学位論文要旨



No 124132
著者(漢字) 崔,大坤
著者(英字)
著者(カナ) チェ,デゴン
標題(和) 形状記憶合金素子の超弾性挙動および形状記憶効果の計算モデリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 124132
報告番号 甲24132
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6901号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 粟飯原,周二
 東京大学 准教授 鈴木,克幸
 東京大学 准教授 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

本論文は全6章で構成されている。三次元形状記憶合金素子の超弾性および形状記憶効果に対する有限要素解析システムを構築する。また、多孔質形状記憶合金における多孔度とひずみ速度の影響を考慮した単軸構成方程式を提案し、多軸挙動に拡張する。さらに、陰解法による動的解析法に基づいた有限要素定式化を行い、多孔質形状記憶合金素子の動的超弾性挙動に対する有限要素解析ツールを完成させる。各章には、既存の構成式の拡張、また提案した計算モデリングの定量的および定性的信頼性を示す例題を用いたその妥当性の検証例で構成されている。以下に各章の概要を示す。

第1章では、本論文の背景と既往の研究について述べた上で、目的および概要について示す。すなわち、高速コンピュータなどのハードウェア技術は飛躍的に発展している。これらのハードウェアを合理的、効率的に活用するためにはこれらに合わせたソフトウェアの開発が必要とされている。計算力学分野で主に使われている手法として有限要素法は、1950年代初頭に開発され、数値計算の方法として中心的に使われてきた。今まで、数多くの汎用コードが開発され、様々な力学問題に適用できるようになったが、特殊な挙動を有している新材料に適用するにはまだ限界がある。近年、アクチュエータやセンサーとして機能するスマート材料の開発が盛んであり、このような材料を用いたスマート機械システムの開発が将来の産業基盤の構築に不可欠のものとして注目されている。スマート材料の中で開発が最も進んでいるものの一つが形状記憶合金である。

形状記憶合金は多くの研究が行われているが、形状記憶合金の超弾性挙動および形状記憶効果に対する標準的な有限要素解析法は、現段階ではまだ確立していない。一部の汎用有限要素法プログラムは形状記憶合金の超弾性挙動解析機能を有し、幅広く利用されているが、加熱による形状記憶効果解析に適用可能な汎用コードはまだ存在しない。また、形状記憶合金の動的挙動に関しては有効な解析手法の確立までにはいたらず、未だに研究の途上であり、特に多孔質形状記憶合金についてはわずかな研究しか行われていない。

第2章では、三次元形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動解析法を構築した。まず、Toiらが提案した形状記憶合金素子の一次元構成式を拡張し、三次元解析に適用した。すなわち、Drucker-Pragerの相当応力を導入して引張・圧縮挙動の非対称性を考慮した改良Brinsonモデルにおいて、変態臨界応力と温度の関係における勾配をすべて独立な材料定数とし、また垂直変形とせん断変形を連成させることにより、マルテンサイト相体積率の発展方程式および一次元構成式を多軸挙動に拡張した。さらに、この構成式を、接線剛性法に基づいてラグランジュ法による増分形有限要素定式化を行った。この定式化の検証のため、まず単軸荷重下における2種類の超弾性大変形挙動解析を行い、解析結果と実験結果が良好に対応していることを確認した。続いて、多軸荷重下における超弾性挙動解析においては、一定温度下における形状記憶合金マイクロチューブおよび温度変化を考慮した形状記憶合金管の多軸挙動解析を行い、解析結果を実験結果と比較した。その結果、R相変態の考慮など、定量的には構成式における若干の改善の余地があるものの、本解析手法は三次元形状記憶合金素子の多軸超弾性挙動に対する計算手法として、実用性を有していることが確認された。

第3章では、三次元形状記憶合金素子の形状記憶効果に対する有限要素解析ツールを構築した。提案した計算モデリングの妥当性検証のため、いくつかの形状記憶合金素子の負荷・除荷および加熱による形状記憶効果挙動の解析を行った。すなわち、様々な初期温度下における形状記憶合金棒の単軸引張・除荷、形状記憶合金はりの曲げ変形・除荷、さらには加熱による形状記憶合金効果解析を行い、良好にシミュレートされた。続いて、形状記憶合金柱の圧縮座屈・除荷後、オーステナイト変態終了温度より高い温度まで加熱した場合の、形状記憶効果挙動を解析し、座屈変形の回復が良好にシミュレートされた。最後に、形状記憶合金箔ハニカムコアの圧縮座屈・除荷、さらには加熱による形状記憶合金効果解析を行った。座屈変形過程におけるマルテンサイト相体積率の局所的増大、除荷後の加熱によるオーステナイト相への逆変態と座屈変形の回復が良好にシミュレートされており、実験結果ともほぼ対応した。既存の形状記憶合金の形状記憶効果の有限要素解析に関する研究は、ワイヤ、シートなどの比較的な単純な構造要素への応用に限られているが、本解析手法は、複雑な三次元形状を有する形状記憶合金素子の超弾性および形状記憶効果に対する一般的計算ツールとして、実用性を有すると判断される。

第4章では、多孔度とひずみ速度の影響を考慮した多孔質形状記憶合金の一次元構成方程式を構築した。まず、多孔度とひずみ速度の影響を考慮した多孔質形状記憶合金の力学的挙動予測のため、多孔質形状記憶合金の準静的および動的挙動に対する内部状態変数表示の構成方程式を定式化した。この構成式モデルを、様々なひずみ速度および温度条件下における多孔質形状記憶合金材料の準静的および動的単軸圧縮挙動のシミュレーションに適用し、計算結果を実験結果と比較した。すなわち、密な形状記憶合金および多孔質形状記憶合金に対する静的圧縮計算を行い、材料の超弾性挙動が良好に同定された。続いて、様々なひずみ速度下における密な形状記憶合金を対象に行った準静的および動的計算結果を実験結果と比較した。本構成式モデルと実験結果が良好に対応するが、応力・ひずみ曲線の形状には改良の余地がある。最後に、様々な温度とひずみ速度下における多孔質形状記憶合金に対して圧縮計算を行い、準静的および動的計算結果を実験結果と比較した。高速変形実験を厳密に一定速度で実施するのは困難であり、このことが計算と実験の若干の相違の一因と考えられるが、総体的には良好に対応した。数値計算の結果、本構成式モデルは、多孔質形状記憶合金の準静的および動的挙動予測に対する計算モデルとして、一定の実用性を有すると考えられる。

第5章では、三次元多孔質および粒子分散型ハイブリッド形状記憶合金素子の動的超弾性挙動解析法を構築した。第4章で提案した多孔質形状記憶合金の一次元素子の構成方程式を多軸挙動に拡張した。この構成式を、陰解法として解の安定性や精度が良いNewmarkのβ法による動的解析法に基づいて有限要素定式化を行い、多孔質形状記憶合金素子における動的超弾性挙動解析ツールを開発した。この定式化の実用性検証のため、多孔質および粒子分散型ハイブリッド形状記憶合金素子の衝撃超弾性挙動解析を行い、QidwaiとDeGiorgiのモデルによるメソスケール解析結果と比較した。QidwaiとDeGiorgiによる解析モデルは、母材の多孔部を表現する有限要素メッシュの分割方法において多少制限があり、実際構造物への適用は困難である。本研究で提案した解析モデルは、前述のQidwaiとDeGiorgiのモデルに比べて計算効率がよく、複雑な形状を有する構造体の有限要素解析への適用ができ、様々な分野への応用が可能である。

第6章では、本論文のまとめであり、以下のように総括的な結論について述べた。本論文で提案した解析手法は、三次元形状を有する形状記憶合金素子の静的および動的超弾性挙動解析のみならず、既存の常用プログラムでは適用できない形状記憶効果解析も可能である。さらに、材料定数の入力を変えるだけで、一般の金属、密な形状記憶合金、多孔質およびハイブリッド形状記憶合金素子を含む三次元形状を有するシステムの設計および開発ができる解析プログラムである。工業、医療および航空・宇宙の様々な分野への応用ができる形状記憶合金の効率的設計および開発に、この計算ツールの有効な利用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「形状記憶合金素子の超弾性挙動および形状記憶効果の計算モデリングに関する研究」の成果を取りまとめたものであり、全6章で構成されている。以下に各章の概要を示す。

第1章では主として、本論文の背景と既存の研究について述べている。近年、アクチュエータやセンサーとして機能するスマート材料のひとつとして注目されている形状記憶合金に関し、多くの研究が行われているが、形状記憶合金の超弾性挙動および形状記憶効果に対する標準的な有限要素解析法は確立していない。加熱による形状記憶効果解析に適用可能な汎用コードも存在しない。また、形状記憶合金の動的挙動に対する解析手法は研究途上にあり、特に多孔質形状記憶合金についてはわずかな研究しか行われていない。

第2章では、三次元形状記憶合金素子の超弾性大変形挙動解析法を構築している。まず、Toiらが提案した形状記憶合金素子の一次元構成式を拡張し、三次元解析に適用した。すなわち、Drucker-Pragerの相当応力を導入して引張・圧縮挙動の非対称性を考慮した改良Brinsonモデルにおいて、変態臨界応力と温度の関係における勾配をすべて独立な材料定数とし、また垂直変形とせん断変形を連成させることにより、マルテンサイト相体積率の発展方程式および一次元構成式を多軸挙動に拡張した。さらに、ラグランジュ法に基づいて接線剛性法による増分形有限要素定式化を行った。この定式化の検証のため、一定温度下における形状記憶合金マイクロチューブおよび温度変化を考慮した形状記憶合金管の多軸挙動解析を行い、解析結果を実験結果と比較した。その結果、R相変態の考慮など、定量的には若干の改善の余地があるものの、本解析手法は三次元形状記憶合金素子の多軸超弾性挙動に対する計算手法として、実用性を有することが確認された。

第3章では、三次元形状記憶合金素子の形状記憶効果に対する有限要素解析ツールを構築している。提案した計算モデリングの妥当性検証のため、いくつかの形状記憶合金素子の負荷・除荷および加熱による形状記憶効果挙動の解析を行った。まず、形状記憶合金柱の圧縮座屈・除荷後、オーステナイト変態終了温度より高い温度まで加熱した場合の形状記憶効果挙動を解析し、座屈変形の回復が良好にシミュレートされた。続いて、形状記憶合金箔ハニカムコアの圧縮座屈・除荷、さらには加熱による形状記憶効果解析を行った。座屈変形過程におけるマルテンサイト相体積率の局所的増大、除荷後の加熱によるオーステナイト相への逆変態と座屈変形の回復が良好にシミュレートされており、実験結果ともほぼ対応した。本解析手法は、複雑な三次元形状を有する形状記憶合金素子の超弾性および形状記憶効果に対する一般的計算ツールとして、実用性を有すると判断される。

第4章では、ひずみ速度の影響を考慮した多孔質形状記憶合金の一次元構成方程式を構築している。まず、多孔質形状記憶合金の準静的および動的挙動に対する内部状態変数表示の構成方程式を定式化した。この構成式モデルを、様々なひずみ速度および温度条件下における多孔質形状記憶合金材料の準静的および動的単軸圧縮挙動のシミュレーションに適用し、計算結果を実験結果と比較した。応力・ひずみ曲線の形状には若干の相違もあるが、高速変形実験を厳密に一定速度で実施するのは困難であり、このことが計算と実験の相違の一因と考えられる。総体的にはほぼ良好に対応しており、本構成式モデルは、多孔質形状記憶合金の準静的および動的挙動予測に対する計算モデルとして、一定の実用性を有すると考えられる。

第5章では、三次元多孔質および粒子分散型ハイブリッド形状記憶合金素子の動的超弾性挙動解析法を構築している。すなわち、第4章で提案した多孔質形状記憶合金の一次元素子の構成方程式を多軸挙動に拡張した。さらに、Newmarkのβ法による動的解析法に基づいて有限要素定式化を行い、多孔質形状記憶合金素子における動的超弾性挙動解析ツールを開発した。この定式化の実用性検証のため、多孔質および粒子分散型ハイブリッド形状記憶合金素子の衝撃超弾性挙動解析を行い、QidwaiとDeGiorgiのモデルによるメソスケール解析結果と比較した。本研究で提案した解析モデルは計算効率がよく、複雑な形状を有する構造体の有限要素解析へ適用でき、様々な分野への応用が可能である。

第6章は本論文のまとめであり、総括的な結論を述べている。すなわち、本論文で提案した解析手法は、三次元形状を有する形状記憶合金素子の静的および動的超弾性挙動解析のみならず、形状記憶効果解析も可能である。さらに、材料定数の入力を変えるだけで、密な形状記憶合金、多孔質およびハイブリッド形状記憶合金素子を含む三次元形状を有するシステムの設計および開発を支援できる。

以上を要するに、本論文では形状記憶合金素子の超弾性挙動および形状記憶効果の計算モデリング手法を提案し、実験結果、他の数値計算結果との比較により設計支援ツールとしての有用性を実証しており、高い工学的価値を有すると判断される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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