学位論文要旨



No 124125
著者(漢字) 小島,靖彦
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ヤスヒコ
標題(和) 金薄膜への電子線照射によるナノ粒子形成に関する研究
標題(洋)
報告番号 124125
報告番号 甲24125
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6894号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野坂,正隆
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 准教授 割澤,伸一
 東京大学 講師 崔,
 科学技術振興機構 フェロー 加藤,孝久
内容要旨 要旨を表示する

金属ナノ粒子はその特異的な性質から注目を集め、各分野への応用が広がってきた。たとえば、磁気記録分野においては、媒体に磁性粒子を2次元に配列させ、粒子1つを1ビットとして記録するパターンドメディアの研究が、プラズモニクスの分野においては局在表面プラズモンを利用したセンサ、導波路などの研究が行われている。また、金属ナノ粒子などの微細構造物は、カーボンナノチューブを成長させるための触媒としても利用されている。今後、これら技術が実用化されていくためには、デバイス上に配列された金属ナノ粒子を形成するための、生産に対応した加工技術が必要となってくる。

金属ナノ粒子を基板上に形成する加工技術の1つとして、Dewetting現象を利用した加工方法が考えられている。Dewetting現象とは、エネルギー的に不安定な液体薄膜が安定化するプロセスである。一般的には、液体薄膜が割れてホール(基板が露出した領域)が形成され、それらが広がることにより液体薄膜の凝集が起こり、最終的に液滴が形成される。この現象は、均一な薄膜が必要とされるコーティング膜や潤滑膜においては望ましくはないが、この現象を利用してナノメーターサイズの液滴(ナノ粒子)を自発的に形成・配列することが可能となる。

本研究では、酸化膜を有するシリコン基板上もしくは合成石英基板上に成膜した金薄膜を、集束電子線を照射することによって溶融し、粒径と粒子間隔に関して規則性のある無数の金ナノ粒子を有する機能化表面を、Dewetting現象を利用して自発的に形成させる新しい技術を開発した。これに、電子線の走査およびステージ移動を組み合わせることにより、粒径と粒子間隔に関してナノスケールの精度を保ちつつ、数十ミリメーター角の広い面積に至るまで金ナノ粒子を有する機能化表面を短時間で創る技術を開発・実証した。

研究ではまず、モンテカルロ法による熱源シミュレーションおよび差分法による熱伝導シミュレーションを行い、金薄膜からの金ナノ粒子形成に最適な電子線照射条件を明らかにした。この結果を参考に平滑なSiO2/Si基板上でのナノ粒子形成における実験条件を定めた。

次に、金ナノ粒子形成用の装置"電子線ナノ粒子形成装置"の開発を行った。図1に開発した装置の概観図を示す。本装置により、局所的な領域から大面積にわたっての金ナノ粒子形成が可能となった。

続いて、熱伝導シミュレーションの結果を参考にして、平滑なSiO2/Si基板上の厚さ2.5-30 nmの金薄膜に電子線を照射して金ナノ粒子形成実験を行い、形成に必要な電子線照射条件を明らかにした。また、金ナノ粒子の粒子径、粒子間距離および粒子密度について統計分析を行い、これらが膜厚と相関があること、すなわち膜厚によって制御できることを明らかにした。膜厚10 nm以下の条件では、粒子間距離は膜厚の2乗に比例して増加する傾向が見られ、これにより、本条件で形成される金ナノ粒子はSpinodal dewettingを契機とするものであると考えた。図2に平滑なSiO2/Si基板上の金薄膜への電子線照射により形成した金ナノ粒子のSEM観察画像を示す。

さらに、金ナノ粒子の位置、粒子密度を制御するための新しいプロセスを提案し、実証した。成膜と電子線照射を繰り返す粒子形成法では、金ナノ粒子の密度を制御できることと、同一領域に直径の大きく異なる粒子を混在させて形成できることを示した。基板表面に形成した微細構造物を利用した粒子形成法では、最大で粒子密度250 Gdot/in2の金ナノ粒子の2次元配列の形成に成功した。また、このふたつの方法を組み合わせることにより、2次元配列した金ナノ粒子の密度を高めるプロセスを提案し、一部の領域においてはその形成に成功した。図3は、基板表面の微細構造物を利用した粒子形成法を用いて、実際にSiO2/Si基板上に形成した金ナノ粒子の2次元配列である。基板上には、格子状にホールが形成されている。基板上のホールおよび金ナノ粒子の間隔はそれぞれ (a) 300 nm、(b) 100 nmおよび(c) 50 nmである。粒子密度は(a) 7 Gdot/in2、(b) 65 Gdot/in2および(c) 250 Gdot/in2に対応する。

そして最後に、合成石英基板上の20mm × 20mmの領域に電子線を照射して金ナノ粒子を形成し、光学素子を作成した。図4の(a)は金ナノ粒子を形成した合成石英基板(光学素子)の全体写真である。図4の(b)は形成した金ナノ粒子のSEM観察画像である。作成した光学素子については吸光度の測定を行い、金薄膜とは著しく異なる、局在表面プラズモン共鳴による吸収帯を確認した。これにより光学センサへの応用の可能性を示した。またここでは、素子作成に際して電子線の走査およびステージ移動を組み合わせており、これによって、粒径および粒子間隔に関してナノスケールの精度を保ちつつ、20mm × 20mmの大面積におけるナノ粒子形成と配列を制御できることを示した。

以上の結果は、本研究により開発したナノ粒子形成法の実用性の高さを示す。今後、高機能表面形成技術として、また次世代の微細加工技術として活用されていくことが期待される。

図1 電子線ナノ粒子形成装置。

図2 金薄膜への電子線照射により形成した金ナノ粒子のSEM観察画像。照射前の金の膜厚はそれぞれ、(a) 30 nm、(b) 20 nm、(c) 15 nm、(d) 10 nm、(e) 7.5 nm、(f) 5 nm、(g) 3.7 nm、(h) 2.5 nm。

図3 金薄膜への電子線照射により形成した金ナノ粒子の2次元配列。

図4 合成石英基板上の20 mm×20 mmの正方形領域に電子線照射により形成した金ナノ粒子。電子線照射前の金の膜厚は10 nm。

審査要旨 要旨を表示する

電子ビーム加工は、ビーム径を数ナノメーター程度に集束することができ、かつエネルギー密度が高いため、ナノテクノロジーにおける微細加工技術として着目されている。本研究では、酸化膜を有するシリコン基板上もしくは合成石英基板上に成膜した金薄膜を、集束電子線を照射することによって溶融し、粒径と粒子間隔に関して規則性のある無数の金ナノ粒子を有する機能化表面を、Dewetting現象を利用して自発的に形成させる新しい技術を開発した。これに、電子線の走査およびステージ移動を組み合わせることにより、粒径と粒子間隔に関してナノスケールの精度を保ちつつ、数十ミリメーター角の広い面積に至るまで金ナノ粒子を有する機能化表面を短時間で創る技術を開発・実証した。

本論文は8章より構成されている。

「第1章 序論」では、金ナノ粒子形成技術の重要性およびこれまでの研究を概説し、本研究の目的と本論文の構成を示している。

「第2章 Dewettingによるナノ粒子形成」では、Dewettingによるナノ粒子形成に関わる理論的な背景が示されている。

「第3章 電子線照射による温度上昇の解析」では、モンテカルロ法による熱源シミュレーションおよび差分法による熱伝導シミュレーションを行い、SiO2/Si基板上に成膜した金薄膜からの金ナノ粒子形成に最適な電子線照射条件を明らかにしている。この結果を参考に5章のナノ粒子形成における実験条件を定めた。

「第4章 電子線ナノ粒子形成装置の開発」では、本研究のために開発した金薄膜から金ナノ粒子を形成させるための装置について、装置の機能、装置のスペック、開発のプロセスについて記述されている。

「第5章 平面基板上での金ナノ粒子形成」では、第3章のシミュレーションの結果を参考にして、平滑なSiO2/Si基板上の金薄膜に電子線を照射して金ナノ粒子形成実験を行い、形成に必要な電子線照射条件を明らかにした。また、金ナノ粒子の粒子径、粒子間距離および粒子密度について統計分析を行い、これらが膜厚と相関があること、すなわち膜厚によって制御できることを明らかにした。そして、金薄膜の膜厚が10 nm以下の場合には、Spinodal dewettingを契機として金ナノ粒子が形成されていることを明らかにした。

「第6章 金ナノ粒子形成応用技術」では、前章で開発した手法を発展させ、金ナノ粒子の位置、粒子密度を制御するための新しいプロセスを提案し、実証した。成膜と電子線照射を繰り返す粒子形成法では、金ナノ粒子の配列密度を制御できることを示し、基板表面の微細構造物を利用した粒子形成法では、粒子密度250 Gdot/in2の金ナノ粒子の2次元配列の形成に成功したことを述べている。

「第7章 光学センサへの適用」では、合成石英基板上の20mm x 20mmの領域に電子線を照射して金ナノ粒子を形成し、光学素子を作成した。この素子の光学的な特性評価として、吸収スペクトルの計測を行い、局在表面プラズモン共鳴による吸収帯を確認し、素子の光学センサとしての応用の可能性を示した。ここでは素子作成に際して電子線の走査およびステージ移動を組み合わせており、これによって、粒径および粒子間隔に関してナノスケールの精度を保ちつつ、20mm x 20mmの大面積におけるナノ粒子形成と配列を制御できることを示した。

「第8章 結論」では、本論文の総括と将来の展望を述べている。

以上要するに、本研究により開発されたナノ粒子形成法の実用性は高く評価でき、今後の高機能表面形成技術として、また次世代の微細加工技術として活用されていくことが期待できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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