学位論文要旨



No 124107
著者(漢字) 服部,哲幸
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,テツユキ
標題(和) 木造住宅における断熱性能の現場実測と温暖地を対象とした断熱改修に関する研究
標題(洋)
報告番号 124107
報告番号 甲24107
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6876号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

本論文はI部:木造住宅における断熱性能の現場実測とII部:温暖地を対象とした断熱改修に関する研究で構成する。II部はI部の測定手法の適応・応用となる。

本論文の主体をなす断熱性能の現場実測は、熱損失係数の現場実測の実用的な手法を開発し、木造住宅を主体とした戸建て住宅38件の現場実測データを取得した。このような一般住宅について現場実測による熱損失係数の測定そのものが少なく、幅広い性能・工法の住宅に渡って取得したデータはこれまでに例がない。グラフは測定した在来木造軸組住宅24軒と枠組壁工法住宅10件、鉄骨ラーメン造住宅3件、壁式RC造住宅1件、計38件の熱損失係数実測値(実測Q値)と、設計図書から求めた熱損失係数計算値(計算Q値)の関係を示している。計算Q値の元になる換気量は0.5回/hではなく、測定現場の機械換気量と漏気量(推定式から算出)の合計量によるもので、つまり熱損失係数の現場実測時の換気量にもとづいている。計算Q値の大きい住宅(断熱性能が低い住宅)は計算Q値より実測Q値のほうが小さい傾向が顕著である。一方、次世代省エネルギー基準以上の高断熱住宅では実測Q値と計算Q値は一致するようになり、計算Q値2以下ではほぼ一致する。断熱性能に関する実測Q値(実際の建築現場における断熱性能)と計算Q値(机上の事前に与えられた条件による計算値)が一定ではなく、グラフに示されるような関係であることを初めて明らかにした。

実測Q値の確からしさの検証のため、実験住宅全体(延べ床面積106m2総2階建ての木造軸組住宅)の全開口部と外皮全方位に対し52カ所の熱流計を設置により熱流の実測を試みた。実測Q値(同定値)1.89[W/(m2・K)]に対し、熱流による測定値1.79[W/(m2・K)]でほぼ一致する結果を得た。実測Q値の確からしさを、熱流の実測値によって始めた確認することが出来た。熱流測定の結果を開口部とそれ以外の断熱外皮(床・壁・屋根)に分けて見ると、断熱外皮からの貫流熱損失量は設計図書の計算値とほぼ一致するが、開口部は設計値より実測値が35%少ない値であった。

II部では熱損失係数の実測を断熱改修住宅の現場で実践し、断熱改修効果を、実測値によって示すことが出来た。住宅全体の断熱改修事例では断熱改修前の実測Q値2.80[W/(m2・K)]に対し、断熱改修後の実測Q値1.16[W/(m2・K)]を得た。また実験住宅の研究では「気流止め」を施工した効果を気密性能だけでなく、熱損失係数の測定により明らかにし、施工されていた外壁のグラスウール断熱材(10K50mm)は、「気流止め施工前」はGWの厚み換算で30mmであったが、「気流止め施工後」は50mmとなり、「気流止め」による改修工法の効果を示すことができた。「気流止め」は床下・小屋裏内が主体で工事が容易である。[気流止め]が施工されていない多くの既存木造住宅にとって有効な改修工法であると言える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、木造住宅における断熱性能の現場実測と断熱改修に関して、研究・論述したものである。

住宅の断熱化は、民生部門における最も基本的な省エネルギー技術の一つであり、その普及・浸透は地球温暖化防止対策の一つとして大いに期待されている。日本における住宅の断熱化は、1953年、北海道で寒地住宅等建設促進法が制定されたことに始まり、第二次オイルショック後の省エネ法の制定によって全国ベースで進められるに至った。しかし、現在、政府が進めている温暖化対策としても有効と認められるレベルの断熱性を有する住宅は、全国4700万世帯のうちの1%前後と推測される。したがって、ストック住宅の大半は、これからの環境時代においては負の遺産的な存在として扱われるものと予想される。それゆえ、住宅における断熱性能の診断・検証と断熱改修の技術開発が焦眉の課題となっている。

日本の温暖地における住宅の断熱化は、従前には、結露防止を目的として行なわれることもあったが、昨今では、冬季の室温向上による居住性向上と暖房エネルギー低減という二つの効果が認められるようになってきた。現在では、地球温暖化防止の問題もあって、住宅の断熱化は耐震化と共に、社会的には当たり前の要求事項になっている。このように、市民権を獲得してきた断熱性能であるが、その断熱性能の検査・評価は、設計図書を基に熱損失係数(以下「Q値」という)を計算する「机上の評価」が実務の世界における唯一の方法であり、完成した建物を実測によって検査・評価する実用的な手法は確立されていない。建物の断熱性能は、断熱材の性能や厚みだけで決定されるのではなく、断熱材の施工方法や施工状態、気密性などによっても左右される。従ってQ値の現場測定技術が確立され、実務の世界でも行うことが出来るようになれば、建物の断熱性能に対してある種の保証を与えることが出来るようになり、省エネ住宅の普及や住宅価値の維持・向上に役立つものと考えられる。また、そのような測定技術は、断熱改修における有用な診断・評価技法にもなるものと予想される。

以上のような背景の下に、本論文は2部構成で、木造住宅の断熱性能について論述した。I部は本論文の骨子となるものであり、Q値の同定(現場実測)に関する研究について示したものである。濾波法によるQ値の同定手法を実用化することを念頭にして、そのための測定機器の開発、現場における測定方法の標準化、及び、別の手法(熱流測定法)による同定Q値の検証を行い、論述した。その結果、同定Q値は熱流測定法によるQ値とよく一致し、本同定手法の信頼性が確認された。また、多数の実在木造住宅においてQ値を同定し、本同定手法の安定性も確認した。同定されたQ値は、さらに設計上の計算Q値と比較され、後者の検証にも使用された。後者は、建物の断熱性能が悪い(Q値が大きめ)の場合、前者より大きな数値となる傾向が強いことが示された。これは、断熱性能の把握上、非常に有用な知見であるが、後者において、空気層の熱伝達率が実際より大き目の数値を採用していることが原因と考えられる。

次に、II部は、木造住宅の断熱改修について研究したものである。実験住宅において、Q値を同定し、断熱改修による断熱効果を評価した。その結果、断熱改修によるQ値の改善量(減少量)は、計算上の数値より、現場測定(同定)の方が小さいことが判明した。また、壁体内の気流止めによるQ値の改善量(減少量)も求めた。その結果、気流止めによって、同定Q値は0.26W/(m2・K)低下し、ほぼ10Kグラスウール20mm相当の断熱施工の効果に相当することが分かった。気流止めは比較的簡単に施工できるので、温暖地などにおいても木造住宅の効果的な断熱改修方法であることが分かった。

以上、本論文は、木造住宅における断熱性能の把握に関してきわめて有用な結果を示し、かつ、断熱改修の効果についても有効な情報を提示している。また、これらの成果は、環境の時代である今世紀においては、社会的にきわめて有意義なものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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