学位論文要旨



No 124126
著者(漢字) 李,得熙
著者(英字)
著者(カナ) イ,トクキ
標題(和) 超音波による診断・治療統合システムに関する研究
標題(洋) Ultrasound-Based Diagnostic and Therapeutic System
報告番号 124126
報告番号 甲24126
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6895号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 准教授 杉田,直彦
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、超音波技術を利用して非侵襲医療診断・治療統合システムを開発しようとするものである。非侵襲医療は患者にとって苦痛が少ない、感染の恐れがない、早期の回復が期待できるなどの長所により、開腹手術の代替として、その将来が期待されている。

非侵襲診断および治療における媒体としては、放射線、磁場、ならびに超音波などが挙げられる。放射線は、被爆のため、長期間の使用が不可能であり、リアルタイム・モニタリングが困難である。磁場の場合もリアルタイム・モニタリングが困難である。一方、超音波は放射線の被爆がなく、リアルタイム・モニタリングが可能であり、なおかつ、比較的、簡単な装置群によりシステムが実現可能であり、このことから、近年、集束式超音波を利用した診断・治療に関する研究の数が急増している。

超音波を利用した診断・治療統合システムを実用化する際に克服すべき共通の主要な課題として、下記の2点があげられる。まず、1点めとして、治療の過程をリアルタイムにモニタリングして安全性と精度を確保する必要がある。これは、非侵襲診断および治療においては、下記の2点の制約があるためである。(i)非侵襲診断では肉眼で患部を確認できない、(ii)体内の患部に対して、触覚による診断ができないため、正確な診断が困難である。

2点めとして、患部が存在する腹部は呼吸等によって運動しているため、患部の運動に対する補償が要求される。超音波は骨・肺(空気があるから)などを透過することができないため、超音波は主に腹部の診断・治療に利用される。本研究では、超音波診断装置を利用して患部を検出し、患部の3次元位置をリアルタイムに同定して、これに基づいて、非侵襲超音波の焦点位置を補償する。

開発した非侵襲超音波診断・治療統合システムのハードウェアは集束超音波の発生システム、超音波イメージング・システム、ロボット・システムを中心に構成される。

具体的に、1点めとして、ロボット・システムの先端部には治療用の集束超音波のトランスデューサーと診断用の2つの超音波イメージング・プローブを搭載している。ここで、2つの超音波イメージング・プローブによって得られる超音波画像平面は直交し、その交線上に集束超音波の焦点位置が存在するようにプローブおよびトランスデューサを配置する。

2点めとして、ロボット・システムが手先部を駆動して、集束超音波の焦点位置と超音波イメージング・プローブの観測位置を一体的に移動させる。これにより、観測されたターゲットの運動量にもとづいて、ロボットの先端部を移動させ、集束超音波の焦点位置をターゲットの運動に対して補償することができる。

3点めとして、開発したソフトウェアは、超音波エコーのRF信号(超音波エコーから得られる、生データに近い信号)処理部、患部検出部、画像追跡処理部、ノイズ除去部(集束超音波の照射の時に発生されたバブルによるノイズ成分を除去する)、ロボットの制御信号生成部より構成される。

全体的なシステムのサンプリング周期は超音波イメージングのフレーム・レートに依存する。一般に、フレーム・レートが向上すれば追跡の性能も向上する。本システムは現在の結石位置情報にもとづいて、ROI(探索領域)を小さくすることで、フレーム・レートを約 200Hzまで向上させている。この時、実現可能なフレーム・レートの値はROIの大きさ、取得した超音波エコーのRF信号をBモード画像に変換する処理時間、ターゲットの画像追跡に掛かる処理時間に依存する。

超音波画像による患部の検出は超音波画像上での高輝度領域とスペックル(模様)のパターンなどにより遂行される。本研究では、下記の2点の特徴により、腎臓結石を自動検出する画期的なアルゴリズムを実現した。1点めは、腎臓結石は音響インピーダンスが周りの身体組職に比べて、高いことである。このため、超音波画像上で高い輝度を有する。2点めは、プローブの位置から腎臓結石の方向に影が生じることである。

本研究では、上記の2点の特徴を利用して、結石を自動検出する。具体的に、超音波画像上で、結石を背景から分離するために、画像のヒストグラム上で背景の部分が占める画像パターンの分布をモデリングして、しきい値を決定する。また、影の有無を判断するため、ターゲット物体である結石の中心と両端を通過する超音波ビーム・ラインの強度比率から影部を定義した。

超音波画像でターゲットの追跡はターゲット検出の時に使ったしきい値レベルにより、2値画像でターゲットの白色領域を追跡する。この時、ターゲットの白色領域はターゲット検出アルゴリズムによって指定され、初期位置が設定される。ターゲットの追跡はターゲットの予測位置と、その予測点を含む白色領域の検出の順番に遂行される。ここで、ターゲットの位置は過去の位置の履歴を利用した運動モデルから予測する。また、白色領域は画像モーメントによって楕円方程式により、表現することができる。 予想された位置を各白色領域の楕円方程式に代入して予想された位置に存在するターゲットを捜す。ここで、ターゲットの位置はターゲットの白色領域の重心点により定義した。

超音波治療の際に集束超音波は焦点の周りにマイクロ・バブルを発生させ、これは超音波画像上に高輝度領域を形成する。集束超音波の焦点は患部、すなわち、ターゲット位置に設定しているため、焦点の周りに発生したノイズはターゲットの追跡を困難にする要因になる。上記で説明した白色領域追跡法は2値画像でターゲットの白色領域の重心点を追跡する方法であり、ターゲットの白色領域が集束超音波によるノイズによって汚染されれば、そのターゲットの白色領域の重心点も実際の位置とは異なってしまう。そこで、この問題を解決するために、収束超音波の焦点領域は、1mm程度と小さく、ノイズもその近傍で生成されるため、ターゲット物体の一部分だけが影響されることに着目した。具体的に、ターゲット物体においてノイズによって影響されていない部分の形状を認識することにより、実際のターゲットの白色領域の重心点を検出する。まず、集束超音波を照射する前に、ターゲットの白色領域の境界点と各境界点でターゲットの白色領域の重心点までの参照ベクターを求めて保存しておく(これをターゲットモデルとよぶ)。集束超音波が照射されてターゲットの白色領域が汚染されれば、ターゲットモデルを利用してターゲットの白色領域の境界点にあたる点を探索する。これは各境界点と隣り合う境界点の関係から決定される。ターゲットモデルで各境界点の参照ベクターを汚染した白色領域の境界点群に適用すればいくつかの参照点(白色領域の重心点)候補が得られるが、参照点候補が最も多く集中する点を白色領域の重心点とする。

超音波画像からターゲットである患部の移動量が検出されれば、これに基づいて、集束超音波の焦点位置を移動する。この時、呼吸によるターゲットの運動は周期的な運動成分と非周期的な運動成分から構成される。運動の周期的な成分に対してはフィード・フォワード制御部をあらたに追加し、フィードバック制御と併用する。フィードバック制御は、主に、運動の非周期的な成分に対して適用される。具体的に、まず、ターゲットの運動履歴をフーリエ解析し、運動周期と振幅を得る。つぎに、現在の患部の位置を周期的な運動モデルと同期させるため、直近の運動履歴と周期的な運動モデルとの相関値を計算し、運動の位相を求める。最後に、周期的な運動モデルからフィード・フォワード項を生成し、フィードバック項とあわせて制御系の操作量とする。

以上のように、システムを構成し、モデル結石追従・破砕実験を行なった。9mm程度の大きさのモデル結石を実際のヒトの呼吸による腎臓動作に基づいて動作させ、集束超音波を照射しながらリアルタイム追跡した。その結果、平均0.24mmの追従精度(最大0.98mm, 標準偏差0.15mm)で追跡することが可能であることを確認した。ここで、当初目標とした追従精度は最大1.5mmである。

以上をまとめると、本研究では、まず、超音波技術を利用して非侵襲診断・治療が可能なシステムを構築した。つぎに、非侵襲診断での診断・治療における主要な課題に対する解として、まず、超音波画像上で結石を自動検出するアルゴリズムを提案し、治療の精度およびモニタリングのために、集束超音波の照射によるノイズの存在下においても、患部である結石の正確な追跡を可能とする画期的な方法を提案した。さらに、追従性能を極限まで高めるために、ターゲットの運動の周期的な成分をモデル化して、これをフィード・フォワード項として与える制御法を提案した。最後に、モデル結石追従・破砕実験を行ない、構築したシステムと提案する手法の有効性を確認した、将来課題として、体中の結石に対する追従実験、癌のような組職を対象に対する提案手法の拡張が挙げられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、超音波技術を利用して非侵襲医療診断・治療統合システムを開発しようとするものである。非侵襲医療は患者にとって苦痛が少なく、感染の恐れがないことや早期の回復が期待できることから、開腹手術の代替としてその将来が期待されている。

非侵襲診断および治療における媒体としては、放射線、磁場、ならびに超音波などが挙げられる。放射線は、被爆のため長期間の使用が不可能であるとともに、リアルタイム・モニタリングが困難である。また、磁場の場合もリアルタイム・モニタリングが困難である。一方、超音波は放射線の被爆がなく、リアルタイム・モニタリングが可能であり、なおかつ、比較的簡単な装置群によりシステムを構築することが可能である。このことから、近年、集束式超音波を利用した診断・治療に関する研究が増加している。

第1章では、研究の動機と超音波を利用した診断・治療統合システムの開発可能性を述べている。また、開発したシステムの実際の効率を把握するために腎臓結石を適用対象とした理由を説明している。

第2章では、本論文の目的について述べている。超音波を利用した診断・治療統合システムを実用化する際に克服すべき共通の主要な課題として、治療の過程をリアルタイムにモニタリングして安全性と精度を確保する必要があることや、患部が存在する腹部は呼吸等によって運動しているために患部の運動に対する補償が要求されることが挙げられている。

第3章では、開発したシステムの構成を説明している。開発した非侵襲超音波診断・治療統合システムのハードウェアは、集束超音波の発生システム、超音波イメージング・システム、ロボット・システムを中心に構成される。

第4章では、目標物のビジュアル追跡法を提案している。この方法は、超音波画像において背景から結石を分離するものである。離散化イメージによる運動モデルを用いることにより追跡対象(ターゲット)である結石の位置を予測し、その運動を追跡する方法を提案している。超音波画像による患部の検出は、超音波画像上における高輝度領域とスペックル(斑点模様)のパターン認識などを利用して遂行される。具体的に、本研究では、腎臓結石の音響インピーダンスが周りの身体組職に比べて高いために超音波画像上で高い輝度を有することや、超音波プローブの位置から腎臓結石の方向に影が生じる特徴を用いて、腎臓結石を自動検出するアルゴリズムを実現している。

第5章では、集束超音波によりノイズの影響を受けた目標物の形状情報を補正する方法を提案する。集束超音波を用いた治療では焦点の周りにマイクロ・バブルを発生させるが、このバブルの影響により超音波画像上に高輝度領域が形成される。集束超音波の焦点は患部、すなわち、ターゲット位置に設定されているため、焦点の周りに発生したノイズはターゲット追跡の誤差を増大させる要因になる。本研究では、集束超音波の焦点領域が1 mm程度と小さく、ノイズもその近傍で生成されるため、目標物画像の一部分だけがノイズの影響を受けることに着目している。具体的には、ターゲットにおけるノイズの影響を受けていない部分の形状を認識することにより、実際のターゲットの重心点を検出している。

第6章では、目標物の周期的な運動成分と非周期的な運動成分を分離することにより、ロボットの追従精度を向上させる技術を提案している。呼吸によるターゲットの運動は周期的な運動成分と非周期的な運動成分から構成されることを明らかにし、フィード・フォワード制御部を新たに追加してフィードバック制御と併用することで運動の周期的な成分に対する追従精度を向上させている。

第7章では、実験を通して提案した手法の有効性を評価している。9 mm程度の大きさのモデル結石を実際のヒトの呼吸による腎臓動作に基づいて動作させ、集束超音波を照射しながらリアルタイム追跡した結果、平均0.28 mmの追従精度(最大1.07 mm, 標準偏差0.18 mm)で追跡することが可能であることを示している。これは目標精度の1.5 mmを十分に達成している。

第8章では、本研究の結論と将来展望が述べられている。

以上をまとめると、本研究では、医療支援システムの1つの方法として超音波を利用した診断・治療統合システムを提案している。また、腎臓結石に適用した時に問題となるターゲットの運動に対する補償方法を提案するとともに、集束超音波に起因するノイズを除去する方法を提案しており、次世代手術支援システムを実現するにあたって有益な情報を提供している。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として適当であると判断する。

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