学位論文要旨



No 124129
著者(漢字) 橋本,正洋
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,マサヒロ
標題(和) ネットワーク分析によるナショナル・イノベーション・システムの研究
標題(洋)
報告番号 124129
報告番号 甲24129
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6898号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 教授 坂田,一郎
内容要旨 要旨を表示する

1990年代以降の日本の産業において3つの構造変化、すなわち(1)技術と産業の構造変化、(2)産業と企業のサービス化、(3)産業・技術構造の進化とイノベーションを挙げることができる。

本論文は、日本がこの構造変化に政策的に対応できていなかったことを指摘し、イノベーション構造改革型の産業政策の必要性を論じている。さらに、こうしたイノベーション政策の検討の方法論として、爆発的に増大しているイノベーション学の知の集積を俯瞰する必要性を指摘し、最新のネットワーク分析の手法を用いて、イノベーション学に関する学術研究の俯瞰的理解を提示している。その結果、日米とも、その構造的改革は、イノベーションにかかる知が集積し、それから一定のタイムラグを置いてそれを活用した政策が実行され、高度化、包括化してきたことが、明らかになっている。

具体的には、イノベーションについて、主要な学術研究の3分野を抽出し、イノベーションの三層構造を明示している。第一に、イノベーション創成の環境基盤としての地域、産学の関係、知的財産権が重要であり、これらをもとに経済成長の起動力としてイノベーションが位置づけられていること。第二に、技術革新がイノベーションの中核であり、その昂進のためには、産業における技術の位置づけの差違の認識知識のマネジメント及び製品開発が重要であり、そのためには、企業内外とのネットワークの構築がそれぞれの要素に大きく影響することとして捉えられていること。第三に、イノベーションマネジメントにおいては、組織のあり方、マーケット指向、組織内個人の創造性とリーダーシップの3点が重要な課題であり、それらを遂行していくためには、組織内のコミュニケーションの確保と実行力が必要であるということを明らかにしている。

一方、イノベーションの学術俯瞰からその重要性が明確になった大学の機能について、地域産業クラスターの分析を通じて、大学はその「るつぼ=Melting Pot機能」により、先端技術クラスターの強力なハブ機能を果たし、イノベーションの推進に寄与でき得ることを示す。

これらの分析を踏まえ、今後のナショナル・イノベーション・システム構築のための政策形成プロセスとしては、イノベーションの三層構造を念頭に置いて、爆発する学術の知識を俯瞰し、産業の現状を特許動向等により把握することで、的確な産業の方向性の理解を進めることが重要であることを指摘する。さらに、政策の推進体制に関しては、産業の方向性の理解を基礎に、強い意志(will)をもって、この政策を企画・実行する政策人材の育成が重要であることを指摘する。また、現在起こっている産業構造の変化に柔軟かつ機動的に対応できるイノベーション政策インフラとイノベーション政策人材の整備が重要であり、このための基盤として「イノベーション学」の確立とこれに対応した大学カリキュラムの改革が不可欠であることを提言する。

審査要旨 要旨を表示する

1990年代以降の日本の産業において3つの構造変化が生じている。すなわち(1)技術と産業の構造変化、(2)産業と企業のサービス化、(3)産業・技術構造の進化とイノベーションの様態の変質である。本研究は、日本がこのような構造的な変化に対し政策的な対応できていなかったことを指摘し、体系的な理解に基づき、構造改革型のイノベーション政策を加速する必要性があるとの認識に立っている。

イノベーション政策の検討を深み、政策形成を加速させるための方法論としては、21世紀に入り爆発的に増大しているイノベーションに関連した学の知の集積を俯瞰した上で活用する必要性があることを指摘し、実際に、最新のネットワーク分析や可視化の手法を用いて、イノベーションに関連した学術研究の俯瞰的理解を提示している。

具体的には、まず、イノベーションをキーワードとして含む42,444件の学術論文群について引用分析を行うことで、学術研究の主要な3分野を抽出し、イノベーションの三層構造を明示することに成功している。三層の第一は、イノベーション創成の環境基盤であり、更に分解をすると、地域環境、産学の関係、知的財産権に関する議論が中心を成している。この分野ではまた、経済成長の起動力としてイノベーションが明確に位置づけられていることが特徴である。第二は、技術革新昂進の仕組みである。この分野では、技術革新がイノベーションの中核であり、その昂進のためには、産業における技術の位置づけの差違の認識、知識のマネジメント及び製品開発が重要であり、企業内外とのネットワークの構築がそれぞれの要素に大きく影響することとして捉えられていること等が議論されている。第三は、イノベーションマネジメントである。イノベーションマネジメントにおいては、組織のあり方、マーケット指向、組織内個人の創造性とリーダーシップの3点が重要な課題であり、それらを遂行していくためには、組織内のコミュニケーションの確保と実行力が必要であるということが議論されている。

また、三層構造の特定と同時に、可視化の手法を用いて、規模の小さい他の分野も含めた多数分野の間の全体的な関係についても特定をしている。全体の中心に、二層目の技術革新昂進の仕組みがあり、その両側に、イノベーション創成の環境基盤、イノベーションマネジメントが位置する構造を特定している。

次に、同じく可視化の手法を用いて時系列の分析を行っている。その結果、三層構造は、1990年代半ばには形作られたこと、イノベーションマネジメントと比較して、他の2領域の成長が早いこと等を明らかにしている。また、この間、形成された政策との丁寧な対比を通じて、日本及び米国において、その構造的改革は、イノベーションにかかる知が集積し、それから一定のタイムラグを置いてそれが政策企画の現場に伝播し、政策が高度化・包括化してきたこと、現在は近年形成された大量の知をまさに活用する段階にあることを明らかにしている。

本研究では、以上により、イノベーション学の学術俯瞰を完成させている。

本研究は更に、イノベーション学の学術俯瞰からその重要性が明確となった大学について、我が国において、現在、大学が果たしている機能を実証的に分析している。

具体的には、ネットワーク分析の手法を用い、地域クラスター内に形成された取引等ネットワーク内における大学の位置づけを分析、特定している。その結果、九州大学、京都大学、大阪大学等は、ネットワーク内において、コネクターハブの位置づけを持っていることが明らかとなった。また、産学連携機能を強化している立命館大学のような大学は、研究規模に比して大きなコネクター機能を持っていることを示している。

この分析を通じて、我が国の大学についても、それが潜在的に持つ「るつぼ=Melting Pot機能」を発揮するにより、先端技術クラスターの強力なハブ機能を果たし、イノベーションの推進に寄与でき得ることを示している。

以上のような研究を踏まえ、今後のナショナル・イノベーション・システム構築のための政策形成プロセスとしては、イノベーションの三層構造を明確に理解した上で、第一層目に関し、爆発する学術の知識を客観的に俯瞰する仕組みが重要であること、第二層目に関し、産業の現状を特許動向等により把握することで、的確な産業の方向性の理解を進めることが重要であること、三層目に関し、政策の推進体制に、産業の方向性の理解を基礎に、強い意志(will)をもって、この政策を企画・実行する政策人材の育成が重要であることを指摘している。また、それを実現可能とする環境の整備に関して、現在起こっている産業構造の変化に柔軟かつ機動的に対応できるイノベーション政策インフラとイノベーション政策人材の整備が重要であり、このための基盤として「イノベーション学」の確立とこれに対応した大学カリキュラムの改革が不可欠であることを提言している。

以上のように、本研究は、既存研究ではその全体像が明確になっていなかったイノベーション学について、俯瞰的な理解を確立し、今後のイノベーション研究や政策形成に対し海図を提供している。特に、大学に関しては、独自の手法を用い、イノベーション学を背景とした具体的な機能分析を行っている。また、イノベーション研究のような分野において、学術俯瞰の方法を具体的に示し、学術俯瞰という手法を用いた研究の今後について、多くの可能性を示した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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