学位論文要旨



No 124111
著者(漢字) 徐,長厚
著者(英字)
著者(カナ) ソー,ジャンフー
標題(和) 室内の家電製品から放散する準揮発性有機化合物(SVOC:Semi Volatile Organic Compounds)の放散量測定試験法の開発
標題(洋)
報告番号 124111
報告番号 甲24111
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6880号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 准教授 熊谷,一清
 東京大学 准教授 火原,彰秀
内容要旨 要旨を表示する

近年、化学物質による室内空気汚染が起因とされる「シックハウス症候群(Sick Building Syndrome、Sick House Syndrome)」や「化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity)」が大きな社会問題となっている。シックハウス症候群は、新築・改築後の住宅やビルにおいて住宅の高気密化や化学物質を放散する建材・内装材の使用などにより、居住者に様々な体調不良が生じる症状を示すものである。一方、化学物質過敏症は最初にある程度の量の化学物質に暴露されるか、あるいは低濃度の化学物質に長期間反復暴露された場合、その後極めて微量の同系統の化学物質に対して過敏症状を来すものである。それらの症状は様々な複合要因が考えられ、未解明な部分が多い。これらの問題に対し、建材を始めとした各種材料から放散する揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds: VOC)に関する試験法及び対策法の開発が精力的に行われ、対策が施されている。

一方、VOCより沸点が高い準揮発性有機化合物(Semi Volatile Organic Compounds: SVOC)は、居住者の持ち込み品である家具や家電製品から放散するが、VOCよりも沸点が高く、室内での濃度が低いにもかかわらず、室内の空気質に少なくない影響を与えると言われている。特に、テレビやパソコンなど家電製品からは、トルエン(Toluene)などのVOCだけではなく、SVOCであるフタル酸ジエチル(Diethyl phthalate)やフタル酸ジ-n-ブチル(Dibutyl phthalate)が放散され、内分泌系に対して有害性があるのではないかとの懸念があるなど、注意を払う必要である。

日本では、マイクロチャンバー法等SVOC放散量測定に関する試験法が提案されているが、チャンバーの大きさの制限により、実物大スケールの家電製品から放散するSVOCの放散量の測定が不可能である。

本研究では、従来のSVOC放散量測定法の問題点に鑑み、実物大スケールの家電製品から放散するSVOCの放散量測定法を提案し、液晶テレビ、ラジカセ、プリンター及びパソコンから放散するSVOC及びVOC放散量を測定した。

本論文は以下に示す9章による構成されている。

第1~3章では、本研究の背景、目的および研究内容の概要を述べ、本論文の構成を示している。本研究に関わる基礎理論と既往の研究に関して解説し、室内空気汚染化学物質と室内空気汚染問題に関する日本の室内空気質政策と建築的対応について説明している。また、建材や家電製品から放散する化学物質の放散量測定法、化学物質の分析法及びチャンバー法など既往の化学物質放散量測定法について解説を行っている。

本研究で提案したSVOC放散量測定法は、チャンバー内の気流の下流側で位置する濃度測定点の選定することが重要であり、そのため、物質伝達の基礎ならびに流体の数値シミュレーション等流体の数値解析手法に関して解説を行っている。また、VOC、SVOCのスカラー量の輸送方程式による室内汚染質濃度分布予測法に関しても説明している。

第4章では、本研究で提案した家電製品からのSVOC放散量測定法の測定原理について概説している。現在まで提案されているSVOC放散量測定法の問題点と空気中のSVOCの放散特性について述べ、本SVOC放散量測定法に対する考え方について記述している。CFD解析を用いて、チャンバー内の床全面吹出し・天井全面吸込み換気方式を検討し、実験サンプル簡易モデルによるSVOC放散量測定法の可能性を確認している。床全面吹出し・天井全面吸込み換気方式のチャンバーにおける試験体から十分離れたところの気流の下流側では、放散した化学物質が混合される。チャンバー内に家電製品を設置し、下流側で測定したSVOC濃度から求めたPFR*を用いると家電製品からのSVOC放散量は測定が可能であった。

第5章では、超音波風速計を用いて、鉛直層流換気が行われるチャンバー内の風速及び乱流強度を測定し、気流性状を検討している。また、トルエン及びDEPを対するチャンバー内のPFR*測定を行い、提案の試験法によるSVOC及びVOC放散量の同時測定の可能性を検討している。

チャンバー内の濃度測定点において、実験により求めたVOCのトルエン及びSVOCのDEPに対するPFR*はほぼ同じであり、CFD解析により求めたPFR*は実験値と良く対応する結果を得た。チャンバー内壁面吸着損失によるVOCのトルエン及びSVOCのDEPに関するPFR*には大きな差が見られなかった。これより、本試験法によるSVOC及びVOC放散量の同時測定は可能であり、ある特定の化学物質のPFR*が検討出来れば、そのPFR*を用いてSVOCの放散量測定が可能であると提案している。

第6章では、CFD解析を用いたチャンバー内のPFR*の分布を検討し、チャンバー内の気流の下流側の濃度測定点を定義している。また、チャンバー内の実験サンプルの形状が濃度測定点の選定に及ぼす影響について述べ、内部標準物質を用いたチャンバー内のPFR*分布の検討を行っている。

液晶テレビを対象として、SVOC放散量予測に必要なPFR*をCFD解析により算出した。濃度測定点では、放散面が全面の時と比較して部位別に放散させた時のPFR*の値の最大35%程度の差が存在し、一点での濃度測定による放散強度予測にはやや問題があったが、このことはチャンバーの天井高がより高ければ解消されると判断した。

プリンターの操作部のように突起がある場合は、実験サンプルを床面に直接設置すると、その突起部により流れ場が影響を受け、本研究の特定点では、放散面毎のPFR*の値に大きな差が生じた。しかしながら、床面に乱流生成格子を設置するなど流れの乱流強度を高めることと実験サンプルを台に載せるなど床面の影響を排除できるような方策を用いると濃度測定点において、バラツキが小さいPFR*を求められると判断した。また、必要であれば出口において最高濃度となるような地点を前もって決定し、その点を特定点とするような対策を取ることを推奨している。

第7章では、微量のSVOCの濃度が測定可能なロート型サンプラーについて概説している。また、実際のチャンバー実験で使用できるように、ロート型サンプラーのSVOCに対する回収率を測定し、さらに、ロート型サンプラーに吸着したSVOCの最適分析方法について述べている。

ロート型サンプラーに対し、2E1H、D6、C16、C20及びDEHPの回収率は80%以上となり良好であったが、TBP、TPPのリン酸系物質については、ロート型サンプラーの回収率が50%程度であった。回収率を向上させるために、ロート型サンプラーのフィルター表面のシラン処理の検討が必要であった。また、回収率が低い物質の分解の可能性及び2次分解生成物を定量的に評価可能な分析方法を調べる必要があった。

第8章では、チャンバー内に実験サンプルに近接して内部標準物質を入れたD-tubeを設置し、そこから発生する内部標準物質に対するPFR*を測定し、さらにCFD解析により検証を行っている。求めた内部標準物質に対するPFR*を用いて、液晶テレビ、ラジカセ、プリンター及びパソコンより放散するSVOCの放散量測定実験を行い、提案するSVOC放散量測定法の有効性について検討している。

内部標準物質を用いて求めたPFR*とチャンバー内で測定したSVOC濃度より、家電製品から放散するSVOC放散量を測定することは可能であった。本実験の濃度測定点のように試験体から十分離れたところでは、放散した化学物質の混合が卓越し、試験体の放散面位置に関わらず、濃度測定点におけるPFR*は大きく変わらないことが確認した。ただし、熱源がある試験体は、発生する熱により、濃度測定点におけるPFR*のバラツキが見られた。

第9章では、本論文のまとめ、並びに今後の課題を示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、家電製品などから室内空気中に放散される準揮発性有機化合物(Semi Volatile Organic Compounds: SVOC)の標準的な放散量測定法を提案し、この測定法を用いて液晶テレビ、ラジカセ、プリンター及びパソコンなどの家電製品から実際に気中に放散されるSVOC放散量を測定し、十分な実用性があることを示すことを目的としている。

家電製品などからは、トルエン(Toluene)などの揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds: VOC)だけではなく、より沸点が高く揮発性の小さいSVOCであるフタル酸ジエチル(Diethyl phthalate)やフタル酸ジ-n-ブチル(Dibutyl phthalate)が放散されている。これらSVOCは、室内空気中で高濃度になると呼吸による人体摂取により健康影響が生じるのではないかとの懸念が表明されている。そのため気中濃度にはガイドラインが定められており、放散量に関して確実なコントロールが必要とされている。しかしながら、SVOCは固体壁面に容易に付着し、家電製品などからのVOC放散量測定で用いられる従来のチャンバー法ではチャンバー排気中のSVOC量が家電製品からの放散量より大きく減少し、これを用いることができない。チャンバー内壁に付着したSVOCを脱着、計量することにより、放散量を測定する方法も考えられるが、家電製品などの測定に用いられる容積1立方メートル程度以上の比較的大きなチャンバーでは、この脱着、定量を精度良く行うことが実用上困難であった。本論文では、チャンバー内で固体壁の影響を受けない範囲で放散される化学物質が清浄空気により希釈される度合いが化学物質の種類によらず同じであることから、この特定の地点における希釈の度合いを正確に知り、かつその地点のSVOC濃度の測定値から放散量を計測する方法を提案し、測定の事例を示してその有用性を検証した。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章では、室内空気質問題の動向及び実物大スケールの家電製品から放散するSVOC放散量測定法の必要性を述べ、研究背景及び目的としている。

第2章では、日本の室内空気質政策と建築的対応について記述し、化学物質の放散量測定法、化学物質の分析法及びチャンバー法などをまとめ、SVOC放散量測定法に関する既往の研究を示している。

第3章では、SVOC放散量測定法におけるチャンバー内の希釈流量分布の検討に用いるCFD解析手法とSVOCなどのスカラー量の輸送方程式による室内汚染質濃度分布予測法に関して解説している。

第4章では、本論文で提案する家電製品からのSVOC放散量測定法の測定原理について概説し、測定法に関する考え方とSVOC放散量測定法の手順を提案している。チャンバー内の床全面吹出し・天井全面吸込み換気方式を検討し、簡易モデルを用いたSVOC放散量測定法の可能性について示している。

第5章では、超音波風速計を用いて、鉛直層流換気が行われるチャンバー内の風速及び乱流強度を測定し、気流性状を検討している。また、空間内のある一つの点で測定した濃度と汚染物質発生率との関係を表す希釈流量を定義し、チャンバー内の希釈流量分布について検討している。トルエン及びフタル酸ジエチルを対するチャンバー内の希釈流量を測定し、実験及びCFD解析手法を用いて、提案の試験法によるSVOC及びVOC放散量の同時測定の可能性を提示している。

第6章では、CFD解析手法を用いたチャンバー内の希釈流量の分布を検討し、チャンバー内の気流の下流側の濃度測定点を定義している。また、チャンバー内の実験サンプルの形状が濃度測定点の選定に及ぼす影響について調べ、内部標準物質を用いたチャンバー内の希釈流量の分布を検討している。併せて、本研究における内部標準物質の有用性について記述している。

第7章では、微量のSVOCの濃度が測定可能なロート型サンプラーを開発し、その概要を解説している。実際のチャンバー実験で使用できるように、ロート型サンプラーのSVOCに対する回収率を測定し、その結果を示している。また、ロート型サンプラーに吸着したSVOCの最適分析方法を提案している。

第8章では、前章で述べた濃度測定点、希釈流量及びロート型サンプラーを用いて実物大スケールの液晶テレビ、ラジカセ、プリンター及びパソコンの家電製品から放散するSVOC放散量測定を行い、その結果を示している。また、内部標準物質用いた提案するSVOC放散量測定法の有効性について検討している。

第9章では、本論文の結論をまとめ、今後の課題を示している。

以上を要約するに、本論文は家電製品などある程度大きな試料から放散されるSVOCの実用的かつ標準的な放散量測定法を初めて提案し、その有用性・適用可能性を示した。これは室内空気質汚染の大きな要因の一つであるSVOCの放散量をコントロールするための基本となるものである。本研究は、室内空気汚染対策上、長く求められながら、その高い吸着性故に実用上、困難であった放散量計測法を実用的な観点から初めて提案するもので、建築環境工学の発展に寄与するところが極めて大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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