学位論文要旨



No 124130
著者(漢字) 平田,竹男
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,タケオ
標題(和) 地域におけるプロサッカークラブの持続的成長ビジネスモデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 124130
報告番号 甲24130
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6899号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,克守
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 教授 坂田,一郎
 東京大学 准教授 武市,祥司
内容要旨 要旨を表示する

日本において、サッカーは長い間アマチュアスポーツであった。しかし、1993年にプロサッカーリーグであるJリーグが開幕すると、日本サッカーは飛躍的な発展を遂げる。Jリーグの最大の特徴は地元地域に密着したクラブ経営を志向したことである。地域密着型のクラブ経営は、市民のホームタウンへの意識を刺激し、地域アイデンティティを形成することで地域活性化へと繋がった。1999年に、下部リーグであるJリーグディビジョン2(以下、J2)が設立されると、これによってリーグの規模は拡大し、クラブ総数がそれまでの16クラブから26クラブ(1999年当時)に増加、より地域色の濃いチームがJリーグへと参戦することになった。しかしJ2が開幕してから7年が経過した2006年度の経営資料を見ると、全13クラブ中、8クラブが赤字経営であり、決して全てのクラブが安定した経営を行っているわけではない。

このような状況の下で、プロスポーツを通じた地域活性化を今後行っていきたいと考える地域クラブはいくつも存在しているが、成功のためのノウハウが蓄積、一般化されていないため、地域のリーダー、住民、スポンサー、競技団体、地方公共団体などが行動の方向性を理解できず、明確なビジネスモデルは形成されていない。

スポーツビジネスは、欧米において学術的研究の対象となっており、W杯などのスポーツイベントの経済効果についての研究や、プロスポーツリーグの観客数を規定する要因を明らかにしている研究などが存在する。しかし、特定のプロスポーツクラブを対象として、そのビジネスモデルについて検証を行っている研究はほとんど存在しない。またわずかながら存在する研究に関しても、欧米のプロスポーツは長い歴史によって積み上げられた強固な基盤が存在するため、発足して15年あまりのJリーグのような新興スポーツリーグにとって参考とすべき要素が十分に検証されていない。つまり、日本におけるプロスポーツクラブのビジネスモデルに関して言及された既存研究は存在せず、Jリーグクラブのビジネスモデルを検証することは学術的にも大きな意義があると考えられる。よって、本研究では、地域サッカークラブの持続経営のビジネスモデルを提示することを目的として、Jリーグにおける成功クラブとその成功要因の抽出を行なった。

まず、わが国におけるプロサッカークラブを取り巻く背景としてのJリーグとJFAの歴史を確認した上で、わが国のプロサッカークラブにおける成功の指標として、「収益」「普及」「成長」という3つの観点が必要と定義した。そして、以上の3つの観点を用いてJクラブの現状評価を行い、Jリーグにおける成功クラブの選定を行った。その上で、成功クラブの成長過程を分析し、プロスポーツクラブにおける具体的な成功要因を検討した。

成功クラブの選定に当たって、Jリーグのクラブはクラブの設立母体によって地域のリーダーによってプロを目指し創設された「地域型クラブ」と企業スポーツから発生した「企業型クラブ」の2つに分類されるため、この2つの分類からそれぞれ選定を行った。以上を踏まえ、客観的データから、「地域型クラブ」の成功事例としてアルビレックス新潟、「企業型クラブ」の成功事例として浦和レッズという2つのクラブを選出した。

この2つの成功クラブについて、「クラブがこれまでに直面した壁と、その壁に対して行ったアクション」を明らかにするために、文献・新聞・ホームページなどの資料の分析、及び、両クラブの経営関係者へのインタビュー調査による事例検証を行った。その結果、アルビレックス新潟、浦和レッズ共に5つの壁とそれを乗り越えるアクションを抽出した。

この分析から、アルビレックス新潟においては10の成功要因を、浦和レッズにおいては9つの成功要因を抽出した。その上で、両クラブに共通する成功要因として、「特定企業に依存しない資金調達」「地域のバックグラウンドに即した観客数増加戦略」「広告料収入に匹敵する入場料収入」「収支規模に対する人件費比率のバランスを適切に保つこと」「主体的に経営を担う人物」「スタジアムの建設とW杯の地元開催への働きかけ」という6つの成功要因を特定している。

「特定企業に依存しない資金調達」という要素においては、アルビレックス新潟の場合、クラブ発足時における県内全域への後援依頼が「おらがチーム」意識の形成に効果をもたらしたほか、法人化に伴う後援会組織の拡大と、「広く薄い」資金調達がクラブの大きな財源となり、同時に地域企業や県民に支えられるクラブとしての地位を築いた。浦和レッズに関しては、Jリーグ開幕当初は親企業である三菱自動車からの広告料に依存していたが、三菱自動車の相次ぐ経営危機によって、2000年に三菱自動車からの出資率を50.6%にまで低減させている。その後は、自立した経営を行うために、スポンサーの公開入札を開始するなどの経営努力を行ない、その結果として2005年には三菱自動車との損失補填契約の解消に至っている。

「地域のバックグラウンドに即した観客数増加戦略」という要素では、アルビレックス新潟においては、「サッカー不毛の地」であるというバックグラウンドを認識した上で、まずは無料でもスタジアムに足を運んでもらい、満員のスタジアムを体験してもらうという観客数増加戦略を行なったことが成功要因であったと考えられる。浦和レッズにおいては、古くから「サッカーどころ」として知られる浦和市をホームタウンとしているといった恵まれた環境の中で多くのサポーターが存在していたことが背景として存在し、その多くのサポーターからの人気を生かし、公開入札によるスポンサー決定の実施や積極的なグッズ開発などを行なうことで、Jリーグ最大の収入規模が実現できたものと考えられる。

「広告料収入に匹敵する入場料収入」という要素においては、アルビレックス新潟の場合、入場料収入を基盤とした収支構造を確立し、入場料収入の拡大を中心とした経営戦略を行なったことで、大企業が存在しない新潟県でもクラブの持続的な経営を実現できたと考えられる。浦和レッズも三菱自動車の経営不振を契機に、マーチャンダイジング収入や広告料収入の他に入場料収入の拡大を図り、自立経営への収入源確保へのアクションを行なっている。そのアクションにより、浦和レッズの主な収入源は入場料収入やグッズ収入、さらには公開入札によって得た新規スポンサー収入へと移行し、段階的に損失補填額を減らすことに成功している

「収支規模に対する人件費比率のバランスを適切に保つこと」という要素においては、アルビレックス新潟の場合、J2への昇格を果たした1999年に戦力補強を行なう際に、収支とのバランスを保つために、多くの選手を解雇した上で、新たに選手を獲得している。そして、それ以降は支出総額の50%以内に人件費を保っており、人件費のほとんどを入場料収入で賄っている。浦和レッズは、人件費支出は入場料収入のなかで納めるという方針を採っており、収支のバランスを考え、補強を行う際にも人件費支出のバランスを保つことが、クラブの持続的経営につながっていると考えられる。

上記の成功要因として挙げた条件を実際に実行するために必要な要素が、「主体的に経営を担う人物」である。意思決定の責任者がクラブ内の人物であることが重要であり、それによって自立した経営が可能となると考えられる。アルビレックス新潟においては、1996年にそれまで県のサッカー協会が主導していたクラブの運営が池田氏に委託されている。池田氏は、それまでの経験から民間の経営ノウハウを生かしたクラブ運営を行っており、マーケティングの要素を多分に取り入れた無料券配布戦略の成功などを実現している。浦和レッズにおいては、2002年、浦和レッズの社長に就任した犬飼氏が、三菱自動車工業時代に営業畑で培ったノウハウを応用することで浦和レッズが自立的経営を行うための資金調達手段を開発し、クラブの収入源拡大に繋げている。このようなクラブ経営者に必要な条件としては、経営戦略の立案に必要な経験・ノウハウと行動力を持った人物であることが挙げられる。

「スタジアムの建設とW杯の地元開催への働きかけ」という要素においては、アルビレックス新潟は、新潟県サッカー協会主導の下、2002年のW杯を誘致するために自治体の協力を得て設立されたクラブである。また、W杯開催のために建設された新潟スタジアムの使用開始と共に観客数が増加している。浦和レッズにおいても、W杯開催のために建設された埼玉スタジアムを使用することで、多くの入場料収入を得ることに成功している。しかし、今後W杯が日本で開催されるには、長い年月を経る可能性が高く、W杯の誘致とそれに伴うスタジアムの建設を一般化が可能な成功要因として捉えることはできないと考えられる。

したがって、地域型の成功クラブであるアルビレックス新潟と企業型の成功クラブである浦和レッズに共通する6つの要因から、歴史的に限られた数の機会しかない状況下のものである「スタジアムの建設とW杯の開催への働きかけ」を除いた5つの成功要因が、企業型クラブと地域型クラブの双方に通じたものとして地域プロサッカークラブに一般化することが可能である。そして、これら5つの要因を満たすモデルが地域におけるプロサッカークラブの持続的成長ビジネスモデルであると結論づけられる。

以上によって、わが国における地域プロサッカークラブのビジネスモデルについての知見が深まり、地域プロサッカークラブが指標とすべき成功モデルが得られた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、我が国においては、新興のスポーツであり、クラブ経営のビジネスモデルが確立されていないサッカーを取り上げ、データの分析と丁寧なケース・スタディにより、クラブ経営の成功要因を抽出したものである。

プロサッカーリーグであるJリーグの開幕(1993年)以降、日本サッカーは飛躍的な発展を遂げてきている。Jリーグの最大の特徴は地元地域に密着したクラブ経営を志向したことである。これは我が国プロスポーツの中では他に余り例のないものである。地域密着型のクラブ経営は、市民のホームタウンへの意識を刺激し、地域アイデンティティを形成することで地域活性化へと繋がっている。下部リーグであるJリーグディビジョン2(以下、J2)が設立されると、より地域色の濃いチームがJリーグへと参戦している。2006年度の経営資料を見ると、J2全13クラブ中8クラブが赤字、全クラブの平均も赤字となっており、決して多くのクラブが安定した経営を行えているわけではない。

このような状況の下で、プロスポーツによる地域活性化を今後行っていきたいと考える地域クラブは数十存在しているが、成功のためのノウハウが蓄積されていないため、地域のリーダー、住民、スポンサー、競技団体、地方公共団体などが何に向かって行動を起こすべきか理解できずにおり、明確なビジネスモデルが形成されていない状況である。

また、先行研究という面でも溝は大きい。スポーツビジネスは、欧米において学術的研究の対象となっており、W杯などのスポーツイベントの経済効果についての研究や、プロスポーツリーグの観客数を規定する要因を明らかにしている研究などが存在する。しかし、特定のプロスポーツクラブを対象として、そのビジネスモデルについて検証を行っている研究はほとんど存在しない。また少数存在する先行研究についても、欧米のプロスポーツは長い歴史によって積み上げられた強固な基盤が存在するため、発足して15年あまりのJリーグのような新興スポーツリーグにとって参考とすべき要素が十分に検証されていない。つまり、日本におけるプロスポーツクラブのビジネスモデルに関して言及された既存研究は存在せず、Jリーグクラブのビジネスモデルを検証することは学術的にも大きな意義があると考えられる。

これらのような課題認識の下、本研究では、地域サッカークラブ持続経営のビジネスモデルを提示することを目的として、Jリーグにおける成功クラブとその成功要因の抽出を行なっている。

具体的には、最初に、わが国におけるプロサッカークラブを取り巻く背景としてのJリーグとJFAの歴史を確認した結果、わが国のプロサッカーリーグにおける成功クラブとしては、「収益」「普及」「成長」という3つを満たすことが必要であることを明らかにしている。そして、以上の3つの観点を用いてJリーグクラブの現状評価を、経営情報を元に定量的に実施した結果、アルビレックス新潟と浦和レッズという2つのクラブをJリーグにおける成功クラブとして選出している。

次に、この2つの成功クラブについて、「クラブがこれまでに直面した壁と、その壁に対して行ったアクション」を明らかにするために、文献・新聞・ホームページなどの資料の分析、及び、両クラブの経営関係者へのインタビュー調査による丁寧な事例検証を行っている。その際、観客数と収入のマトリックス上で時系列の動きをみる枠組み、ホーム-アウェイ観客数マトリックス等の独自の検討の視点を提示している。その結果、アルビレックス新潟、浦和レッズに共通するものとして、5つの壁とそれを乗り越えるアクションを明確に抽出している。

更に、以上の史実の整理を踏まえて、アルビレックス新潟と浦和レッズに共通するものとして、「特定企業に依存しない資金調達」「地域のバックグラウンドに即した観客数増加戦略」「広告料収入に匹敵する入場料収入」「人件費比率のバランスを適切に保つこと」「主体的に経営を担う人物」「スタジアムの建設とW杯の開催への働きかけ」という6つの成功要因を抽出している。

「スタジアムの建設とW杯の開催」という時期が限定をされた要因を除く5つの成功要因は、将来的にJリーグへの参入を目指す地域プロスポーツクラブに一般化することが可能であり、地域プロスポーツクラブが成功を収めるために必要な条件であると考えられる。結果として、サッカーに関して、プロスポーツクラブのビジネスモデルを構築する上で、一般的に考慮すべき成功要因を5点抽出することに成功している。

既存研究においては、新興ビジネスである我が国サッカークラブが参考とすることが可能な学術的知見に乏しい。そのような状況下で、本研究は、以上のような5つの成功要因を抽出し、地域サッカークラブ持続経営のビジネスモデルを提示している。また、サッカークラブ経営の分析について、新たな視座を多く提示している。本研究は、成長や新規参入を目指す地域のサッカークラブや関係者に対して、独創性があり有益な学術知識を提供すると共に、サッカークラブに代表される、我が国特有の条件下で独自のモデルを開拓するビジネスに関するビジネスモデル研究について、多くの可能性を示したものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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