学位論文要旨



No 124108
著者(漢字) 白,正勲
著者(英字)
著者(カナ) ベク,ジョンフン
標題(和) 住宅再生促進政策に関する国際比較研究 : フランス・ドイツ・デンマーク・スウェーデンを中心に
標題(洋)
報告番号 124108
報告番号 甲24108
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博士第6877号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松村,秀一
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 准教授 藤田,香織
内容要旨 要旨を表示する

戦後60年旺盛な新規建設活動を継続した結果、2003年度の空き家率は12.2%に及んでおり、国債に見ても非常に高いレベルである。その上、将来人口の減少に伴って空き家の量はより増加することになると考えられる。こうした背景の下、住宅を建ててストックを増やすことではなく、住宅や住宅環境の質向上を図っていくような政策へと転換する動きが高まってきた。ヨーロッパ諸国は既に住宅産業が住宅ストック向けに編成され、住宅再生のために更なる努力が求められている。そのため、主要国が住宅再生に対してどの様に取り組んでいるか、具体的に選択されている手段と背景を分析・把握することは、本における具体的な政策手段の検討にあたって、そして国民の豊かな住生活の実現を図るための戦略を構築する上で、参考にするべきであると思われる。

そこで本研究は、欧州諸国における住宅再生にかかわる政策の歴史的変遷を加え、それぞれ政治上の目的において具体的な住宅再生政策の戦略、住宅再生政策の方向性を明らかにすることを目的としたものである。比較対象国家のついては、(1)住生活の形成が既存ストックに主に比重を置いている国、(2)住宅産業が既存ストックに向けて編成されている国、(3)住宅再生のための公共投資の割合が高い国を念頭において、フランス、ドイツ、デンマーク、スウェーデンを選定した。

住宅再生を促進する政策の在り方は国ごとにからり異なっているので、何らかの共通の基盤、あるいは比較すべき対象を超越した地平に立ってのみ比較は可能となる。既存住宅の再生を支える主要な制度に注目して比較することがまず考えられるが、それぞれの国の制度は様々な歴史的な経緯の産物であり、仮に名称が同じでも、内容が大きく異なることが多い。従って個々の具体的な事実に直接注目するのではなく、一定の理論的な視点から住宅再生政策を整理した上で、比較を行うことが必要になる。あらゆる再生政策の考案は公共介入の目標に関する政治上の目的を反映したものである。公共が住宅再生に介入する目的は住宅の質の向上以外にも、福祉政策、環境政策、社会政策、文化観光政策など、様々な分野の政治上の目的を反映したものである。これらの政治上の目的は、各国の住宅再生政策において共通の基盤であり、それぞれの政策手段の比較にあたって分析の枠組みを提供する。

そこで第2章では、それぞれの政策手段を全体の中に位置づける座標軸の構築という側面で、住宅再生政策の政治上の目的を明らかにした。住宅再生を導く政治上の目的として、(1)住宅の質の向上、(2)地域活性化・社会統合、(3)高齢者・障害者の福祉、(4)温暖化効果ガスの削減、という政治上の目的を中心に論じた。

(1)住宅の質の向上は、住宅再生の本質的な目的である。大部分の国々は住宅の物的質の改善のために様々な戦略を講じている。本論文では、こうした国家戦略を「予防政策」と「治療政策」と分けて明らかにした。予防政策は、公共の資源を投入しなく、所有者のイニシアチブにより行われる住宅改善・維持管理のための市場環境を支援することを目的とする。一方、治療政策は住宅に係わる問題に公共が直接に手を打つ「直接的な制御」と補助金等を用いて住宅再生を行う動機を与える「間接的な制御」に分けられる。

(2)地域活性化・社会統合のための住宅再生は、住宅の質と地域衰退との関係を既往研究に通じて明らかにした。また、住宅再生と地域活性化過程のメカニズムを明らかにした。

(3)温暖化ガスの削減のために住宅再生では、既存住宅が温暖化ガス削減にあたって大きな潜在力があること、建物の省エネルギー改修の阻害要素、既存住宅の省エネルギー化のための政策手段について考察した。

(4)「施設入所」から「在宅ケア」へ高齢者政策の変化により、高齢者・障害者のニーズに対応するための住宅改造が高齢者福祉政策に大きな比重を占めてきた。そのため、高齢者のための住宅改造の特徴は福祉政策と住宅政策の連帯が挙げられる。

第3章では、各国における住宅再生促進政策について明らかにした。そのため、まず、国ごとの住宅再生を取り巻く状況について記述した。住宅再生を取り巻く状況は、各国の基本情報、住宅政策・住宅金融の概況、行政レベルの権限及び役割、住宅市場の現状により構成される。

また、これまで欧州の住宅政策の変遷については様々な研究が行われているものの、住宅再生政策の歴史的な発展に関する既往研究は非常に少ない。ここでは、戦後から現在に至るまでの住宅再生の履歴を政策的流れの中で追って、それが住宅政策、都市計画の領域でどのように位置付けられ、どのような役割を担っているのか、さらにその役割が時系列的変化のなかでいかに変わってきているのか、年表作成も加えて明らかにした。こうした政策展開過程を踏まえた上で、第2章で論じた住宅再生の政治上の目的に従って、住宅再生を促す政策により強い焦点を当てながら論じており、最後に住宅再生政策の成果ないし実績に関して検討を加えた。

第4章では、第3章の国ごとの住宅再生政策を踏まえて、第2章の政治上の目的に伴い比較分析を行い、各国の再生促進政策の特徴及び優先する政治上の目的を明らかにする。

比較分析の結果は大きく三つである。

一番目は、住宅再生促進政策の展開過程において、共通の傾向が見られることである。

第3章で各国の住宅再生の展開過程及び住宅再生の政治上の目的に伴い、住宅再生を促進する政策を明らかにした。このように、国ごとに区分して住宅再生促進政策を述べた主な理由の一つは、住宅再生関連問題やそれに取り組む戦略において、多くの差異と偏差が存在するからである。そのため、住宅問題に対応する接近方法(法律や支援策など)は非常に異なる。

しかし、時期を追って国ごとの再生政策を検討した結果、各国の住宅再生政策の展開において共通の傾向が明らかに見られている。

第2次世界大戦直後、全ての欧州国家が抱えていた支配的な問題は住宅不足であり、それに取り組むための公共介入は大きく二つに帰結された。まず、政策の最大の優先分野として、新規建設活動を通じる住宅供給増加を目指したことである。もう一つは、戦間期に導入された厳しい賃貸料規制を持続したことである。賃貸料規制は、家主の住宅改善意欲を低下させる主な因子であった。

1970年代初頭までは多くの国では、古い建物を取り壊して新築するスラムクリアランスが主流を占めていた。

1960年代後半から、スラムクリアランスに対する反対が大部分の国家で急増した。

1970年代に入ってから居住者との協議をもとに建物と都市地域の再生・保存を向ける都市再生政策へ漸進的に転換が進んできた。

1970年代後半には、社会住宅団地のセグリゲーションが現れ、深刻な社会問題に発展した。このようなセクセッションに歯止めをかけるために公共政策は建物の劣化対策という物的側面に編重していたが、団地の社会的問題も抱えていた当初事業が団地の荒廃化を食い止める有効な手段となり得なかったとしてその限界が指摘された。そのため1990年代、多くの国では建物の物的改善のみではなく、雇用創出、移民者家族の教育、交通計画、地域環境の改善、文化施設の拡充などの地域に係わる多分野を総合的に結びつけて政策を実施する「総合的なアプローチ」方式が導入された。

二番目は、住宅再生促進政策において政策の転換が見られることである。

上記した欧州諸国における一般的な流れの中で、非常に質が悪い住宅の割合は格段に減少している。これは住宅再生政策の対する公共の役割において変化を意味する。

比較対象の全ての国家で、住宅の物的欠陥を改善するための公的支援は2000年代に入ってから急激に減少している。これに反して、省エネルギー、社会的統合、高齢者・障害者のための住宅再生に公共資源が集中されている。そのため、これまでの住宅の物的質の向上に重点を置いていた仕組みは縮小されるか対象再生工事の内容が変わってきている。

三番目は、国ごとの優先する政治的目的が明確にされていたことである。

ドイツの場合、住宅再生のための公的支援は主に省エネルギーに向けている。スウェーデンは一般住宅再生のための利子補助が廃止予定にあるのに反し、高齢者向けの住宅改造のための補助金は相変わらず増加している。フランスは一般的な住宅の再生や社会的統合に対して他の国より優先して事業を進んでいる。デンマークにおける住宅政策は、長い間にデンマークの政策論争から外れ、都市政策に焦点が当てられていた。住宅政策は都市政策の一部として位置づけられており、そのため、住宅再生に関する法律は「都市再生法」で定められている。しかし、他の国と比べ、住宅の質の低下と住宅再生政策の非効率性が指摘されることとあいまって、1998年に都市再生の中で地域再生と建物再生に分けられた。

第5章結論では、本論文の全体の総括を行った。本論文の成果として、第1章において設定した目的に対して、第2章から4章までに得た成果をそれぞれまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「住宅再生促進政策に関する国際比較研究-フランス・ドイツ・デンマーク・スウェーデンを中心に-」は、欧州4ヶ国における住宅再生の政治上の目的を明らかにした上で、国ごとの住宅再生促進政策の枠組みと各種手法の共通点と相違点を、その歴史的展開とともに明らかにすることを目的とした論文であり、全5章からなっている。

第1章「序論」では、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果を明らかにしている。具体的には、上記の目的を明らかにした上で、その目的を達成するために(1)住生活の形成が既存ストックに主に比重を置いている国、(2)住宅産業が既存ストックに向けて編成されている国、(3)住宅再生のための公共投資の割合が高い国の3点を基準として、フランス、ドイツ、デンマーク、スウェーデンを調査対象国に選定したこと、比較研究する対象は政策手段であり、そのための共通の基盤として、公共介入の政治上の目的、即ち住宅の質の向上、国民の福祉向上、環境問題の解決、社会の安定化、観光の促進等の目的を明確にすることが重要であることを指摘している。

第2章「住宅再生のための政策のカテゴリー」では、(1)住宅の質の向上、(2)地域活性化・社会統合、(3)高齢者・障害者の福祉、(4)温暖化効果ガスの削減の4項目を中心に、それぞれの国における住宅再生政策の目的とそれに対応する手段を、広範な文献調査により明らかにしている。具体的には、(1)については、共通に住宅の物的質の改善のために様々な戦略を講じており、それらは間接的政策と直接的政策とに分けて捉えられること、(2)については、住宅再生と地域活性化過程の関係を、(3)については、高齢者のための住宅再生の特徴を、(4)については、建物の省エネルギー改修の阻害要素、既存住宅の省エネルギー化のための政策手段等を、それぞれ明らかにしている。

第3章「各国における住宅再生促進政策」では、先ず各国における住宅再生を取り巻く状況として、住宅政策・住宅金融の概況、行政レベルの権限及び役割、住宅市場の現状を文献調査によって明らかにしている。その上で、戦後から現在に至るまでの住宅再生政策の変化を、主として住宅政策、都市計画政策の中での位置付けという観点から、対象国ごとに明らかにしている。そして最後に、各国での住宅再生政策の成果を明らかにし、評価している。

第4章「住宅再生促進政策の比較・分析」では、第3章の国ごとの住宅再生政策の詳細な分析結果を踏まえて、第2章の政策目的に沿って比較を行い、各国の再生促進政策の共通点と相違点を明らかにしている。具体的には、先ず欧州における住宅再生政策の転換という観点から、1960年代後半それまでの単純なスラムクリアランスへの反対を契機とした変化、1970年代後半団地の社会的問題の深刻化を契機とした総合的なアプローチへの変化、2000年代住宅の物的欠陥を改善するための公的支援の急減と、省エネルギー、社会的統合、高齢者・障害者のための住宅再生への公共資源の集中という共通の傾向を明らかにしている。さらに、比較分析の結果から、各国の住宅再生促進政策は拡張型、個別型、結合型、統合型に類型化できるとし、類型毎の特徴を指摘している。そして最後に、各国の公共資源投入に実態から、フランスが社会的統合や住宅の物的質の向上に対して他国より優先して事業を促進していること等、各国の顕著な相違点を明らかにしている。

第5章「結論」では、前4章で新たに得られた知見に基づき、明らかになった住宅再生の政治上の目的、国ごとの住宅再生促進政策の枠組みと詳細の共通点と相違点を整理し、本論文の結論としている。

以上、本論文は、豊富な文献調査及び現地調査を通じて、欧州4ヶ国の住宅再生促進政策の目的、手段の変容過程と現状を具体的かつ詳細に比較し、相互の共通点と相違点を明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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