学位論文要旨



No 124113
著者(漢字) 酒井,名朋子
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ナホコ
標題(和) メタン生成ベンゼン分解条件下におけるSyntrophus属類縁菌の関与と挙動の解析
標題(洋)
報告番号 124113
報告番号 甲24113
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6882号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 准教授 中島,典之
 東京大学 准教授 栗栖,太
 東京大学 特任准教授 渡邉,一哉
 日本大学 教授 矢木,修身
内容要旨 要旨を表示する

石油は燃料や工業製品の原料として幅広く利用され、備蓄されており、化学貯留タンク、オイルセパレーター、精製施設、原油及び燃料貯留所、掘削泥、油田からの塩水、及び給油所からの漏洩により、石油系炭化水素が土壌及び地下水汚染を引き起こすことが報告されている。石油系炭化水素の中でもベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレンは高い溶解度を持つため、他の成分と比較して石油汚染地下水中からよく検出される。特にベンゼンは発がん性があり、白血病を引き起こす可能性がある物質で、日本ではベンゼンのみが石油成分汚染土壌の管理物質として規制されている。ベンゼンの土壌環境基準は「溶出試験において検液1Lにつき0.01mg/L以下であること」と定められ、また地下水評価基準では「0.01mg/L未満」、この他水道水質基準では健康項目として、「0.01mg/L」と定められている。

土壌及び地下水におけるベンゼン汚染の除去には、物理化学処理に比べてバイオレメディエーション法の方が処理費用が安価で、現位置処理が可能なため有利な処理方法だと言える。嫌気性微生物により汚染物質を分解させる嫌気性バイオレメディエーションはエアレーションを必要としないため、汚染現場が嫌気雰囲気にある場合により省コストに処理ができる。ベンゼン汚染現場はテトラクロロエチレンなどクロロエチレン類の汚染が同時に存在することも多い。クロロエチレン類の嫌気性バイオレメディエーション技術はすでに実用化されていることから、ベンゼンが嫌気的に浄化できるとクロロエチレン類の浄化と並行した嫌気的処理が可能となり、有利である。

本研究では報告されている中で最も嫌気度の高いメタン生成条件下にある汚染現場にバイオレメディエーション技術を適用するため、1)メタン生成条件下のベンゼン分解においてこれまでに明らかになっていない分解関与細菌を、ベンゼンの分解と細菌の関与を直接説明できる方法で推定し、2)推定された細菌を特異的に検出定量できる方法を確立し、3)この方法を用いてメタン生成ベンゼン分解と土壌における単環芳香族化合物分解において、この細菌がどの程度存在するのかを明らかにする ことを目的に研究を行った。

第1章では、研究の背景と目的を述べた。第2章では、ベンゼンの嫌気的分解に関する既存の知見をまとめた。第3章では、本研究で行った実験の実験方法を示した。

第4章では、メタン生成ベンゼン分解微生物集積培養系を確立し、この集積培養系に対して、安定同位体((13)C)ラベルされたベンゼンを添加し集積系に存在するDNAを抽出し、密度勾配超遠心法にて(13)Cを同化した微生物由来の(13)C-DNAと、それ以外の(12)C-DNAを分離した。比重ごとに分画して採取したそれぞれの画分に含まれるDNAに対して、16S rRNA遺伝子V3領域を対象にPCR-DGGEを行った。この結果、(13)C-DNAを含む重画分に優占して存在するバンドが2本あることがわかった。これらのバンドの塩基配列を持つ微生物は、メタン生成条件下でのベンゼンの分解に関与する主要な微生物であると考察できた。これらのバンドを精製して、優占する微生物の16S rRNA遺伝子(194bp)の塩基配列を決定した。さらに、重画分に存在するDNAの16S rRNA遺伝子全長(およそ1400bp)のlibraryを作成し、PCR-DGGEにおいて優先したバンドのうちの1つの配列を持つ16S rRNA遺伝子を得た。この配列は、分離された微生物のうち最近縁のSyntrophus gentianaeとの相同性が85%と低かったが、Deltaproteobacteria全体の系統樹を作成すると同じクラスタに所属するため、Syntrophus属類縁菌と同定した。本研究で特定したSyntrophus属類縁菌は、既報のメタン生成ベンゼン分解集積培養系から得られた配列OR-M2と、同一の354bpを持つことが明らかとなった。

第5章では、Syntrophus属類縁菌を特異的に検出するプライマーおよびプローブを作成した。設計したプライマーを使用し、QPrimer法を用いてSyntrophus属類縁菌を定量するための検討を行った。BD207f/ BD437rを用いてアニーリング温度63℃で特異的にSyntrophus属類縁菌を定量検出できた。また、FISH法など、顕微鏡による細菌の検出を行う手法を土壌サンプルに用いるための手法の検討を行った。夾雑物を除去するための前処理にはSDSを加えてボルテックスを行い、密度勾配剤Optiprepを用いて土壌粒子と微生物を分離することが可能であるとわかった。さらに、Syntrophus属類縁菌をFISH法により特異的に検出するための検討を行った。Clone FISHを用いたプローブBD437のためのハイブリダイゼーション条件の検討では、ホルムアミド濃度30%でSyntrophus属類縁菌を特異的に検出することができた。

第6章では、メタン生成ベンゼン分解集積培養系を維持するための植え継ぎ法について検討し、集積培養系内のSyntrophus属類縁菌の定量・検出を行った。これまでに確立された土壌分解系を、新しい嫌気処理水もしくは培地に対して50%で植え継ぎ、植え継ぎ4回(土壌分解系を6.3%含む)まで、植え継ぎ直後から良好な分解が観察できた。土壌分解系を6.3%含む集積培養系ではおよそ0.13mMのベンゼンに対して、5.1×105~3.5×106 copies/mlのSyntrophus属類縁菌が存在し、Total bacteriaの1~8%程度の割合で安定してベンゼンを分解した。

この集積培養系に存在するDNAの16S rRNA遺伝子libraryを作成した。Syntrophus属類縁菌、Sedimentibacter sp. に属する細菌、Peptococcaceaeに属する細菌の3種の配列が、Bacteriaのlibrary内におよそ20%ずつ、合計で61%存在していた。Peptococcaceaeは培地成分であるシステインを利用して優占していると考えられるため、残りの2種の細菌がベンゼンの分解に関与していることが示唆された。また、この集積培養系に夾雑物除去のための前処理法とFISH法を適用し、Syntrophus属類縁菌を検出したところ、Syntrophus属類縁菌は桿菌であることがわかった。

ベンゼン分解系は、5回目の50%植え継ぎ(土壌分解系を3.1%含む)において植え継ぎ後に分解速度が低下し、繰り返しベンゼンを添加すると分解力を失った。検討により、分解力を失った原因が植え継ぎ割合にある可能性が示唆されたので、植え継ぎ割合に影響のある因子として、微生物の支持体としての土壌粒子の減少、土壌由来微量栄養素の減少、微生物の共生関係の崩壊を挙げた。これらの因子に着目し、分解能を回復するために、微生物のための担体の投入、培地の入れ替え、メタン生成菌Methanospirillum hungateの注入を行った。しかし、分解力は回復しなかったため、上記因子が原因ではなく、活性のあるSyntrophus属類縁菌の存在量が少なくなったことが分解力を失った原因である可能性が示唆された。

第7章では、土壌に嫌気ベンゼン分解の推定中間代謝物として報告のある芳香族(トルエン、フェノール、安息香酸)を添加して、土壌分解系におけるSyntrophus属類縁菌の挙動解析を行った。蓮田土壌や河川底泥において、Syntrophus属類縁菌は1.1×105~1.4×106 copy/ml存在し、Total Bacteriaの0.00060~0.046%存在していた。いずれの芳香族分解土壌においてもSyntrophus属類縁菌のコピー数は増加せず、これらの芳香族化合物の分解に関与しなかった。また、今回使用した土壌において、ベンゼン以外の芳香族による馴養ではベンゼンの分解を促進する効果が見られなかった。これは、土壌において活性のあるSyntrophus属類縁菌が極めて少ないことが理由であると考えられた。

トルエンを分解する芝川底泥における分解微生物を推定するため、この土壌からのRNAを抽出し、遺伝子配列libraryを作成したところ、Pseudomonas属細菌が優占したRNAを持っていた。芝川底泥ではSyntrophus属類縁菌とは異なる微生物がトルエンの分解を行っていることが示唆された。

第8章では結論と、今後の展望について述べた。本研究では、以下の結論が得られた。1) メタン生成条件下でのベンゼンの分解において、主要な役割を担っているSyntrophus属類縁菌を特定した。2) Syntrophus属類縁菌を特異的に検出プライマー・プローブを設計し、定量・検出条件を確立した。3) メタン生成ベンゼン分解集積培養系において、およそ0.13mMの濃度のベンゼンに対してTotal bacteriaの数%の割合の5.1×105~3.5×106 copies/mlのSyntrophus属類縁菌が存在し、ベンゼンを安定して分解した。4) メタン生成条件下でのベンゼン分解では、3者以上の微生物の共生関係が成り立っている可能性を示した。5) Syntrophus属類縁菌は土壌分解系にTotal Bacteriaの0.00060~0.046%存在していたが、ベンゼン及びベンゼンの分解における推定中間代謝物であるトルエン、フェノール、安息香酸では増殖しなかった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「メタン生成ベンゼン分解条件下におけるSyntrophus属類縁菌の関与と挙動の解析」と題し、深刻な社会問題を引き起こす工場跡地や処分場周辺における石油系土壌汚染や地下水汚染の原因有害化学物質の中でベンゼンを対象とし、土壌汚染浄化のための原位置バイオレミディエーションを効率的に進めるために、嫌気性雰囲気の中で特にメタン生成を伴うベンゼン分解系で主要な役割を果たすと考えられるSyntrophus属類縁菌を特定し、そのベンゼン分解における関与と挙動を解析したものである。

第1章は「研究の背景と目的」である。研究の背景と研究目的、及び論文構成等を述べている。

第2章は「既往の研究」である。ベンゼンのバイオレミディエーションに関する知見、ベンゼンの嫌気的微生物分解に関する知見、本研究で用いた分子生物学的手法に関する知見をまとめている。

第3章は「実験方法」である。以下の各章に共通するベンゼン分解微生物の培養方法、芳香族化合物やメタンの分析方法、微生物解析方法について述べている。

第4章は「メタン生成ベンゼン分解微生物集積培養系においてベンゼン由来炭素を同化する細菌の特定」である。メタン生成ベンゼン分解微生物集積培養系を確立し、この集積培養系に対して、安定同位体((13)C)ラベルされたベンゼンを添加し集積系に存在するDNAを抽出し、密度勾配超遠心法にて(13)Cを同化した微生物由来の(13)C-DNAと、それ以外の(12)C-DNAを分離した。比重ごとに分画して採取したそれぞれの画分に含まれるDNAに対して、16S rRNA遺伝子V3領域を対象にPCR-DGGEを行った結果、13C-DNAを含む重画分に優占して存在するバンドが2本あることがわかった。これらのバンドの塩基配列を持つ微生物は、メタン生成条件下でのベンゼンの分解に関与する主要な微生物であり、これらのバンドを精製して、優占する微生物の16S rRNA遺伝子(194bp)の塩基配列を決定した。さらに、重画分に存在するDNAの16S rRNA遺伝子全長(およそ1400bp)のlibraryを作成し、PCR-DGGEにおいて優占したバンドのうちの1つの配列を持つ16S rRNA遺伝子を得た。この配列は、分離された微生物のうち最近縁のSyntrophus gentianaeとの相同性が85%と低かったが、Deltaproteobacteria全体の系統樹を作成すると同じクラスタに所属するため、Syntrophus属類縁菌と同定した。

第5章は「Syntrophus属類縁菌の検出方法の検討」である。Syntrophus属類縁菌を特異的に検出するプライマーおよびプローブを作成した。設計したプライマーを使用し、QPrimer法を用いてSyntrophus属類縁菌を定量するための検討を行った。BD207f/ BD437rを用いてアニーリング温度63℃で特異的にSyntrophus属類縁菌を定量検出できた。また、FISH法など、顕微鏡による細菌の検出を行う手法を土壌サンプルに用いるための手法の検討を行った。さらに、Syntrophus属類縁菌をFISH法により特異的に検出するための検討を行った。Clone FISHを用いたプローブBD437のためのハイブリダイゼーション条件の検討では、ホルムアミド濃度30%でSyntrophus属類縁菌を特異的に検出することができた。

第6章は「Syntrophus属類縁菌のメタン生成ベンゼン分解集積培養系における挙動」である。集積培養系内のSyntrophus属類縁菌の定量・検出を行った結果、土壌分解系を6.3%含む集積培養系ではおよそ0.13mMのベンゼンに対して、5.1×105~3.5×106 copies/mlのSyntrophus属類縁菌が存在し、Total bacteriaの1~8%程度の割合で安定してベンゼンを分解した。また、この集積培養系に存在するDNAの16S rRNA遺伝子libraryを作成した。Syntrophus属類縁菌、Sedimentibacter sp. に属する細菌、Peptococcaceaeに属する細菌の3種の配列が、Bacteriaのlibrary内におよそ20%ずつ、合計で61%存在していた。また、この集積培養系に夾雑物除去のための前処理法とFISH法を適用し、Syntrophus属類縁菌を検出したところ、Syntrophus属類縁菌は桿菌であることがわかった。ベンゼン分解系は、5回目の50%植え継ぎ(土壌分解系を3.1%含む)において植え継ぎ後に分解速度が低下し、繰り返しベンゼンを添加すると分解力を失ったが、それは活性のあるSyntrophus属類縁菌の存在量が少なくなっためであることが示唆された。

第7章は「Syntrophus属類縁菌の単環芳香族炭化水素分解土壌における挙動」である。土壌に嫌気ベンゼン分解の推定中間代謝物として報告のある芳香族(トルエン、フェノール、安息香酸)を添加して、土壌分解系におけるSyntrophus属類縁菌の挙動解析を行った。蓮田土壌や河川底泥において、Syntrophus属類縁菌は1.1×105~1.4×106 copy/mL存在し、Total Bacteriaの0.00060~0.046%存在していた。いずれの芳香族分解土壌においてもSyntrophus属類縁菌のコピー数は増加せず、これらの芳香族化合物の分解に関与しなかった。また、今回使用した土壌において、ベンゼン以外の芳香族による馴養ではベンゼンの分解を促進する効果が見られなかった。これは、土壌において活性のあるSyntrophus属類縁菌が極めて少ないことが理由であると考えられた。

第8章は、「結論と今後の展望」である。

以上要するに、本論文は、嫌気性雰囲気の中で特にメタン生成を伴うベンゼン分解系で主要な役割を果たすと考えられるSyntrophus属類縁菌を特定し、その検出法の確立と土壌中での存在量を明らかにし、ベンゼンによる土壌汚染の原位置バイオレミディエーションを効率的に進めるための科学的知見を与えたもので、本研究で得られた知見は、都市環境工学の学術の発展に大きく貢献するものである。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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