手段と地域構造の変化に着目した。

まず、コンバージョンが広く行われているニューヨークとロンドンに着目した。最も古くからコンバージョンに対する政策があるニューヨークを対象として、都市の発展と共に拡大したコンバージョンと政策、地域構造の変化との関係をみた。これにより、コンバージョンの拡大に対して政策が強い影響を及ぼしていること、コンバージョンの拡大はニッチ市場の存在に支えられていること、コンバージョンはあくまでも手段であり目的ではないことを指摘した。

次に、コンバージョンに対する政策手段が最も確立しているロンドンを対象として、その政策の変遷と特別区ごとに異なるコンバージョンに対する政策について分析した。これを通じて、地域ごとのコンバージョンに対する政策では、短期間での対応が必要であること、自治体の意図が反映できる制度の枠組みが必要であることを指摘した。

さらに、コンバージョンを禁止した制度と、地方都市における地域の再生とコンバージョンの関係についても分析を行った。これらの事例より、コンバージョンに対する政策には行政の強い意図が反映されていることを明らかにした。

欧米諸国の政策手段を分類すると、権力的な手段と経済的誘因の提供を併せて行っていることが明らかになった。多くの都市で、地域を望ましい方向に導くために、コンバージョンに対して権力的な政策をとっていることがわかった。その目的は、よりよい質の住宅、あるいは住環境を提供することであった。また、経済的誘因の提供は、主にコンバージョンを行うデベロッパーに対してなされていた。住民に対する補助制度があったのはカンザスシティにおける免税措置のみであった。

第4章では、公共セクターが主導的な役割を果たして行われた国内のコンバージョンを調査対象とし、それを支える制度と事業内容を分析した。

まず、制度の中でコンバージョンが位置付けられている2種類の事例を調査し、その事業成立要因を分析した。売却された国有財産のコンバージョン事例からは、建物の再利用の促進に向けて、建物利用者に対する情報提供、再利用の働きかけなどが課題であることを明らかにした。また、PFI事業によるコンバージョン事例は、大規模な建物で実現されていることや、落札した民間事業者はコンバージョンをリスクが高い事業と認識しながらも、契約期間の収入が保証されている点をメリットとして考えていることを明らかにした。

次に、地方都市における例として、中心市街地にある大規模小売店舗をコンバージョンして公共的な利用をしている事例を調査した。空き店舗となった建物を自治体が買い取ってコンバージョンを行っていることが多く、そこでは新たな公共サービスの需要が喚起されていた。約半分の事例で、国や県からの補助金、あるいは起債を発行してコンバージョン事業を行っている実態を明らかにした。また、地域計画と連携してコンバージョン事業が行われることの重要性を述べるにあたり、2つの成功事例を詳細に分析した。

最後に、昨今の少子化の影響を受けて全国的に広く行われている、廃校になった公立学校のコンバージョンについて、東京都区部における事例を調査し、その事業内容を分析した。その特徴として、建物の再開発計画を前提として暫定利用的なコンバージョンを行い、その間に再開発計画の検討をしている事例が多いことや、そのために最低限の改修のみを行っている事例が多いこと等を明らかにした。

これらの事例における政策手段を分類すると、まず、権力的な手段では、補助金を交付する条件がコンバージョンの阻害要因となっていることや、建物の減価償却の法定耐用年数が、コンバージョンする建物の利用期限を定める際の根拠にされていることがわかった。経済的誘因の提供では、活用されているほとんどの補助制度が、コンバージョン自体を目的とせず、地域経済の活性化や新しい公共サービスの提供を目的としていたことがわかった。

第5章では、第2章~第4章の分析結果を元に、都市活動におけるコンバージョンの位置付けを明らかにするための考察を行った。

まず、コンバージョンに対する政策手段の分類を行い、欧米諸国と日本のコンバージョンに対する行政の問題意識の違いを明らかにした。共通点は、コンバージョンは都市問題を解決する手段として認識されていたことであった。相違点は、欧米諸国の大都市において、行政は日常的にコンバージョンという建設行為が起きるという前提で対応していたことと、政策に行政の地域運営に対する強い意図が反映されていたとことであった。

次に、ストック型社会の実現に向けた公共の役割と政策手段のあり方を提示した。まず、都市の建築ストックの更新におけるコンバージョンの手法を整理することで、コンバージョンによる段階的・漸次的な再開発の意義を主張した。その上で、コンバージョンに対する公共政策の役割を論じた。まず、強い意図を持った政策の必要性を述べ、次に、政策で考慮すべきストックの領域について、オープンビルディングの概念を用いて説明した。そして、政策によるコンバージョンの制御には限界があることを述べた。

最後に、都市活動におけるコンバージョンの位置付けは、「日常的に起きるもの」、「地域の活性化の触媒」、「場所の価値を維持するもの」であるという主張をした。そして、空き建築ストックを都市空間のゆとりと捉え、ゆとりがあることでコンバージョンという創造力が生まれたことを指摘した。

今後の課題としては、本研究で提示した段階的・漸次的な建築ストックの更新の実現に向けた建築法規と政策の対象範囲に関する議論と、コンバージョンの促進を目的とした建物の用途規制に関する議論が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「建物のコンバージョンに対する政策手段に関する研究-欧米諸国の政策と公共セクター主導による国内の事例を中心として-」は、建物のコンバージョンに対する政策手段を対象として、欧米諸国の政策と日本の事例調査を通じ、コンバージョンに対する政策手段の実態を明らかにした上で、その結果を元に、ストック型社会の実現を見据えて、コンバージョンの都市活動における位置付けを明らかにした論文であり、全6章からなっている。

第1章「研究の概要」では、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果を明らかにしている。具体的には、余剰建築ストックの効果的な活用の方法論が明確に定まっていない中で、コンバージョンを有効な方法として位置付けた上で、それを促すためには、政策による支援が必要であることを明らかにしている。そして、建物のコンバージョンに対する政策手段を明らかにすること、およびコンバージョンの都市活動における位置付けを明らかにすることの二つを研究の目的としている。

第2章「日本におけるコンバージョンに対する制度・政策と課題」では、広範な調査により日本国内におけるコンバージョン関連政策・制度の実態を明らかにしている。先ず、都心部におけるコンバージョンの件数と需要を調査し、潜在的な需要に対応したコンバージョンがほとんど起きていない現状を明らかにしてた上で、現在までに行われているコンバージョンに関連した取り組みを整理し、全国の自治体に対して行ったアンケート調査を通じて、日本におけるコンバージョンに対する政策手段は、経済的誘因の提供が中心であること、地方都市では国や県が地方自治体に経済的誘因を提供してコンバージョンが行われていること、都心部で行っている政策の効果は高くないこと等を明らかにしている。

第3章「欧米諸国におけるコンバージョンに対する政策と地域構造の変化 -コンバージョンに対する間接的な政策手段-」では、欧米諸国で行われているコンバージョン、とりわけオフィスから住宅へのコンバージョンに対する政策に着目し、現地調査と文献調査によって、その手段と地域構造の変化との関係を明らかにしている。まず、最も古くからコンバージョンに対する政策があるニューヨークの経験を分析し、コンバージョンの拡大に対して政策が強い影響を及ぼしていること、その拡大はニッチ市場の存在に支えられていること等を指摘し、コンバージョンに対する政策手段が最もよく整備されていると考えられるロンドンの経験からは、地域ごとの政策において短期間での対応が必要であること、自治体の意図が反映できる制度の枠組みが必要であることを見出している。さらに、複数の都市を対象とした分析により、欧米諸国の政策では権力的な手段と経済的誘因の提供を併せて行っていること等を明らかにしている。

第4章「公共セクター主導によるコンバージョンの制度と事業内容 -コンバージョンに対する直接的な政策手段-」では、公共セクターが主導的な役割を果たした国内のコンバージョン事例を対象として、現地調査および文献調査によりそれを支える制度と事業内容を分析している。具体的には、売却された国有財産のコンバージョン事例においては、建物利用者に対する情報提供、再利用の働きかけなどが課題であること、中心市街地にある大規模小売店舗をコンバージョンして公共的な利用をしている事例においては、約半数が国や県からの補助金、あるいは起債を発行してコンバージョン事業を行っていること、さらに廃校になった公立学校のコンバージョン事例においては、再開発計画を前提として暫定利用的なコンバージョンが殆どであること等を明らかにしている。その上で、権力的な政策手段では、補助金を交付する条件がコンバージョンの阻害要因となっていること、経済的誘因の提供では、活用されているほとんどの補助制度がコンバージョン自体ではなく地域経済の活性化や新しい公共サービスの提供を目的としていることを指摘している。

第5章「都市活動における建物のコンバージョンの位置付け」では、前3章の分析結果を基に、コンバージョンに対する政策手段の分類を行い、欧米諸国と日本のコンバージョンに対する行政の問題意識の違いを明らかにした上で、ストック型社会の実現に向けた公共の役割と政策手段のあり方を提示している。具体的には、コンバージョンによる段階的・漸次的な再開発の意義と、強い意図を持った政策の必要性を指摘し、政策で考慮すべきストックの領域の広がりを考慮した際の政策手段の限界を明らかにしている。

第6章「結論」では、これまでの成果を整理し結論としている。

以上、本論文は、豊富なアンケート調査及び現地調査を通じて、都市再生のためのコンバージョンの意義とそれを効果的に促進する政策手段の実態とその可能性を具体的かつ詳細に明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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